小説『一瞬の風になれ』  書籍関係

[書籍紹介]

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佐藤多佳子による高校陸上選手の話
2006年6月から書き下ろしで刊行が開始された。
全3巻
1は「イチニツイテ」
2は「ヨウイ」
3は「ドン」
と副題がついている。

2007年に本屋大賞吉川英治文学新人賞を受賞。
2008年2月、フジテレビ系列でドラマ化された。

主人公・神谷新二
神奈川県の公立高校・春野台高校高校に入学し、
陸上部に入るところから始め、
初心者ながらめきめき力をつけ、
100m、200m、4継(4×100mリレー)、
マイル(4×400リレー)に打ち込み、
やがて部長になり、
部員のことを考えるようになって人間的にも成長し、
走るという歓びを得て、
宿敵たちに勝っていく、
そのおよそ3年間の軌跡を追う。

というと、単なる青春モノに思われそうだが、
綿密な取材に基づいての
陸上に対する愛情が
青春を越えた普遍的な感動を与える本になっている。

なにより新二を取り巻く群像が多彩だ。

新二の幼なじみで、
中学の時、一時陸上をやっていた一ノ瀬連
天性の素質を持つランナーだ。
独特の個性の持ち主だが、魅力的な人物。
連と新二はお互い一緒に走ることで成長していく。

新二の2つ上の兄の健一
ユースのサッカー日本代表候補にも名前が挙がる天才フォワード。
新二は、健一と同じサッカー強豪校に入って
同じチームでプレイすることが夢だったが、
しかし、その学校は高校で生徒の募集はしておらず、
中学の入学試験に新二は落ちてしまい、
サッカーへの夢を断ち切ってしまう。
常に前向きでポジティブな健一は、
新二にとっては神である。
その兄弟愛が麗しい。
高校卒業後、ジュビロ磐田と契約し、プロ選手となる。
しかし、交通事故で右膝の靭帯を損傷する。
この事件の後、新二はしばらく立ち直れない。

同じ陸上部員の谷口若菜
「部内恋愛禁止」という掟にもかかわらず、
新二はほのかな恋情を抱く。
短距離をやっていたが、記録が伸びず、
悩んだ末に長距離へと転向する時、
新二に相談する。

その他、陸上同級生で共に鍛練する根岸康行
新二の1年下の陸上部員のムードメーカーの桃井

ライバル高というより、
一つ上の存在で
常に新二たちの刺激となる
鷲谷高校の仙波高梨

春野台高校陸上部の顧問の三輪先生も魅力的だ。
部員のことを心底愛し、
的確なアドバイスをする。
部員や旧友に「みっちゃん」と呼ばれている。

三輪が新二に語る話。

「人生なんて、すべて出会いよ。
おもしれえもんよ。
俺とおまえも出会ったわけだから、
そこに何かが起こるんだよ」
「おまえは100mを10秒台で走るスプリンターになるよ」
「そのタイムの価値は、
おまえには分からんだろうが、すげえことさ。
100m、200mは、
生まれつきの身体がないと走れねえからな。
速筋が発達していないとスプリントはやれない。
何より必要なバネ、強力なバネをおまえは持っているんだ。
天賦の宝だ。
まったくうらやましいぜ。
まだ、フォームができてねえから
タイムもそうそう出ないが、
まじめにやってりゃ、
いずれはインターハイだって狙える選手になれるよ」

連が合宿から逃げ出して、
新二と根岸が連れ戻した時の新二のセリフ。

「俺は、おまえがみっともないのはイヤなんだっ!」
「そういうのは絶対イヤなんだ。
俺がみっともないより、
もっとイヤなんだっ」
「逃げるな、一番みっともねえ」

その後の根岸のセリフ。

「こんなクソワガママなおまえをかばってやってるのは、
友情とかそんなんじゃねえんだ。
チームのためとかじゃねえ。
俺の都合だ」
「おまえの走りを見ていたいんだ。
短距離やってるモンの夢だ、
おまえの走りは。
一度でいいから、
おまえみたいに走ってみたいよ。
夢を見るよ」
「神様にもらったものを粗末にするな。
もらえなかったヤツらのことを
一度でもいいから考えてみろ」

