都響演奏会  音楽関係

今日は、昼過ぎにカミさんと二人で、池袋へ。

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西口は東口とがらりと違います。

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なんだか韓国の町のよう。

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おや、こんな店も。

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最近は、犬と遊べる店や
フクロウと遊べる店もあるらしい。

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今日の目的地は、ここ、東京芸術劇場です。

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東京都歴史文化財団が運営するホール。

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ホールに行くには、
この長いエスカレーターで上がります。

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ホールは7階から9階まで。

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なぜこんな高い所にホールを作ったかというと、
地下鉄有楽町線の音が聞こえるのを恐れたからだそうです。

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ホールの入り口にある

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ドーム型のオブジェ。

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前にも紹介しましたが、

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きれいなので、再度。

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定員2003名?

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確か、1階席688席、2階席674席、
3階席637席の計1999席で、
2000席に足らない1席は
ミューズ(音楽の神)に取ってあると聞きましたが。

↓は拝借した写真。

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今日の席は、
3階の後ろから2列目。

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こんな風に見えます。

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こんなところまで、音はしっかり届きます。

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今日は東京都交響楽団のコンサート。
指揮は、前回と同じアラン・ギルバート

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曲は、ベートーヴェン3本立て

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1曲目は「コリオラン序曲」

ウィーンの作家が書いた
古代ローマの英雄コリオラヌスを主人公にした戯曲「コリオラン」
を見て感動したベートーヴェンが作曲、
1807年の再演の際に、
劇の幕開けを飾る序曲として演奏されたもの。
完成度が非常に高かったため、
やがて劇と切り離され、
コンサートで演奏されるようになった。

聞けば、「ああ、あの曲」と分かる
衝撃的で激しい冒頭部。

聴きたい方は、↓をクリック。

https://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=ToSI6hAwtjY

2曲目は、「ピアノ協奏曲第3番 ハ短調」。
ピアノ演奏はイノン・バルナタンという、イスラエルの方。

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ベートーヴェンはピアノ協奏曲を5つ残しているが、
この曲は唯一短調で書かれている。
中でもハ短調は
悲劇性や闘争を象徴する調性。
しかし曲の中に長調が楽想が入り込んで来る。

当時、ベートーヴェンは耳の病と闘っている最中で、
また、フランスではナポレオンが台頭して来た時代。
その闘いの機運が作品の中にあふれていると言われる。

「ピアノ協奏曲第3番」を聴きたい方は、↓をクリック。

https://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=rCB5mXD8qcE

休憩中、ホールのあちこちに行ってみたが、
そのすごい巨大な空間に圧倒された。

3曲目は、「交響曲第7番」

交響曲は、
主に管弦楽によって演奏される多楽章からなる大規模な楽曲。
シンフォニーとも呼ばれ「管弦楽のためのソナタ」。
原則として4つ程度の楽章によって構成され、
そのうちの少なくとも1つの楽章がソナタ形式であることが定義。
ただし、例外も多い。

ソナタ形式は、基本的に次のような形式をしている。
序奏〜提示部(第一主題・第二主題)〜展開部
〜再現部(第一主題・第二主題)〜コーダ

なお、交響楽ともいうが、
どちらもドイツ留学経験のある森鴎外による訳語。

ベートーヴェンは生涯に9つの交響曲を残した。
交響曲の父、ハイドンは104曲、
モーツァルトは41曲と比べると少ないが、
(中には存命のセーゲルスタムのように
2014年11月現在で285曲、などという人もいる)
その9つが粒より
9つのうち4つには名前が付けられている。
3番「英雄」、5番「運命」、6番「田園」、9番「合唱」
7番には名前は付いていないが、人気の交響曲

「のだめカンタービレ」のオープニングに、
第1楽章第1主題が使用されている。

その部分を聴きたい方は、↓をクリック。

https://www.youtube.com/watch?v=Zk_6XqunZkw&feature=player_embedded#t=262

第2楽章も人気で、
映画「未来惑星ザルドス」(1974)他で使用。
映画「英国王のスピーチ」(2010)では、
国王の演説の背後に
かなりゆっくりめに流れている。

第2楽章を聴きたい方は、↓をクリック。

https://www.youtube.com/watch?v=b56iX6_WOzI&feature=player_embedded

さて、本日のコンサート。
アラン・ギルバートの指揮がすごくよく、
「コリオラン序曲」と「交響曲第7番」は譜面なし、
指揮棒も使わない。
隅々まで配慮の行き渡った演奏だった。

席は後ろの方だったが、
音量は充分で、
迫力ある演奏会だった。

ここ数年、ベートーヴェンは敬遠気味だったが、
久しぶりに聴くと、
やっぱりベートーヴェンは、いい


きょうは土曜日だったので、
3時開演。
終わったのは5時過ぎ。
で、夕食は、すぐ側にあったこの店で。

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5時開店だというのに、このにぎわい。

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このお店、何から何まで280円。(税込み302円)

