ベトナムに飛びます  旅行関係

今日はアカデミー賞の授賞式
朝10時30分からWOWOWで生中継です。

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いつもなら、
その詳報をするのですが、
今回はそれが出来ません。

というのは、
中継半ばで家を出なければならないのです。

12時51分のバスで新浦安駅へ。
1時30分のリムジンバスで羽田空港へ。
そして、4時35分の飛行機で、ハノイへ。

例年2月の「暖かいところ」への旅。
今年はベトナムを選びました。
というのは、
今、ベトナム旅行がやたらと安いのです。
3泊4日で4万円しません。
ホテルを良くしたのと、
ハロン湾観光を付けたので、
実際はもう少しかかりましたが、
それにしても安い。

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今回はカミさんも同行

それでは行ってまいります。

アカデミー賞授賞式の記事は後日掲載します。



『トゥーランドット』  オペラ関係

今日は、昼過ぎに東銀座へ。

歌舞伎座の地下を通り、

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表に出ると、人だかり。

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東京マラソンだ!

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スタートはテレビで見ましたが、
それは9時10分頃。
11時過ぎにはトップがゴールしたはず。
でも、4時間経った時点で
市民ランナーはまだ走っています。

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こんな掲示も。

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ここは35q地点
2時37分で関門が閉じられます。
只今1時30分。

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道路の向こう側に行くには、
地下鉄の通路を通らなければなりません。

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反対側に出ました。
歌舞伎座の前のランナーたち。

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続々とやって来ます。

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娘の友達も参加しています。
スマホにゼッケン番号を入れると、
今、どこを走っているかが分かります。
すごい。

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東劇の上から。

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というわけで、
本日は東劇METライブビューイング
プッチーニ「トゥーランドット」を観にやってきました。
今日はカミさんと娘、それに親戚筋との4名で鑑賞。

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「トゥーランドット」はプッチーニ最後のオペラ。
METライブビューイングでは、二度目のおつとめです。
客席は8割の入り。
私のMETライブビューイングの経験上、
最高の入りと思えました。

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私が一番好きなオペラで、
しかも、このフランコ・ゼフィレッリの演出は
世界遺産に登録すべきだと思うくらいに見事なもの。
ゼフィレッリ自身のテザインによるこの装置の豪華さといったら。

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特に第1幕の見事な展開と、幕切れ、
第3幕のリューの死前後のドラマチックさは至上で、
毎回この場面で涙を流してしまいます。

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今回も破綻なく舞台は進行し、
歌手もいいですが、

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それでも、↓の
1987年4月のMETのライブ映像には及ばない。

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なにしろ、指揮がジェイムズ・レヴァイン
トゥーランドットにエヴァ・マルトン
カラフがプラシド・ドミンゴ
もちろん演出はフランコ・ゼフィレッリという
最強の布陣。

これ以降、いくつものプロダクションを観、
METでも2度観ましたが、
このDVDを越えるものはありません。
なにしろ、ドミンゴは千両役者ですからね。

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まあ、それは欲張りな悩みというもので、
それを置いておけば、
本日の映像、
素晴らしい出来でした。

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幕間インタビューは、
ルネ・フレミング姐さんで、
いつもながらの進行。
カラフ役のマルコ・ベルティ
質問にトンチンカンな答えをしていたのが笑えました。
また、往年の幕間インタビューの名シーンや
キューを出すシーンの編集画像が大変面白かった。

予告編は↓をクリック。

https://www.youtube.com/watch?v=d9QaZpRlCHA&feature=player_embedded

ドミンゴの歌う「誰も寝てはならぬ」は↓をクリック。

https://www.youtube.com/watch?v=AuyglMHsP2o&feature=player_embedded

パヴァロッティの歌う「誰も寝てはならぬ」は↓をクリック。

https://www.youtube.com/watch?v=7PqM7v6dooA&feature=player_embedded

荒川静香の「トゥーランドット」は↓をクリック。

https://www.youtube.com/watch?v=6YvgMMOUE9U&feature=player_detailpage

キム・ヨナの「トゥーランドット」は↓をクリック。
これは素晴らしい。

https://www.youtube.com/watch?v=FHvZBHjttng&feature=player_embedded


その後は、このお店で、

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このお寿司をいただいて帰りました。

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2月の最後に、
素敵な午後を過ごしました。


嘘をついてはいけません  身辺雑記

私はもう20年もスポーツクラブに通っています。
最初は駅前のショッピングセンター内のクラブに。
15年ほど前に、市内にある大学付属のクラブに転籍。
そして、定年退職を機に、4年前、
歩いていける距離にあるクラブに移籍。
スポーツ器具メーカーの運営するチェーン店です。

