GINZA SIX  耳より情報

今日は、昼頃銀座に出て、
この劇場で映画を1本。

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上映後、トークショーがあって、
得した気分。

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その後、移動して、ここへ。

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4月20日にオープンした
GINZASIX
略してGSIX

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名前の由来は、所在地が中央区銀座6丁目にあるから。
開発時の名称は「銀座六丁目10地区第一種市街地再開発事業」といいました。

入り口で配っているマップ。

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↓このような図と

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↓このような図が印刷されています。

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7階から12階はオフィス。
商業施設は地下2階から6階までと13階。

地下3階には、観世能楽堂があります。

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地下1階は化粧品で、関係ないので、
まず、地下2階から。

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ここには千疋屋をはじめとする、食品コーナー

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デパ地下ですからね。

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地下2階から入ったのは、
ここなら屋上行きのエレベーターの始発だと思ったから。
でも、エレベーターには行列が。

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屋上庭園

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水が湧き出る施設があり、
子供の遊び場になっていました。

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この庭園、銀座最大で、
約4000uあります。

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緑豊かで、森のよう。

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周囲には回廊があり、

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銀座のビルの景観が楽しめます。

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この神社は、

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「かくごいなりじんじゃ」と読みます。

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このビルが旧松坂屋の跡地に建てられたことが分かります。

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銀座の中空に出来た「空中庭園」。

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ちょっとした安らぎの場所です。

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ここからのエレベーターは混雑。

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一つ階をおりて13階に行くと、

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ここは高級レストラン街

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天ぷら山の上。

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つきじ鈴富。

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見て下さい。この値段。

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ラウンジもあります。

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ここからのエレベーターは混んでいなく、
6階へ。
ここは、13階ほどではない、
カジュアルなレストラン街

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「銀座大食堂」というフードコートもあります。

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しかし、なんといっても広い面積を取ったのが、
ここ、蔦屋書店

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日本一土地価格の高い本屋さんですね。

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カフェが併設され、

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本を読みながら、コーヒーが楽しめます。

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5階から2階は吹き抜けになっていて、

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草間彌生さん制作のオブジェが目を引きます。

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題名は「南瓜」
期間限定公開です。

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オブジェがないと、
↓こうしたのっぺりした空間になってしまうので、
次にも何か考えているのでしょうか。

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それにしても、よく映える。

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シャネルやロレックス、サンローランやヴァレンチノなど

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ひととおりのブランド店は揃っています。

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私には関係ありませんけどね。

その他、ツーリストサービスセンターというのがあり、
国内外からのお客様に向けて、
観光案内やチケット発券、外貨両替、免税、
手荷物一時預かり、宅配など、
便利な機能をワンストップで備えた
旅行者向けのサービスも行っています。

これは裏側。

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オフィスフロア行きのエレベーターは、ここから。

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ここにもスタバが。

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これがマガジン

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プロモーション映像を見たい方は、↓をクリック。

https://youtu.be/L_moFZEwcYM

開店時間はショップが10時30分から20時30分まで、
レストランとカフェが11時00分から23時30分まで。

銀座にまた名所が一つ増えました。


小説『罪の声』  書籍関係

[書籍紹介]

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「週刊文春」ミステリーベスト10の2016年国内部門第1位の作品。

昭和59年に起こった「グリコ森永事件」を題材にしたミステリー。
ただ、犯人まで特定しているため、
創作であることを強調するためにグリコはギンガ、
森永製菓は萬堂製菓と変えられ、
「ギン萬事件」と呼ばれている。
犯人を名乗るグループの「かい人20面相」は、
「くら魔天狗」と変えられている。
しかし、事件の経過はグリコ森永事件そのままで、
これについは、作者が巻末で、

本作品はフィクションですが、
モデルにした「グリコ・森永事件」の
発生日時、場所、犯人グループの脅迫・挑戦状の内容、
その後の事件報道について、
極力史実通りに再現しました。

と断っている。

物語は、二つの糸から成り立つ。

一つは、テーラー曽根を経営する曽根俊也が
入院中の母親からの依頼の探し物で、
父の遺品らしきものの中から
カセットテープと黒革のノートを発見する。
ノートには英語での記録と共に、
「ギンガ」「萬堂」という言葉が書かれていた。

カセットテープには、子供の声で、
何か場所を指定する言葉が録音されていた。
俊也は動画サイトを開き、
ギン萬事件のドキュメンタリー番組の中に、
カセットテープと同じ音を見いだす。
それは一連のギン萬事件の中で、
要求した金の受け渡し場所を指定する音声だった。
俊也は、この声は自分の声だと思うが、
幼少の時のことで記憶にない。

俊也は父の親友だった堀田を訪ねて相談する。
その話の中で浮かび上がったのは、
父の兄の達雄で、イギリスで消息を絶っている人物だった。

堀田と俊也は金融関係の男で伯父を知っている男と会い、
事件当時、伯父が日本に帰国していたこと、
犯人グループの会合を見た人物がいることを聞き出す。
その会合の場所、堺市の小料理屋で
板長からその会合の件を聞き出す。
その場にいた生島という人物に
中学3年の姉と小学2年の弟がいたことが分かる。
事件の時、子供のテープは3種類あった・・・

もう一つの糸が大日新聞文化部記者の阿久津。
年末企画でギン萬事件の特集をやることになり、
そのチームに刈り出される。
最初に手をつけたのが、
ギン萬事件に酷似したオランダのハイネケン誘拐事件で、
事件の詳細を聞き込みしていた東洋人の存在を探るために
イギリスに飛ぶ。
元誘拐交渉人の男に調べてもらい、
その東洋人と同棲していた女性の存在を知り、
シェフィールドという地方都市まで行き、
その女性に会うが空振りに終わる。
デスクの鳥居からは、取材費の無駄使いを責められる。