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安心して食べれますね。

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というわけで、
こうした焼き鳥を7種類。

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ベートーヴェンの余韻を楽しみながら、
焼き鳥を味わう。
変な取り合わせですが、
満足の一日でした。


訪日外国人数と爆買いの背景  旅行関係

日本政府観光局の発表によると、
2015年1年間の訪日外国人数は
前年比47.1%増の1973万7400人となり、
3年連続で過去最多を更新したという。
世界的に見ても、
昨年の22位から16位に躍進する勢いだ。

要因としては、
@円安
A訪日ビザの発給要件緩和
B国際航空路線拡充
C中国などアジアを中心の訪日ブーム
などが上げられるが、
それにしても凄い勢いだ。
なにしろ1000万人を突破したのが2013年。
わずか2年でほぼ倍増
政府が2020年の目標として掲げる年間2000万人に迫る。

一方、2015年の出国日本人数は
前年比4.1%減の1621万2100人となり、
1970年以来45年ぶりに訪日客数を下回った

訪日客数を主な国・地域別にみると、
首位の中国が前年比2.1倍の499万3800人。
2位が韓国で45.3%増の400万2100人、
3位は台湾で29.9%増の367万7100人、
4位は香港で64.6%増の152万4300人、
5位が米国で15.9%増の103万3200人。

訪日客が日本滞在中に買い物や宿泊、飲食などに費やした
消費額も3兆4771億円と、
2014年実績(2兆278億円)から7割増加し、
過去最高となった。
中国からの訪日客の消費が4割を占めた。

ということは、
中国からの観光客が
人数、消費共に大きく貢献したわけで、
「爆買い」が話題となり、
銀座も新宿も中国人観光客であふれた。

この「爆買い」、
中国人が目の色を変えて日本製品を買いあさる本当の理由について、
公益財団法人・日本交通公社(JTBF)の
観光政策研究部次長の塩谷英生氏が解説した一文を紹介する。
(2015年12月の執筆)


意外と知らない中国人爆買いの理由

勢いづく外国人旅行者

日本を訪れる外国人旅行者の数が増え続けている。
政府が成長戦略として誘客に力を入れていることもあり、
2013年に初めて1000万人を突破したその数は、
昨年(14年)は1341万人に増え、
今年(15年)は11月末で1796万人となった。
この数はすでに昨年1年間を上回っている。
さらに国土交通省は12月22日、
19日時点で1900万人を超えたと発表した。

この訪日ブームを主導しているのは中国人旅行者だ。
昨年は240万人で、
その前の年に比べて83%増となり話題となった。
そして今年は11月までで、
その数を優に超える464万人と、
勢いは止まらない。
国・地域別で見ても2位の韓国(358万人)、
3位の台湾(341万人)を大きく引き離してトップとなっている。

中国人が日本を訪れる2つの理由

中国人の訪日理由には大きく分けて2つあると考えられている。
1つは「純粋に日本の自然や歴史・文化に触れたい」
という観光目的であり、
もう1つはご存知のとおり、
「爆買い」といわれるショッピングを目当てとするものである。

「爆買い」という言葉は、
1日に発表された新語・流行語大賞で、
「トリプルスリー」(打率3割、30本塁打、30盗塁)とともに
年間大賞を受賞した。
インパクトとしては、
「爆買い」のほうがはるかに上かもしれない。
それほどまでに、大きな話題と注目を集めた社会現象である。

この中国人の旺盛な購買意欲は、
日本人の財布の紐ひもがなかなか緩まない中、
小売業界をはじめとした日本経済にとって
天佑とも言える現象となっている。

中国人の「爆買い」を支えるものとは?

中国人の「爆買い」を支えている大きな要因は2つある。
「為替レートが元高・円安になっていること」と
「日本の高品質・高性能の商品を買いたいという強い意欲があること」だ。

そして、この2つに加えて見逃せないのは、
「中国の税制に起因する内外価格差」である。
やさしく言うならば、
「中国の現在の税制では、
ある商品を中国で買うよりも、
日本で買って持ち帰ったほうがかなり安い」
ということである。
日本が免税品
(日本に住んでいない外国人が国内で買い物をする場合、
一定の要件を満たしていれば消費税や関税を払わなくてよい商品)
の対象を拡充していることもある。

中国人が「爆買い」する商品には、
「化粧品・香水」「電気製品」「時計」「カメラ」
などが上位に挙げられる。
(観光庁「訪日外国人消費動向調査(2014年)」から)
これらが上位に挙がる理由としては、
日本製品のブランド力や品質の高さ、
円安による割安感、
免税品枠の拡大があることはもちろんだ。
だが、それだけでは、
中国人以外の観光客が買い物にかける金額と比べたとき、
中国人が際立って突出していることの説明にはならない。
中国人以外にとってもほぼ同様のメリットがあるからだ。

