ラオス旅行記B博物館・寺院  旅行関係

観光はこの車で。

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最小催行人数8名のところ、
10名の申し込みがあり、
キャンセルが出て、参加者は9名。
このトヨタハイエースは運転席、助手席を除き、
客席が9席なので丁度いい大きさです。

ルアンパバーンは、
ラーンサーン王国(1353〜1975)の首都だった町。
美しいラオスらしい町並と
歴史的、文化的遺跡の保護の立場から
1995年、世界遺産に指定されました。

最初に行ったのが、

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国立博物館旧王宮です。

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入ってすぐ右にパバーン仏を祀るがあります。

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町のルアンパバーンとは「パバーン仏の都」という意味。

階段の装飾が独特です。

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フランス植民地時代の1909年に、
シーサワンウォン王と家族の住居として建てられた建物。

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↓がシーサワンウォン王の像。

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西郷どんみたいですね。

博物館の内部は撮影禁止。

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祈祷の間、儀式の間、王の接見の間、謁見の間、
王の書斎、王妃の間、王の間、子供部屋、
食堂、王妃の接見の間、書記官の業務部屋
などに、
御輿や家具、肖像画、諸外国からの贈答品が展示されています。

写真がないかとネットを探しましたが、
内部の写真は見つかりませんでした。

表に出ると、おなじみの光景が。

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東南アジアに来たんだ、と思わされます。

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隣にあるワット・マイ

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1788年に建設が始まり、
完成までに70年を要しました。
正式名称は「ワット・マイ・スワンナプール・アハーン」
意味は、
「美しい(アハーン)黄金の国土(スワンナプール)の
新しい(マイ)寺院(ワット)」。

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屋根は五重に折り重なるルアンパバーン様式

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中に入ると、

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黄金のブツダの像が迎えます。

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ラオスの仏教は、上座部仏教
スリランカ、ミャンマー、タイ、カンボジア、ラオスに広まり、
南伝仏教とも呼ばれます。
東アジア、チベット、ベトナムへ伝わった大乗仏教(北伝仏教)とは
異なる歴史経過をたどりました。
小乗仏教と呼ばれることもありますが、
大乗、小乗の区別は不適切とされています。

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周囲を様々な仏像が囲みます。

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壁にも。

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独特な作りは、日本の仏像と違います。

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これは、真後ろ。

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表の壁。

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浮き彫りが見事です。

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敷地内の仏像たち。

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不思議な造形。

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林立する祠。

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その中には、

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やはり、黄金のブツダ。

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今日、托鉢で見た小僧さんたちが作業をしています。

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次に行ったのは、ワット・シェントーン

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建立は1560年。
カーン川とメコン川の合流の蛇神を祀るために建てられました。
これもルアンパバーン様式。

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入り口。

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壁の装飾が見事。

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中にはまたも、

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黄金のブツダ。

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このドラは、ガイドさんが両手でこすると、
グワーングワーン鳴ります。
コツがあるのか、他の人がやっても鳴りません。

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ここは、霊柩車庫

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1960年に行われたシーサワンウォン王の葬儀で使われた霊柩車。

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遺体は立ったまま納められたようです。

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裏手にある仏像たち。

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このポーズは、「戦をやめよ」ということを意味します。

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こんなところに世界遺産のマークが。

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面白い装飾の数々。

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境内の土産物屋。

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これは、

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宮崎駿監督が見たら、何かに使いそうですね。

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寺の前はメコン川への階段があり、

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ガイドさんに断って、
メコン川を触りに下りました。

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下りたら上がらねばなりません。

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昼食は、このレストランでラオス料理を。

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コーラは、このようにストローを差して出てきます。

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この小さな竹で編んだ籠は、ティップ・カオといいます。

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中は蒸したモチ米のご飯。

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カオ・ニャオといいます。
これに対して日本のうるち米は、カオ・チャーオ。
「地球の歩き方」には、
「ちょっと高級なレストランでは、
赤米が出てくることも」

と書いてありますから、
高級なレストランだったのかもしれません。

きしめんのようなスープ。

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ラオスのソウセージ「サイ・ウア」

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ルアンパバーン特産の
川海苔をゴマなどをまぶして揚げた「カイ・ペーン」

