『イオランタ』『青ひげ公の城』  オペラ関係

今日は、年度末
我が家も決算です。
個人なのですから、
1〜12月でやればいいのですが、
やはり長年やってきた4〜3月の年度の方が分かりやすい。

で、我が家の決算、
実は今年度は黒字
原因は、1年少し前から始めた
外債仕組債投資が好稼働。
それに投資信託も寄与して、黒字決算。
つまり、貯金が減らなかった、ということです。
年金生活者としてはありがたい。


で、昼前に新橋へ。

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この機関車前で友人と待ち合わせ。

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新橋、久し振りに来ました。
なんだかなつかしい。
新橋第一ビルも健在。

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昔はこのビルにたびたび訪れ、

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チケット屋で出張時の新幹線の値引きチケットを買ったり、

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映画の前売り券の少しだけ安いもの、
更に試写会ハガキなどを買ったものです。

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シニア料金になってからは、
チケット屋に来ることも少なくなりました。

今日は、新橋にある、この店で、

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昼のランチを。

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キムチやナムルと共に

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焼き物は、タン塩、塩ミノと

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カルビ、ロース、上ハラミの盛り合わせ。

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高級すぎて、
料金の割に量が少ない
それでも、良い肉で贅沢した気分。

その後、道端の桜を観ながら、

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二人で築地へ移動。

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目的地は、東劇です。

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ところで、東劇前の高速道路、
ここが昔は隅田川の運河だったことを知る人は、
ほとんどいなくなりました。

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東劇に来たのは、METライブビューイングを観るため。
今日は、2本立てです。
1本目は、チャイコフスキー「イオランタ」で、

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ロシアでは上演されているようですが、
諸外国では上演の機会がない作品です。
なにしろ、METでも初演

それを人気のアンナ・ネトレプコ

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ピョートル・ペチャワで上演。

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アンナにとっては、母国語のロシア語での上演です。
指揮は、マリィンスキー劇場のワレリー・ゲルギエフという万全の態勢。
ゲルギエフはアンナ・ネトレプコを見いだした人。
加えて、ポーランドの映画監督出身のマリウシュ・トレリンスキによる演出。

15世紀の南フランスの山中が舞台。
プロヴァンスのレネ王は、
王女イオランタが生まれながらの盲目であることを悲しみ、
目が見えないことが彼女に分からないように
山中の秘密の城で育てていた。
頼みの医師は、
イオランタ自ら盲目であることを理解しなければ治療は困難だという。
偶然城に入った騎士ヴォデモンは、
イオランタの美しさに心を奪われるが、
言葉を交わすうち彼女が盲目だと気づいてしまい・・・。
という、アンデルセンの童話に基づいた作品。

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全編、美しい旋律に満ち満ちています。
舞台装置はなかなかいいですが、
衣裳がちょっと、という感じでした。

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もう1本は、
バルトーク「青ひげ公の城」

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「イオランタ」がアンデルセンに対して、
こちらはC・ペローの童話。
バルトーク唯一のオペラで、
ハンガリー語での上演。

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青ひげ公の城の城に到着した新妻ユディットは、
暗い城内に驚き、
陽の光を入れようと提案。
鍵のかかる扉を見つけ、
それを開けるよう青ひげ公に求める。
開けた部屋は、拷問室、武器庫、宝物庫、花園、青ひげ公の領地・・・
それらは全て血に染まっていた。
ユディットは、残る2つの扉も開けるよう要求。
残酷な結末を予見した青ひげ公はためらうが・・・。

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という内容で、暗く、音楽も陰鬱
「イオランタ」の明るさとは好対照です。

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特筆すべきは、マリウシュ・トレリンスキの演出で、
この平板な話を豊かな造形で語ります。
そして、一種のスリラーのような仕掛け。
ヒチコックの映画「レベッカ」に啓示を受けたそうですが、
確かに、通じるものがあります。

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演ずるは、
ユディットにナディア・ミカエル
青ひげ公にミハイル・ペトレンコ
どちらも適役で、
おどろおどろしい劇空間を造形します。

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舞台装置の転換があざやかで、
観たことのないような景色を現出します。

実は、20年ほど前に
確か日生劇場でこのオペラを観たことがあり、
こんなにつまらないオペラがあるんだ、
と思って帰った記憶があります。
今回は全く退屈しませんでした。
それも演出、
そしてオーケストラの力。
さすがMET、と思わせるものがありました。