今は系列会社に天下りしているが、
当時事件の取材をした水島から
資料を託された阿久津は、
地道な捜査を進め、
当時の犯人の目的が株取引でとないかとの疑いから
金融業者に取材したり、
犯人グループの無線を傍受した人物の捜査をしたりしているうち、
その録音CDを発見する。

さらに事件に関係したと思われる人物の写っている写真の中に、
「キツネ目の男」を発見する。
「キツネ目」の男とは、
捜査員に目撃された犯人一味の一人で、
似顔絵が公開されたが、逮捕には結びつかなかった人物だ。

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俊也の方は、生島の家庭が
ある時蒸発していることなどに行き着くが、
俊也の中には、
その声が自分の声であったことが明るみに出た時、
自分の家庭がマスコミにさらされ、
それは娘の行く末にも影響があるのではないかと危惧し、
捜査を途中でストップする。

やがて、阿久津の捜査でも、
堺市の小料理屋にいきつき、
そこで俊也と阿久津の
二つの糸が出会うのだった・・・

グリコ・森永事件の脅迫電話で、
子供の声、
しかも3種類の録音テープが使われたのは事実。
犯人の声が録音されるのを恐れたのだが、
この子供の声に着目した点が秀逸
そして、その子供のたどった運命に
作家の想像の羽が羽ばたく。

小説は、後半、
その録音に関わった俊也以外の二人の子供の運命についても
描写は及ぶ。

巻末で作者はこのように書いている。

この戦後最大の未解決事件は
「子どもを巻き込んだ事件なんだ」
という強い想いから、
本当にこのような人生があったかもしれない、
と思える物語を書きたかったからです。

その想いは報われたといえよう。

担当デスクのセリフ。

「これだけの大事件を未解決に終わらせてしまった警察が、
一切の総括をしてないこともおかしいけど、
スクープ合戦に明け暮れて、
劇場型犯罪の舞台を提供したマスメディアも、
当時の報道について
何ら結論を出せていない」

俊也と阿久津という二人の人物の捜査を
二本の糸として、
特に阿久津の地道な取材で真相に行き当たる構成は見事。

犯人像やその動機など、
?という部分は多いが、
過去の第事件に新たな光を当てたという点で、
注目される作品だといえよう。

事件の取材を終えて、
真相解明に行き着いたデスクが次のように言う。

「俺らの仕事は因数分解みたいなもんや。
何ぼしんどうても、
正面にある不幸や悲しみから目を逸らさんと
『なぜ』という想いで
割り続けなあかん。
素数になるまで割り続けるのは並大抵のことやないけど、
諦めたらあかん。
その素数こそ
事件の本質であり、
人間が求める真実や」

粘り強い取材を続けた阿久津が行き着いた先こそ、
その素数だった、
というのは興味深い。

久しぶりに構想の大きなミステリーを読んだ。

グリコ・森永事件について、
知りたい方は、↓をクリック。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%AA%E3%82%B3%E3%83%BB%E6%A3%AE%E6%B0%B8%E4%BA%8B%E4%BB%B6



映画『ツォツィ』  映画関係

[旧作を観る]

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アカデミー賞の外国語映画賞の候補作は
どれも粒選りで、外れがない

という持論の私は、
こまめに候補作を見ているが、
2006年受賞作の南アフリカ映画「ツォツィ」は、
何故か見逃していた。

南アフリカのヨハネスブルクにある
旧黒人居住区ソウェトの貧しいスラム街。

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そこにチンピラのリーダー、ツォツィが
自分の過去と本名を封印して、一人で住んでいる。

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偽名の「ツォツィ」は、「不良」という意味だ。
幼い頃から、たったひとり、社会の底辺で生きてきた。
名前も、過去も、未来もなく、
怒りと憎しみだけを心の中に積もらせて。

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ツォツィの仲間は、なりそこない教師のボストン、
冷血でキレやすいブッチャー、
そして幼なじみで人のいいデブのアープだ。
4人でつるんでヨハネスブルク中央駅で獲物を見つけ、
電車の中で、男の財布を奪う。
その上、ブッチャーは命まで奪ってしまう。

そんなツォツィに転機が訪れる。
豪邸が建ち並ぶ住宅街で、
車で帰宅した金持ちの黒人女性を襲い、
銃で撃ち、BMWを盗む。
その後部座席に生後数カ月ほどの赤ん坊が
乗っていたのを発見する。

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赤ん坊を抱き上げ、紙袋に入れて、
スラム街のバラックに帰ったツォツィは、
泣き叫ぶ赤ん坊の扱いに途方にくれ、
近所の乳飲み子をかかえる若い女性ミリアムの家に入り込み、
乳をあげるように命令する。

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ツォツィは赤ん坊を「俺の子だ」と言い、
その名前を聞かれ、
思わず「デヴィッド」と答えてしまう。
それは、自分の本当の名前だ。

こうして、ツォツィの中に、
自分でも知らなかった感情が芽生えて来るのだった。

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こういう話の中に、
ツォツィの過去が次第に現れて来る。

幼い頃、エイズに冒され、寝たきりだった母の手を
ツォツィが握ろうとした時、
暴力的で冷酷な父に拒まれた。
ツォツィが可愛がっていた犬の背骨を
父が蹴り上げてへし折った時、
自分も犬のように殺される、と思わずその場を走り去り、
その日からツォツィは一人で生きることを選んだのだ。