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次々と出て来る料理を

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小皿に取って食べるのがラオス流。

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回転テーブルのない中華料理のようです。

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午後は、クアンシーの滝へ。



浦安の桜  わが町・浦安

またまた桜の話題で恐縮です。

今年は飛鳥山も行ったし、
目黒川お花見クルージングもしたし、
浦安の桜は毎年同じような写真になるので、
やらない予定でしたが、
今日、カミさんと自転車で回ったので、
簡単に紹介します。

浦安は桜並木が多く、
地元のミニコミ紙にも、
↓のような「桜みどころマップ」が掲載されています。

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浦安富士」の桜も満開になりました。

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浦安富士のふもとは「中央公園」というところで、
↓のとおり、桜が花盛り。

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ここは、郵便局前の通り

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小学生が植えたチューリップも咲いています。

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すぐ脇の境川の桜。

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湾岸道路をくぐった道。

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ここは、さくら通りという名前が付いています。

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段差道路

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段差があるのは、
昔の防波堤跡だから。

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見明川の桜。

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弁天ふれあいの森公園の桜。

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芝桜も咲いています。

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植えたのはボランティア団体。

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目標1万本はすごい。


評論『未来の年表』  書籍関係

[書籍紹介]

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著者の河合雅司氏は、
産経新聞論説委員であると共に、
大正大学客員教授で、
専門は人口政策、社会保障政策。
その立場から
少子高齢化の進む日本の将来を描くのが本書である。

本書が誕生するきっかけは、
著者が産経新聞に連載中の大型提言コラム
「日曜講座 少子高齢時代」に共感した
講談社の「現代新書」の編集長が
「日本の人口が減っていくことは分かっている。
この先の日本社会がどうなってしまうのかを、
みんな知りたがっている。
それをカレンダーのように一覧できるものを書けないか」
と提案して出来たのが本書だ。

その人口減少カレンダーは、次のようなものだ。

2017年 「おばあちゃん大国」に変化
        日本人女性の3人に1人がすでに65歳以上
        高齢者がより高齢化する時代に
2018年 国立大学が倒産の危機へ
        18歳人口が急減しはじめ、定員割れは当たり前
        学生の募集を停止する流れが加速する
2019年 IT技術者が不足し始め、技術大国の地位揺らぐ
        社会インフラの老朽化も進む
        だが、それらを支える技術者の後継者がいない
2020年 女性の2人に1人が50歳以上に
        「出産できる女性」が激減する日本
        少子化はさらなる少子化を呼ぶ
2021年 介護離職が大量発生する
        団塊ジュニア世代が50代に突入し、
        企業は管理職の人材不足に悩む時代が来る
2022年 「ひとり暮らし社会」が本格化する
        独居世帯は3分の1超
        ひとり暮らしをする貧しい高齢者の急増が大問題に
2023年 企業の人件費がピークを迎え、経営を苦しめる
        労働力人口が5年間で約300万人も減る一方
        団塊ジュニア世代が高賃金をもらう50代に突入
2024年 3人に1人が65歳以上の「超・高齢者大国」
        全国民の6人に1人が75歳以上
        毎年の死亡者は出生数の2倍
        老老介護がのしかかる
2025年 ついに東京都も人口減少へ
        息子や娘を頼る高齢者が
        若者の代わりに地方から東京に流入し始めると・・・
2026年 認知症患者が700万人規模に
        「認認介護」が急増
        介護する側もされる側も認知症患者
2027年 輸血用血液が不足する
        輸血用血液はその80%が
        がんなどの外科手術に使われる
        手術ができない事態も?
2030年 百貨店も銀行も老人ホームも地方から消える
        生産年齢人口が極端に減り
        全国の都道府県の80%が生産力不足に陥る
       (ある程度の人口規模がないと、
        郵便局、病院、学校や小売店も存在できなくなる)
2033年 全国の住宅の3戸に1戸が空き家になる
        増大する「老いる家」のせいで
        街の景観は崩れ、治安も悪化してゆく
2035年 「未婚大国」が誕生する
        男性の3人に1人
        女性は5人に1人が生涯未婚
2039年 深刻な火葬場不足に陥る
        国内死亡者数が約168万人とピークを迎え
        霊園不足という難題も降りかかる
2040年 自治体の半数が消滅の危機に
        青森市、秋田市などの県庁所在地すら
        消える可能性がある
2042年 高齢者人口が約4000万人とピークに
        就職氷河期世代が老い
        独居高齢者が大量に生まれる
        2042年こそ
        日本最大のピンチ
2045年 東京都民の3人に1人が高齢者に
        東京圏でも限界集落が続々出現
        東京郊外はゴーストタウン化してゆく
2050年 世界的な食料争奪戦に巻き込まれる
        日本が人口減少する一方
        相変わらず世界人口は増え続けて
        約100億人に
2065年〜 外国人が無人の国土を占拠する
        現在の居住地域の約20%が
        「誰も住まない土地」になってしまう

