千鳥ヶ淵のボート  身辺雑記

今日は、朝7時45分に家を出て、九段下へ。

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いよいよ、花見の季節。
東京で一番見事な桜は千鳥ヶ淵だと思いますが、
そこでいつも見る風景がこれ↓。

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写真は2年前の4月のものですが、
あのボートに乗って桜を見てみたいという願望が起こり、
ついに今年、決行したのです。

乗り場は、ネットで調べた、ここ↓。

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地下鉄を出て、目にした光景。

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う〜ん、1日早かったか。
確かに、ネットの満開予想は4月1日
しかし、今日しか日程が取れなかったので、仕方ない。

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しかし、そこそこきれいです。

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遊歩道の桜のトンネルを歩いて行くと、

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なんだかさっきより咲いてきたような。

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気のせいでしょうか。

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外人さんも熱心に撮影。

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こんな表示もあります。

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しばらく遊歩道を歩いて行くと、
見えてきました。

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ボート乗り場。

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9時30分からなのに、
9時の時点でこの行列。

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おや、この方は?

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時間が来て、順に乗船。

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あの方は、

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中国人の結婚前の記念撮影でした。

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右のボートが撮影隊。

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見る間に乗船ボートが増えます。

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これがチケット売り場。

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通常期は30分500円、1時間1000円ですが、
観桜期には30分800円1時間1600円になります。

この方は中国人の職員。

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ということは、中国人客が多いということか。

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いざ、出発。

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下から見ると、このように見えます。

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上から見下ろす人々。

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ボートは、一番奥へ。

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ここには、垂れ下がった桜の枝があります。

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間近に見る、きれいな桜の花。

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足漕ぎ型もあります。

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そろそろ時間なので、戻ります。

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またカップルに遭遇。
いちゃいちゃして、キスなどしています。

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船着場に到着。

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5分位遅れた程度では、追加料金は取られません。

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船着場の上から見たところ。

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全部で70艘くらいあります。

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遊歩道も人が混んできました。

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靖国通りの桜。

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靖国神社に西の門から入ります。

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これは第二鳥居

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150年とは、意外と歴史が浅い。

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神門をくぐります。

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左右に桜が。

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拝殿前の鳥居の脇には、

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戦争に行った先から家族に宛てた手紙が掲示されています。

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「芳子さんへ」と題した
ソロモン諸島で亡くなった陸軍曹長の手紙。

コクミンガクコウノ イチネンセイ ゲンキで
ベンキヨウ スルンダヨ
ミナミノウミハ キレイデス 
サンゴノハヤシガ キレイダヨ
コカゲハ スズシイヨ
ツバメが スイスイ トンデユク
ヨシコが ガクコウヘ ユクコロハ
ツバメガ ナイチヘ カヘルダロ
チイサイ ノブコヤ タカヨシト
ナカヨク アソンデ ヤルンダヨ

胸が詰まります。

拝殿。

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戦没者の方への祈りを捧げます。

でも、帰りの参道には、

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こんな光景が。

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イカ焼きや

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鮎焼きや

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天下太平。

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平和をかみしめつつ、
たこ焼きを食べます。

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この人だかりは、

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昔なつかしい飴細工。

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正面の第一鳥居です。

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明日は寒いようですから、
天気もよく、暖かかった
今日来て、
正解だったかもしれません。


キム・ジュンスのコンサート  音楽関係

今日は夕方から、有楽町の国際フォーラムへ。

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用事は6時半からなので、

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その前に、イトシアの

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このお店に。
ベトナム料理店サイゴン

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店内はこんな感じで、

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壁にベトナムらしい飾りつけがしてあります。

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数あるメニューの中から

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カミさんは選べるフォーセット
鶏肉のフォーを選択。
それにアボガドと生春巻き、
青パパイヤのサラダ、
ベトナムタピオカのぜんざいが付きます。
税込みで1380円。