勤めている間は、土曜か日曜に週1回行くのがせいぜいでしたが、
定年退職後の健康管理のために週3回は通おうと思い、
それにはやはり距離が近いところがいいと判断したからです。

確かに近いが一番で、
自転車で3分。
一日置きに、心地よい汗をかく日が続きました。
やがてプログラムの組み合わせで
週2回がベストの状態となり、
3年9カ月。

そのクラブを本日で退会しました。

まあ、20年も続いたのですから、
結構体を動かすのは好きなようです。
水泳やランニングは性に合わず、
もっぱらエアロビクスステップをしていました。

さて、今回の退会は、次のような理由によるものです。

浦安市にはスポーツ公園というのがあり、
そこにアリーナやスポーツクラブがあることは知っていましたが、
ちょっと距離があるので、
敬遠していました。
しかし、ちょっとしたきっかけで行ってみたら、
そこでもエアロビクスをやっていて、
1回160円で受けることができます。
8回行ったとしても月1280円
それまでのクラブが月8000円
これは行っても行かなくても自動的に引き落とし。
違いは風呂の設備がなく、シャワーのみ。
しかも3つしかない。
エアロビクスのレベルも違う。

とにかく登録して、
エアロビクスを受けて、
まあ、これならいいか、と思いました。
シャワーも使わない人が多く、混んでいません。
遠さは車を使えば何てことありません。

月1280円と月8000円。
その違いは大きく、
ついにレベルを落としたわけです。
今までのクラブはきれいで、
設備も充実していましたから。

クラブの退会届けの期限は毎月10日まで。
そこで、先日の10日、退会の申し出をしました。

多分、退会の理由を聞かれると思われ、
その時、「他の施設にします」では、先方も気分が悪いでしょう。
ましてや、「料金が安いので」とは言えません。
そこで、退会の理由は「引っ越すため」とすることにしました。
ささやかな嘘です。
そして、どこに引っ越すかと聞かれて、
国内だと「そちらにも支店がありますよ」
と言われると困るので、
外国に移転する、という、
更なる嘘をつくことにしました。

そういえば、10年ほど前、
預金口座を少し整理しようと思い、
いくつかの銀行に行って、口座解約の手続きをしたところ、
ある都市銀行の窓口嬢が仕事熱心な人らしく、
「当行に何か落ち度がありましたでしょうか」と訊かれました。
そこでとっさに口を出たのが
「外国に住みますので」という嘘。
窓口嬢の「どちらに?」という質問には、
「ロサンゼルスです」と無難な地名を言い、
「そうですか。
ではお気をつけて行ってらっしゃいませ」
と言われ、恐縮したのを覚えています。

相手に悪い気持ちを起こさせないための、
ささやかな、許される範囲の嘘として、
実行することにしました。

もし「どちらへ?」と聞かれた場合のことを考え、
ロサンゼルスでは当たり前過ぎるので、
今度はエストニアのタリン、と言うことにしました。
あまり知られていない都市の方がいいと思ったからです。