恐ろしくなるような記述が続く。

人口減少にまつわる日々の変化というのは、
極めてわずかである。
「昨日と今日の変化を指摘しろ」
と言われても答えに窮する。
影響を感じにくいがゆえに
人々を無関心にもする。
だが、これこそがこの問題の真の難しさなのだ。
ゆっくりとではあるが、
真綿で首を絞められるように、
確実に日本国民1人ひとりの暮らしが蝕まれてゆく・・・
この事態を私は、
「静かなる有事」と名付けた。


しかし、確実にその事態は深みにはまっていくのである。

少子化は警察官や自衛隊員、消防士といった
「若い力」を必要とする仕事の人員確保にも
容赦なく襲いかかる。
若い力が乏しくなり、
国防や治安、防災機能が低下することは、
即座に社会の破綻に直結する。
2050年頃には
国土の約2割が無住居化すると予測される。
さらに時代が進んで、
スカスカになった日本列島の一角に、
外国から大量の人々が移り住むことになれば、
武力なしで実質的に領土が奪われるようなものだ。


これについては、
中国が人の住める地域が減少することから、
勝手に移り住むことも予想される。

政府が追い求めるような、
社会保障サービスを充実させながら、
負担はある程度までで抑える
「中福祉中負担」は幻想にすぎない。
それなりの社会保障の水準を求めるのならば、
「超高負担」を受け入れなければならないし、
あまり負担がしたくないのであれば、
「低福祉」で我慢しなければならないということだ。
社会保障サービスの縮小も、
増税などの負担増も、
経済成長も行政改革も、
すべて同時にやらなければならないというところまで
日本は追い詰められているのである。


問題は、次の3点に収束する。

日本の難しさは、
人口減少がもたらす出生率の減少、
高齢者の増加、
そして社会の支え手である勤労世代の減少という、
それぞれ要因の異なる
3つの課題に同時に立ち向かわなければならないところにある。
しかも、これらは全国一律に進むわけではない。


特に著者は、「2042年問題」を強調する。

団塊ジュニア世代が高齢者となり、
高齢者人口が2042年に3878万人とピークを迎える。
政府は団塊の世代が75歳以上となって、
医療費・介護費がかさむ
「2025年問題」への対応に追われているが、
2025年に比べて勤労世代(20歳から64歳)が
1345万人減少する予測の出ている
団塊ジュニア世代が全て高齢者になる
「2042年問題」の方が深刻で危機的であり、
「日本にとって最も「厳しい時期」となりそうだ」と警鐘を鳴らす。

このように「未来カレンダー」を見ると、
日本には未来がないことが分かる。
前にブログで紹介した「オペレーションZ」と並ぶ非常事態だ。

国家の財政破綻は、知恵を持った政治家の出現で
回避できるかもしれないが、
少子高齢化の問題は、
必ず訪れる事態なのである。

なぜ、ここまで事態が深刻化する前に、
誰も手を打たなかったのか──
疑問に思う人も少なくないだろう。
少子高齢化や人口減少というのは、
太陽が昇っては沈んでいくのを
観察するようなものなのだ。
昨日と今日、今日は明日とを比べてみたところで
違いは分からない。
だが、5年、10年といった単位で比べれば
明らかに高齢者は増え、
出生率は少なくなっている。
人口も減っている。
すなわち、人々が日常生活の中では
なかなか実感が沸かない問題であることが、
対応が遅れた最大の要因なのである。


これを解消するための移民政策には著者は反対する。

人口減少下で移民を大規模に受け入れる政策は、
人口規模を維持することと引き替えに、
日本人が少数派になることを許すものだと認識すべきである。
「国のかたち」は変容し、
われわれが認識する日本とは全く違う
「別の国」となるだろう。


特に、著者は移民を受け入れれば、
やがて老後のコストが問題になると指摘する。
いつまでも「若い労働力」でいるわけではなく、
やがて高齢化し、年金や生活保護の対象となる。
しかも、子孫代々までその問題を抱えることになる。
この指摘は思いつかなかった。

