神社仏閣ランキング  旅行関係

以前、日本の城ランキングを紹介しましたが、
今日は、神社仏閣ランキング

日本にはおよそ8万の神社と
7万7千の寺院があり、
合わせるとコンビニの3倍の数に上るといわれます。
素晴らしい観光資源です。

トリップアドバイザーの口コミから、
全国の神社仏閣の人気トップ30をランキング。
日本文化の根源ともいえる美をご堪能下さい。


1位 伊勢神宮(三重県伊勢市)

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します


2位 高野山(和歌山県高野町)

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します


3位 厳島神社(広島県廿日市市)[世界遺産]

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します


4位 東大寺(奈良県奈良市)[世界遺産]

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します


5位 出雲大社(島根県出雲市)

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します


6位 伏見稲荷大社(京都府京都市)

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します


7位 羽黒山(山形県鶴岡市)

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します


8位 書寫山圓教寺(兵庫県姫路市)

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します


9位 三峯神社(埼玉県秩父市)

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します


10位 銀閣寺(京都府京都市)[世界遺産]

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します


11位 三十三間堂(京都府京都市)

クリックすると元のサイズで表示します


12位 興福寺(奈良県奈良市)[世界遺産]

クリックすると元のサイズで表示します


13位 瑠璃光寺(五重塔)(山口県山口市)

クリックすると元のサイズで表示します


14位 東寺(京都府京都市)

クリックすると元のサイズで表示します


15位 金閣寺(京都府京都市)[世界遺産]

クリックすると元のサイズで表示します


16位 鵜戸神宮(宮崎県日南市)

クリックすると元のサイズで表示します


17位 禅林寺 永観堂(京都府京都市)

クリックすると元のサイズで表示します


18位 仁和寺(京都府京都市)[世界遺産]

クリックすると元のサイズで表示します


19位 大神神社(奈良県桜井市)

クリックすると元のサイズで表示します


20位 龍潭寺(静岡県浜松市)

クリックすると元のサイズで表示します


21位 唐招提寺(奈良県奈良市)[世界遺産]

クリックすると元のサイズで表示します


22位 宇佐神宮(大分県宇佐市)

クリックすると元のサイズで表示します


23位 立石寺(山形県山形市)

クリックすると元のサイズで表示します


24位 榛名神社(群馬県高崎市)

クリックすると元のサイズで表示します


25位 天岩戸神社(宮崎県高千穂町)

クリックすると元のサイズで表示します


26位 鹿島神宮(茨城県鹿嶋市)

クリックすると元のサイズで表示します


27位 平等院(京都府宇治市)[世界遺産]

クリックすると元のサイズで表示します


28位 報国寺(竹寺)(神奈川県鎌倉市)

クリックすると元のサイズで表示します


29位 明治神宮(東京都渋谷区)

クリックすると元のサイズで表示します


30位 室生寺(奈良県宇陀市)

クリックすると元のサイズで表示します


小説『屍人荘の殺人』  書籍関係

[書籍紹介]

クリックすると元のサイズで表示します

昨年の第27回鮎川哲也賞受賞作
同賞は本格ミステリの賞で、
選考委員大絶賛だったという。

本格ミステリ・・・本格推理小説、本格探偵小説ともいう。
         推理小説のジャンルの一つ。
         推理小説のうち、謎解き、トリック、
         頭脳派名探偵の活躍などを主眼とするもの。

神紅大学に入学した葉村譲は、
ミステリ研究会に入ろうとするが、
そのあまりのレベルの低さに失望し、
同様の理由でで退部していた明智恭介に誘われて、
ミステリ愛好会に入会し、
二人だけの愛好会で食堂で女子学生が何を注文するかを当てる
推理ごっこをしていた。

映画研究会の夏合宿に参加することになった二人は、
同じ大学の探偵少女、剣崎比留子と共に
ペンション紫湛荘を訪れる。
この夏合宿では、昨年何か事件があり、
参加していた女子部員が夏休み明けに自殺をしたという。

そういういわくつきの合宿に集まったのは、
映画研究会のOBを含めて13名の男女。
管理人を入れて14名が、
ペンションというクローズド・サークルに閉じ込められ、
連続殺人事件に巻き込まれる。

