スペイン・ポルトガル旅行記M シントラ  旅行関係

8日目の午後は、
最後の訪問地、シントラへ。
ここには、シントラ宮があります。

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イスラム教徒が残した建物を
ディニス王が居城とし、
14世紀にはジョアン一世が増改築。

空から見た宮殿。

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15世紀初頭から19世紀後半にかけて
ポルトガル王家が住み続けました。
ポルトガル国内で最も保存状態の良い中世の王宮です。
世界遺産に登録。

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これは白鳥の間

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天井に沢山の白鳥が描かれています。

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ここはカササギの間

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天井には、カササギの絵が。

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くちばしには、pot bem(善意で、という意味)と書かれた
紅バラがくわえられています。

ある時、ジョアン一世は女官にキスしているところを
王妃フィリパ・デ・レンカストレに見られてしまいます。
王は「善意でキスしたのだ」と弁解し、
フィリパは何も言いませんでしたが、
噂が女官たちの間で広まってしまいます。
王は、「おしゃべり」という意味のある鳥のカササギを
部屋の装飾に用い、
かつまたフィリパの実家ランカスター家の紋章である
紅バラを描かせたという逸話が残されています。

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ドン・セバスチャンの部屋は、

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壁のタイルに特徴があります。

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16世紀後半に
セバスチャン王が寝室として使用したことから
この名がつけられました。

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シントラ宮は、マヌエル一世の代に、
その後援の元で、建物増設や装飾が加えられました。

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1497年から1530年にかけて、
大航海時代の発見による富が惜しげもなく注ぎ込まれました。

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ガレー船の間

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紋章の間

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周囲に当時の貴族の生活を描くタイルが貼りめぐらされています。

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主要なポルトガル貴族の紋章と
マヌエル一世の紋章の
計72個描いた壮麗な木製の天井。

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そのうちコエーリョ家の紋章は、
ジョアン二世に対する陰謀が発覚した後取り除かれました。

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ドン・アフォンソ六世の部屋

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身体・精神ともに障害があったというアフォンソ六世は、
実の弟ペドロ王子(のちのペドロ二世)により実権を奪われ、
シントラ宮殿に1676年から幽閉され、1683年に死亡。
彼が動き回っていた場所だけ、
絨毯がすり切れています。

中庭

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宮廷内礼拝堂

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壁には、オリーブをくわえた鳩が描かれています。

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アラブの間

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19世紀、
シントラ宮殿は再び王家のお気に入りの場所となり、
一家がしばしば滞在しました。

厨房

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円錐形の煙突。

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外から見た特徴的な景観の正体は、これです。

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マヌエル様式の広間

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1910年の共和国樹立と同時に、
宮殿は国の文化財となりました。

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宮殿から街を望む。

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山の上には城壁が。

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ペナ宮へ。

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シントラ宮、ペナ宮、ムーアの城跡、レガレイラ宮を合わせて、
「シントラの文化的風景」として世界遺産に登録されています。

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山の上にあるので、

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このバスで上がります。

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19世紀ロマン主義を象徴する建築。
フェルナンド二世により
旧フラデス・ヒエロニミタス修道院の
地震による廃墟に建てられたものです。

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ゴシック・リヴァイヴァル建築様式、
ネオ・マヌエル様式、
ネオ・イスラム様式、
ネオ・ルネサンス様式等、
違う様式が混合しています。

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1908年に暗殺された
カルロス一世とその王妃アメリアは
ほとんどの時間を
この宮殿で過ごしたといいます。

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それでか生活感あふれる感じです。

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厨房

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王家の礼拝堂

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帰りは坂道をだらだらと降ります。

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これで観光の日程は終わり。
明日は早朝、リスボンを発ちます。


『武道館』  書籍関係

〔書籍紹介〕

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「何者」で直木賞を取った朝井リョウの作品。

アイドルグループが題材で、
ありそうでなかった小説。

主人公は結成間もないアイドルグループ
「NEXT YOU」のメンバーの一人、愛子。
6人組が一人「卒業」して5人組になり、
キャンペーンやイベント、握手会と
目が回るような忙しさ。
次第に人気が出て、イベントに集まる人数も増え、
車での移動が新幹線移動になり、
ヘアメイクも付き、
CD売り上げランキングにも登場するようになる。
彼女たちの目標は、武道館でライブをすること。
それが題名の「武道館」。