そして、外国人に地方参政権を与えることも反対の立場だ。

いまだに外国人参政権の付与を主張する政治家もいるが、
これを安易に認めれば、
議会や地方行政を外国人に牛耳られないということである。
(中略)
特定の自治体や地域の土地を集中的に買い占めることになれば、
武力侵略されることもなく、
合法的に日本国内に
“外国の領土”ができるのと等しい。


付け加えれば、
移民を受け入れるということは、
国政への参加を認めることであり、
それこそ、日本の政治が外国の意のままになる可能性さえある。

では、こうした必ずやって来る危機に対して、
どうしたらいいか。

著者は「戦略的に縮む」を提言する。

われわれが目指すべきは、
人口減少後を見据えた
コンパクトで効率的な国への
作り替えである


そして、「日本を救う10の処方箋」をあげる。

1.「高齢者」を削減
    高齢者の線引きを65歳から75歳に引き上げ、
    社会の担い手にする
2.24時間社会からの脱却
    過剰サービスを見直し、社会全体の労働時間を短くして、
    必要な労働力を減らす
3.非居住エリアを明確化
    人が住む地域と住まない地域を分け、
    コンパクトで効率的な国に作り替える
4.都道府県を飛び地合併
    人口が増えるのが当たり前の時代に作った自治体を
    合併して効率化
5.国際分業の徹底
    日本の得意分野だけに資源を集中させる
6.「匠の技」を活用
    「大量生産・大量消費」から「少量生産・少量消費」に転換
7.国費学生制度で人材育成
8.脱東京一極集中・中高年の地方移住推進
9.脱東京一極集中・セカンド市民制度を創設
10.少子化対策・第3子以降に1000万円給付

中には、実行に移せば、反対の声があがるものもある。
変化を嫌う人や
日本の将来よりも現在の利益を守ろうとする人たちはいる。
だが、将来の日本を存続させるために
必要なものはやらねばならないだろう。

本書と「オペレーションZ」を続けて読むと、
日本の将来は大変なことになることが分かる。

「オペレーションZ」の紹介ブログは、↓をクリック。

「オペレーションZ」

娘に子どもがいない、
つまり、孫を持たないある人がこう言った。

「日本の将来を考えると、
孫がいなくて良かったとさえ思える」

その発言があながち間違っていると言えない、
日本の未来図である。



目黒川お花見クルーズ  旅行関係

3日連続で恐縮ですが、
今日も、桜の話題です。

朝から、ここへ。

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このあたりは、昔は何もないところでしたが、

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今は高層ビルが林立しています。

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この橋を渡ったところに、

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このような船着場が。

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こんなのぼりも立っています。

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今日は、この日帰りツァーに
カミさんと親戚筋と共に参加。

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目黒川で桜を見るたびに、
「この川に船を浮かべて、下から見たら、どんなにいいだろう」
と思っていましたが、
あったんですね、こういうツァーが。

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集合時間が近づき、参加者が集まっています。

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この船?

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と思ったら、こちらの小さな船でした。
定員は44名。
今日は満員です。

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船の名前は「ルーク」。
オーナーはスター・ウォーズのファンでしょうか。

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ちゃんとトイレもあります。

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船の上でもよおしたら大変ですものね。

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いざ、出発。

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水門をくぐると、
左が東京湾。

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右が目黒川の河口。

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橋をくぐると、

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別世界が広がります。

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ガイド付き。

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この人が船長さん。

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カッコいいですね。

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沢山の橋をくぐります。

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橋の数は、あとで示します。

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鳥たちが見送ってくれます。

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どんどん桜が増えてきます。

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目黒川の水源は武蔵野台地で、
世田谷区三宿の東仲橋付近で
北沢川と烏山川が合流して目黒川となり南東へ流れ、
品川区の天王洲アイル駅付近で東京湾に注ぎます。
合流点から国道246号の大橋までの
600m強の区間は暗渠化され、
大橋より下流は開渠となっています。

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実は、このツアー、最初の申し込みは4月6日でした。

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しかし、どうも今年は早そうだぞ、
ということで、今日に変更。
日帰りツァーは、10日前までキャンセル可能です。

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今日にしたのは当たりで、
おそらく今日が満開の頂点

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河岸から幼稚園の園児たちが手を振ります。

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「船乗りたい〜!」と叫んでいます。

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上を走るのは、山手線。
他に京浜東北線、新幹線、池上線もくぐります。