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私は単純にシャブシャブ牛肉のフォー

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税込みで1036円。
ハノイでは300円でした。

表に出ると、あの椅子が。
(分からない方は、昨日のブログ「ベトナム旅行記C」を参照。

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腹ごしらえが済んだ後、
国際フォーラムのホールAへ。

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目的はこれ。
キム・ジュンス・ベスト・バラード・
スプリング・ツァー・コンサート・イン・ジャパン


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いつものように、ファンの花輪が。

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ファンはありがたいですね。

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入り口の模様。

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国際フォーラムは座席数5012

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いつものジュンスのコンサート会場としては小ぶりですが、
オーケストラ付きのコンサートとしては
ふさわしいかもしれません。
ジュンスも会場の雰囲気が気に入ったようでした。

席は2階の後方左寄り。

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暗くなると、
ペンライトが輝きます。

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アンコールでは、この色がブルーに。
ファンの間にツイッターが回り、そういう仕掛けに。

冒頭の部分をパシリ。
あとは撮影禁止に従います。

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途中、「ジーニー・タイム」というのがあり、
「アラジンき魔法のランプ」で出て来る
ランプの精・ジーニーにちなみ、
ファンの要望に3つこたえる、というコーナー。
歌を要望したり、ダンスを要望したり、
中には赤ちゃん言葉を言ってほしい、
などと様々ですが、
今日の3つ(追加があり、4つ)は全部歌の要望
ミュージカルの中の何々を歌ってほしい、などというもの。
当然、伴奏なしのアカペラですが、
これが絶品。
ジュンスの歌のうまさが発揮されます。

歌は「デスノート」の中の曲4曲から始まり、
たっぷり3時間。
ダンスミュージックのサービスもあります。

ジュンスの歌を堪能しました。

隣の席は、娘のお仲間の二人。
一人は北海道から来たそうです。

終わった後の出口。

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明日2回公演があり、
娘は計3回参加します。
やれやれ。



ベトナム旅行記C・ベトナムあれこれ  旅行関係

オペラハウスで一行と別れて、
レストランへ向かいます。

ご存じのとおり、ベトナムはバイクがすごい。

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信号が変わると、
ドーッと襲って来ます。

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渋滞すると、

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「あっ、ここが空いてる」
とばかりに、歩道を走ります。

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三人乗り、四人乗りは当たり前。

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歩道にバイクが並びますが、

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これ、れっきとした駐車場で、

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係が駐車料金を集めに来ます。

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ハノイだけで、バイクは500万台あるそうです。
ホンダ、ヤマハが人気で、10万円くらい。
月収約3〜4万円では、なかなかきつい。
中国製なら3〜5万で買えるといいます。
ガソリン代も1リットル70円くらい。
日本より安いですが、
月収が違いますから、相対的には高値。

鉄道も

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バスもあるようですが、

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あまり乗客が多くないようです。

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信号は、東南アジアによくある、秒数表示。

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横断歩道には、信号がありません。

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渡るのは馴れていないと。
やがて、コツが分かりました。
あわてて走るとぶつかりますが、
ゆっくり渡れば、
先方でスピードを緩めるか、避けてくれます。

歩いているうちに、

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路上の市場みたいなのにであいました。

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野菜や果物が多いですが、

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魚屋も出ています。

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こういう食べ物屋も。

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たいていは路上で食べます。

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椅子も、こうした風呂場のような椅子。

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私はこういうところで食べたかったのですが、

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カミさんにより、拒否。
初日にガイドから
「日本の方は清潔な環境にいますから、
ああいうところで食べると、下痢をします」
と説明があり、
「ほら、みなさい」
と、カミさん。

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それにしても、この椅子は何とかならないか。

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揚げ物の油は真っ黒です。

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お昼は、
「地球の歩き方」推薦のこの店。

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ホテルの1階にある
ベトナム料理の店カイカウ

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「何を食べてもハズレがないと、
在住外国人から厚い支持を得ている」
と書かれてあります。