ちなみに、訪日外国人1人当たりの
買い物にかける費用のランクは、
1位が中国(14.3万円)、
2位が香港(8.5万円)、
3位が台湾(5.7万円)である。
(観光庁「訪日外国人消費動向調査 
     2015年7〜9月期の調査結果(速報)」から)。

「それでは?」と考えてみると、
「中国の税制」が
「爆買い」の理由として浮上してくるのである。

中国人が日本で化粧品を買うワケ

中国人留学生に次のような話を聞いたことがある。
「同じ商品でも日本で購入すると本当に安い。
たとえば化粧品は日本で買うと半額くらいになることもあります」
これは何故か。
ここでは、中国の「関税」「増値税」「贅沢品などにかかる税」の
3つの税がカギとなる。

まず、「関税」。
中国では化粧品を海外から輸入するのに6.7%の関税がかかる。
これに対して、日本へやってきて化粧品を買えば関税はかからない。

次に、「増値税」。
これは日本で言う消費税に相当する。
中国では化粧品に限らず、
ほとんどの商品に17%の増値税がかかるのである。

加えて中国では、
二重課税の形で贅沢品などに税がかかる。
たとえば、化粧品や香水には30%が加算される。
少しややこしい話だが、
中国ではこの贅沢品などにかかる税のことを「消費税」と呼んでいる。

この三つの税を単純に商品の価格に上乗せすると……。
例えば、日本で100円の商品が、
中国で購入する場合は162円もすることになる。
(100円×1.067×1.17×1.3=162円)
つまり62%も高くなるのである。
(日本および中国における物流コストなどの諸経費は考慮していない)

「時計」についても見てみよう。
こちらは関税が12.3%、
増値税が17%、
贅沢品などにかかる税が20%である。
3つの税を単純に商品価格に上乗せすると57%になる。
この他に税率が高いものとして、
衣服、カバン、靴、家電品などがある。

このように考えると、
中国人の「爆買い」という消費行動は、
品質や円安メリットなどに加えて
中国の税制という要因が深く絡んでいるといえるであろう。
日本を訪れた中国人が化粧品や高級時計、家電品などを
両手に持ちきれないほど「爆買い」するのも頷うなずける。
買えば買うほど、
税率の差の恩恵を享受することができるからである。

中国政府には
日用品の一部の関税を半分程度に引き下げる動きもあるが、
増値税と贅沢品などにかかる税は変わらない。
今後の推移を注意深く見守ることは大切だが、
今の状況では「爆買い」現象が急激に冷え込む可能性も低いのではないかと思う。

大量に買って家族や親族でシェア、一部は転売も?

中国人観光客が日本で「爆買い」する買い物の量は、
おそらく彼らが家族単位で消費可能な分量を
はるかに超えていることは明らかだ。
その理由を、私は個人輸入の一形態というふうに考えている。
同居家族の枠を超えて、
親戚や友人らからも商品をリクエストされて訪日し、
大量の買い物をしていくこともあるだろう。
また、さらには、
もとから転売を目的としたり、
家族や親戚以外の人の手に渡すつもりで
大量買いしたりするケースもあるのではないかと推測している。

彼らにとっては、
日本人が週末に大型スーパーへ行って
まとめ買いをするような感覚かもしれない。
「ちょっと日本へ行って、まとめ買いしてくるよ!」
なんていう会話が交わされているかもしれない。

「春節」にかけて中国からの観光客は増えるのか?

だが、順風満帆にも見えた中国の経済にも
翳かげりが見え始めている。
この秋以降、上海株式市場の急落、
輸出の減少、人民元の切り下げといった
さまざまな出来事が起こり、
中国経済は一時の勢いを失っている。

これらがきっかけとなり、
日本で「爆買い」する中国人の購買意欲も減退するのでは、
との懸念もささやかれている。
年末年始から中国の旧正月「春節」(2月)
にかけてやってくる中国人の数と
「爆買い」の意欲に影響が出るかもしれないという
憂いであるが、果たしてどうだろうか?

今年の10月、中国の建国記念日に当たる
「国慶節」から始まった中国人の秋の大型連休(1〜7日)では、
中国人観光客が大挙して来日したと伝えられている。
航空便だけでなく、
クルーズ船を利用しての来日も急増しているという。
10月の訪日者数を見てみると44万人余りで、
昨年同月の約2倍だ。
訪日の勢いが収まりそうな気配はない。

さらにこの効果もあって、
10月の全国百貨店売上高は前年同月比4.2%増と
7か月連続のプラスとなった。
消費に対する意欲も、依然として高いといえるであろう。

中長期的に見るならば、
この消費ブームもいつかは平準化し、
勢いも収まってくると考えるのが普通であろう。

しかし短期的には、
「買い物と観光を目的とした中国人観光客数と
旅行中に消費するお金の額は、
ともに大きくは減少しない」
と筆者は考えるのである。

中国人が偏愛する場所とは?