陸上部という存在が
個人的なものでなく、
相互に影響を与え合っていることが分かる。
先輩の安田の言葉。

「二年になる前の春合宿で、
鷲谷に大塚先生が言ってたんだ。
部が選手を育てるんだぞって。
いい選手といい指導者がいても、
まわりに競い合ういい仲間がいないと、
なかなか伸びないものだってな。
部員同士が影響を与え合って、
練習であいつがここまで頑張るなら俺もとか、
試合であいつがここまでやれるなら俺もとか、
相乗効果が全体がレベルアップしていくのが理想だって」

兄の交通事故で落ち込んだままの新二を訪ねてきた谷口が
丹沢湖の駅伝に来てほしいと伝えた時のセリフ。

「みんな・・・みんな待ってる。
神谷くんのこと、待ってる。
溝井くんは、明後日、
引きずってでも連れていくって言ってて・・・。
でも、先生が応援はそういうもんじゃないって。
心がない奴は来なくていいって」
「溝井くんや一ノ瀬くんや根岸くんが、
どうするのかわからない。
だけど、私は・・・、
部のためじゃなくて、
神谷くんのためじゃなくて、
私のために、
私のわがままで、ただ来てほしいと思って。
それだけなんだ・・・。
来年は、たぶん、私はもう走らないと思うの。
最後の丹沢になる。
長距離ランナーとしては
最初で最後の丹沢。
去年とは違うの。
いいチームだから足を引っ張らないように
しっかり走らないといけなくて、
プレッシャーは大きいけど、
このメンバーで走れるのはすごい幸せ」
「そういうレースがあるよね。
一生に一回・・・みたいな。
見てほしいの。
チームメートとして、
神谷くんにすごく力をもらったから」

部長になって、新二は成長する。
そのことは次のような描写によって分かる。
県大会の200mを走る前の新二。

俺は、どうして、こう、人のことばかり。
チームメートの勝ち、負け、その気持ち、
そんなことが気になってばかり。
トラックから目を背けた。
見ていなくても、頭の中で入江が走っていた。
苦しそうな顔で走っていた。
がんばれ、入江!
また、トラックを見た。
どうしようもねえ・・・。
入江は先頭集団から遅れ始めていた。
近くに周回してきた時、
力いっぱい叫んだ。
「入江ーッ、がんばれーっ」
俺もがんばる。
俺なりにがんばる。
おまえを応援することで、
俺は集中する。

リレーについての新二の述懐。

人生は、世界は、リレーそのものだな。
バトンを渡して、人とつながっていける。
一人だけではできない。
だけど、自分が走るその時は、
まったく一人っきりだ。
誰も助けてくれない。
助けられない。
誰も替わってくれない。
替われない。
この孤独を俺はもっと見つめないといけない。
俺は、俺をもっと見つめないといけない。
そこは、言葉のない世界なんだ──たぶん」

そして、新二は、今までの陸上部にいた先輩たちのことを思う。

俺たち4継チームは、
いきなりポンと生まれてきたわけじゃない。
鍵山や桃内の前には、
守屋さんや浦木さんがいた。
そして、その前・・・。
色んなチームがあったんだろうな。
県で敗れたチームもあれば、
地区で終わったチームもあるだろう。
毎年、毎年、ウチの部で、
誰かが4継を走り、バトンを渡してきた。
この総体路線で、ずっと走り続けてきた。
「ねえ、みっちゃん」
俺は足を速めて、先生に並んだ。
「ずっとつながっているんだね」
「ん?何が?」
「先生たちの頃から、いや、もっと前から、
ずっと春高の4継は走り続けているんだね」
「そら、そうだ」
「みっちゃんから、ずっとつながって、
バトンが渡ってきている気がする」
「そうか?」
「はい」
「そりゃあ、なかなか壮大なバトンパスだなあ。
何人になるんだ?」
笑ってつぶやいたみっちゃんの言葉に、
何か胸が広がるような気持ちがした。
デカい気持ちがした。