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日本人の客も多いらしく、
日本語のメニューがあります。

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まず、スープ。

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揚げ春巻き、5万ドン(300円)。

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黒コショウで炒め牛肉、15万ドン(900円)。

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焼きイカ、10万ドン(600円)。

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野菜焼き飯、10万ドン(600円)。

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飲み物も合わせて、全部で56万5950ドン。
カードの請求は2953円
1ドン=0.0052円で、
かなりいいレート。

↓かベトナムの紙幣。

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全部ホーチミンさんの顔です。

羽田のレートが1ドン=0.0059円で、
1万円→169万ドン。
こちらのガイドの両替が1万円→185万ドンで、
1ドン=0.0054円。
それより良いレートです。

後ろの3桁を取って、
6をかければ大体日本円に。

その後は、旧市街を散策。

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ハノイの住居は、
三階建て、四階建てが多い。

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1階は店舗、上が住まいが標準。

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これは結婚式。

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花屋も多いです。

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ロート製薬はベトナムに進出。

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公衆トイレ。
でも、使われていないみたい。

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この笠がベトナム独特。

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ベトナムの勤務時間は8時から5時までで、
途中11時半から1時半までが休みです。
残業はしません。
ガイドさんは、
週1回飲みに行くそうです。
カラオケは1時間1000円〜1500円で、高い。

学校は2部制。

道路で鳥を飼っています。

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この人だかりは、

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路上将棋のようです。

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日本の将棋とは、ちょっと違う。

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和食の店もありますが、

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ちょっと高め。

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このお店で

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カミさんは買い物。

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いろいろ買って、138万ドン(8200円)。

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値切って110万ドン(6600円)。

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現地人価格の5倍くらいの日本人価格
まあ、寄付のつもりで払いました。
あの女性店員、
「うまくいった」と思っているでしょうね。

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これは墓標。
写真付きとは、変わっています。

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通りを走るシクロ。
西洋人の客が多い。

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その後は、
ホアンキエム湖を歩きます。

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ここにはスポーツ道具が置いてあり、

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こんな光景も。

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湖畔にあった水上人形劇の劇場。

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ホーチミンで観たことがあるので、
今回はパス。

路上を高校生が占拠しています。

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やきそばのような、
さきいかのような食べ物。

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「食べたい」と言ったら、
カミさんから睨まれました。

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ハノイ大教会。

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実は、昨晩、このあたりは探検済み。
↓は夜の大教会。

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途中で見かけたツアーの看板。

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ハロン湾が日帰りで30ドル(3300円)。
今回のオプショナルが、
ハロン湾+市内観光で12000円ですから、
ここでも日本人価格。

観光客は中国人が一番多くて、年200万人。
次が韓国人で、
日本人は3位で年65万人。

ちなみに、ベトナムからの日本旅行は
3泊5日で18万円くらいで、
とても手が出ないと、
ガイドが言っていました。

ホテルに一旦戻ると、
カミさんは疲れて寝てしまったので、
近所にあるハノイ駅に向かいました。
私は外国に行くと、
可能な限り駅に行ってみるのです。

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これがハノイ駅。

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デパートのような外観ですが、

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中は質素。

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ここがチケット売り場。

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行列が出来ています。

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列車の本数は少ないようです。

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売店。

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棟続きの隣が、

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待合室。

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鍵がかかっている中を覗いてみました。

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外国人は入り口が分かれているようです。

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首都の玄関口にしては
随分寂しい感じでした。

ホテルに戻ってカミさんを起し、
夕食は、ここ、クアンカン・ゴン

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これも「地球の歩き方」でみつけた店。

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「衛生面に配慮している」という記述がありました。
客は外国人が多い。

そこで、フォーを。

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↑↓どちらも5万ドン(300円)そこそこ。
麺はともかく、
スープのうまいことといったら。