土管が並ぶ丘の上。
昔、ここに流れ着いた時、
土管を住処にしていたのだった。
今も、土管の中には貧しい身なりの子どもたちが住み着いている。

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親から切り離された赤ん坊の姿に、
自分の孤独の人生を重ね合わせたツォツィは、
やがて、赤ん坊を返すために
あの豪邸の前に行くが、
その時、捜査の手はツォツィの近くにまで迫っていた・・・

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周囲に配分された人物がほど良い味付けとなっている。
ミリアムは夫を強盗に殺されており、
女手ひとつで赤ん坊を育てていた。
「金は払う」というツォツィに、
ミリアムは金はいらないと言い、
自分にこの子を育てさせてくれ、と言う。

諍いでツォツィは仲間のボストンを傷つけてしまう。
ツォツィは、ボストンを自分のバラックに連れていき、
ボストンの教員試験のための金を工面すると約束する。
金のために殺人を犯したことをなじったボストンが、
「お前は品位(decency )って言葉知っているのか」
と言ったのがツォツィの心の中に残っており、
教育の必要性を感じていたのだ。

また、ツォツィの“仕事場" 、中央駅で
車椅子に乗った物乞いのモリスも良い味を出してる。
ある日、ツォツィはモリスの後を追い、
足が悪いわけを訊く。
炭鉱で働いていた時に事故で足を失っていたのだ。
ツォツィは、蹴られて背骨を折った犬の話をし、
「犬みたいになって、なぜ生き続ける?」
と問いかける。
ツォツィの中で父親に蹴られて
半身不随になった犬の姿が重なっていたのだ。
赤ん坊を返す決意をした後、
ツォツィは、中央駅で、モリスに金を差し出す。

というわけで、
南アフリカの貧民街に住む一人の少年の生きざまを描くこの作品。
よくある内容といいながら、
これほど胸を打ち、新鮮な感動を呼ぶのは何故だろう。
それは、やはり、人間がよく描かれているからに他ならない。
赤ん坊を養わなければならなくなった環境が
ツォツィの中に何かが芽生えるが、
それは「庇護してやらなければならない存在」を得たからだろう。
それは、自分の過酷な人生を蘇らせ、
この子には同じ道を歩ませてはならない
という思いを生む。
そうした人間ドラマが人の心を打つのだ。
そして、背景には、南アフリカの黒人差別と貧富の差が色濃く匂う。

アフリカ映画初のアカデミー賞外国語映画賞受賞はだてではない。
監督のギャヴィン・フッドは、
その後、ハリウッドに招かれ、
日本公開作品では「ウルヴァリン:X−MEN ZERO」(2009)、
「エンダーのゲーム」(2013)などを撮り、
最近では快作「アイ・イン・ザ・スカイ」(2015)
を生んでいる。
私が「ツォツィ」を観たのも、
「アイ・イン・ザ・スカイ」の監督の過去作ということだからだ。
このように、世界に存在する才能を発掘して
すぐに機会を与えるハリウッドの懐の深さにも感心する。

主人公ツォツィに扮するのは、
オーディションで粗ばれたというプレスリー・チュエニヤハエ
その面構え、存在感が素晴らしい。

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出演もしている歌手ZOLAの音楽もよく合っている。
足なえの物乞い役モリスのジェリー・モフォケン
特異な風貌を生かして、うまい。

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南アフリカ大統領だったネルソン・ マンデラ氏は、
ギャビヴィン・ フッド監督と出演者たちに対面した際、
「自分もかつてはツォツィだった。
南アフリカを世界に知らしめたのはこの作品だ」
と讃えたという。
          
なお、DVDには、「幻のラストシーン」として、
撮影したものの、使用しなかった
異なる2つのラストシーンが収録され、
監督の解説も聞ける。

5段階評価の「4.5」

予告編は↓をクリック。

https://youtu.be/l4xSgtu1X_k


タグ: 映画

北朝鮮考・その2  政治関係

注目の4月25日
北朝鮮は核実験もミサイル発射も行わず、
砲撃訓練だけを行った。

砲撃訓練は通常兵器によるもので、
米韓も日米も同様の訓練を行っているので、
文句はつけられまい、というわけだ。
しかし、延々と続く長距離砲の列から発射される
火柱の映像は、強烈で、
これがソウルに向かって射撃されたら、
まさに「ソウルは火の海」になってしまう。

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しかし、それを恐れて融和策を講じれば、
北朝鮮に核とミサイル開発の時間を与えるだけで、
事態はもっと深刻になってしまう。
既にそれは前に嘘をつかれた経験があるのだ。

1994年、核開発疑惑により北朝鮮とアメリカとの間で
一触即発の危機に陥った折、
駐韓アメリカ大使の要請を受け、
ジミー・カーター元大統領が訪朝して金日成主席と会談、
北朝鮮の核開発凍結と査察受け入れで合意した。
しかしその後も北朝鮮は核兵器・弾道弾の開発を極秘裏に継続し、
今日の事態を迎えた。
トランプ政権は、
この過去の過ちの轍を踏むまいとしている。

そもそも戦争を目的として軍備を増強する国に、
何をもって「平和」へ向けての「対話」が成り立つのか。
核を持ったことで、世界の大国と伍していく、
と主張する国が、核を放棄するという選択肢はない。
「外交で解決」を主張する人に、
どういう状態を「解決」と言えるのか、訊いてみたいものだ。

先日、ある有名人と話していて、
「実は、トランプが北朝鮮に対して
軍事力を行使するしか解決の方法はないのではないか」
と言ったところ、
「同感だが、テレビでは、そういうことを言えないんだ」
と言っていた。