クローズド・サークル(closed circle )・・・
ミステリ用語。
何らかの事情で外界との往来が断たれた状況、
あるいはそうした状況下でおこる事件を扱った作品を指す。
過去の代表例から、
「吹雪の山荘もの」「嵐の孤島もの」の様にも呼ばれる。

隔絶した孤島ではなく、
吹雪のせいで交通が途絶したわけでもなく、
携帯電話もつながる環境。
それでどこがクローズド・サークルなんだ、
というのが、この作品の大きなミソ。

近所で開催されていたロックフェス会場で
ある事件が起こり、
そこから流れて来た人々によって
山荘が取り囲まれる。
警察の妨害電波によって、
携帯電話もスマホも機能停止に陥る・・・

その「ある事件」と「人々」について
ここに書けないのがもどかしい。
しかし、この作品の斬新なのは、
その点であり、
そのあたりが選考委員によって、高い評価を得た。
よくもまあ、こんな発想で
クローズド・サークルを完成させたものだと。
しかも、その状況が殺人に大きく関わってくるのだ。

その上、物語の中心人物と思われていた人が
あっさりと退場したり、
という意外性もある。

殺人がどのように行われたか、
という最後の説明も、
まあ、前提を受け入れれば、
納得できるし、
様々な小ネタもなかなか面白い。
題名の「屍人荘」(しじんそう)と
ペンションの名前の「紫湛荘」(しじんそう)がかけてあるのも、
題名に秘密あり、の感がある。

本の始めの方に、
山荘の見取り図で、
誰がどの部屋に泊まっているかが説明されており、
登場人物一覧表もあるから、
何度となく、その部分をめくってみるのも一興だ。

篇中、ある存在について詳しい人がいて、
その人物が述べる○○○に関する説明で、
次のような記述が大変参考になった。

1.○○○の原因は
  おそらく細菌やウィルス。
  噛まれると感染し、○○○となる。
  ○○○化する時間と詳しい感染経路は不明。
2.彼らは酸素を必要とせず、
  脳を破壊しない限り活動を続ける。
  よってスタミナは無尽蔵。
  しかし学習能力、運動能力は低い。
3.人を噛むのは食事ではなく繁殖のため。
  ある程度感染させると標的から離れる。
4.生きている人間の気配に敏感。

今までおびただしい○○○についての作品があるが、
なるほど、そういうことだったのかと、
○○○の行動様式がよく分かる。

さて、○○○が何であるか、
自分でこの本を読んで、お確かめ下さい。

是非、映画化してほしいものだ。
テレビでは、無理。


映画『嘘を愛する女』  映画関係

[映画紹介]
                                 
クリックすると元のサイズで表示します

予告編を観て、
一緒に住んでいた男性が
名前も勤め先も全部嘘だった、
と分かって混乱する女性の話、と知って、
極めて今という時代をあらわすと思って期待して観た。

主人公は食品メーカーに勤める川原由加利。
新製品開発に成功して、
ウーマン・オブ・ザ・イヤーに選ばれ、
メディアの取材を受けるキャリアウーマンだ。

由加利には、5年間も同居している男性がいる。
震災の日に、
体調を崩した由加利を介抱してくれたことで知り合った
小出桔平だ。
研修医をしており、アルバイト程度の収入しかないため、
家計は由加利が負担している。

クリックすると元のサイズで表示します

由加利の母親との会食の約束に桔平は現れず、
代わって訪ねて来たのは、刑事だった。
桔平は近くの公園でクモ膜下出血で倒れ、
病院に収容されているという。
しかも、所持していた免許証は、
住所以外は全て嘘だったという。

クリックすると元のサイズで表示します

由加利は、探偵の海原に桔平に関する調査を依頼する。
すると、桔平が入り浸っていた喫茶店が判明し、
そのウエイトレスの話から、
桔平が小説を書いていたことが分かる。
パソコンを預けていたコインロッカーを鍵で開け、
その中にあった長編小説を印字した海原は、
家族の歓びを描く700枚にも及ぶ小説の中に、
夕日を受けて蝋燭のように輝く灯台の描写を見出し、
瀬戸内海の該当個所を多数特定。
由加利は会社を休んで、灯台の捜索に出かけ、
海原も参加して、車で灯台巡りをするが・・・