エストニアは、↓ここ。

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タリンは、↓ここ。

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さて、スポーツクラブの受付へ。
「退会の手続きをしたいのですが」
と申し出、カウンターへ。
案の定、記入する欄に「退会の理由」というのがあります。
「転宅」というところに印を付けると、
受付嬢が「どちらへですか?」と訊いてきました。
「外国ですよ」
「あら、どちらですか」
「エストニアのタリンです」
「タリン? エストニア?」
「どこにあるか分かります?
バルト三国。
ポーランドとロシアの間にあります。
25年前まではソ連領でした」
「まあ、素敵。ちょっとメモさせて下さい」
と、メモ用紙に「タリン」と書いています。
どうやらこの受付嬢、海外とか
外国とかに憧れの気持ちを持っている方のようです。
「何年位行かれるんですか」
「いや、決めていません。
よければ永住しようかと」
うわ、嘘ばかりだ。
「お仕事ですか」
「友人に呼ばれまして。
あちらで気ままな年金暮らしです」
うう、嘘の上に嘘が重なる。
これ以上、訊かないでくれ。
嘘が増えるから。
「では、外国にはたびたび?」
「ええ、退職後は沢山行きました」
これはホント。
「タリンも行きましたが、
美しい街で、とても気に入ったので」
これもホント。

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「いつ出発されるんですか」
「来月半ばですね」
うわ、また嘘だ。
「素敵ですねー。
私も嬉しいです」
いや、嘘なんですよ
と、人の良い受付嬢をだまして退散。

そして、今日が最終日。
会員カードに穴をあけてもらって受け取ったのが、
あの受付嬢。
「ああ、今日が最後ですか?
それでは、お元気で〜」
ニコニコ顔に送られて退場。
胸が痛みます。

まさかあの人がこのブログを読まないだろうなあ。

というわけで、
来月からは
市営のスポーツクラブで汗を流します。


『つまをめとらば』  書籍関係

〔書籍紹介〕


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先の直木賞受賞作
史上2番目の高齢(67歳)での受賞だという。

江戸末期の下級武士の生活を描く短編集。

「ひともうらやむ」

庄平と克己は剣術の親友であり、
本家分家の関係でもある。
類まれな容貌を持つ克己は、
藩医の浅沼一斎の娘・世津を娶る。
人も羨む夫婦だったが、
その一年後、世津の方から離縁を申し出てきた。
飽きた、というのがその理由だ。
妻の不倫を言い、斬るという克己を抑えて
三行半を書かせ、一緒に付き添って行こうとする庄平を断って
克己は一人で家に帰る。
それが後々まで庄平の後悔となるのだが・・・
事件後、江戸に出た庄平の釣術の技が生かされ、
妻の康江が意外な変身を遂げるところが面白い。

「つゆかせぎ」

妻の朋が亡くなって20日後、
訪れた本問屋の口から
実は朋が戯作をしていたことを知って、
主人公「私」は驚く。
私は武士だが俳諧師。
いつも妻から「いつ業俳になるの?」と訊かれていた。
業俳とは俳諧を生業とする俳諧師のことで、
別に本業のある者は「遊俳」と呼ばれる。
武士の仕事と俳諧の間でゆらぐ主人公。
稲の状態を見にいく仕事で立ち寄った村で、
私は女を買う。
雨に降られると仕事のない女が体を売る、
それを「つゆかせぎ」と呼ぶ。
その素朴な女との交わりの中で、
私の前に業俳の道が開けていく・・・。
背景として小林一茶の生き方が投影してくる。

「乳付」

民恵は詩作が縁で旗本の神尾信明のもとに嫁ぐ。
民恵の作風に信明が惚れ込み、
家格の違う結婚となった。
赤子が生まれた後、
義母の隆子によって、
親戚筋の瀬紀に乳付をされてしまう。
赤子に乳を含ませても、乳が出ない。
民恵は密かに瀬紀に対して嫉妬するようになるが・・・

舅の彦四郎が魚をさばきながら、
藩内で起った不祥事について語る言葉。

「くだらなさも極まるが、
それが現世(うつしよ)だ。
くだらなくて当然。
諸々のくだらなさを捌いて前へ進まねばならん」

「ひと夏」

部屋住の高林啓吾に御召出がかかる。
杉坂村支配としてだ。
杉坂村は接する幕府御領地の中にある飛び領で、
藩を無視する領民の気風に、
勤めた者が2年と持たずに敗退する土地柄だ。
啓吾は前任者の伊能征次郎から話を聞き、
暗澹とするが、
ともかく支配としての役割は果たさねばならない。
しかし、赴任初日から住民の無視を受ける。
先行き不安の中、手始めに手習い所を開いてみるが・・・
若い侍の赴任先での奮闘記。