しかし、高校陸上の過酷さを思う。
地区大会で勝って、
県大会に行き、
それを勝ち抜くと、南関東大会に出場。
常に上には上がいて、
インターハイはまだまだ遠い。
この「上には上」のものすごさ。

作者の佐藤多佳子という人は、
絶対陸上経験者だ、
そうでなければ、こんな小説、書けるはずがない、
と思ったら、違った。
全く陸上には素人で、
神奈川県立麻溝台高等学校に実在する陸上部をモデルとし、
取材に3年近くかけたという。
ゼロから始めて、取材力で、
こんな小説を仕上げる。
小説家の力を改めて感じた。


映画『セールスマン』  映画関係

[映画紹介]

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アカデミー賞外国語映画賞を取った「別離」(2011)の
アスガー・ファルハディ監督
再び2度目のアカデミー賞外国語映画賞を獲得した作品。

教師エマッドと

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その妻ラナは、
共に小さな劇団に所属し、
今は、アーサー・ミラーの戯曲
「セールスマンの死」の舞台で共演していた。

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裏の工事の影響で倒壊の危機に瀕したアパートから
仮の宿りに引っ越した二人は、
前の住人が残した家具をそのままに保存することに
細心の注意を払っていた。

ある日、エマッドの留守中に、
自宅でラナが侵入者に襲われてしまう。
夫が帰宅したと思ってドアを解放してしまった
ラナの不注意によるものだった。

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警察に通報して犯人を捕まえたい夫だったが、
妻は表沙汰にするのをいやがる。
夫の中に妻に対する嫌悪が募り、
二人の感情はすれ違い始める。

どうやら前の居住者はよからぬ商売をしていた女性で、
犯人はその客の一人だと思われる。
侵入者が残した携帯電話と鍵で
乗り捨てたトラックを特定したエマッドは、
策を弄してその持ち主を呼び出すが・・・・

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回教国の映画だから、
妻が犯人に犯されたかどうかは、やや曖昧な描写。
夫の態度で、それが分かる。
その夫婦の亀裂の中で、
夫の復讐心が高まり、
犯人を追及するわけだが・・・

終わりの方は、
年寄りいじめのようで、
やや不快。
犯人のしたことは許せなくても、
その追及の仕方は
「父親の年齢の」人にする態度としては、
監禁など、やや節度に欠ける。
犯人側の事情で夫が事態を明らかにしないのはいいとしても、
最後の一撃は、
犯人の心臓を貫く屈辱の一撃になったはず。
犯人が死んだとすれば、
その原因はエマッドが作ったといえる。

そういうわけで、
ある事件をきっかけとした夫婦の亀裂、
という切り口は買うし、
この監督らしさが表れているが、
物語の終着点は、
かなり後味が悪い
それが、最後の芝居に向かう二人の
虚脱した表情にあらわれているのだが・・・

この犯人像は、
何か別なキャラクター設定には出来なかったのだろうか?

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「セールスマンの死」の上演が背後にあり、
「この戯曲の主人公である
時代の変化に取り残されたセールスマンの境遇を、
急速に近代化が進むイランの社会状況に重ね合わせた」

という説明はやや無理がある。

5段階評価の「4」

予告編は↓をクリック。

https://youtu.be/2pzMyDpOijk

渋谷のル・シネマ他で上映中。

なお、前作「別離」は、
私は高く評価している。

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その感想ブログは、↓をクリック。

別離

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バルカン半島旅行記Aプリズレン  旅行関係

6カ国を周遊するこの旅行、
1番目の国は、コソボ共和国です。
バルカン半島中部の内陸部に位置↓します。
ヨーロッパで一番若い国です。

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「コソボ」という地名は、
ブルガリア語でクロウタドリを意味する「コス」に由来しています。

ユーゴスラビアのセルビアに属する自治州のひとつでしたが、
大部分を占めるアルバニア人による独立運動が起こり、
コソボ紛争(1996〜1999年)が起こりました。
コソボを支援したNATO軍により、
大規模な空爆が行われ、
ヨーロッパ最後の戦場になりました。

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紛争終結後、国連監督下を経て、
2008年2月17日に独立を宣言。