クリックすると元のサイズで表示します

5年も同居していた相手の
名前も年齢も職場も全部嘘だった、
と知った由加利は衝撃を受けるわけだが、
この由加利という人物の造形が
仕事は出来るかもしれないが、
謝ることも感謝することもできない自己中女
というのが少々難あり。
社長に新製品を提案する場に
寝坊して遅れる、
などというのは、
ウーマン・オブ・イヤーの受賞者とも思えない。
ここは、普通のOLにした方がリアリティがあったのではないか。

予告編で刑事が訪ねて来ることから、
桔平は失踪か事件に巻き込まれたもの、と思っていたが、
その実は脳の血管が切れて昏睡状態。
しかし、行き倒れの病人の所持していた免許証を警察が照会して、
偽免許証だということまでは判明するが、
名前や生年月日まで嘘だということが、
どうして分かるのだろうか。
普通は名前や生年月日、住所は本当で、
免許証だけが偽造と思うのではないのだろうか。
仮に健康保険を照会したとしても、
保険に入っていないのは判明するが、
偽名だという証拠にはならない。
(多分、健康保険証は病院でばれるから、
所持していなかったのだろう。
病気の時はどうしていたんだろう)
医師免状は所持していなかったようで、
勤務先のはずの病院には由加利自身が確認に行っている。

つまり、この話、根本的なところで崩れてしまうのだ。
ならば、桔平が複数の名前を使っていた痕跡とか
を呈示すべきだが、
桔平のキャラクターとは違う。
仕事は日雇い程度でも、
犯罪は犯していないと考えられる。

小出桔平という人物が別にいた、なら分かるが、
思いつきの偽名だから、
そういうわけにもいかない。
全てにおいて練りが足りない

クリックすると元のサイズで表示します

(この映画のモデルになった
1991年11月4日の朝日新聞の記事
「夫はだれだった」によれば、
五年間連れ添った夫が、
五十歳で病死し、
奥さんが区役所に死亡届を出そうとしたところ、
本人の戸籍がそこにはないことで判明した。
奥さんが持っていた戸籍抄本のコピーは偽物だったのだ。

この旦那は
病状が悪くなっても、
絶対に病院に行こうとはしなかったという。
奥さんが不審に思って、
夫の勤務先である大学に問い合わせたところ、
そういう職員はいないとのことだった。

亡くなる前の夫を問いつめても、
ちゃんとした説明をせずに亡くなってしまい、
奥さんは、警察に相談したりして
いろいろと調べたが、
夫の身元について手がかりになるようなものは
ついにみつからず、
夫が何者だったかは、ついに分からずしまいだった。

戸籍抄本と身分証明書の偽造は出来るが、
健康保険証の偽造は出来ない。
婚姻届けも出したことにしておいたのだろうが、
自治体への住民税の納付はどうしていたのだろうか。
奥さんの分しか請求がないなら、不審に思うはずだが。)

灯台を巡る捜査も不自然。
数が多すぎて徒労になることは、
ウーマン・オブ・ザ・イヤーの受賞者なら分かるだろう。
何日会社を休んだんだ。
それに、灯台の下から発見した缶は、
入っている内容から見て、子ども時代のもので、
故郷近くの灯台、
と考えるのが普通だろう。
なのに、
桔平が逃亡を開始してからの場所だという。
大の男が缶の中にビンの蓋やフィギュアを入れて
灯台の下に隠すか?

(映画のノベライゼーションの「原作本」では、
やはり、子ども時代のものとなっているようだ。
となると、生まれ故郷の近くを逃亡先にしたのか。)

ようやく由加利と海原は桔平の正体を突き止め、
その家に行って、
昔の事件を知るのだが、
これも?が残る。
なぜなら、事故後、
目撃者として、
警察に協力するのが当たり前で、
その現場から逃亡するとは、
社会的責任のある人、まして医者とは思えない。
怪我をした人を介抱するのが先だろう。
そもそも行方不明の人を
新聞は写真を掲載するだろうか。

(「原作本」では、そのあたりはもっとていねいで、
桔平は、妻の裁判まで付き合い、
頃合いを見て、預金を引き出し、
残りを妻に残して失踪し、
離婚届を出すよう要請している。
その後、桔平は妻が公判中に自殺したことを
ネットニュースで知る。
原作本を書いた岡部えつという人は、
やはり小説家らしく緻密だ。)

そして、家に「不法侵入」した由加利と海原の目にした家の中の
片づき具合はどうだ。
親戚が家を整理して帰りを待っていた、
という解釈も成り立つが、
事件当時の荒れたまま、という方が自然ではないのか。