戦争はタブーなのは分かるが、
放置すれば、
もっと大きな災厄が起こるとすれば、
いつかは決断の必要が出て来るだろう。

と思いつつ、ネットを眺めていると、
次のような記事をみつけたので、紹介する。


北朝鮮・金正恩体制が
制裁にビクともしない理由

北朝鮮は5日朝、弾道ミサイル1発を発射した。
核開発やミサイル発射など、
暴走を続ける北朝鮮に対し、
国際社会は厳しい経済制裁を科している。
しかし、その効果はなかなか表れてこない。
金正恩朝鮮労働党委員長が率いる現体制は
崩壊の兆しを見せるどころか、
金委員長の権力掌握が進み、
ますます強固になったとの見方まである。
金正恩体制の実態はどうなっているのか。
朝鮮半島情勢に詳しい龍谷大学教授の李相哲さんに分析してもらった。

闇市場で息を吹き返した経済

経済的な側面からすれば、
北朝鮮は一度崩壊したとみるべきだろう。
1991年のソ連崩壊後、
93年ごろから北朝鮮経済はほぼ麻痺まひ状態に陥った。
旧ソ連など社会主義諸国からの支援が途絶えた上に、
核開発問題で国際社会の制裁を受けることになったからだ。
それまで北朝鮮の住民は、食糧だけではなく
生活に欠かせない塩、砂糖、味噌みそ、醤油しょうゆ、酒にいたるまで
配給に頼っていた。
当時の政権は住民に支給する物資を調達できる能力を喪失、
配給を止めざるをえなかった。
その結果、餓死者が続出し、
90年代終わりころまでに「200万人以上の住民が餓死した」
とされる。
住民の多くは、食べ物を探して国中を彷徨さまよい、
生き残りをかけて国から逃げ出す(脱北)ことになった。
脱北者数がピークに達した90年代終わりごろには、
主な脱出先である中国には40万人もの脱北者がいたという統計もある。

脱北者の一部は、食糧やお金を持って国に戻り、
中朝国境を行き来しながら密ひそかに物を売ったり、
物々交換を行ったりするようになった。
そうして生まれたのが北朝鮮の闇市場だ。

配給責任を放棄せざるを得なかった当局は、
生計を維持するために自然発生的に生まれた闇市場を
完全に取り締まることはできず、
見て見ぬふりをするしかなかった。
それまで北朝鮮の一般住民は、
隣の町に出向く時でさえ、
7つ以上の証明書を持参し、
地元当局の許可を得なければならなかったが、
食糧調達する住民を当局が無理やり統制することはできなかった。

このように自然発生的に始まった経済活動は、
その後も拡大を続け、
今では国内の経済活動の8割以上を占める規模となった。
北朝鮮経済が外見的に良くなっているように見えるのは、
こうした住民による経済活動、
すなわち「住民経済」が活発になったからだ。
そのおかげで餓死者は減り、
脱北者も少なくなった。

闇市場の出現により、北朝鮮では経済システムだけでなく、
統治システムにも大きな変化が訪れた。
時の政権が体制維持に必要なお金を調達する「首領経済」と、
市民が生計を立てるために自発的にお金を稼ぐ「住民経済」が
完全に分離されたことで、
政権は統治に必要な資金を住民から吸い上げることができなくなり、
自ら調達しなければならなくなった。

抜け穴だらけの国際包囲網

これまで金正恩政権の首領経済を支えてきたのは、
韓国から流れ込む資金
(従来は南北の経済協力でできた開城ケソン工業団地で稼いだ資金や
市民団体の支援など)、
出稼ぎで海外に行った北朝鮮労働者からの上納金、
在外北朝鮮公館から献納されるいわゆる「忠誠資金」、
武器取引や密輸などで得た利益に加え、
北朝鮮で産出された石炭などの天然資源を売った代金などであった。

金正恩政権はこうして得られた資金を
国民の生活向上のためではなく、
政権維持に必要な秘密警察や軍などの費用にあて、
政権中枢の一部の人間らに利益の一部を配分し、体制を維持した。

上記の資金の多くは国際社会の制裁の影響を受ける。
だが、その包囲網に抜け穴を提供し、首領経済を支えているのが中国だ。

北朝鮮の主な外貨収入源とされる石炭貿易では、
闇のルートを使って行う取引量が
公式の輸出入統計に表れる規模より大きい。
中国の山東半島周辺、あるいは沿岸都市にある
中国企業と北朝鮮の業者との間で行われる石炭の密貿易は、
公式の統計数値には反映されないからだ。
正確な規模については推測するしかないが、
正規の貿易規模に匹敵する年間1000万トン規模と見られる。

また、北朝鮮の戦略物資と言われる原油にも抜け道がある。
ロシアのウラジオストクで原油を精製した後に出る
「M100」と呼ばれる重油は、
北朝鮮北東部の羅先ラソン港に搬入されているとされるが、
その規模は首領経済を支えるには十分と見られている。
M100からガソリン、航空機のジェット燃料などを
抽出できる技術はすでに確立済みだ。

北朝鮮貿易代表部の人間は、
「我々は制裁に慣れている」と制裁を嘲笑している。
彼らは海外で稼いだドルや人民元を
本国に運ぶ必要はない。
監視の目が届きにくい中国にプールして必要に応じて引き出し、
物資を調達している。

国際社会の北朝鮮に対する制裁が利かないのは、
首領経済に的を絞らず、
中途半端な制裁を実施したからだ。
北朝鮮当局の首領経済は、
一般住民らの経済活動に紛れ込ませる形で行われることが多いため、
首領経済だけにターゲットを絞って
制裁の網をかけるのは至難の業である。
海上封鎖や中朝国境の封鎖といった思い切った手を打たない限り、
首領経済の息を止めるのは難しい。