ただし、2015年8月中旬の時点で
独立を承認しているのは、
国連加盟193カのうち111カ国です。
独立を承認していない国では、
セルビアの一部(コソボ・メトヒヤ自治州)とみなされています。
セルビア政府はコソボの分離独立を
「永遠に認めない」と明言しており、
ロシアもコソボの独立を
セルビア政府の合意なしには承認しない意向で、
中国もこれに同調しており、
国連安全保障理事会で拒否権を持つ両国の反対により、
国際連合の安全保障理事会での承認は困難となっています。
またインドやスペインなどの
少数民族の独立運動の問題を抱えている国々も
承認しない意向を表明しています。

日本は2008年3月18日、
コソボを国家として承認。
2009年、外交関係を開設しました。

2010年7月22日には、
国際司法裁判所
コソボのセルビアからの独立宣言を
国際法違反にはあたらないと判断しました。

↓は、コソボの国家承認の状況
青・水色は承認賛成、赤・オレンジは反対、
薄黄は曖昧、灰色は立場が不明な国家・地域。

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↓がコソボの国旗

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国旗の中に地図が描かれるという珍しい姿に
国の領土を明確にする意志が現れています。

人口は180万人
2013年のGDPは70億ドル。
経済的には後進地域で、
ヨーロッパの最貧国の1つ。
国連の調査では、GDPの16%が、
国外に住む国民縁者からの送金。
自分達の稼ぎでは生活が成り立たない者が多く、
全世帯の25%は、
この国外からの送金に頼って生活しているといわれています。

主要産業は農業で、
土地が肥沃な盆地部では
大麦・小麦・トウモロコシ・タバコが生産されています。
鉱物資源は豊かで、
トレプチャの亜鉛鉱山はヨーロッパでも最大級の規模を誇ります。
その他にも、
石炭・銀・アンチモン・鉄・ボーキサイト・クロムなどが産出されています。

民族構成は、
アルバニア人が92%を占め、
セルビア人4%、
ボシュニャク人およびゴーラ人2%、
トルコ人1%、
ロマ1%。

公用語はアルバニア語とセルビア語。

アルバニア人住民の大半がイスラム教を信仰していますが、
ローマ・カトリック信者も存在します。
セルビア人住民はセルビア正教を信仰しています。


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最初の訪問地、プリズレンは、
コソボ南部に位置する歴史的な都市です。

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人口は約17万人で、
ほとんどがアルバニア人です。

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町の中央を川が流れ、

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橋には、恋人たちの愛を誓う鍵が付けられています。

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破局したら、取り外しに来るのでしょうか。

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これは、名所となっている石橋。

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山肌に密集する民家が美しい景観を作ります。

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市庁舎の壁には、
コソボを承認した国の名前が刻まれていますが、

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どこにも日本の名前がないのはなぜなのでしょう。

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こんな道を通って行くと、

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随所にイスラム教のモスクが現れますが、

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キリスト教の教会もあります。

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モスクは、オスマン時代のものも残っています。

これは、ガーズィ・メフメット・バシャ・ハマムの跡。

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ハマムは、中東全域に広く見られる
伝統的な公衆浴場のこと。
語源は「温める」「熱する」を意味する
アラビア語の動詞「ハンマ」に由来します。

美的な外観と
排水・熱効率が計算された内部の構造は
建築学の視点から高く評価されています。

これは、町一番のホテル。

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商店。

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戦争の英雄を称える石像。

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広場に昔からある水道。
飲めます。

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小さな教会跡。

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何か分からない記念碑。

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スィナン・バシャ・モスク

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イスラム教のモスクは、
礼拝時でなければ、入ることが出来ます。

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写真撮影も自由。

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概ね、正教会では、教会内部は撮影不可。
回教の方がオープンです。

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正面のへこんところが、メッカの方向を示します。

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信者は絨毯の線に添って並びます。

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この高いところでコーランを読み上げます。

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見学中、
日に5回の礼拝の時を告げるアザーンの声が
町中に響きました。
この旅行中、
たった一度のアザーン経験でした。