「逢対」(あいたい)

竹内泰郎は旗本ではあるが、無役である。
近所の煮売屋の里といい仲になっているが、
里は結婚の話には乗ってこない。
一方、泰郎の興味は算術で、
問題作りなどに時間を忘れるが、
算学一本にする勇気はない。
幼なじみの義人は毎日逢対に励んでいる。
逢対とは、
権勢を持つ人物の屋敷に無役の者が出仕を求めて日参すること。
一度勉強のために、と泰郎は義人に付いて、
若年寄の長坂備後守秀俊宅に逢対のために訪れる。
2年の間に2人が出仕がかなったという。
逢対の2日後、
備後守から使者が来て、
泰郎は備後守と会い、出仕の通達を受ける。
ただし、備後守には条件があった・・・
無役の者が出仕を求めて権勢を持つ者に逢う
逢対という制度があることを初めて知って、興味津々だった。

「つまをめとらば」

深堀省吾は、幼なじみの山脇貞次郎と再会し、
屋敷の中庭の家作を貸してほしいとの申し出を受ける。
貞次郎に借りがある省吾はそれを受け入れ、
男二人の奇妙な共同生活が始まる。
省吾には、三度の離婚歴があり、
一度目は死別、二度目は即離縁、
三度目は妻の不貞だったが、
斬ることも出来ず、婚家に帰したところ、
土産金の返還を求められて、借金を背負うことになった。
貞次郎には結婚の予定があり、
その女を一目見て判断してくれとの貞次郎の要請を受け、
省吾は女を見に行くが・・・
この話に省吾の下女として入った
男出入りが宿命付けられているような佐世の話がからむ。
最後に男二人は佐世との思いがけない再会を果たすが・・・


時代小説というと、
戦国武将や幕末に題材を取ったものが多いが、
この短編集は、全く無名の武士たちのたたずまいを描く。
しかも、幕藩体制が固定化し、
武士の存在そのものが本質的にあやうくなる
江戸時代の中後期が舞台になる。

なかでも、
釣術や俳諧や詩や算術など、
武士と関係のない世界に関心を持ってしまった侍の悲哀が横溢する。
そして、女たちの姿が逞しい。

時代小説は読み慣れているが、
直木賞にふさわしい、
新たな時代小説の誕生を感ずる。


選考委員の講評は次のとおり。

林真理子
この方の文章のうまさというのは感嘆に価する。
そして女たちの魅力的なことといったらどうだろう。
したたかで、ちゃっかりしていて愛らしい。
今まで男たちが描いてきた「江戸の女」を
鮮やかに裏切っているのだ。

北方謙三
いくらかペダンチックなものを感じさせるが、
短篇として切り口が鮮やかで、
描かれた心情には無理がない。
のびやかである。
女の描き方などいささかこわいが、
しかし響いてくるものはある。
小説はこれでいいのだ、という気がした。
(「羊と鋼の森」と共に)
これも推そう、と私は思った。

浅田次郎
(各短篇が)どうにも長編の冒頭部か一部分の
抜粋のように思えてならなかった。
しかしながら、作品集として全体を俯瞰してみれば
やはりたたずまいがよく、
相対的評価から受賞に異を唱えるところではない。

宮部みゆき
ハイレベルの短編集で、
私はとりわけ巻頭の「ひともうらやむ」と表題作が好きです。
題材を問わず、優れた小説には、
必ずどこかしらに巧まざるユーモアがある。
今回の選考で、あらためて実感しました。

伊集院静
文章も安定感があるし、短篇集として上出来である。
たしかに各短篇にはそれぞれ個性があり、
一言で言うと、上手い、のである。
上手い、名手などという評価は、
小説の本質とはまったく違う場所での言葉で、
むしろ邪魔になる。
あらためて読んでみると、そのことがやはり気になった。


高村薫
よくも悪くも時代小説の定型に沿っている安定感はある。
本作には男性の造形や女性の会話文、
不用意な片仮名の使用など、
意が尽くされていない箇所が散見され、
評者は積極的には推さなかった。