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帰りに見かけた日本風居酒屋「キモノ」。
本当に着物を来た日本人の若い女の子が
ドアを開けてくれます。

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ところで、ホテルのエレベーターに向かう途中に
ラウンジがあるのですが、

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そこで聞こえて来た女性歌手の歌声に
思わず足を止めてしまいました。
うまい。
特に「ベサメ・ムーチョ」は、
こんな「ベサメ・ムーチョ」は聴いたことがない、
というほど。

照明も当たっておらず、
カラオケの音量を自分で調整しています。
しかし、歌はどの曲も素晴らしい。

↓がその歌手。

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家に戻ってから、そのことを言うと、
娘が「名前を聞けばよかったのに。
そしたら、ネット出ているかもしれないよ」

と言うので、
ホテルにメールしてみると、
返信があって、
その歌手は、
Karelia Costamen
というキューバ人のだとのこと。
ネットに当たってみると、
全然ヒットしません。
つまり、まったくの無名歌手
それはそうですね。
ベトナムのたとえ一流ホテルでも、
ラウンジで歌う歌手なのですから。

彼女が運に恵まれて、
有名になる日を待ちましょう。

さて、翌日は朝早くセダンの出迎えを受けて、

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空港へ。

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ここの空港のテレビは、
ヒュンダイでなく、ソニーです。

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ベトナム航空は、

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同じ飛行機で、パーソナルテレビはなし。

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今度はアイフォンの中の志ん朝を聴いて、
笑いながら来ました。
行きの5時間45分に対し、
帰りは4時間15分
恐るべし、偏西風。

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家に帰って並べたみやげ物。

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今度も天候に恵まれて、
あっという間の3泊4日でした。


『冬の光』  書籍関係

〔書籍紹介〕

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富岡康宏・62歳がフェリーから転落死し、
現場の状況から自殺であったと判断される。
遺体を引き取った妻・美枝子の対応は冷たい。
というのは、康宏は25年もの長きにわたり妻を裏切っており、
証拠を突き付けて女と別れさせたこともあった。

康宏は東日本大震災の際に
即座に現地に赴き、ボランティアとして活躍した。
重工業メーカーに30年勤めたノウハウを生かしたのだ。
それが一段落ついて東京に戻った康宏は
四国巡礼に行くと言い出し、
車で札所88カ所を回り終え 
徳島から乗り込んだフェリーで命を絶ったのだ。
しかも、巡礼の間に、
康宏が被災地に入った理由は、
昔の恋人が被災していたからだったと判明する。
その恋人は被災し、死亡していた。
その事実を知った妻は不在の康宏と決別し、
墓も別に建てた。

次女の碧は、
連休を利用して、
四国に発つ。
父の足跡を辿る旅だ。
遺品の中にあった手帳には、
どこの寺を訪ね、どこに泊まったかが、
金銭出納の記録と共に記されていたのだ。
父の足跡を訪ねていくと、
不審な点に気づく。
ある寺で巡礼の装束一式や金剛杖など一式を放棄しているのだ。
また、庖丁研ぎで収入を得ていた形跡もある。
金銭的に困っていたわけでもないはずなのだ。
ある場所では女性と同行し、
病気の女性を医師に見せていた。
そして、最後に泊まったのは2万5千円もする高い旅館だった。
謎を残したまま、
碧の父の足跡を辿る旅は終わる。

この碧の歩みにはさまる形で、
康宏の生涯が語られる。

学生運動吹き荒れる大学内で出会った笹岡紘子との交わり。
卒業時期が近づき、学生運動から手を引き、
重工業メーカーに就職を果たした康宏を紘子は非難する。
紘子自身は大学の研究室に残った。
「反動の手先、戦争犯罪人、殺人者」という言葉を投げつけて
紘子は康宏のもとを去る。
康宏は会社になじみ、
そこで知り合った美枝子と結婚し、
二人の娘をもうける。