中国人が旅行先に選ぶ意外な場所もあるという。
彼らの訪問先は東京や大阪などの
大都市ばかりに集中していると思われがちかもしれないが、
観光庁の調査やJTBFの独自調査によると、
実はそうでもない。
あくまでも統計上ではあるが、
地方にも足を運んでいる人が少なくないのである。

それはたとえば、愛知、静岡、山梨である。
この地は、中国人以外の観光客と比べても際立っているところだ。
ピン!と来た人もいるかもしれない。
この地を訪問するのは、
もちろん日本一の山「富士山」が目的である。
中国では3千メートルを超える山らしい山、
富士山のような美しい独立峰が珍しいのである。

他にも意外な理由がある。
富士山周辺が、中国の人気小説で
ドラマ化もされた『杜拉拉昇職記』の
恋の舞台として取り上げられたことだ。
富士山周辺は物語のファンにとっては“聖地”というわけである。
この地を訪れた中国人は、
富士山を眺めながら杜拉拉の恋物語に思いをはせているに違いない。

中国人にとってのゴールデンルートとは?

大阪や京都・奈良から
この富士山を通って東京や関東に至る周遊ルートは、
中国のパック商品のなかでも特に人気の高いもののひとつである。
その名も「ゴールデンルート」と呼ばれ、
たいていは大阪から東京までを6日間ほどで、
よく言えば効率的に、
悪く言えばかなり慌ただしく、
あっちもこっちも見て回るという旅行行程になっている。
初めて日本を訪れる中国人観光客が非常に多いという現状では、
この「ゴールデンルート」を旅先として選ぶ中国人が
非常に多くなっている。

図〔注:省略〕は、
中国人が「今回の訪日旅行でしたこと」と
「次回の訪日旅行でしたいこと」をまとめたものである。

「今回したこと」で多かったのは、
1位が「日本食を食べること」、
2位「ショッピング(を楽しむ)」で、
9割前後の人がこの2つの項目を選択した。
以下、「自然・景勝地観光」「繁華街の街歩き」
「旅館に宿泊」「温泉入浴」なども上位に入っている。

これらの結果から、
「ゴールデンルート」の旅では、
富士山や伊豆・箱根に立ち寄って自然を満喫し、
旅館でゆっくり温泉につかり疲れをいやす。
一か所一か所の訪問地は短い滞在となるが
複数の名所・景勝地を楽しんで、
最後の訪問地・東京や大阪では
たっぷりショッピングをして帰るという旅のパターンが透けて見える。

また、「日本の酒を飲むこと」「テーマパーク(にいく)」
「映画・アニメ縁ゆかりの地を訪問」なども挙がっている。
このことから、日本の食文化、
中国に未いまだ少ないテーマパークに加え、
アニメや映画・音楽などソフトの魅力なども、
日本への旅で楽しんだことがわかる。

伝統文化や日本の四季を堪能したい

「次回したいこと」に目を転じてみよう。
これは、「今回は体験できなかったから、
次回はぜひやりたい」とか、
「今回体験して、すごくよかったからまた次回もやりたい」
といったもののランクである。

この中で興味深いのは、「温泉入浴」である。
「今回したこと」が6位で、
「次回したいこと」では4位に上昇している。
中国人は温泉への興味が高いと聞く。
また、水着を着て入るような大型温泉施設が多いとの話もある。
日本の温泉を体験した中国人の中には、
日本風の温泉の入り方に“ハマって”しまう人も
多いのではないだろうか。
富士山を見ながら露天風呂に入ったり、
ヒノキのぬくもりを感じたりなど……。
“温泉の魅力”は中国人にも共通なのかもしれない。

「温泉入浴」のほかでは、
「四季の体感」「スキー・スノーボード」
「自然体験ツアー・農漁村体験」
「日本の歴史・伝統文化体験」「舞台鑑賞」
なども上位に挙がっている。

このことからわかるのは、
2回目以降の訪日では、
興味の対象がさらに広がり、
体験型の旅をしたい人が多いということである。

体験型で人気の観光地といえば、
京都が代表的である。
着物の着付け体験やレンタルは
中国の女性に人気が高い。
(もちろん中国以外の人たちにも人気だ)
そして寺や神社、お抹茶に和菓子もある。
京の歴史と伝統、食の文化をたっぷり堪能できる。

最近では北陸新幹線が開通した
石川も人気が急上昇している。
金沢をはじめとした街では、
和の文化を体験できる取り組みが増えている。
たとえば、加賀友禅や金箔きんぱく工芸、陶芸など、
伝統工芸が体験できるツアーである。

自然体験や四季折々の趣が体感できるツアーも
人気が高くなってきている。
中国では大気汚染などの環境問題が他の国に比べて深刻だ。
自然体験への意識が高いのは、
その辺の影響があるかもしれない。
具体的には、北海道や沖縄へのツアーが人気である。