なんとなくモーニング娘。やAKB、ももクロなどを彷彿とさせ、
恋愛禁止や特典商法、プライベートの盗撮、ブログの炎上、
握手会での規制、メンバーの卒業、
卒業後のメンバーの去就、
新メンバーの補充と
現実味を帯びた描写が続く。

主人公の立場はやや微妙で、
歌って踊ることが大好きで
オーディションを受け、この道に進んだが、
グループが大きくなるにつれ、
次第に違和感を覚えるようになる。
その上、マンションの上階に住む同級生に
恋愛感情を覚え始めている。
メンバーの一人、碧(あおい)との心の交流もある。

やがて3周年記念イベントとして武道館コンサートが発表されるが、
その当日の直前、
メンバー二人に対する恋愛疑惑が起る・・・。

アイドルの少女自身の内面に迫る内容で、
朝井リョウらしい小説と言える。

だが、彼女たちには「商品」という側面があり、
その商品価値を上げ、売ろうとする大人たちの画策がある。
この小説には出て来ないが、
アイドルグループに群がる大人たちのことを「女衒」と呼んだ人もいる。

少女の内面は、私の年齢ではとても理解不可能な領域なので、
むしろ、商品を売ることで購買者(ファン)から
カネをふんだくることに腐心する
事務所の側面を描いてほしかった感じがする。
それこそ主人公の抱く「違和感」の正体なのだから。

握手会の特典券を得るために
同じCDを買わせる商法や
「総選挙」の投票券を獲得するために
CDを莫大に買わせる商法など、
ファン心理につけこんだやり方は醜い。

最後に「NEXT YOU」の15年後
(今よりずっと後のこと)が紹介されるが、
そこはちょっと面白い。


『ボーイ・ソプラノ ただひとつの歌声』  映画関係

〔映画紹介〕

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私生児として生まれ、
自堕落な母親に育てられたステットは問題児だったが、
母親を事故で失い、
縁があって、名門少年合唱団に入学が許される。
そこには、厳格な団長カーヴェルがいた。
ピアノの道を志しながら、
才能がないと宣告されてあきらめ、
指導者の道を歩んだ過去を持つカーヴェルは、
才能がありながらも無駄にしているステットに対して、
厳しく指導する。
当初、楽譜も読めず、
同級生たちからいじめられるステットだったが、
やがて歌う喜びに目覚め、
休暇にも学校に残って研鑽し、
天賦の才能を花開かせていく。
やがて重要なコンサートでソロを歌うチャンスが与えられ・・・

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という一人の少年の成長物語
少年合唱団というとウィーン少年合唱団しか知らなかったが、
アメリカにも国立の少年合唱団があるのを初めて知った。
その訓練の様子に興味津々。

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練習で歌われる数々の名曲が耳に心地よい。
宗教曲が多いが、
中には日本の合唱曲も登場する。

ステットの父親の問題と
音楽への目覚めや
ライバルとの確執が描かれるが、
ライバルとのバトルはやや類型的。
もっと別な扱い方はなかったものか。
カーヴェルとの師弟愛は美しい。

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監督は「レッド・バイオリン」のフランソワ・ジラール
少年ステットには、ギャレット・ウェアリング

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団長をダスティン・ホフマン

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さすがにうまい。
校長にキャシー・ベイツ

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今も健在。

「ボーイ・ソプラノは、
神様が与えてくれた
短い間だけの贈り物」
というセリフがあるが、
声変わりという現実がやがてやって来る。

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失われることが定められたもの、
と考えると、その輝きが増す。
少年たちは集められ、やがて散っていく。
その黄金時代を短く切り取った、
一つの青春映画と見ると感慨深い。

5段階評価の「4」

予告編は↓をクリック。

https://www.youtube.com/watch?v=kL9RSuV0F0A&feature=player_embedded

ちなみに、
「ほたるのお父さん金持ちだ
道理でお尻がピカピカだ」
と日本語で歌われているのは、
小倉朗(おぐら・ろう)作曲の
「東北地方のわらべうたによる無伴奏合唱曲」より「ほたるこい」
日本ツァーがあり、山形公演もあったということで歌われているのだろう。

聴きたい方は、↓をクリック。

https://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=s7vnkKF8LbU#t=17


タグ: 映画

『安保法制論争を「脱神話化」する 』  政治関係

昨日も掲載した
安保法制の整備について、
細谷雄一慶応義塾大学法学部教授が
自身のコラム「国際政治の読み解き方」で、
卓見を述べているので、
転載します。
長文ですので、
興味ある人だけお読み下さい。
(改行は管理人がしました)


安保法制論争を「脱神話化」する
2015年9月14日(月)

■魔女狩りの世界へ?