桐野夏生
達者な書き手であることは確かなのだが、
つるりと喉越しのよいゼリーを食べた後のように、
読後もまだ物欲しい気持ちが残る。
気になったのは、どの短編もパターンが似通っていることだ。
男二人に、女が一人現れて魔性ぶりを発揮する、
というストーリーが多い。
女の側の視点が欠落しているために、男たちの魅力が褪せる。

宮城谷昌光
落ち着きのある筆致で書かれてはいるが、
内容はそれほど静かなものではない。
読み手の意表を衝く機知がそなえられている。
藤沢周平作品より基本的に明るいのは、
知と情のちがいであろう。
この人は、芸術的であるというより哲学的である、
と私はおもっている。

東野圭吾
どちらかというと消去法の形で、
「つまをめとらば」に○をつけることになった。
私は、大衆小説というのは、
この先どうなるのかと
読者の興味を刺激し続けねばならないものだと考えているが、
今回の候補作の中で、最もそれを感じられたのが本作だった。
六本の短編すべてに工夫が凝らされていた。
良い仕事だと思う。


なお、表題作「つまをめとらば」は、
与謝野鉄幹「人を恋うる歌」が原典。
有名な一番の歌詞しか知らなかったが、
16番まである長い歌なのだった。
歌詞は、次のとおり。

  人を戀ふる歌                 
     (三十年八月京城に於て作る)

妻(つま)をめとらば 才たけて
顔(みめ)うるはしく なさけある
友をえらばば 書を讀んで
六分の侠気 四分の熱

戀のいのちを たづぬれば
名を惜むかな をとこゆゑ
友のなさけを たづぬれば
義のあるところ 火をも踏む

くめやうま酒 うたひめに
をとめの知らぬ 意氣地あり
簿記(ぼき)の筆とる わかものに
まことのをのこ 君を見る

あゝわれコレッヂの 奇才なく
バイロン、ハイネの 熱なきも
石をいだきて 野にうたふ
芭蕉のさびを よろこばず

人やわらはん 業平(なりひら)が
小野の山ざと 雪を分け
夢かと泣きて 齒がみせし
むかしを慕ふ むらごころ

見よ西北(にしきた)に バルガンの
それにも似たる 國のさま
あやふからずや 雲裂けて
天火(てんくわ)ひとたび 降(ふ)らん時

妻子(つまこ)をわすれ 家をすて
義のため耻を しのぶとや
遠くのがれて 腕(うで)を摩す
ガリバルヂイや 今いかん

玉をかざれる 大官(たいくわん)は
みな北道(ほくどう)の 訛音(なまり)あり
慷慨(かうがい)よく飲む 三南(さんなん)の
健兒(けんじ)は散じて 影もなし

四たび玄海の 浪をこえ
韓(から)のみやこに 來てみれば
秋の日かなし 王城や
むかしにかはる 雲の色

あゝわれ如何に ふところの
劍(つるぎ)は鳴(なり)を しのぶとも
むせぶ涙を 手にうけて
かなしき歌の 無からんや

わが歌ごゑの 高ければ
酒に狂ふと 人は云へ
われに過ぎたる 希望(のぞみ)をば
君ならではた 誰か知る

「あやまらずやは眞ごころを
君が詩いたく あらはなる
むねんなるかな 燃(も)ゆる血の
價すくなき すゑの世や

おのづからなる 天地(あめつち)を
戀ふるなさけは 洩すとも
人を罵り 世をいかる
はげしき歌を 秘めよかし

口をひらけば 嫉みあり
筆をにぎれば 譏りあり
友を諌めに 泣かせても
猶ゆくべきや 絞首臺(かうしゆだい)

おなじ憂ひの 世にすめば
千里のそらも 一つ家
おのが袂と 云ふなかれ
やがて二人(ふたり)の なみだぞや

はるばる寄せし ますらをの
うれしき文(ふみ)を 袖にして
けふ北漢の 山のうへ
駒たてて見る日の 出づる方(かた)

「人を恋うる歌」を聴きたい方は↓をクリック。

https://www.youtube.com/watch?v=iZawJIPucBY&feature=player_embedded


                                    