しばしの市内散策の後、

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このレストランで、

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この旅、初の食事。

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野菜にチーズが豊富にかかっています。

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パンの上にもチーズが。

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鶏肉の上にもチーズ。大味。

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デザートのケーキ。大甘。

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この後、首都プリシュティナに向かいます。


小説『望みは何と訊かれたら』  書籍関係

[書籍紹介]

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小池真理子の恋愛小説。
恋愛小説ではあるが、
1970年代の過激派セクトを描いているのが特徴。

五十代半ばの槙村沙織は、
夫と共に訪れたパリの美術館で
偶然、秋津吾郎と再会する。
34年ぶりだった。
その間、二人は全く接触することはなかったが、
秋津吾郎は、
34年前とほとんど変わらない姿で沙織の前に姿を現した。

そのことは沙織の中に封印し、
一度だけ夫に話したことのある過去の出来事を思い出させた。

1970年前後。
大学が学生運動で騒がしかった時代。
沙織は革命インター解放戦線というセクトに所属していた。
そのセクトは大場修造というリーダーが率いており、
その側近である鈴木祥子という二人が
独裁的に支配する超過激派だった。
資金調達のため書籍の万引きもさせられた。
やがて奥多摩のアジトで爆弾製造と実験を繰り返すようになる。
そして、閉鎖的組織のお決まりの内部リンチが行われ、
一人の女性が犠牲になる。
沙織は女性の死体を埋めに山中に行った時、
脱走する。

昔の友人を訪ねたが留守で、
公園で意識を失っていた時、
一人の男性が手を貸し、
家にかくまってくれた。
それが秋津吾郎だった。

吾郎はわけも聞かず、
ただ一方的に庇護してくれた。
ある時、沙織は我慢できずにセクトのことを話すと、
「悪い夢を見たんだ」となぐさめてくれた。
そして、二人は肉体関係に陥り、
奇妙な同居生活は続く。

革命インターの追及が次第に近所に及んで来た頃、
東京駅で爆弾テロが起こり、
革命インターが犯行宣言をする。
混乱する沙織は、
吾郎から金を盗み、
父母の住む仙台の家に帰る。
6カ月間の空白を嘘で固めるが、
やがて大場と祥子が逮捕され、
沙織のところにも刑事が訪れる。

刑事の追及にも、裁判での供述でも、
ついに沙織は吾郎のことを告白することはなかった。
吾郎に罪が及ぶことをおそれたのだ。
沙織は死体遺棄罪で告訴され、
有罪判決が出たが、執行猶予がついた。
沙織は大学を中退し、仙台の父母のもとで暮らし、
徐々に社会復帰し、恋愛し、結婚し、子供も生まれた。
一度だけ夫に過去の出来事を話したことがあるが、
夫は驚愕したものの、結婚生活が変わることはなかった。
吾郎と過ごした6カ月については話さなかった。

そして34年。
パリで再会した沙織は、
逡巡したあげく、
もらった名刺に書かれた携帯電話にかけてみるが・・・

19歳と21歳の男女が
異常な環境の中で出会い、
引き裂かれるように別れ、
34年後に50半ばで再会する。
それだけでドラマチックな背景に、
生活した6カ月のことは、
二人だけの秘密、というところに
更にロマンの香りが漂う。
秘密を共有した男女というものは、
それだけで輝くものだ。

1970年代、全共闘運動が学園を席巻し、
様々なセクト同士が争い、
「革命」が日常茶飯事に語られた時代の雰囲気はよく出ている。

あの時代、
知的虚栄心を持たずに生きていられる若者は少なかった。
場末の安酒場で、
初対面の人間と思想や政治、演劇や文学についての
つまらぬ議論を始め、
酔ったあげくつかみ合いの喧嘩になり、
店を追い出される学生も珍しくなかった。
誰もが、精神や思想の法則を求めていたし、
それらを求めること自体が
知的な行為とみなされていた。
曖昧な情に流されることや
単純なヒューマニズムに従うことは、
軽蔑の対象になった。
建設より破壊、具象より抽象・・・だった。


ここに書かれた「知的虚栄心」という言葉ほど、
当時の学生の上を覆っていたものを
端的に象徴する言葉はないだろう。

議論のための議論、
相手を言い負かすための討論、
決して敗北を認めない屁理屈の応酬・・・

当時の学生は、
今では、皆、既に定年を過ぎている。
あの頃のことを思い返して、どんな思いがするのだろう。
熱い思いをたぎらせるのか、
それとも羞恥に震えるのか・・・