ただ、こうした地域では
中国資本によるホテルの買収等も顕在化しつつある。
こうした動きに対応する適切な法の整備も課題となろう。

受け入れる側の課題と取り組み

いずれにしても、中国人は
訪日外国人旅行者を対象としたマーケットで
最大の消費者になったが、
初めての来訪者が多い若いマーケットでもある。

これからの課題としては、
2回目、3回目の訪日という人たちも見据え、
大都市に偏りがちなツアー客をいかに地方へ誘導するか、
旺盛な購買力をいかに地方の産品へと波及させるか、
ということである。

そのためには、
地方にある魅力的な観光地、
大自然や歴史・文化などの名所をさらにPRし、
興味と関心を掻かき立てることが大事である。
また、ショッピングの需要にこたえ、
中国語を話せるスタッフの充実、
受け入れ態勢の整備も求められる。
大型バスの駐車場の確保や宿泊施設の増強、
民泊活用のルール作りも急務である。

現在、旅行業界では、
中国人観光客の地方への誘導を促進するため、
新しい旅の開発や提案によりいっそう力を入れている。
ネット上に旅情報サイトを立ち上げ、
予約受け付けサービスや観光情報の提供などにも力を入れている。

日本を訪れた旅行者が、
心に残る楽しい思い出をたくさん作れるよう、
そして受け入れる側も
素晴らしい出会いが生まれる“おもてなし”ができるよう、
質の高い観光地づくりに取り組んでいくことが大切だと思う。


『オールド・テロリスト』  書籍関係

〔書籍紹介〕

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フリーライターのセキグチは、
職を失い、妻子にも逃げられ、荒んだ生活をしていた。

昔勤めた出版社から記事を書いて欲しい、と依頼を受ける。
「NHKでテロが起こる」とのタレコミで、
記事の執筆者としてセキグチが指名されていたという。
セキグチは取材費ほしさに出かけるが、
実際に、NHKのロビーで火災が起こり、12人の犠牲者が出た。

犯人たちは自殺し、
残したその遺書が
隷書体という珍しい書体で書かれていたことに着目して、
セキグチは、犯人の一人が通っていた書道教室に向かう。
そこは老人たちが集う寄り合い所のようなところで、
その中にある書道教室で
生徒の二十代女性のカツラギに出会う。

預けていたジャケットのポケットに、
次の犯行を予告するマイクロフィルムが入っており、
その画像から、大田区池上柳橋商店街に行くと、
刈払機で3人の男女を襲う事件が発生し、
犯人の若者は刈払機を自身の首に向けて自殺した。

犯人の通院していた心療内科にカツラギと行くと、
アカヅキという医師が、
老人たちの集団がテロを画策していること仄めかす。
さらに、アカヅキは歌舞伎町の映画館でテロが起こることを示唆し、
セキグチたちはそこへ向かう。
映画館では毒ガスが撒かれ、
火災も引き起こされ、
867名もの死者が出た。

セキグチは、カツラギの祖父の友人であるというコンドウに会う。
すでに百歳を迎え、喋ることもままならない状態だったが、
今回のテロ計画の発起人であるという。
しかし、計画とは変わってきており、
現在、計画の実質的な主権を担っているのは、
ミツイシだと明かされた。

コンドウが死去し、弔問に訪れたセキグチは、
そこでミツイシに出会う。
ミツイシは、
「腑抜けた日本を、大戦直後のような焼け野原にし、
一から再生する必要がある」
と主張し、そのため、
満州から引き上げる際に持ち込んだという
88ミリ対戦車砲を使用して、
原発を狙うという。

ミツイシたちの本拠を訪れたセキグチは、
しっかりとした意志のもとに
日本にテロを起して日本の再生をめざす
高齢者たちのテロ集団に遭遇する。
そう、彼等は「オールド・テロリスト」なのだ。

高齢者たちのテロ集団の話、というので、
世の中から忘れられた老人たちの
世間に対する復讐のテロ、を想像したら、
それは「凡人」の私の発想で、
「天才」村上龍は、
全く違う老人たちの姿を提示する。
満州国の残党で、
社会的に見れば成功者たち。
逆に敗北者は仲間に加えないのだという。

「おれたちって、
家庭とか、あと仕事だな、
なにか問題があって、参加したやつなんか誰もいないんだよ」
「家庭もダメ、仕事もダメ、
そんなやつは、ミツイシは参加させなかった。
私生活に不平不満があるやつなんか、一人もいないよ。
そんなやつは、ダメというか、やばいんだ。
動機が浅いから決意も鈍いし、
平気で裏切ったりするんだよ」

目的のために無差別テロも辞さず、
高度な訓練で
原発の攻撃を目指す。
その背景をあかし、
セキグチに執筆し、公表してほしいという。
しかし、その背後には
もっと深慮遠謀の
日本荒地化計画が隠されていた・・・

セキグチは同じ村上作の「希望の国のエクソダス」に出て来る人物。
いわば続編だが、
人物以外はつながりはない。
老人たちの正体に近づくプロセスが天才的で、
カツラギという女性が重要人物として登場する。
このカツラギのキャラが魅力的で、作品を支える。
壮絶な過去とトラウマを持つカツラギは、
性格破綻者だが、真実への洞察力が並外れている。