三十代半ばに至った康宏は、
取引先企業の社長たちに随行した研修旅行で赴いた
フランスのナントで
紘子に再会する。
美術館開館の準備作業のため
客員研究員として派遣されたのだという。
帰国後、二人の恋は再燃する。

こうして、妻に発覚しての中断をはさみ、
40年にわたる男女の関わりが時代背景と共に描かれる。
まさに篠田節子にしか描けない世界が展開する。

娘が見た父親の姿と、
実際の父親の姿。
その二つの間には隔たりが大きい。
父が娘に語ることのない人生がそこにはある。
そして、お互いが決して理解できないことも。

碧が追う父の四国巡礼の足跡で見えた謎が
後半、康宏自身の巡礼の旅の描写で明かされるあたりは
実にスリリング。

そして、康宏と紘子の関係も
学生運動の終焉で
企業戦士として世の中に溶け込む道を選んだ男と
大学に留まり、
男女差別と理不尽な大学執行部との闘いにあけくれる女との
葛藤として描かれる。

逢い引きをくりかえしながら、
「資本と国家の論理に組み込まれて、
従順な小市民、企業戦士に
作り変えられていこうとしているのよ。
気がつかない?
そうやって主体性を失っていくのよ」
「二十歳を過ぎた男が、
いつまでも頭の中で
理屈をこね回して生きていけるわけないだろ」
という論争。

少女に留まることをゆるされる女と
大人にならざるをえない男。
大学院生として学生を続ける笹岡紘子と、
東京を離れ、製造現場の研修で
企業人として鍛え上げられていく康宏との間で、
その距離は際限なく開いていく。

妻として選んだ美枝子との違いを次のように描写する。

一緒にいて心地良い。
学力として計られる知性ではなく、
女性としての知恵、
社会に出た後に
そんなものがあることに気づいたのだが、
それを備えている人だった。

何度目かの別れの時、
康宏が紘子に告げる言葉の切実さ。

「俺には一生をかけるだけのテーマなんかない。
物作りだ、未来だ、といくらでも口当たりのいい言葉を吐いてきた。
だが切実な本音を言ってしまえば、
組織の中でどこまで上り詰めるかということが
最大の関心事だった。
それだけの人生だ。
本当にそれだけの人生でしかない。
俺は、今のまま、
部長相当職などで終わりたくはない。
自分をそれだけのものだとも思っていない。
六十を前にして地方に飛ばされたり、
子会社に出向させられるのはごめんだ。
再雇用など嫌だ。
最低でも平取で残りたい。
受験戦争を勝ち抜き、
同僚を蹴落とし、
どいつが勝ち馬か見定めて乗っかる。
それだけでここまでやってきた。
勝ち残れなければ何のための人生だ。
サラリーマンっていうのは、
そういうものなんだよ。
出世のためのご機嫌うかがいと
足の引っ張り合いに費やすエネルギーを
本来の仕事に振り向ければ、
すばらしいことができる。
そんなのはわかっている。
だがそれをしたやつは、
使い潰されて四十代でスクラップになった。
生き残ったところで
給料は頭打ちで
ローンの返済にも苦労する。
いいか、俺はそういう世界で生きているんだ。
そういう人生を送っている。
だが君は違う。
俺とは別の道を選んだ。
その気になれば、
自分の一生のテーマを追えるはずじゃないのか。
君の本来やるべきことがあるはずだろう」

「お互い退職まで、もう時間がないんだ。
もう間がないんだ。
いや、人生の終わりまで間がない。
俺たちはそういう歳になってしまったんだよ」

節を曲げてしまった男からの
節を曲げない女への痛切な願望である。

その後、紘子は大学当局と闘い、
うとんじられる。

東日本大震災の被災地に入り、
紘子が住んでいたマンションの残骸の前に立ち、
康宏は、こう思う。

人生のどこかで踏み迷った。
そのまま、遠いところまできてしまった・・・。
後悔などしていない。
人並みの喜びも悲しみも、
挫折感も幸福も、
すべてを手に入れた。
だが、肝心のものがない。
それが何だったのか。
自分が何か長くて平凡を物語を演じてきた
大根役者のような気がした。