2015年8月30日に、
安保関連法案の廃案を求める
大規模なデモが国会周辺で行われた。
安保関連法案を批判する人々の熱情はエスカレートして、
感情的な叫び声が鳴り響いている。
一部の声は、もはや理性的な主張の域を超えてしまった。

テレビ朝日の報道番組「報道ステーション」が
安保法制に関する憲法学者へのアンケート調査として、
「一般に集団的自衛権の行使は
日本国憲法に違反すると考えますか?」
という質問をだした。
これに対して井上武史九州大学准教授が、
「憲法には、集団的自衛権の行使について明確な禁止規定は存在しない」
と答え、
「それゆえ、集団的自衛権の行使を明らかに違憲と断定する根拠は見いだせない」
と述べると、
その後になんと怒りの感情をあらわにした
誹謗中傷の書き込みがあいつぎ、
中には殺害予告や、
あるいは所属する大学を「退職させろ」という
脅しのメールなども来たようだ。

これを報じたニュース番組のキャスターが、
「たとえ意見が異なると言っても、
こうした行為は、絶対に許されません」と述べ、
「正々堂々と議論に参加し、
法案について、
しっかりと考えを深める時だと思います」
とコメントをした。
また、井上武史氏も、
「日本は『表現の自由』がある国なので、
残念なことだとは思っています」
と述べている。

安保関連法案に反対する多くの人たちは、
戦争を嫌い、平和を愛して、
人の命を何より大切にする人々のはずだ。
ところが、自らとは異なる見解を圧殺し、
その存在を否定して、
殺害まで求めるとは、常軌を逸脱している。
建設的な議論の前提には、
相手の主張に耳を傾け、深く吸収し、
それを尊重する寛容の精神が不可欠だ。

フランスの啓蒙思想家ヴォルテールの言葉として広く知られた、
「私はあなたの意見に反対だ、
だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」、
という姿勢とは、まさに対極である。
悪の存在しないユートピアを創出しようと、
20世紀に入っても中国の文化大革命や、
カンボジアのポル・ポト派の虐殺において、
恐るべき殺戮による血の海が広がった。
井上准教授への、不寛容で、危険な批判は、
まるで魔女狩りの時代へ戻ったようである。
自由な学問の世界に、
「異端尋問」の文化を持ち込むべきではない。

■国際協調への不信と敵意

それでは、なぜこのようなことになってしまったのか。
それは、安保関連法案に批判的な学者や文化人の人たちの多くが、
実際の条文を丁寧に読むことさえせずに、
イメージやイデオロギー、
そして現政権批判という政局的な行動から、日本国民を
安保法制への感情的な激烈な嫌悪感へと誘導したからだと思う。
京都大学教授で高名な憲法学者の大石眞教授も、
そのような問題意識から、次のように述べる。
「我々憲法学者は、
政権へのスタンスでものを言ってはいけない。
そこを誤れば、学者や研究者の範囲を踏み外してしまう。
時代とともに変わる規範を、
きちんと現実の出来事にあてはめることが
責任ある解釈者の姿勢だと思う。」(読売新聞、2015年8月2日)

政局的な思惑や、現政権批判として
憲法問題を論じるとすれば、
それはきわめて危険な「火遊び」である。
かつて似たような「火遊び」があった。
1930年に浜口雄幸立憲民政党内閣が
ロンドン海軍軍縮条約で、
緊張緩和と軍事費削減のための軍縮合意をすると、
野党立憲政友会総裁の犬養毅と鳩山一郎は、
この浜口内閣の決定が
本来は天皇大権であるはずの統帥権を
干犯する越権行為だと批判して、
政局的な思惑から帝国議会で激しい攻撃をした。