「年寄りは、静かに暮らし、
あとはテロをやって歴史を変えれば
それでいいんだ」
というミツイシの言葉が後に残る。

高齢者たちが世界を変える
という視点が面白く、
ありそうもない話がありそうな話に見えて来るのは、
村上龍の力業(ちからわざ)。

とにかく面白く、
ページをめくる手が止まらない。
長い小説だが、
読み終えた後の重量感は
読み終えてよかった、
と感じさせるものだった。

分かれた女房と会話した後のセキグチの言葉。

思いがけない由美子との会話のあと、
おれが襲われたのは、
後悔だった。
後悔ほど恐ろしいものはないかもしれない。
感傷や絶望なら、
簡単ではないが、
慣れや、回復の見込みがあるような気がする。
後悔は違う。
一生消えることがない。
安定剤を飲むときも、
ウイスキーを喉に流し込むときも、
露になった後悔が、
鉛のように全身にのしかかった。

私がよく観る、
テレビ東京の「カンブリア宮殿」での村上龍は、
高密度の知識を持った常識人として登場するが、
小説の世界では、
これほど危険な思想の持ち主だと分かる一編。

                        

『嵐が丘』  映画関係

〔旧作を観る〕

今日の1本は「嵐が丘」

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ブロンテ三姉妹の一人、
エミリ・ブロンテ↓(1818を1848)、唯一の長編小説。

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たった1本しか書かなかったのに、
それが「世界の三大悲劇」「世界の十大小説のひとつ」などと
評されているのだから、幸福もの。

「嵐が丘」初版の扉頁↓

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それだけの作品だから、映画化も沢山されており、
知られているだけでも、

1939年 アメリカ 監督:ウィリアム・ワイラー
           主演:ローレンス・オリヴィエ、マール・オベロン
1953年 メキシコ 監督:ルイス・ブニュエル
           主演:イラセマ・ディリアン、ホルヘ・ミストラル
           メキシコの砂漠が舞台
1970年 米英合作 監督:ロバート・フュースト
           主演:アンナ・カルダー・マーシャル、ティモシー・ダルトン
1986年 フランス 監督:ジャック・リヴェット
           主演:ファビエンヌ・バーブ、リュカ・ベルボー
           フランスの田舎が舞台
1988年 日本、  監督:吉田喜重
           出演:松田優作、田中裕子
           鎌倉室町時代の日本が舞台
1992年 イギリス、監督:ピーター・コズミンスキー
           主演:ジュリエット・ビノシュ、レイフ・ファインズ
2009年 イギリス、監督:コキー・ジェドロイック
           主演:トム・ハーディ、シャーロット・ライリー
2011年 イギリス、監督:アンドレア・アーノルド
           主演:カヤ・スコデラリオ

と多数ある。

そのうち、紹介するのは、
最初の映画化にして、極めつけの
1939年作品

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この頃は主演者も一枚看板ではなく、
複数で出ることが多かった。

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脚色者と原作者一緒に。

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監督は名匠、ウィリアム・ワイラー

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「嵐が丘」の元の持ち主だった
アーンショーは慈悲深い男で、
貧しい孤児を旅先で保護し、
ヒースクリフと名付けて実子同然に育てた。
アーンショーの娘キャシーはヒースクリフを愛したが、
跡取り息子であるヒンドリーは彼を憎み、
父の死後は馬丁として酷使した。

成長したキャシーは上流階級に憧れ、
裕福なエドガー・リントンに求婚されて有頂天になった。
キャシーは本心ではヒースクリフを愛しており、
承諾の返事も思い止まったのだが、
そうと知らないヒースクリフは館を飛び出し、
行方をくらました。

キャシーがエドガーと結婚した数年後に、
ヒースクリフは成功した金持ちの紳士として戻って来た。
復讐を誓ったヒースクリフは、
まず、ヒンドリーの借金を肩代わりすることで
「嵐が丘」の当主の座を手に入れた。
次にヒースクリフはエドガーの妹イザベラと結婚し、
同時にキャシーに愛を語り続けた。
悩み苦しんだキャシーはやがて生きる気力を失い、亡くなる。

次の世代の話は、
この映画では省略し、
キャシーを求めてさまようヒースクリフは
吹雪の荒野で死ぬが、
ヒースクリフと女の二人連れを見た人がいる。
愛し合うヒースクリフとキャシーは、
時の隔たりを超えてようやく一緒になったのだった。

という、なんだか下らない話に見えるが、
それがヨークシャー地方の
わびしく厳しいヒースの荒野の自然を背景に語られると、
何ともいえない香りが放たれる。

「アーンショウ家」と「リントン家」の2つの家で
三代に渡って繰り広げられる物語は、
複雑な構成で、
ストーリーの語り部が次々に変わるうえに
「また聞き」の形で描写されたり、
時系列が入り乱れて後日談や回想が入れ子状になっており
(そのために「嵐が丘」の出来事を
年代順に並べ直した書も出版されている)、
しかも主要な語り手がしばしば
「嘘(語り手自身の誤解や正しくない情報)」を述べる。
こうした手法は後世には巧みな「戦略」と評価されたが、
発表当時は「物語史上最悪の構成」とまで貶める評論家もいた。