わたしも含め、あの時代、
全共闘の運動に走った若者たちの心の中に、
一瞬にしろ宿ったことのある何かについて、
一時の気の迷いであり、
ハシカのようなものである、
と後年、せせら笑うことは誰にもできる。
全共闘の思想なんて、
エリート意識をもつ高学歴連中の愚かしい妄想に過ぎない。
だってそうだろう、
やつらはあとになって権力と手を結んだんだぜ、
命を賭けてそういう生き方を拒絶していたはずのやつらが、
平然と体制側にまわったんだぜ・・・
そんなふうに言うことは誰にでもできる。
だが、本当にそうだったのか、
それだけだったのだろうか。
そんなことをわたしは今になってもまだ思う。


ただ、当時の嵐がいつの間にか過ぎ去り、
思い出と化した者はいいが、
その時に決定的な傷を負った者たちは悲惨だ。
特に、独善的理論のもとに命を奪われた活動家たち・・・

革命インター解放戦線の描写は、
山中アジト、リンチ殺人など、
連合赤軍を想起させるが、
著者は連合赤軍がモデルとされることを避けるために、
連合赤軍の事件は事件として描写している。
ただ、連合赤軍が銃闘争の方向に進んだのに対し、
革命インター解放戦線は爆弾テロの方向に向かう。
これは、その後に起こった
企業爆破事件を参考にしたものだろう。
ただ、革命インターが大場修造と鈴木祥子という
二人で運営されていたことなど、
連合赤軍の森恒夫と永田洋子の関係を想起させる。

小池真理子は、時々、この時代のことを小説に書く。
一体いかなる経験をしたのか、
聞いてみたい気がする。
ちなみに、小池真理子は1952年生まれ。
連合赤軍事件が起こった時は19歳。
沙織と同じ仙台に実家があり、
学生時代住んだのが吉祥寺で、これも沙織と同じ。

宮城県第三女子高等学校時代、
全共闘運動の影響を受けて、
小池もヘルメットを被って街頭デモに参加したり、
高校で「制服廃止闘争委員会」を結成したりしていたという。
1972年、成蹊大学文学部英米文学科に入学した時は、
連合赤軍事件の後で、
全共闘運動は下降を迎えていた。

なお、題名は、
映画「愛の嵐」↓の中で歌われる曲から想を得たという。

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映画『ハクソー・リッジ』  映画関係

[映画紹介]

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「ブレイブハート」(1995)でアカデミー賞監督賞を獲得した
メル・ギブソン
「アポカリプト」(2006)以来、
10年ぶりに監督した戦争映画。
先のアカデミー賞で、
作品賞、監督賞を含む6部門にノミネートされ、
編集賞録音賞2部門を受賞した。

ヴァージニア州で生まれ育ったデズモンド・ドスは、
第2次世界大戦が激しくなる中、陸軍に志願する。
「皆が戦う中、一人だけ留まるわけにはいかない」と。
しかし、一つ問題を抱えていた。
父親の第1次世界大戦での心の傷と
子供時代の苦い経験から、
「汝、殺すことなかれ」という
キリスト教の教えを大切にしてきたデズモンドは、
他の訓練は熱心に受けるものの、
狙撃の訓練だけは、断固として銃に触れることを拒絶したのだ。
「人を殺すことは最大の罪だ」と主張するデズモンドに、
「戦争とは人を殺すことだ」と呆れる上官は除隊を勧め、
古参の兵と同僚たちから嫌がらせを受け、
恋人ドロシーと結婚式を挙げる予定だった休暇は取り消され、
最後には軍法会議にかけられる。

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軍法会議では取り引きに応じず、
「皆が殺す中、一人くらいは
助ける者がいてもいいのではないか」
と主張する。
意外な人物の尽力で、デズモンドの主張は認められ、
衛生兵としての出兵が許される。

(ここで、父親が第1次大戦の軍服を着て
 かつての上官を訪ねる場面は、いいシーンだ)