元法制局長官の倉富勇三郎もこれに迎合して政府を批判し、
また国粋右翼団体もこれに続いて
激しい国民的な政府批判へと発展した。
激しい怒りに突き動かされた青年がこの年の11月、
東京駅で浜口首相を暗殺した。
当時は右派からの政府批判で、
現在は左派からの政府批判であるから攻撃のベクトルは異なる。
だが、政局的思惑からの政府批判が
国民的な怒りへと発展して、
冷静な議論が失われて暗殺事件に至ったことは示唆的である。

当時のロンドン海軍軍縮条約も、現在の安保関連法案も、
国際社会の潮流にあわせて、
アメリカやイギリスなどの諸国との
国際協調を進めることが必要だという認識が見られる。
他方で、それらを批判する勢力は、
憲法が規定する正義を信じて疑わず、
米英などの偽善に敵意をむき出しにする点で
一定の共通点が見られる。
それらはナショナリズムの感情から
自国の安全と正義を主張するものであり、
日本の憲法を絶対視して国際協調の必要を軽視する。

当時は、国際連盟規約に記される軍縮義務への批判であり、
現在では国連憲章に記される
集団安全保障や集団的自衛権への批判である。
いつの時代においても、日本国民の多くにとっては
国際社会の潮流を正確に理解するのは難しく、
国内的正義を独善的に主張することが好まれるのだ。

■国際社会はどう見ているか

もしも、安保関連法案が日本を軍国主義へと導き、
再び戦前のように侵略や戦争を行う国になるというのであれば、
国際社会が真っ先にそれを批判するであろう。
それでは、国際社会はこのような日本政府の動きをどう見ているのか。

アメリカ政府がこれを歓迎していることは、よく知られている。
国務省定例記者会見で国務省報道官は、
「地域及び国際社会の安全保障に係る活動につき、
積極的な役割を果たそうとする
日本の継続した努力をもちろん歓迎する」
と答えている。
同盟関係にない欧州諸国も同様である。
ドイツは今年6月7日の日独首脳会談で、
安倍晋三総理の平和安全法制についての説明に対して、
「日本が国際社会の平和に積極的に貢献していこうとする姿勢を
100%支持する」
と述べた。
また、日・EU定期首脳会議でEU側から、
積極的平和主義に基づく日本の取り組みに対し
支持・賛同が表明された。

かつて日本が侵略をして大きな傷跡を残した東南アジア諸国でも、
日本の平和安全法制に対する高い評価が見られる。
フィリピンのアキノ大統領は、
日本の国会の衆参両院合同会議での演説の中で、
「本国会で行われている審議に
最大限の関心と強い尊敬の念を持って注目しています」、
との賛辞を送った。
また、ベトナムのズン首相はこれを「高く評価し」、
マレーシアのナジブ首相は
「日本の積極的平和主義の下での貢献への歓迎」を示し、
さらにはラオスのトンシン首相が、
「日本が地域と国際社会の平和の促進に
多大な貢献をしていることを賞賛する」
と述べている。

中国政府は、5月14日の中国外交部定例記者会見で、
外交部報道官がこの法案に関連した質問に対して、
「歴史の教訓をきちんと汲み取り、
平和発展の道を堅持し、
我々が共に暮らしているこのアジア地域の平和と安定、
そして共同発展のため、
多くの積極的かつ有益なことを成し、
多くの積極的かつ建設的な役割を果たしていくことを希望する」
と述べている。
韓国政府の場合は、
地域の平和と安定を害さぬ方向で進めねばならないと、
韓国政府の承認なしに
日本が朝鮮半島で集団的自衛権を行使することがないならば、
おおよそ反対はしないという姿勢を示した。
いうまでもなく日本政府は、
中国政府や韓国政府に対して、
大使館を通じて丁寧な説明を心がけており、
おおよそ今回の法案が
従来の日本の平和主義を大きく変えるものではないと
理解しているのだろう。