制裁で苦しむのは体制を支える人々

それでも、北朝鮮の体制維持のために作られた
巨大な統治機構を維持するには、
資金はまったく不足しているようだ。
120万人とも言われる軍人や在外公館員を
維持するだけでも莫大ばくだいな予算が必要だ。

朝鮮人民軍の部隊は自給自足を強いられている。
武器などの軍事物資以外で
生活に必要な物は自力で調達しなければならない。
北朝鮮兵士の約3割が栄養失調状態にあるとの証言もある。

在外公館も涙ぐましい努力をしている。
駐モスクワ北朝鮮大使館の例で見られるように、
建物を賃貸しすることすらあるようだ。

近年、平壌の主要レストランや闇市場に出回る
唐辛子や調味料といった食材や調理道具、生活必需品は、
中国にある北朝鮮公館や貿易機関などに駐在する
外交官や駐在員らが、
手荷物として平壌に持ち込んでいるという。
贅沢品も同じだ。

北京の中国人ビジネスマンの証言では、
北京に駐在する北朝鮮籍の記者やその他の駐在員も、
朝早く起きて北京の朝市で必要な食材などを調達し、
中朝を結ぶ国際列車を利用して本国に送るという。

つまり、ここ数年の間、
金正恩指導部をターゲットにした制裁は、
皮肉なことに金正恩委員長ではなく、
体制を支える人々に対して効果を発揮しているのである。

昨年、韓国に亡命した駐英国北朝鮮大使館の太永浩公使によると
「北朝鮮幹部たちは皆絶望感を覚えている」という。
高級幹部、特に在外公館員らは
希望を見いだすこともできず、苦しんでいると証言している。

「普段は強気な北朝鮮の駐在員たちも、
最近は苦しい事情を隠そうとしない」と
北朝鮮駐在員らと交流のある中国ビジネスマンは証言する。

にもかかわらず、金正恩委員長は、
なぜ苦しい経済事情を省みず、
一発数百万ドルもするミサイルの発射実験を続けるのか。
近年8回も発射実験を行った中距離弾道ミサイル「ムスダン」は
国際的な相場で一回あたり
3000万ドル(約33億円)もかかるという。
加えて、経済破綻を導きかねないほどお金がかかる
核実験を続けるのはなぜか。
一言で言えば、金正恩体制維持のためである。 

「エリート集団」に支えられた金正恩体制

北朝鮮という国家体制の特徴を一言で表現するならば
「首領一人のための国家」だ。
北朝鮮の統治機構もそうだが、
住民一人一人も首領のために存在するというのは国是であり、
北朝鮮を建国した金日成主席の時代からの伝統でもある。

金日成時代までは、
「首領経済」の恩恵を受けるのは体制を支える
約300万人に上る労働党員だった。
北朝鮮では労働党の末端組織を「党細胞組織」という。
3人以上30人以下の党員を擁する政府機関や各企業所(工場や企業)、
農村には必ず、「党細胞」が存在する。
このような細胞組織と首領をつなぐ神経系統に相当するのが
各級党組織および統治機構である。

首領経済はこの細胞と神経系統に
栄養分を供給する役割を果たしたが、
このシステムは経済事情の悪化により崩壊しつつある。
党員らも生き残りをかけて闇の経済活動に加わっている。

現在、「首領経済」の恩恵を受けているのは、
金正恩委員長と運命共同体の権力中枢部にいる人間と、
その周囲を固める数万人の幹部と
平壌の一部の市民からなる「エリート集団」である。
この「エリート集団」が離反しないかぎり、
現体制は維持されるのだ。

首領こそが唯一の存在

普通の民主国家ならば
餓死者が出ただけでも人々の不満は高まり、
政権交替を要求する声が充満するはずだが、
北朝鮮でそのような可能性はほぼない。

金正恩委員長の後見人とされた
張成沢氏(国防委員会副委員長)が2013年に粛清されたのは、
まともな経済運営をしようとしたからだ。
それは、つまり首領の権威を否定することであり、
統治システムに変化をもたらす可能性があった。

張氏が処刑される前に読み上げられた「罪状」の中に、
そのヒントがある。
大きな罪の一つとして、張氏が
金正恩委員長を称たたえる記念の石碑を小さくするように
指示したことが挙げられた。
張氏は、無駄を省き、経済を立て直そうとしたのだろうが、
首領こそが唯一の存在であるという北朝鮮において、
首領の権威を否定するいかなる動きも容赦なく排除される。

金委員長が政権の座について以来、
実に100人以上の高官が処刑されたのは、
首領の権威を保つためという理由以外の何物でもない。

北朝鮮では、国が荒廃し、
住民が塗炭の苦しみを味わっても、
体制維持のためならば、
それは応分の犠牲とみなされる。

北朝鮮政府は住民に対し
「我々が今苦しい生活を強いられているのは、
米国をはじめとする帝国主義の制裁があるからだ。
それに立ち向かうために核兵器やミサイルを造っている。
それがあれば彼らはわれわれを圧殺することはできない」
と主張する。

こうした論理に納得する人が多くいるはずはないが、
金委員長に忠誠を誓うエリート集団が健在でありさえすれば、
これが国家の論理となり、体制は維持される。

逆に、金委員長にしてみれば、
エリート集団から忠誠心を引き出し、
結束を図るためにも、
核やミサイルを必要としている。
核とミサイルがあればこそ、
北朝鮮は対外的に存在感を誇示できるし、
金委員長の偉大さを見せつけることも可能だからだ。