そして、派兵されたのは沖縄
激戦地・前田高地は難攻不落の要害で、
150メートルの崖が、のこぎりのように険しくなっていたことから、
“ハクソー(のこぎり)・リッジ(崖)”と呼ばれていた。

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崖をよじ登った兵士たちが
敵(日本兵)の猛攻にあい、
次々と倒れていく中、
他の衛生兵なら見捨てる重傷の兵士たちの元へ駆け寄り、
「俺が家に帰してやる」と声をかけ、
応急処置を施し、肩に担いで
銃弾の中を走り抜けるデズモンドの姿に、
兵士たちの見る目が変わっていった・・・

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戦場を忌避して国内で監獄に入る者は沢山いたかもしれないが、
戦友と同じ戦場に身を置き、
しかも、攻撃の手段(銃や手榴弾やナイフ)を持たず、
ただひとつ、負傷した兵士を救うことだけに専念する
実在の人物がいたことに驚く。
その上、一人を救うと、「もう一人を」と、
最後まで自分の身を後において、
撤退後もその使命に奔走する。
救った命は75人。
敵である日本兵までも助けたという。

まさに「殺し合い」の戦場で
命の大切さを実践する姿は胸を打つ。

前半(5分の2くらいまで)は、
デズモンドの生い立ちと軍での訓練。
後半(5分の3くらい)は、
実際の戦場の描写だ。

映画を一貫して、
メル・ギブソンの演出力があふれ出る
アカデミー賞監督賞候補も当然だ。
そして、デズモンドを演ずるアンドリュー・ガーフィールドがいい。
アカデミー賞の主演男優賞にノミネート。

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デズモンドの真意を疑い、
最後には脱帽する上官をサム・ワーシントンが演ずる。

最後に上官は言う。
「お前は誰もなしとげられなかったことをなした。
 お前こそ、本当の勇気ある男だ」
と。

「信念を曲げたら生きていけない」
とデズモンドは言うが、
信念を持つということ、
その信念をゆらぐことなく
命をかけて実践すること、
その大切さを
極限状況の戦場でなしとげた男の生きざまの物語。
信念を貫く人間の姿は美しい

映画の最後に、
関わった人々の実際の映像が出るが、
終戦後「良心的兵役拒否者」としては、
アメリカ史上初めての名誉勲章が授与されたことも明らかになる。

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デズモンド・ドスは、
2006年、87歳でその生涯を閉じた。

軍服を脱いだふんどし姿の日本兵の描写や
(参加した日本人キャストは異をとなえなかったのか?)

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白旗をかかげながら、
卑怯にも手榴弾で攻撃し、
司令官が切腹するなど、
日本男児としては辛い描写が多く、
少々苦痛を伴うが、
2時間25分の間、
メル・ギブソンの監督の力わざ
圧倒される映画だった。

5段階評価の「4.5」

予告編は↓をクリック。

https://youtu.be/w20WhNIxySk

まあ、これを言ったら元も子もなくなって野暮なのだが、
あえて言う。
アメリカ軍が撤退した夜中に
日本兵はあの縄ばしごを切ってしまえばよかったのではないか???

前田高地の戦闘についての、
実に詳しい解説は、↓をクリック。

http://www.okinawa-senshi.com/maeda-new.htm

「ハクソー・リッジ 映画の舞台を体感するためのガイド」は、
↓をクリック。

http://www.city.urasoe.lg.jp/docs/2017052900033/


これで、先のアカデミー賞の
作品賞候補9作品を全て観たことになる。
(うち3つは機内映画で鑑賞)

私の5段階評価で、

「5」は、

ラ・ラ・ランド

「4.5」は

ムーンライト
LION/ライオン 25年目のただいま
ハクソー・リッジ

「4」は

メッセージ
フェンス
最後の追跡
ドリーム
マンチェスター・バイ・ザ・シー

と、粒選りであることが分かる。

うち5作品の、このブログでの紹介は、↓をクリック。

ラ・ラ・ランド

ムーンライト

LION/ライオン 25年目のただいま

メッセージ

マンチェスター・バイ・ザ・シー

タグ: 映画




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