このようにして、世界中の国のなかで、
平和安全法制を厳しく批判する政府は一つも存在しない。
もちろん、海外のメディアの中には、
「ニューヨーク・タイムズ」など批判的な論調も目立つが、
批判的な視点を提示することはメディアの重要な仕事である。
驚くことではない。
海外の研究者でこの法案への厳しい批判を述べる者も少なからずいるが、
日本国内で見られる法案廃案を求める厳しい主張は、
国際社会全体ではあまり見ることができない。
2013年12月に安倍首相が靖国神社参拝をした際に
多くの国が批判や懸念を示したこととは対照的に、
今回の平和安全法制は国際社会から歓迎されていることを、
まず知っておく必要がある。

■批判がなぜ広がったのか

それでは、海外では比較的好意的な反応が見られるのに、
日本国内ではなぜ批判が広まったのか。
私は、1930年のロンドン海軍軍縮条約への
「統帥権干犯」という批判と、
現在の平和安全法制への「憲法違反」という批判が、
きわめて似たものであると感じている。
このどちらも、日本の国内法上の論理を
絶対的な正義と考えて、
国際法や国際協調をそれほど重要なものとはみなしていない。
それは、国内的正義の絶対性を主張するという意味で、
ナショナリズムの運動でもあるといえる。

戦前の場合は天皇の軍事大権と
日本の軍事的優越性を求めるナショナリズムの運動であり、
戦後の場合は平和主義と
憲法九条の道徳的優越性を主張するナショナリズムである。
自らの正義を自明視するゆえ、
比較的に国民感情に浸透しやすいのだろう。
戦前の場合はロンドン海軍軍縮条約により
日本の軍事行動に制約がかかることを嫌い、
戦後の場合は集団安全保障や集団的自衛権という
国際安全保障上の責任が生じることを嫌う。

しかしそれ以上に大きな問題は、
平和安全法制廃案を求める際に、
あまりに多くの事実からかけ離れた
謬見が語られていることだ。
まるで「伝言ゲーム」のようにそれらが脚色され、肥大化する。
そして戦争になるかもしれないという、
さらには徴兵制が導入されるかもしれないという
よく分からない恐怖心から、人々がデモへと向かっていく。

よく語られる批判として、
日本が集団的自衛権を行使できるならば、
日本外交はアメリカに追随していて
アメリカ政府からの要請を断れることができないので、
アメリカの戦争に巻き込まれることになるだろう、
というものがある。
本当に日本政府はアメリカにいつも追随して、
その結果、必然的にアメリカの戦争に巻き込まれる
ことになるのだろうか。

基本的な事実として、
日本外交はいつもアメリカに追随しているのだろうか。
それを正確に理解する上で、
国連総会での投票行動におけるアメリカへの同調は、
一つの指標となるであろう。

安倍政権が成立した後の国連総会での投票行動を見てみよう。
2013年の第68回国連総会では、
合計で83回の投票の機会があった。
アメリカ政府代表の投票と同じ票を投じた比率は、
アメリカの同盟国では、オーストラリアは80.9%、
イギリスは77.5%、
そしてアメリカからの自立した外交を展開するイメージが強い
フランスは77.9%であった。
他方でドイツは、70.0%とフランスよりも低い数字だ。
これらの諸国は、かなりのていど
アメリカと同様の国際行動をしているといえる。
中立国のフィンランドとスウェーデンの場合は、
それぞれ69.6%と69.1%である
(これらの数字はアメリカ国務省のホームページを参照した)。

さて、「アメリカ追随」と言われる日本の場合は、
どのていど高い比率でアメリカに同調しているのか。
日本がアメリカと同じ投票をした割合は、
実はアメリカの同盟国として最も低い67.2%である。
オーストラリアやイギリスはもちろん、
フランスやドイツより、
さらには韓国(67.7%)よりも低い数値だ。
国連総会での投票行動を見る限り、
日本はアメリカの同盟国として最も自立した
対外行動をとっているといえる
(国会決議で米軍基地を廃棄したフィリピンは
同盟国と位置づけるかどうかは意見が分かれるが、
42.5%とロシアより低い数値である)。

これを見る限り、日本政府が
アメリカからの要請を断ることができないで、
戦争に巻き込まれるというのは、
必ずしも公平な主張とはいえないことが分かる。
日本の外務省は、気候変動の問題や、核廃絶への取り組み、
アラブ諸国との関係、イランとの外交など、
これまで多くの領域でアメリカ政府とは大きく異なる政策を展開し、
ときには激しい外交摩擦も見せてきた。
実際の外交史料を用いた最新のいくつかの外交史研究に基づけば、
戦後多くの場面で日本政府はアメリカと、
緊張感溢れる交渉を繰り広げてきた。