(この点、原作本の経緯なら納得。
映画より小説はしっかりしている。)

というように、
話の組み立てとしては、
細部で雑な印象。
前にも書いたが、
映画は「大きな嘘」「細部のリアリティ」で成り立っている。
細部をちゃんと詰めないと、
映画全体の虚構まで崩れてしまう。

せっかくの現代的な題材だったのだから、
真相が分かって終わり、ではなく、
もっと現代をえぐるような内容には出来なかったのだろうか。

こういう点が、
素材に対して調理の腕が追いつかなかったというのだろう。

由加利が東京に戻ってからの病院でのくだりは、
長澤まさみは熱演だが、
あの演技では泣けない

桔平役は今をときめく高橋一生
監督は、CMディレクターで映画初監督の中江和仁
海原を演ずる吉田鋼太郎は、映画に味わいを与えて、さすが。

5段階評価の「3.5」

予告編は↓をクリック。

https://youtu.be/x5XH4t4EYjw

タグ: 映画

慰安婦合意の事実上の破棄  政治関係

日本はまた韓国に対して、
「大人の対応」をすることに決めたようだ。

平昌冬季オリンピックの開会式に
安倍首相が出席することに決まったのだ。
当初、慰安婦問題を巡る
韓国政府の合意破りがあり、
出席することは、
韓国に誤ったシグナルを与えるからよした方がいい、
という声が多かった。

感情的に見るなら、
欠席するのが妥当だが、
北朝鮮問題があることから、
日韓米の連携を重視する点で、
大人の対応をすることに決めたのだろう。
ただ、現地で日韓首脳会議を開き、
日韓合意に対して毅然たる態度を表明する、
と安倍首相は言っている。

慰安婦問題は、韓国の無理筋に対して、
日本は何度も「大人の対応」をしてきた。
しかし、相手はますますつけあがっている。

以前読んだものの中に、
被害者と「謝罪」についての
3通りの対応を解き明かしたものがあった。

@謝罪があれば、許す
A謝罪がなくても許す
B謝罪があっても許さない

慰安婦問題では、日本は何度も謝罪してきた。
本来、軍の強制連行の証拠はなく、
売春が合法的であった当時の、
貧困を背景にした不幸な出来事であったのが事実なのだが、
日本政府は人道的見地から謝罪をし、
金銭的補償もしてきた。

アジア女性基金では、
元慰安婦に対して償い金を出し、
総理大臣のお詫びの手紙まで添付した。

2015年12月の「日韓合意」では、
日本政府は責任を痛感しているとし、
安倍首相は、心からおわびと反省の気持ちを表明し、
国家予算による補償もしている。

しかし、事態は一向に解決しない。
それは、韓国の姿勢が
Bの「謝罪があっても許さない」であるからだ。
事態を解決する意思などないのだと思わざるを得ない。

今年始め、文在寅大統領は、
2015年の合意では、
「問題は解決しない」と否定し、
「日本が真実を認めて被害者のおばあさんたちに心から謝罪し、
それを教訓に、
国際社会と努力することこそが慰安婦問題の解決だ」
「日本が真心を尽くして謝罪してこそ、
おばあさんたちも、その被害を許し、
日本を許すことができるだろう」
と言っている。

ここで「心から謝罪」「真心を尽くして謝罪」
という言葉が出て来るが、
ここに問題は端的に現れている。

つまり、今まで日本がしてきた謝罪は、
「心から」のものではなく
「真心」がこもったものでないから、
駄目だ、というのである。

普通国際社会では、
謝罪を公式に表明したら、
それを受け入れるものだ。
それが「心から」か「真心」がこもっているか、
は問題にしない。
なにしろ、人の心の中は見えないのだ。

一体どんな謝罪を求めているのだろう。
安倍首相が慰安婦一人一人の前に手をついて謝ることだろうか。
それでも、彼らは「まだ誠意が足りない」と言うだろう。
一人の慰安婦は、
「天皇が謝罪するまでは許さない」
と言った。
一体何様のつもりだろう。

村上春樹氏は
「相手が『分かった。もう許す』というまで
謝罪し続けなければならない」
と言った。
しかし、相手が、B謝罪しても許さない
だったら永遠に謝罪し続けなければならない。
                     