被災地でのボランティアを終えて
東京に戻った康宏を憂愁が包む。

何をしたらいいかわからなかった。
命じられれば買い物でも掃除でもする。
もちろん庖丁研ぎも。
しかし流れる時間は不連続で、
今いる自分の記憶と行動のすべてが断片となって
薄青い闇の中に吸い込まれていくような気がした。

孫はかわいい。
敦子親子を家に迎え、
三人の孫の甘酸っぱい匂いを放つ
柔らかな体を抱き、
車に乗せて近所の公園や遊園地につれて行く。
一日相手をして見送ったその夜は、
疲労とともにとてつもない虚無感に襲われる。
幸福の後ろに、
感触も色も温度も何もない穴が空いていた。
家族、孫、年金、趣味。
世間からみて恵まれ過ぎた老後に、何もない。
ただ立ちすくんでいた。
結局のところ、
人生とは背負った重荷なのかもしれない、とも思った。
自分を生かしてきたものは、
背骨がきしむほどの荷物だった。
それが推進力となって自分を生かしてきた。
彼はぼんやりと自分の胸に開いた空洞を見下ろしていた。
巡礼の旅に思いをはせたのは
そんな折だった。

碧が父の足跡を辿る旅の途中、
女性の治療のために訪れた医院の医師のセリフがなかなかいい。

「姿形こそ白装束に金剛杖ではないけれど、
お父さんの風情は遍路そのものだった。
少なくとも僕の考える巡礼の姿だった。
恬淡として、遊行期(ゆぎょうき)の男の姿ですよ」
「遊行期?」
ああ、と医師は微笑んだ。
「バラモン教の言葉でね、
人の一生を四つの時期にわけて、
それぞれの時期にどう生きていくべきかといったことが説かれている。
あなたくらいの歳だと学びの季節、かな。
やがて成熟すると、
働き結婚して子をもうける時期が来る。
そこまでは当たり前なんだけれど、
孫のできる季節になったら、
子供は妻に託し、
これまで築いてきたものをすべて家に置いて、
森に入れ、と」

「それで森に入った人は、
どうするのですか?」
「獣の皮や樹皮をまとい、
耕作はせずに森に実るものを食べて生きていく。
自然の一部になって、
家族も文明も捨てる」

「それで森で暮らす日々が終わると
最後は、遊行期に入る。
いよいよ人生の仕上げのときです。
身に帯びたものをすべて捨てて、
死にたいとか生きたいとかいう望みも絶って、
ただそのときが来たら死ぬという
恬淡とした境地に至る。
観念的な話だけど、
僕は一度、実例を見ているので」


(その実例の話)
「この世での役割は終えたので、
自分は妻や子供に別れを告げて旅に出た、と、
実に幸せそうに語っていた。
ようやく人生のすべての義務から解放されて、
自由の身になり
心ゆくまで修行することを許された。
こんな日が来るのを夢見て、
現世の辛い生活に耐えたんだ、と」

「親がフェリーから飛び込んだりしたら、
それはショックでしょう。
気持ちはお察しします。
でも、あのときのお父さんの様子からして、
すこぶる自然なことだったのかもしれないですよ。
お父さんは終着駅を見つけたのです。
お父さんは俗世のすべてを捨てた後、
身一つになって帰るべきところを探していたんですよ。
それで波の間にそんな場所を見つけ、
一人で帰っていった。
そういうことです」

この医師の見解が違っていたことは、
最後のくだりであきらかにされる
意外な展開で分かることになる。
そして、題名の「冬の光」の意味も
最後の数ページで判明する。
味わい深い、胸に残るラストだ。