『最愛の子』  映画関係

〔映画紹介〕

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2009年7月18日。
中国・深セン。
ネットカフェを経営しているティエンは
3歳の息子ポンポンと二人で暮らしていた。
ポンポンは週に一度
離婚した元妻のジュアンと過ごしていたが、
ある日、何者かによって連れ去られてしまう。
その日から、ティエンとジュアンの息子捜しが始まった。
インターネットで情報提供を呼びかけるが、
入って来るのは、報奨金目当ての詐欺ばかり。
金を持って来させ、
強引に奪おうとする者さえ現れる。

映画の前半は、ポンポンの両親の子供探しの過程を描く。
同じ境遇のグループに入り、
お互いに励まし合いながら、捜索を続ける。
歌を歌い、手拍子を取って励ます姿に眼を見張った。

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中国では、
日本では考えられないほど
沢山の失踪した子供がいることに驚かされる。
また、同情するよりも
それを金のタネにしようとする人々の存在に
中国という国の病んだ状況も明らかにされる。
これも日本では考えられないことだ。

失踪から3年が経った2012年のある日、
ポンポンと見られる男の子が安徽省にいるという情報が入る。
安徽省の農村を訪れたティエンとジュアンは
ついに息子を見つけ出すが、
6歳になったポンポンは
両親であるティエンとジュアンをまったく覚えておらず、
ポンポンが「母ちゃん」と慕うのは、
ホンチンという“育ての母親”だった。

映画の後半は、
今度は育てた子供を奪われたホンチンの
子供を取り返す努力を描く。
ホンチンはポンポンが誘拐されて来た子供だとは知らず、
一年前に死んだ彼女の夫が
「余所で産ませた子供だ」と言って連れてきたのだった。
しかも、もう一人、工事現場で拾ったと言って連れて来た妹もいて、
妹は深センの施設に引き取られる。
最愛の息子と娘を奪われて途方にくれるホンチンは、
弁護士に相談し、妹だけでも引き取ろうとするが、
「誘拐犯の妻には渡せない」と拒否される。

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こうした不幸な出来事を巡っての
人々の姿をごく丁寧に描くのがこの作品。
息子を奪われた父母の捜索が哀れで、
ようやく息子を取り戻したのに、
今度は育ての親の苦悩が降りかかって来る。

話は広がり、
同じ失踪した子供を探すグループのリーダーは
妻が妊娠するが、
一人っ子政策の中国では、
前の息子の死亡届けを出さないと
次の子供を産むことが出来ない。
どこかで生きている息子を死んだことには出来ないと悩む父。
しかし「規則」の壁が目の前をふさぐ。
そして話は弁護士の家の認知症気味の老母の話にまで広がる。

実話だという。

やりきれない状況の画面を見つめながら、
目を離せないのは、
産みの親、育ての親や関係者たち
登場人物が丁寧に描かれているからだ。
どの人物にも感情移入して、一緒に苦悩することになる。
役者の演技もカメラワークもうまい。

特に擁護施設を訪ねた育ての親が窓越しに娘と対面する場面や
施設で兄と妹が対面するシーンなど目頭が熱くなった。
産みの親と育ての親と一緒に暮らした兄妹の愛が
純粋でひたむきなのに、
全員が幸福にはなれない、
その不条理が胸を突く。

第一原因を作ったのは、
誘拐した死んだ夫。
その行為のおかげで、
味あわなくてもいい不幸を沢山生んでしまった。

こうしたどうしようもない状況に息苦しくなった時、
事態は思いがけない方法(?)で打開される。
これは意表をついた。
そんな手があったか、
でも、それでいいのか、という疑問も持ちながら。

メガホンを取るのは、ピーター・チャン
ヴィッキー・チャオ
ノーメークで別人のような姿で
育ての親のホンチンを演ずる。

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最後に、実話の人々と出演者の俳優の交流が描かれるが、
これは蛇足か。
「その後」を語るのは、静止画が作法。

5段階評価の「4」

予告編は↓をクリック。

https://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=UfrUQvsCGZw

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