さいわい、慰安婦の方々の7割が
日本からのお金を受け入れた。
残りは10名足らずの元慰安婦が残っているだけだ。
その最後の一人が「許す」と言わなければ、
許されたことにならないのだろうか。
しかも、そのうちの一人は、
「天皇による謝罪」を求めているのだ。

日韓合意は、
「最終的かつ不可逆的な解決」を確認している。
これが日本側からの提案だったら、一悶着あるが、
韓国側からの提案だという。

しかし、合意は破棄しないながら、
無力化はどんどん進んでいる。

2015年12月28日の
日韓合意はどんな内容だったか。

すべての前提となる認識は、
▽当時の軍の関与の下に
 多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題であり、
 日本政府は責任を痛感している
▽安倍首相は、日本国内閣総理大臣として
 心からおわびと反省の気持ちを表明する
というものだ。

さらに両国の約束として、
▽韓国政府が元慰安婦を支援するための財団を設立する
▽日本政府が財団に10億円を拠出する
▽国連など国際社会において相互非難をしない
▽合意がきちんと履行されることを前提に、
 慰安婦問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認する
ことが明示された。

これらの一つ一つを既に韓国側はないがしろにしている。

まず大統領が「これでは解決しない」と表明し、
日本側にまたも「真の謝罪」を求めている。
合意において、
日本が謝罪しているのをあえて無視しているのだ。

そして、日本が拠出した10億円を財源とする財団を
否定している。
拠出元を韓国政府予算に組み替えることで
日本が拠出した事実をないものにし、
鄭鉉栢女性家族相は、
「和解・癒やし財団」を解散させる意向も示した。
更に、
「ワシントン、ニューヨーク、ベルリンで
慰安婦問題に関する国際会議を開く」
と明言している。

日韓合意では、
国際社会で慰安婦問題について
「互いに非難、批判するのを控える」
ことで合意しているにもかかわらず。

国際的約束を尊重する、という姿勢を見せるために、
合意は破棄や再交渉もしないと言っておきながら、
実際は合意の無力化をめざす。
なんという卑劣な策略であろうか。

合意は双方に守る意志がなければ成り立たない。
一方が履行したのに、
片方が履行しなければ、
合意しなかったに等しい。

昨年の大統領選で、破棄・再交渉を公約に掲げたこと、
前任者の朴槿恵大統領の功績を全面否定する意図、
国内世論に対するすり寄り、
等様々な要素はあるが、
ここは、文大統領が
合意の精神を引き継ぎ、
着実に実行すれば済む話なのだ。

既にネット上には「韓国と断交すべき」という意見があふれている。
実際はなかなかそうもいえないだろうが、
事実上の断交をすれはいいのである。
人、モノ、金の移動を制限する。
日本国民が自主的に。
そうすれば困るのは韓国である。

平昌冬季五輪に北朝鮮を組み込むために、
文政権が北にいいようにされていることで、
文政権の支持率は下がっているという。
そういう時の韓国政府の常套手段は、
「反日」を掲げることだ。
なお一層、慰安婦問題では攻勢をかけてくるだろう。

この時こそ、
日本政府は毅然とした姿勢を貫き、
安易な妥協はすべきではない。
もうそろそろ「お人良し」はやめる時がきているのだ。

安倍首相に言ってもらいたい内容は次のとおり。

@国と国の約束を反故にすれば、国際的に信用されなくなる。
A日韓合意が元慰安婦の意思が反映されていないというが、
 元慰安婦の7割が、日本からのお金を受け取っている。
 元慰安婦の大多数が合意を受け入れていることにならないか。
B国民の大部分が受け入れがたい、というが、
 国民を説得するのは、韓国側の責任ではないのか。
C日本は合意内容を履行したのだから、
 今度は韓国が履行するよう努力しなけれはならない。
Dまず、韓国政府の拠出10億円を元に戻し、
 国際社会で慰安婦問題を取り上げるとした、
 女性家庭相の発言を撤回させよ。
Eそして、2年前の約束とおり、
 ソウルの日本大使館前の慰安婦像と
 釜山の日本領事館前の慰安婦像の撤去を実施せよ。
F「不可逆的に解決」したのだから、
 今後、慰安婦問題は二度と蒸し返さないと約束せよ。