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これが同じタイプの船。
向こうからもこんな風に見えているはずです。

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目黒雅叙園。

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桜の絨毯も作り始め。

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このあたりで反転し、戻ります。
向こうに見えるのは、太鼓橋。

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もっと向こうまで行きたいと思いましたが、
堰があるのでしょうか。
いずれにせよ、中目黒のあたりは水量が少ないですね。

帰り道は、来た景色を逆に眺めます。

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太鼓橋から下流に向かって橋を数えると、

太鼓橋→(鉄道橋)東急目黒線→亀の甲橋→市場橋
→谷山橋(東京都道418号北品川四谷線及び首都高速2号目黒線)
→東急池上線の鉄橋→本村橋→五反田大橋(国道1号・桜田通り)
→大崎橋(東京都道317号環状六号線・山手通り)
→(鉄道橋)東急池上線→ふれあいK字橋
→上目黒川橋梁(JR山手線及び山手貨物線)→山本橋
→御成橋→鈴懸歩道橋→小関歩道橋→森永橋
→居木橋(山手通り)→(鉄道橋)JR山手線他→御嶽橋
→(鉄道橋)JR東海道線及び京浜東北線→要津橋
→東海橋(国道15号・第一京浜)→(鉄道橋)京急本線新馬場駅
→荏川橋→鎮守橋→品川橋(旧東海道)→新品川橋
→洲崎橋→昭和橋(東京都道316号日本橋芝浦大森線・海岸通)
→アイル橋→東品川橋(天王州通り)
と、32橋。

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橋がない時代、人々はどうしていたんでしょうか。

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さて、河口を出て、東京湾へ。

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火力発電所。
現在非稼働中。なぜ?

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キリンに見えますね。

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起重機が船にコンテナを積んでいます。

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よく船が倒れませんね。
水の下はどうなっているんでしょうか。

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遠くにレインボーブリッジが見えます。

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「クジラの水門」を通って帰還。

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その後は、天王洲アイルのこの店で

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でご覧のランチ。

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桜の花を満喫した一日でした。

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飛鳥山の桜  身辺雑記

ウチの団地の中庭の桜は

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咲きましたが、

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「浦安富士」の桜はまだ咲いていません。

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同じ浦安でも、
早咲き、遅咲きの差があるようです。


今日は、王子まで出掛けました。

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王子駅前。

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「新編武蔵風土記稿」によれば、
このあたりは岸村と呼ばれていましたが、
鎌倉時代後期の元亨2年(1322年)、
紀伊国牟婁郡(きいのくにむろのこおり)の
熊野本宮大社(くまのほんぐうたいしゃ)の
若一(にゃくいち)王子を分霊して、
現在の王子神社に祀ったことで
王子村に改称されたといいます。

ここは都電荒川線が通っています。

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目的は、飛鳥山公園

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駅の脇の丘です。

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階段を登っていくと、

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上はこのとおり、

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桜が満開。

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その下には、花見客。

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飛鳥山公園は、
徳川吉宗が1720年(享保5年)、享保の改革の一環として
桜の苗木を植え、整備・造成を行いました。
吉宗の治世の当時、
江戸近辺の桜の名所は寛永寺程度しかなく、
花見の時期は風紀が乱れました。
このため、庶民が安心して花見ができる場所を求めて設置されたのです。

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1737年(元文2年)、江戸庶民に一般開放され、
その時には、吉宗自ら飛鳥山に宴席を設け、
名所としてアピールを行ったといいます。

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1873年(明治6年)、
太政官布達第16号により、
上野公園・芝公園・浅草公園・深川公園と共に日本最初の公園に指定されました。

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ここから京浜東北線の走るのが見えます。

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公園ですから、子どもの遊具があります。

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蒸気機関車も置かれています。

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これは、都電の昔の車両。

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中にも入れます。

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運転台。

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江戸時代から続く、庶民の楽しみ。

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吉宗の先を見る炯眼がしのばれます。

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そして、桜を植えた人の苦労も。

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ゴミ捨て場。

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そして、仮設トイレ。

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帰り道。

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王子駅には、

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京浜東北線上下線が一つのホームに。

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駅からは、このように見えます。

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前から一度来たいと思っていましたが、

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ようやく、来ることができました。





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