だから、核とミサイル開発に全てを集中している。
このような強硬姿勢をいつまで貫くことができるかは、
「首領経済」の台所事情と直接関係するだろう。
国際社会が「首領経済」の息の根を止めないかぎり、
金正恩体制が崩壊することはない。


北朝鮮の強硬姿勢は、
金日恩を頂点とした「体制維持」のためだという。
日本の戦争末期の「国体護持」と一脈通じるものがあるが、
それを打ち砕き、
真実の国の姿を目覚めさせるには、
やはり、力による解放しかないのではないか。
それか、本気で経済制裁を加えて、
北朝鮮に通じる全てのルートを遮断するか、だ。


次は、「週刊現代」の戦争に関する記事。
実は、この記事2013年4月27日号という古い記事
しかし、今に通じるものがあるので、紹介しよう。


戦争が始まったらこうなる
北朝鮮vs. 米・日・韓の戦い
緊急内幕レポート

[前半は省略」

ケリー米国務長官が、
4月12日から15日まで、
韓国、中国、日本と
北朝鮮を取り巻く3ヵ国を回る、東アジア初外遊に出た。
アメリカ国務省関係者が語る。
「わが国はいままさに、韓国と合同軍事演習の最中で、
いつでも実戦に移す準備はできています。
今回のケリー国務長官の3ヵ国訪問で最重要だったのは、
中国訪問でした。
新指導者の習近平は、金正恩を救おうとしているのか、
それとも滅ぼそうとしているのかを、
しっかり見極めようとしたのです」

これまでの東アジア地図は、
日米韓vs. 中朝という対立の構図だった。
前世紀末に世界の冷戦構造が崩壊したが、
東アジア地域だけはいまだに、
冷戦構造を引きずっているからだ。

8割の確率で戦争が起きる

だがこの伝統の図式に最近、異変が起こっている。それは、中国の態度の変化である。
習近平政権は、いまの大荒れの北朝鮮をどう見ているのか。
中国の外交関係者が明かす。
「かつて毛沢東とトウ小平は金日成を、
朝鮮戦争を共に戦った" 血を分けた誼" と見なしていた。
続く江沢民と胡錦濤は金正日を、
兄弟国の" 特別な弟分" と見なしていた。
金正日は計7回訪中したが、
北京へ来れば必ず中国共産党のトップ9が
全員揃って歓待する習慣があった。

だが習近平は金正恩を、
単なる" 物騒な若造" としか見ていない。
だから、北朝鮮のミサイル実験や核実験を受けて、
いともあっさりと、
北朝鮮への重油・食糧・肥料の援助ストップを決断したのだ。

わが国にとって絶対に看過できないのは、
朝鮮戦争時代の悪夢である米軍が北朝鮮に侵入してくることだけだ。
それさえなければ、いつ核兵器の矛先をわが国に向けてくるか知れない
金正恩という狂った指導者など、
いつ失脚しても構わない。
それが習近平新主席のホンネだ」

この中国の外交関係者によれば、中国外交部では、
北朝鮮人のことを「棒子」と呼ぶ。
トウモロコシばかり食べている棒のような奴という意味だ。
また、金正恩第一書記のことは
「三胖児」( デブの三男坊) という隠語で呼んでいるという。
それくらい、いまの北朝鮮と金正恩を蔑視しているというわけだ。

4月10日には、中国共産党機関紙『人民日報』が発行する
中国最大の国際情報紙『環球時報』に、
中国で最も有名な北朝鮮研究者の
張瑰・中国共産党中央党校教授が、次のような原稿を寄せた。

〈朝鮮半島に近く戦争が起こる確率は、7割から8割くらいあるだろう。
北朝鮮にとって武力統一は、昔からの既定路線だからだ。
金正恩は、金日成と金正日が成し遂げられなかった祖国統一を、
いまこそ果たそうとしているのだ。

北朝鮮の国民は幼少時から、
「朝鮮はアメリカと日本に勝利した軍事大国である」
と教えられて育っている。
金日成軍事総合大学の軍事関係者は、
「アメリカを倒すのは、掌を返すくらい容易だ」
と豪語しているほどだ。

先日、朝鮮中央テレビは、
3日間で韓国を占領するというシナリオの映像を流した。
1日目に韓国の重要拠点を占領し、
15万人の米兵を捕虜にする。
2日目に韓国の大多数の都市を占領し、
3日目にその他の地域を占領するというものだ。
朝鮮労働党機関紙『労働新聞』は、
「朝鮮は世界中でアメリカに対抗できる唯一の国である」
と誇っているほどだ〉

まさに皮肉たっぷりの筆致で北朝鮮の「井の中の蛙」ぶりを強調しているのだ。

だが、張教授が述べている
「7割から8割の確率で第2次朝鮮戦争が勃発する」という予想は、
すなわち中国政府の見解に他ならない。
前出の韓国国防部関係者が続ける。

「北朝鮮は、南北の局地戦ならば、
米軍は参戦しないと踏んでいるようだ。
だが、実際にはアメリカは、
三つの条件さえ整えば、
第2次朝鮮戦争に参戦する可能性が高い。
それは、第一に北朝鮮の核やミサイルによって自国の脅威が増すこと。
第二に戦争によって自国の兵士の損失が
最小限に抑えられる見通しがつくこと。
そして第三に中国の後押し、
もしくは少なくとも黙認が得られることだ」

前述のような習近平政権の" 反金正恩政策" を見ると、
金正恩除去に向けて米中が手を組むというシナリオは、
十分考えられるのである。

死傷者は400万人

それでは実際に、南北衝突となった場合、
どのようなシナリオが想定されるのか。
軍事評論家の世良光弘氏が解説する。

「第2次朝鮮戦争になった場合、
北朝鮮は38度線沿いにある数千基の砲台から、
ソウルへ向けて一斉砲撃します。
合わせて、スカッドミサイルもソウルへ向けて撃ち込みます。