平和憲法を持ち、
武力行使に対する厳しい国内的な制約があり、
また平和国家としての理念を擁する日本人は、
たとえアメリからの要望があったとしても、
イラク戦争やアフガニスタン戦争のような戦争に
自衛隊を派兵することなどはとうてい考えられない。

■アメリカはいつ集団的自衛権を行使したか

それでは、アメリカ政府はこれまでに、
どのていど頻繁に集団的自衛権の行使をして、
どのていど頻繁に同盟国などに
戦争への参加を求めてきたのか。

国連憲章51条では、集団的自衛権を行使した際には、
「直ちに安全保障理事会に報告しなければならない」
と規定されている。
戦後、国連安保理に報告された集団的自衛権行使の事例は、
全部で13回、ないしは14回である。
戦後70年間で、
アメリカ政府が行った集団的自衛権の行使は、
そのうちでわずかに3回だけである
(1990年のイラク危機の際には、
当初は集団的自衛権の行使としての措置をとっていたが、
途中からは国連安保理決議に基づく
集団安全保障措置に切り替わり、
翌年1月からはじまった武力攻撃は
集団安全保障の範疇となる)。

現在、NATO加盟国は全部で28ヵ国であるが、
このうちでアメリカからの要請、
あるいはアメリカとの協力に基づいて
実際に集団的自衛権を行使した国は、
イギリス一国のみである。
他の26ヵ国は、一度として
アメリカの要請で集団的自衛権を行使して
戦争を行ったことはない。

2001年の9.11テロの後のアフガニスタン戦争は、
多少性質を異にする。
というのも、
これはアメリカの要請で行われた戦争ではなく、
むしろアメリカは欧州諸国からの安全保障協力の提案を
拒絶しようとしたからだ。

9.11テロの直後にブリュッセルのNATO本部では、
カナダのデイヴィッド・ライト大使が
アメリカのニコラス・バーンズ大使に向かって、
「われわれには5条がある」
と述べて、集団防衛としての
北大西洋条約第5条を適用することを提唱した。
翌日の9月12日に、
緊急の北大西洋理事会が開かれ、
第5条の適用を決定した。
これを受けて、実際に欧州諸国が
どのような協力を提供するかが検討された。

しかしながら、リチャード・アーミテイジ国務副長官は、
NATO本部を訪問した際に、
「私はここに、何も求めに来たわけではない」と
、欧州諸国の協力の要請を退け、
またポール・ウォルフォビッツ国防副長官は
「われわれが必要なことは、すべてわれわれが行う」
と述べた。

このときのアメリカのブッシュ政権は、
二つの理由から欧州諸国が戦列に加わることを嫌った。
第一に、コソボ戦争での経験の反省から、
軍事的な効率性を最優先して
欧州諸国からの政治的要求に対応することへの抵抗があった。
ネオコンの政府関係者は、
コソボ戦争を「委員会の戦争」と揶揄して、
むしろ単独で行動することを欲したのだ。

第二には、アメリカと欧州諸国の軍事技術の格差が
あまりにも圧倒的であり、
相互運用性(インターオペラビリティ)を持たない
イギリス以外の欧州諸国が戦場に来ても、
アメリカ軍にとっては邪魔だったのだ。
純粋に、不必要であったのだ。

それらのフランスやドイツなど欧州諸国と比較しても、
パワー・プロジェクション能力や、
遠征能力、遠方展開能力、戦略空輸能力を持たない
日本の自衛隊が、
アフガニスタンやイラクのような
きわめて危険な地域で戦争をすることができるはずがない。
イラク戦争での戦闘終了後のイラクのサマワ駐留の際でさえ、
自衛隊は自分たちで治安維持活動ができないために、
オーストラリアやオランダのPKO部隊に防護してもらっていた。
戦争をするためにはそのための軍事能力が必要で、
ヨーロッパのNATO加盟国のほとんどが
そのような遠征能力や高度な戦闘能力を持たない。