平昌オリンピックに出かけ、
日韓首脳会談で毅然たる姿勢を示せなかったならば、
安倍首相の支持率は急落するだろう。
野党はやっきになって責めたてるだろう。
それは、日本のためにも、世界のためにもならないのだ。

私は北朝鮮問題が解決し、
日韓が連携する必要がなくなる時が早く来ないかと
心待ちにしている。
そうしたら、数々の問題に対する「大人の対応」をやめ、
強い姿勢を取ることができる。
まず、竹島の領有権問題を国際司法裁判所に提起したらいい。
韓国は応じないだろうが、
では、なぜ応じないかと
国際社会で徹底的に追及出来る。

そして、北が崩壊して、その影響が韓国に出始めて、
日本の支援を求めて来た時、
断固として慰安婦合意の履行を主張すればいい。

70年前の恨みごとを
ことあるごとに蒸し返す。
いい加減いやにならないかと思うが、
それが宿痾となっているのが、
隣人なのである。


評論『定年後―50歳からの生き方、終わり方』  書籍関係

[書籍紹介]

クリックすると元のサイズで表示します

最近はやりの「定年本」の一つ。
ベストセラーで10万部出ているという。

著者の楠木新(くすのき・あらた)氏は、
1954年(昭和29年)生まれだから、今年64歳。
京都大学法学部卒で、大手生命保険会社に勤務し、
人事・労務関係を中心に、経営企画、支社長等を経験。
勤務と並行して、大阪府立大学大学院でMBAを取得。
関西大学商学部非常勤講師を務め、
「働く意味」をテーマに取材・執筆・講演に取り組む。
2015年、定年退職。
現在、楠木ライフ&キャリア研究所代表、
神戸松蔭女子学院大学非常勤講師。

つまり、定年後の「勝ち組」で、
定年前から定年後の準備は万端。
まさに「生き生きとした」定年後の生活を送っている人だから、
それを素晴らしいとして参考にするか、
高い視点での定年後の分析に、
裁かれたような気になるかは、
読者の読み方の分岐点のようだ。

目次

プロローグ 人生は後半戦が勝負
第1章 全員が合格点
第2章 イキイキした人は2割未満?
第3章 亭主元気で留守がいい
第4章 「黄金の15年」を輝かせるために
第5章 社会とどうつながるか
第6章 居場所を探す
第7章 「死」から逆算してみる

自営業には、基本的に定年はないから、
定年のある職種、
つまり、サラリーマンの定年後の生き方
に焦点が当たるのは当然だ。
「組織」につながることで存在していた人間が
その存在の基礎から離れるのだから、
当惑するのは当たり前で、
そうした「孤独」の状況が
様々な例で示されている。

○退職して毎日家にいることに
 妻が耐えられないというそぶりを見せている
○家にいても行くところは図書館か書店くらいなので、
 会社に勤めている方が
 まだ健康にいい
○定年になって初めの1カ月程度は解放感に満たされたが、
 それ以降はやることがなくて本当に辛かった。
 家に引きこもりがちになって半年もすると
 テレビの前から立ち上がれなくなった
○とにかく朝起きて夜寝るまで
 何もやることがない。
 友達もいない。
 電話をかける相手もいない。
 これでは生きていることがむなしくて仕方がなくなる。
 それはある意味、死ぬほどつらいことだ

趣味に走る、という手があるが、
次のような実例もある。

○(ゴルフが趣味の人が)月に何回もコースに出ているが、
 勤務の時のような楽しさは感じなくて、
 「ちょっと難行のようだ」と感じた
○「定年になったら釣り三昧」と話していた先輩が
 在職中よりも行かなくなった

釣りもゴルフも、
勤務のかたわらの息抜きだったから
楽しく感じたのであって、
自由な時間が与えられたら、
そうでもなくなった、
というのは、厳しい現実だ。

統計によれば、
「世界で一番孤独」なのが
日本人の男性
なのだという。

カルチャースクールやスポーツクラブでも、
女性はわいわいと楽しそうにしているが、
男性は一人で話を聞いている人が多い。
ちなみに、スポーツクラブは午前中、高齢者ばかりで、
「社会的な一つの施設だといっていいだろう」と書く。

ある同期会の人は、
イキイキした生活を送っている人の割合は
全体の1割5分くらいだという。

その「イキイキした生活」の実例として、
提灯職人に転身した人、
蕎麦打ち職人になった人、
農業で独立した人、
楽器の演奏活動に従事した人、
などが挙げられるが、
そういう人はまれな幸運な人といえるだろう。