しかし米韓は、その前にB2ステルス爆撃機を発進させ、
精密誘導爆弾で38度線の砲門や主要ミサイル基地を爆撃します。
B2爆撃機の護衛には、F22ステルス戦闘機が当たります。

これに対し北朝鮮は、ミグ29戦闘機が迎撃しますが、
まともに稼働するのは30機程度で、たちまち撃墜されるでしょう。
その間にも米韓は、F15EストライクイーグルやB52爆撃機、
ホーネット戦闘機などを投入します。
また海からはトマホーク巡航ミサイルで平壌を爆撃します。
そうして制空権を完全に押さえた後、
戦車部隊やストライカー戦闘旅団などの地上部隊が
38度線を越えて進軍します。

こうして北朝鮮全域を制圧するには、
3ヵ月くらいかかるでしょう。
それでも山岳地帯の坑道に隠れるであろう
金正恩の身柄を拘束するには、
それ以上の時間がかかります」

かくしてイラクのサダム・フセインのように、
金正恩も拘束されて、戦争は完全終結となる。
その後、北朝鮮には、米中韓、それに日本とロシアも加わった
5ヵ国との協調政権が樹立されるというシナリオだ。

だがこのシナリオが現実のものとなれば、
第1次朝鮮戦争と同様、
400万人規模の死者を出すだろう。
ちなみに中国は、金正恩から亡命要請が来ても、断るという。



論文『「おもてなし」という残酷社会』  書籍関係

[書籍紹介]

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この本は、目次の項目を羅列することで、
大方の内容は理解できると思うので、
以下に記す。

はじめに──なくならない過労死

第1章なぜ、過剰な「お客様扱い」が当たり前となったのか

「顧客満足(CS)度」が日本人の心を壊す
オリンピックに向けてもてはやされる「『おもてなし』の精神」
お互いに気遣いをし合う、心地よい関係が崩れつつある
「間柄」と「自己中心」という文化の違い
日本語の曖昧な表現が意味するもの
「すみません」に込められた言葉の意味
困っているのに笑顔なのは、なぜか
「はい」は必ずしも「イエス」ではない
自己主張が苦手なわけ
遠慮するのはなぜか
なぜ、共感性が高いのか
間柄としての自己を生きる
謝罪が責任に直結しない「お互い様」という考え方
「お客様扱い」が「お互い様」の精神を崩壊させた

第2章あらゆる職業が感情のコントロールを強いられる社会へ

一方的な奉仕を強いられる社会
感情労働に必要とされる表層演技と深層演技
「こう感じるべき」という感情労働の規則
感情の抑制が大きなストレスを生む
感情のコントロールを失わせるバーンアウトという現象
だれもがごく自然に気遣いをしてきたのだが……
そして、異常なまでの感情労働を強いられる社会となった
「お客様第一」という美徳も行き過ぎると……
今や、接客業だけではない
ネット社会によって、ますます感情労働を強いられる
苦情処理が事業の成否を左右するというのだが……
本来の仕事より苦情処理に気を遣う時代
人員削減が私たちの心をさらに追いこむ
人間味が失われていく職場
総活躍社会というトリック

第3章「お客様は神様」という発想が働く現場を過酷にする

心の不調を抱える人たち
高まりをみせる労働問題が絡む自殺比率
過重な仕事の負荷と「お客様扱い」の関係
増幅するお客様意識
四六時中、感情労働を強いられる対人援助職
過酷な教育現場の状況とは
教育現場にさえも「顧客満足」重視が……
過酷な保育現場の状況
思いがけない苦情が、保育者をさらに苦しめる
医療事務従事者ほど理不尽な対応を迫られる医療現場
看護師に求められる特有の働き方
看護師の感情規則
バーンアウトや離職が多い看護職の現場
あまりにも過酷な介護の現場
非常に難しい感情コントロールが求められる介護職員
理不尽なクレームにも耐える車掌や駅員
とりわけ過酷なコールセンター業務
業者という立場の嘆き

第4章職場内すらも抑圧された感情が渦巻く場に

横暴な上司に対して、ひたすら我慢する部下
上司を傷つけないように気遣いも必要なんて……
上司や先輩のアドバイスにさえ、「上から目線」と反発
若手社員はお客様なのか
採用面接、さらには新入社員にも気を遣うブラック恐怖症の企業
感情を押し殺すのは非正規社員だけではない

第5章過剰・感情労働時代のストレスとの付きあい方

客となってストレスを発散する社会
枠組みを変えるリフレーミング
ひとりで抱え込まないで、共感を得ること
自己開示できる場をもつ
腹が立つこと、ムシャクシャすることをノートに書き留める
注目されるレジリエンスという心の性質
どうすれば、レジリエンスを高めることができるか
肯定的な意味づけの力を高める
感情労働の一要素である「探索的理解」
ある程度の自律性をもたせるような仕事のやり方を模索する
日常の生活を充実させる
「おもてなし」の勘違いに気づく

あとがき

特に目を引く部分は、
欧米の文化を「自己中心の文化」
日本の文化を「間柄の文化」と名付けて対比させた部分だろう。

「自己中心の文化」のもとで自己形成してきた欧米人の自己は、
個として独立しており、
他者から切り離されている。

「間柄の文化」のもとで自己形成してきた日本人の自己は、
個として閉じておらず、
他者に対して開かれている。

たとえば、欧米で商品の欠陥を指摘して持ち込んだ時、
担当者は「自分の責任じゃない」と思うから、
謝らないし、
逆に「使い方が悪いんじゃないか」などと追究する。
スーパーのレジに列が出来ていても、
時間が来れば、帰ってしまう。
「私の労働時間は終わった」と。