映画の方は、
吹雪で道に迷ったロックウッドが、
「嵐が丘」と呼ばれる館に辿り着き、
館の家政婦エレンから、
「嵐が丘」にまつわる過去の悲劇を聞くという、
分かりやすい構成となっている。

ヒースクリフを演ずるのは、
ローレンス・オリヴィエ

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ロンドンの舞台からアメリカに招かれての第1作。
当時32歳。

キャシーを演ずるは、マール・オベロン

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共演者でありながら、
オリヴィエとオベロンは仲が悪く、
終始いがみ合っていた。
オベロンは
「オリヴィエが大嫌いだ。
キス・シーンなんて想像するだけでゾッとする」
と漏らしており、
オリヴィエは
「オベロンが気に入らない。彼女がどうしたこうした」
とロンドンの舞台に立っていた
愛人のヴィヴィアン・リーに手紙で愚痴をこぼしていた。
それを読んだヴィヴィアンはいたたまれなくなり、
舞台をすっぽかして大西洋航路の客船に飛び乗り、
大陸横断鉄道や航空路を経由して、
ロサンゼルスへやって来た。
その頃「風と共に去りぬ」が、
主役であるスカーレット・オハラ役の女優が決まっていない状態で、
アトランタの火災シーンから撮影が開始された。
その現場にヴィヴィアン・リーが見学に来ていた。
製作者の弟であるプロダクション・マネージャーが
撮影現場の見物人の1人であった
ヴィヴィアンの炎に赤く輝く横顔を見て
「スカーレットは決まりだ!!」と直感し、
思わぬ形でヴィヴィアンは大作の主役に抜擢された。

つまり、ローレンス・オリヴィエとマール・オベロンが不仲でなかったら、
ヴィヴィアン・リーは「風と共に去りぬ」の
スカーレット・オハラを演じなかった、
という、伝説

エドガー・リントン演ずるのは、デヴィッド・ニーヴン

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不仲であっても、ラブ・シーンは熱い。

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しかし、キス・シーンでは、
唇が触れ合わんとする時に、

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フフェード・アウト。

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この時代、まだそんな規制があったのか。

エンド・マークの後

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役名入りクレジットが出て、終わり。

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この頃の映画はみんなそうで、
今みたいに
エンドクレジットを延々と映すのは、
いつ頃からのことか。

アカデミー賞撮影賞を受賞。
他に作品賞、監督賞、主演男優賞(ローレンス・オリヴィエ)
助演女優賞(イザベラ・リントン役のジェラルディン・フィッツジェラルド)
脚色賞、作曲賞(アルフレッド・ニューマン)
6部門にノミネート

なお、原題の「Wuthering Heights」(ワザリング・ハイツ)の
「wuther」は「風がビュービューと吹き荒れる」を意味する語。
その「Wuthering Heights」を「嵐が丘」とした
斎藤勇の邦訳は「歴史的名訳」とされている。
この題名で文学的香りが高まった。

「嵐が丘」のモデルになった
ハワースの荒野にある「トップ・ウィゼンズ」の廃墟↓

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1969年に宝塚で舞台化
97,98年に再演。

↓の日生劇場版とは別。

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中継をWOWOWで観たが、
なかなか見事な脚色だった。
場面展開もあざやか。

ミュージカルにしたらどうか、と思ったら、
思い出した。
既になっていた。
↓がそれ。
題名は「ヒースクリフ」

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作詞はティム・ライス
作曲はジョン・ファーラー、
主演はクリフ・リチャード
クリフ・リチャードはイギリスのトップ歌手。

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1997年2月12日から期間限定で上演。

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あまり評判にはならなかったらしい。

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そのアルバムのジャケット。

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中のティム・ライスの挨拶に1995年7月とあるから、
どうやらアルバムが先で、
その後、舞台になったもののようだ。

おまけ。

中学のとき姉の国語の教科書で
「ビルマの竪琴」のシナリオを読んだ。
「映画というのは、こういうのを元に創ってるんだ」
と驚愕し、それからシナリオを読むようになった。
読むと、書きたくなるのが私の習性で、
勝手に作品を書いた。
その一つに「嵐が丘」の脚色、というのがあった。
中学2年生の時、
「嵐が丘」の脚本、書き上げた。