地域活動に活路を見出す人もいる。

労働組合のセミナーでの内容は、大体次の4点だという。

@受け取る年金額をきちんと計算して老後の資産を管理すること
A今後長く暮らすことになる配偶者と良好な関係を築くこと
Bこれから老年期に入るので、自分の体調面、
 健康にも十分留意すること
C退職後は自由な時間が生まれるので趣味を持たないといけない

以前、あるところで、
「老後を豊かにする2K2Y」というのを聞いたことがある。

2つのKとは、「健康」「経済」
健康でなければ生活を豊かにすごせないし、
老後も生活のために働かなければならないのは悲惨だ。
2つのYとは、「友人」「役割」
特に同じ趣味の友人は必要で、
配偶者が、たとえばテニスなど同じ趣味を持てれば最高だ。
そして、社会とのつながりを持つための「役割」。
やはり、「世の中の役に立っている」という感覚は重要だという。

この話、セミナーでの内容と通じるものだが、
どのKもどのYも、
一朝一夕で出来るものではなく、
それまでの人生の積み重ねの結果なのだ。

特に、会社人間が会社から離れた時、
友人といえるものがなく、
すべて仕事上のつき合いだったことに愕然とするという。
60歳を越えて、新たな友人を作るなど、至難のわざだ。
そして、妻は既に地域で人間関係を築いており、
その中には入れない。
地域社会に入るのも今更面倒だ。
で、孤独になる。
定年退職者で犬を飼い始める人が多いそうだ。
犬は忠実だし、自分の存在を頼ってくれる。
散歩に連れていかなければならないので、
健康にもいい。
なにより、日課として、一日の張り合いになる。

著者は、

60歳からの人生における自由時間は8万時間もある。
これは20歳から働いて60歳まで
40年間勤めた総労働時間よりも多いのである。


と指摘し、
8万時間を使いこなすのは苦痛と感じる人
がおり、一方で
イキイキしている人を見ると、
定年後の特権とは、
何と言っても時間を豊富に使えることだと実感する、
8万時間を持て余すか、
有効に使うかの差は大きく、
8万時間は人生を輝かせるためにあるのだと考えれば、
人生の後半戦が勝負だといい、
次のように言う。

本当の黄金の期間は
60歳から74歳までの15年なのである。

大会社の役員であっても、
会社を辞めれば“ただの人”である。
一方で、若い時には注目されず、
中高年になっても
不遇な会社人生を送った人でも、
定年後が輝けば
過去の人生の色彩は一変する。
そういう意味では、
「人生は後半戦が勝負」なのである。


他に注目する言葉。

退職してからはグループ保険の継続可否のことで
同僚から一本の電話があったきりだ。
会社にいた頃の思い出を抱いているのは自分だけで、
会社から見れば
何の関係もない人間になっているわけだ。

(イキイキと働いている人たちを取材して)
そこで感じていたのは、
小さい頃のことが大切だということだ。
定年前後についても同様で、
子どもの頃の自分を呼び戻すことは、
「レールを乗り換える」または
「複線化する」際のポイントになるというのが実感である。

「高校時代に勉強ができた、
スポーツができたと言っても、
還暦になれば
みんなチョボチョボやな」(高校の同窓会での友人の言葉)

「生が終って死がはじまるのではない。
生が終れば死もまた終ってしまうのである」(寺山修司の言葉)


全編、「老後をどうやって輝かせるか」で貫かれているが、
根本的な疑問が頭を持ち上げる。
どうして、そんなに老後を輝かせなければならないのだろうか?
定年後を豊かにしようとあくせくするからそうなるので、
悩みも葛藤も課題もそこから出て来る。
一定の期間、働いて社会に貢献して、
家族を養い、子供を育てあげ、
歳を取ったからリタイアして、
老後をのんびりと過ごす、
では、なぜいけないのだろう。
東南アジアの高齢者は、
一日ぶらぶらして過ごしても、
そんな苦痛など感じないに違いない。
日本のような高度情報社会で、
老後の時間の過ごし方を問題にし過ぎるから
かえって不要な苦悩が乗ずるのではないか、
そう思えてならない本だった。