日本では、そうならない。
欠陥商品を持ち込まれたら、
自分に責任があるかのように謝る。
そして誠心誠意対応する。
お客様が残っていれば、
残業してでも対応しようとする。

それが「自己中心の文化」と「間柄の文化」の違いだ、と。

日本は「間柄の文化」をもち、
私たちは他者から切り離された独立的自己を生きているのではなく、
他者と相互に影響を与え合う
「間柄としての自己」を生きているからである。

哲学者和辻哲郎は、
日本語の「人間」という言葉が
「人」という意味で用いられていることに着目している。
「人」にわざわざ「間」をつけた「人間」、
つまり「人の間」が、
なぜまた「人」の意味で使われるのかというのだ。
和辻によれば、
ドイツ語でも、フランス語でも、英語でも、中国語でも、
このような混同はみられないという。


「間柄の文化」では、常に相手に対して気遣いする。

そうした気遣いによって、
争い事が少なく
強調的で治安のよい平和な社会が保たれている。
自己主張の盛んな社会は、
争い事だらけの訴訟社会になっている。


なるほど、そこが日本人の特徴か、
と納得するが、
それがどのようにして形成されたか、
については言及しない。

私案だが、
それは日本の持っている自然の風土と、
島国という特徴、
そして、聖徳太子の「十七条憲法」にある
「一に曰く、和(やわらぎ)を以て貴しと為し」
というあたりから作られたのだろう。
いや、それ以前に
そういう風潮があったからこそ、
この第1条は書かれたのかもしれない。

だから「お互い様」というのがよく分かる。

私たち日本人の心の深層には、
自分の非を認めずに自己正当化するのは見苦しく、
みんともないといった感受性が根づいている。
そのため、自分の非を認めずに
自己正当化に走る人物は自分勝手な未熟者とみなされ、
軽蔑される。
さらには、私たち日本人の心の深層には、
非を認めて謝っている人物を
それ以上責め立てるのは無粋であり、
みっともないという感受性がある。
そのため、自分の非を認めて謝る人物は、
その潔さが評価され、
寛大な対応がなされるのが普通である。


このあたり、何度謝っても許さない
中国・韓国とは文化が違うのだとつくづく感ずる。

1600年前に日本を3度訪れた宣教師ヴァリニャーノは、
日本についての報告書「日本諸事要録」で、

日本人は感情をあらわすことには非常に慎み深く、
感情をなかなか表に出さず、
憤怒の情を抑制するため、
怒りを爆発させることは稀だという。
そのため、街中でも自宅でも、
他の国々のように大声で人と争うのをみることはないとしている。
さらに、日本人は人付きあいにおいて非常に思慮深く、
ヨーロッパ人と違って、
嘆いたり不満をいったり、
苦しい状況について語ったりする際も、
感情的になることはないと記している。
人を訪ねたときも、
相手に不愉快なことをいうべきではないと心得ているため、
けっして自分の苦労や不幸や悲嘆を口にしない。
苦悩はできる限り自分の胸のなかにしまっておく。
自らの苦労について語る場合も、
大したことではないといった調子で、
さりげなく触れるだけで、
あとは一笑に附してしまう。
否定的な感情を抑制することで、
他人に負担をかけないようにする日本人の特徴について、
そのように記されている。


日本人の本質を日本人以上に見抜いた
ヴァリニャーノの炯眼は尊敬に値する。

それにしても、
日本人は世界一大人ではないか。
自分の気持ちを抑制し、他者を思いやる心。
このうるわしい美風を大切にしたいものだ。

しかし、その美風も、
最近は破壊されつつある。
それが「顧客満足度」などという欧米的概念を導入したために、
従業員は過剰な「お客様扱い」を強いられるようになり、
客は過剰な接客を当然とみなし、
どんどんわがままになっていったという。

それによって強制されるようになったのが「感情労働」で、
職務にふさわしい感情を演出し、
管理することが求められる労働、
客の過剰な要求、理不尽な要求にも
内心の反発を隠して応じようとする労働だという。
代表的なものとして、
客室乗務員、看護師、介護職員、教員、
コールセンター業務などを挙げ、
職場では上司の圧迫、
部下への気遣いなどを挙げ、
感情労働のオンパレードで、
それで様々な人々が変調をきたしているという。
時にはストレスに耐えかねてバーンアウト(爆発)してしまう人もいる。

このあたりの論理は、やや強引で、
原因は別にあるのではないか、という気もしないでもない。

そして、対処法としては、
前向きな思考方法だというのだが・・・

最後に筆者はこう書く。

東京オリンピックの開催に向けて、
「おもてなし」を売り物にしようと、
「お客様扱い」をしきりに強調する動きが目立つが、
それは逆効果である。
「おもてなし」が日本の売り物であるのは、
「間柄の文化」だからである。
「おもてなし」が根づいていない「自己中心の文化」に発する
「顧客満足」のような概念を取り入れたら、
「間柄の文化」特有の「お互い様」の精神が崩れ、
「おもてなし」どころではなくなるだろう。
 
               
というのだが、ちょっと違う気がする。
外国のお客様を「おもてなし」することと、
「顧客満足度」とは別にリンクしないし、
「自己中心の文化」の人々に「間柄の文化」を知っていただくのは、
大いに意義があることだと思うのだが・・・。

著者の榎本博明氏は、
1955年東京生まれ。
東京大学教育学部教育心理学科卒業。





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