書きながら、ヒースクリフとキャシーは
愛を成就したからいいが、
置き去りにされたエドガー・リントンの立場はどうなる、
と生意気な疑問を持った。

あの原稿、今はどこにいったのか。
ワープロもパソコンもない時代。
確か大学ノートに鉛筆書きだった気がする。
貴重な思い出の作品。
とっとけばよかった。


タグ: 映画

都響コンサート  音楽関係

今日は、夕方からカミさんと一緒に六本木一丁目へ。

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スペイン坂を通って、

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アークヒルズへ。

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ここへ来るのは20年ぶりくらいか。

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目的地は、ここ。

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サントリーホールです。

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中の様子。

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ホール内は撮影禁止なので、
拝借した写真。

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座席数は2006席。

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いつもの東京都交響楽団の演奏会

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今回はアラン・ギルバートを指揮者に迎えます。

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ニューヨーク生まれで、
ニューヨークで最も古いオーケストラである
ニューヨーク・フィルハーモニックの音楽監督。

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アラン・タケシ・ギルバート(1967〜)がフルネーム。
ミドルネームにタケシとあるように、
米国人と日本人のハーフ
父親はニューヨーク・フィルハーモニックの
元ヴァイオリン奏者マイケル・ギルバートで、
母親が同楽団ヴァイオリン奏者の建部洋子。
妹のジェニファー・ギルバートもヴァイオリン奏者
という音楽一家。

そのギルバートの指揮で演目は3つ。

1つは、武満徹「トゥイル・バイ・トワイライト」

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武満徹は現代音楽の作曲家だが、
小林正樹監督の「切腹」(1962年、第17回毎日映画コンクール音楽賞受賞)、
羽仁進監督の「不良少年」(1961年、第16回毎日映画コンクール音楽賞受賞、
勅使河原宏監督の「砂の女」(1964年、第19回毎日映画コンクール音楽賞受賞)、
「他人の顔」(1966年、第21回毎日映画コンクール音楽賞受賞)
などの映画音楽も手がけ、
いずれも高い評価を得ている。
黒澤明監督とは、「どですかでん」(1970)で音楽を担当したが、
1985年の「乱」で黒澤監督と対立し、
「これ以後あなたの作品に関わるつもりはない」と言い放ったという。
黒澤監督にマーラー風の音楽を求められたことに不満を述べている。

「トゥリ・バイ・トワイライト」は、
1988年作曲。
武満によれば、
「旋律やリズムを形成する以前の
限定された音楽的ユニットによって
音楽のあや織り(トゥイル)が行われ、
微妙なパステル状の色彩の変化が、
日没後の夜へ向かう瞬時の華やぎ(トワイライト)を表している」
という。

「トゥイル・バイ・トワイライト」を聴きたい方は、↓をクリック。

https://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=rxkMOv02Q5o

この作品は私の感受性の外にある音楽なので、何も感じず。
私はど演歌と現代音楽とハードロックは範疇外。


2曲目は、
フィンランドの作曲家、
ジャン・シベリウス(1865〜1957)による交響詩「エン・サガ」(ある伝説)。

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1892年作曲、1902年に改訂。
「ある伝説」とは、
北欧神話のサーガのことを示すという説と、
古い伝説全般を漠然と指す、という説があるが、
シベリウスは具体的にどのような物語に基づいたかは
特定していない。

「エン・サガ」を聴きたい方は、↓をクリック。

https://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=nRGQ_VPV1Vw#t=24


最後は、
ヴィルヘルム・リヒャルト・ワーグナー(1813〜1883)↓

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の楽劇「ニーベルングの指環」からの抜粋集。

「ニーベルングの指環」は、
「序夜と3日間のための舞台祝祭劇『ニーベルングの指環』」
が正式名称であるように、
4部作で完結する長大なオペラ。

序夜「ラインの黄金」2時間40分
第1夜「ワルキューレ」3時間50分
第2夜「ジークフリート」4時間
第3夜「神々の黄昏」4時間30分

と、全部で15時間かかる。

2006年1月に
マリンスキー劇場の引っ越しの連続上演で
観たことがあります。
(実際は1日休憩を入れての5日間公演)

今日の演奏は、
エーリヒ・ラインスドルフの編纂版を下敷きに
アラン・ギルバートが編んだもの。

曲目は
「ワルキューレ」から「ワルキューレの騎行」「ヴォータンの告別」
「ジークフリート」から「岩山を登るジークフリート」
「神々の黄昏」から「夜明け」「ジークフリートのラインへの旅」
       「第1幕第3場への間奏」「ジークフリートの葬送行進曲」
       「ブリュンヒルデの自己犠牲と終曲」

と52分の大曲。

「ワルキューレの騎行」を聴きたい方は、↓をクリック。

https://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=6iMGqZ-IGcU

「ジークフリートの葬送行進曲」を聴きたい方は、↓をクリック。

https://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=4I-yYb1uIDs#t=10

これはよかった。
「ニーベルングの指環」のエッセンスを聞いた気がして、
泣きそうになった。
演奏も迫力満点。
切れ間なく演奏される編曲も素晴らしい。

カミさんも珍しく「良かった」と言っていた。

というわけで、
寒さも忘れて、
ワーグナーにひたった冬の夜でした。





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