さて、私は既に「定年後」真っ只中
だから、こんな本を読む必要もないのだが、
どんなことが書いてあるかと思って読んだら、
ごく普通の内容だった。

で、私の定年後の生活だが、
時間を持て余すわけではなく、
虚しさを感じるわけでもなく、
毎日、あっという間に時間が過ぎる。

退職後、職場という基盤を失って困ることもなかった。
28年間勤め挙げて、それなりに貢献し、
任期をまっとうして退職したのだから、
未練もこだわりもなかった。
後は後任者がやってくれると信じていた。
だから、「半年間は分からないことがあれば、
問い合わせてくれてもいいが、
半年たったら、自分たちで判断してくれ」
と宣言し、
そのとおりになった。
問い合わせは数本。
ちゃんと引き継ぎしたからだし、
引き継ぎ文書も残した。
自分が去った後、
自分が作った仕組みのいくつかは放棄されるだろう、
と思っていたから、
旧職場を訪ねること全く想定していなかった。
既に5年半たったが、一度も行っていない。

友人は少ない方。
長い間つき合っている心の友が
数人いるだけで、
十分だ。
毎週スポーツクラブに通っているが、
一緒になっても誰とも口はきかない。
「孤独」というが、
人生は孤独なものだ。
生きて、死んで、忘れられていく。
それは何千年、何万年もの間、
何億人の人が繰り返してきたことで、
自分が特殊とは思わない。

退職後、すぐ取りかかったのは、
月1度の海外旅行
まずハワイで骨休めをし、
モロッコに出かけ、チベットに行き、
勤めていた間は
あまり長い休みを取れないところを中心に、
ツアーで出かけた。
念願のマチュピチュにも行った。
その間、ニューヨークやロンドンやソウルで
ミュージカルを見まくることもやった。
訪問先の各地の美術館で、
沢山の美術品を目にして楽しんだ。
5年半で42回。
定年前から通算で160回。
訪れた世界遺産も150を越えた。
これは、子供時代に切手少年で
世界に目が開かれたことに遠因があり、
海外旅行は歴史や文化に興味がなければ
続かない。

そして、を沢山読んだ。
勤めの間は通勤電車の往復でしか読めなかったが、
今では書斎の椅子に座って一日中読書できる。
図書館が歩いて5分のところにあり、
常時上限の20冊予約しており、
メールで「用意できました」という連絡を待っている。
さいわい、目は元気で、
裸眼で新聞が読める。

それと、映画
ほぼ1日置きに出かけて映画を観る。
なにしろ、世界中の有能な人が集まって、
何億円もかけて作った作品を
わずか1100円で観ることが出来るのだ。
こんな贅沢はないではないか。
だから、1年には150本を越える。
ビデオを合わせれば、昨年は192本観た。

映画も本も世界旅行も
実は、子どもの時代の反映だと分かる。
本書に書いてあるとおりだ。
子どもの頃から、
映画と本は大好きで、
未知の世界への憧れは激しかった。

そして、ブログの存在が大きい。
旅行も書籍も映画も
ブログで発信できる。
記録にもなる。
旅行の写真は、ブログの中の財産だ。
良い時代になったものだ。

体は健康
週一回、エアロビクスで汗をかく。
時々肩が上がらなくなったり、
腰が痛んだりするが、
3〜4カ月すると、
いつの間にか痛みは消えている。

地域の活動には参加しなかった。
というのは、まだ勤めていた頃、
団地の管理組合の役員になったことがあり、
最初の理事会に出た後、すぐ辞退した過去がある。
いろいろな人の思惑を調整していく仕事は、
勤め先で十分と思ったからだ。
ようやく定年で自由になったのに、
同じことをしようとは思わなかった。

正直に告白すると、
定年後の初期、
すこしだけ時間を持て余したことがあった。
自転車で出かけた土手のベンチで、
こんなことをしていていいのか、と自問した。
書斎に座っていて、
「この6畳間が自分の牢獄か」
と思ったこともある。
しかし、それは全く一瞬の間に通りすぎ、
あとは、旅行と映画と本で
毎日は埋まっている。

勤めて、子どもを育て上げ、
あとは夫婦で一緒に年老いていくだけだ。
これ以上のことを何を望む必要があるだろうか。

先日、ある人から
「定年後の人をいろいろ見てきましたが、
あなたが一番充実している」
と言われて、嬉しかった。






AutoPage最新お知らせ