自国の領土や国民を防衛するための軍事力と、
はるか遠くに遠征して軍事力を展開させて、
危険な侵攻作戦を展開するための軍事力は全く異なる。
純粋に、日本には地球の裏側で戦争を行う意志などないし、
またそのための能力もない。

■冷静な議論を行おう

もう魔女狩りや、
根拠のない未来の予言はやめようではないか。
世界の軍事的常識や、
戦後の安全保障の歴史を深く理解した上で、
冷静な実りある議論をしようではないか。
ベルギーや、ルクセンブルクや、
デンマークのような小国は、
半世紀を越えてアメリカの同盟国であり、
国内法制上当然のこととして
集団的自衛権行使が可能であったのに
、集団的自衛権の行使として
一度もアメリカの戦争に加わっていないではないか。
なぜ日本だけ、
アメリカの要請で絶対に戦争をすることになるといえるのか。

確認しよう。
日本は平和国家である。
そして専守防衛は堅持されているし、
これからも堅持される。
2013年12月17日に、安倍政権の下で閣議決定された
「国家安全保障戦略」
(今後10年ていどの日本の安全保障政策を規定することになる)では、
次のように書かれている。
「我が国は、戦後一貫して平和国家としての道を歩んできた。
専守防衛に徹し、
他国に脅威を与えるような軍事大国とはならず、
非核三原則を守るとの基本方針を堅持してきた。」
そして、
「各国との協力関係を深め、
我が国の安全及びアジア太平洋地域の
平和と安定を実現してきている」。

この文書が閣議決定されている以上は、
これが政府の政策なのである。

ぜひとも戦争を憎み恐れる怒りの感情は、
国会や首相官邸に向けてではなくて、
多くのシリアの人々を難民として危険な海へ追いやる
「イスラム国」の戦闘員や、
ウクライナ東部での戦闘をやめようとしない
ロシア系武装勢力へと向けてほしい。
そして、シリアやウクライナで
これ以上戦争による犠牲者が増えないために、
知恵を提供してほしい。
それこそが、世界に誇ることができる
平和主義ではないだろうか。



異常なメンタリティ  政治関係

今日の産経新聞のコラム「産経抄」によれば、
安全保障関連法反対のデモを
「民意」として礼賛してきた一部新聞が
今度は、安倍政権を支持した有権者
矛先を向けているらしい。

毎日新聞19日夕刊に掲載された
作家の高村薫さんの意見。

「この有権者たちは、
政治を自分のこととして考えたことがあるのだろうか。
猛烈に腹が立つ」

これに対して、産経抄はこう書く。

真摯に政治に思いをはせ、
平和を願うからこそ
安倍政権を支持してきた有権者は
当惑するしかない。


全くもって失礼な話である。

続いて、朝日新聞20日朝刊の1面コラム。

「有権者に問いたい。
(昨年12月の衆院選は)
熟慮の末の投票・棄権だったのだろうか」

つまり、平成26年衆議院選挙の結果は、
国民が熟慮しなかったから、
安倍政権が継続した、
というのだ。
これも失礼な話だ。

産経抄は、こう書く。

平成24年の衆院選、
25年の参院選、
26年の衆院選と
3回の国政選挙の投票行動で示されてきた民意は、
彼らにとっては
叱責の対象か
何かの間違いにすぎず、
尊重すべきものではないらしい。
とどのまつまり、
自分たちと立場が異なる民意は
認めるつもりがないのか。

平成24年の衆院選で
3年半続いた民主党政権に
民意は「NO」をつきつけた。
25年の参院選で与党に過半数を与え、
昨年の衆院選でも民意は与党を支持した。

昨年の衆院選で、
自民党の政権公約で、
自民党は安保法制の整備をあげている。

「国の存立を全うし、
国民を守るための切れ目のない
安全保障法制の整備について」
(平成26年7月1日閣議決定)
に基づき、
いかなる事態に対しても
国民の命と平和な暮らしを守り抜くため、
平時から切れ目のない対応を可能とする
安全保障法制を速やかに整備します。

と。
その閣議決定は、
今回の法整備とほとんど変わらない。
選挙公約なんか見てないよ、
という人もあろうが、
少なくとも自民党はそれを公約にかかげていた、
という意味は大きい。