私と同じ団塊の世代の物語。
大学時代も、その後の高度成長も
バブルとその崩壊も
全部くるんだ男と女の運命の物語

康宏の老後は、
年金があり、
孫にも恵まれ、
傍目からは何不自由ない人生だ。
しかし、その胸に去来する虚しさや、やるせなさは、
他人にはわからない。
定年退職で世の中の役割を終えた人間の中に去来する
様々な思いは複雑だ。

碧も妻も姉も、誰一人父を夫を理解できない。
人が人を理解することの難しさを感じさせる。

篠田節子は、このように言う。

「老境を目の前にして、
自分が歩んできた小市民的な人生に意味を見出せなくなる、
実存的な不安のようなものを描きたいと思いました。
男性だけでなく私自身も、
しばしば立ちすくむことがありまして。
『ホーラ』の取材で地中海の島の正教会を回って
巡礼の姿を目にしたとき
ざわざわとした違和感と畏敬の念が残りました。
今回、失われた自分の根っこを探す場所はどこだろうと考えたときに、
やはり宗教に近づき、
しかし宗教にはじき出される現代日本人の精神構造に行き着くかと」

この篠田節子のもくろみは成功したように見える。
篠田節子、やはりすごい作家である。




合気道部同期会  身辺雑記

今日は、昼から銀座に出て、

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まず映画を1本。

オープン間近の東急プラザ↓。

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歩行者天国へ。

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銀座の歩行者天国は、
1970年8月2日から始まりました。
もうじき50周年

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↓こういうことなので、
屋台、出店は出せません。

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ストーリーパフォーマーも禁止。
やった方がにぎやかになると思うのですが、
いろいろな事情があるらしい。

自転車の乗り入れ禁止は当然か。

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この人のように、
乗らずに、手で押すのはOK。

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犬の散歩もOK。

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おや、街頭インタビュー。

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こちらでも。

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気づいただけで、4組。
銀座は街頭インタビューが盛んなようです。

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昔は、ここがカップヌードルの発信地になりました。

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何度も通った道なのに、
初めて気づいた、
京橋の「親柱」。

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さて、今日、銀座に出たのは、
ここでの会合に。

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1年に一度の東大合気道部の同期会
昭和41年に入学して、合気道部に入った仲間12人の集まり。
昭和41年といえば、1966年。
つまり、丁度50年前です。

まずは乾杯。

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料理は、こういった居酒屋メニュー。

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ちょっとこれは珍しい。

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今回は12名中8名が出席。
3名が現役で、5名が退職組。
そのリタイア生活を聞くことが出来ました。

なにしろ、皆さん、寝るのが早い
夜8時に寝て、朝4時に起きる方、
毎日9時に寝て、朝9時まで寝る方。
10時半から11時の間に寝る方。
私のように夜中1時過ぎまで起きているのは珍しいらしい。

健康にも気を使っており、
毎日10q歩く方もいます。
1q10分というから速歩ですね。

今まであまり病気の話は出なかったのですが、
今年は心臓手術をした方、
奥さんが胃ガンで、自分も胆嚢炎をした方。
おかげで医療費控除で50万円戻って来たという話や、
手術の費用260万を3割負担で80万だが、
高額医療補助で7万円で済んだ、
などと高齢者ならではの話題も。
睡眠時無呼吸症候群の治療で、
圧力マスクを2年もつけたまま寝ている方もいました。
私は1カ月でやめたのに、2年とは、すごい。

植木の仕事を不定期にしている方や
ラジコンヘリを趣味にしている方、
家の敷地の中の木の手入れをしている方など、
それぞれです。

いずれも超のつく一流企業に勤めていた方たちなので、
そのリタイア生活も多彩で華麗。
私のように映画三昧、
という人はいませんでした。

元の部長は、
今は合気道部の師範になっており、
武術とスポーツ合気道の違いなど、
興味深い話も聞けました。

最後に記念撮影

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許しを得て、掲載します。

そろそろ70に手が届く歳になりました。
いつまでも元気な姿を見せてほしいものです。





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