閣議決定は、↓をクリック。

https://www.komei.or.jp/news/detail/20140702_14366

では、なぜ今頃野党は反対を言い出したか。
集団的自衛権の容認を
憲法学者が「違憲」と言ったことで、
これは、安倍政権を叩ける
という戦術に転じたのである。
「違憲」「戦争法案」「徴兵制」
という、レッテル貼りで
やれる、と思って小躍りしたのだ。

それは戦争に敏感な国民を刺激し、
一定の成果を上げたが、
結局は国会の与党の力に屈した。
これは国民が与党にそれだけの議席を与えたからだ。

それで、先にあげた毎日新聞、朝日新聞の論調になる。
あの選挙の投票行動は間違っていた、と。

しかし、民意を尊重するなら、
それこそ、選挙の結果を尊重すべきだろう。

このことについては、
先日、賢人・曽野綾子さんが、
産経新聞のコラム「透明の歳月の光」の中で、
このように述べている。

最近の若者の中には、
民主主義というのは、
全員の意見が一致することだ、
と思っている人がいる。
民主主義は51%の人が賛成したら、
残りの49%は泣くことなのだというと、
びっくりしたような顔をする。

しかし49%は、
ただ泣いていればいいということではない。
次の選挙で自分たちが正しいのだ、
ということを知らしめる機会を十分に与えられ、
少数派といえども不利にならないように、
人間的な配慮がなされることが民主主義社会である。

民主主義の支持者は、
49%の泣く人たちが、
次回の選挙て
その答えを出すことに信をおく。

まさにそのとおりである。
今の政権での決定に不満があれば、
次の選挙で政権交代をすればいいのだ。
そうなればなったで、
「選挙結果は民意」と言うのだろうが。

しかし、再び民主党政権になって、
集団的自衛権を否定し、
安保法制を廃止するなどという悪夢を
国民は見ようとはしないだろう。
そんなことをすれば、
中国が喜ぶだけだと知っているからだ。

結局、今度の安保法制の騒動は、
反安倍、反米、反日のメンタリティ
日米の関係緊密化を阻止しようとして起したものだといえよう。

しかし、激変する世界情勢の中で、
日本の安全を確保するために、
集団的自衛権を容認し、
それにともなう法整備をしたいという
安倍さんの熱意にはかなわなかったのだ。
日本のことを本気で憂いている人の前に
代案も出さず、反対だけを唱える人たちは無力だった。

朝日新聞と安倍政権については、
次のような挿話がある。

第1次安倍政権時代の話。
政治評論家の三宅久之氏が
朝日新聞の論説主幹と会った時、
「朝日は安倍というといたずらに叩くけど、
いいところはきちんと認めるような報道はできないものなのか?」
と問うと、
その論説主幹は言下に「できません」と言った。
「何故だ?」と聞くと、
「社是だからです」
と言ったという。

最近の朝日新聞の姿勢を見ると、
この「社是」は変わっていないようだ。

先日も「アベノミクスにかげりが出て来た」
と大喜びで報道していたが、
アベノミクスが失敗すれば、日本は終わりだ。
失敗を期待するような論調は
反日新聞だと言われてもしかたあるまい。

朝日新聞の勧誘員が来て、
「朝日新聞も変りました。
それを確かめるために、読んで下さい」
と言っていたが、
20日のコラムなどを見ると、
まだ変わっていないようだ。

安保法制に戻ると、
曽野綾子さんは、次のようにも書いている。

一部の日本人のように、
武装しなければ平和が続くと思うのは
全く甘い考え方で、
敵はいつでもどこにでもいて、
おそらく国会の審議にかけていたら
手遅れになるほどの
速さと意外さで、
隙があれば進入してきて、
民族の自主権を脅かすだろう。

まさに、
迅速に対応するための安保法制の整備だったのである。

ちなみに、
朝日新聞の勧誘員が来た時、
私が出れば「ウチは産経ですから」
で撃退できるが、
カミさんが出ると、
今日一件も取れていないんです、
などという話に同情して、
知らない間に3カ月間の契約をしてしまったりする。
先日もまたやった。

いっそのこと、
3カ月分の代金だけ支払って、
「入れないでくれ」
と言おうと思うが、
カミさんは、
「そんなもったいないことをしないで。
私が読むから。
何か役立つことはあると思うから」
と止めるのだ。






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