ところで、つい先日、
次シーズンのMETライブビューイングのスケジュールが発表されました。
↓がそのチラシ。

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大きく拡大すると、↓のとおり。

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さすがに10年目になると、
2度目のおつとめのものが多いですが、
半数の5本が新演出です。
MET初演も1本あります。
新演出ではありませんが、
「トゥーランドット」という
世界遺産的な演出作品もあります。
今度は娘を連れて行こうかと思います。


『ペテロの葬列』  書籍関係

〔書籍紹介〕

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「誰か」「名もなき毒」に続く
宮部みゆき杉村三郎シリーズ第3弾。

とにかく長い
普通の単行本で681ページもある。
手に取ると、ずしりと重い。
2010年9月から2013年10月まで
「千葉日報」その他全国の地方紙合同で
4年間も連載したものだ。

今多コンツェルン会長室直属の
グループ広報室に勤める杉村三郎は、
編集長の園田瑛子と広報誌の取材で
房総の町を訪れた帰り道、
拳銃を持った老人によるバスジャックに遭遇する。
運転手を含め、乗客は男女合わせて7人。
老人は「警察を呼んでください」と指示を出した上で、
待ち時間の間に
人質全員に「後で慰謝料をお支払いします」と謎の提案をする。
そして警察には3人の人物の住所と名前を上げ、
その3人を連れて来るように要求する。
3人は老人にとって「悪人」であり、
その悪事をマスコミに露出しようというのだ。
しかし、警察による強制突入を受け、
その際、老人は拳銃で自分を撃ち、死んでしまう。

事件は終わったかに見えたが、
犯人の老人の言っていた「慰謝料」が実際に送られて来た。
乗客たちは再集合し、
「慰謝料」を受け取るべきか、
それとも警察に届けるべきか、で紛糾する。
被害者の一人、中小企業の経営者にとっては
喉から手が出るくらい欲しい金であり、
大学に入る資金にしたい青年もいた。
ただ、偶然居合わせた7人の住所をどうして知ったのか
老人が死んだ今、
その金を送ったのは誰なのか
その意図はどこにあるのか。
謎を解明すべく、杉村たちは動き始めた。
その中には、老人が名指しをした3人の人物の周辺を探ることも含まれていた。

これに並行して、
広報部編集部の問題児、井手正夫によるセクハラ問題、
足立則生が容疑者となった殺人事件が描かれる。
編集長の園田瑛子が事件以来、
家にこもりきりで出社しないのは何故か。

三郎は今多コンツェルンの会長であり、
杉村の妻でもある菜穂子の父親でもある
義父の今多嘉親に会い、
過去のある時期、
社員研修と称してマインドコントロール的な行事が行われたこと、
その残党による
組織的な投資詐欺集団の存在を知る。
こして、事件を契機に、
日本という国と人間の本質に潜む闇と向きあうことになる。

前にも書いたが、
宮部みゆきという作家に
「創作の神様」が付いていることがよく分かる小説。
長い原因は、描写が詳細で一点の省略もないことだが、
それでいて飽きさせない
そして、人物像が鮮明に目に浮かぶ
7人の乗客の描写も適切だし、
何より老人の言葉の一つ一つに
老人の境遇が現れる。
取材に訪れたコンツェルンの引退した重鎮の森信宏の人物像も明確だし、
何より今多嘉親の存在が魅力的だ。

そして、あぶり出される過去。
人間の中にある「悪」が刺激され、
現れて来る背筋が寒くなるような現実。
バスジャック事件という出来事を通じて現れて来る
背景はとてつもなく深い。
特に「悪は伝染する」という言葉と、
ネット社会の嫉妬の現象に
「世の中には、こんなにも悪意が満ち溢れているんですね」
という言葉が印象深い。

最後に主人公の三郎に転機が訪れるが、
その経緯を巡る着地点は
今多嘉親の大きさも含めて感動的だ。
三郎周辺の人間たちの反応も心地よい。
筆者の心の温かさがよく分かる。
読み終えて、
「ああ、いい小説を読んだ」
という気持ちにさせてくれる。

題名の由来は、
過去に罪を犯したが後に悔い改めた者の象徴としての
レンブラントの絵「聖ペテロの否認」による。

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2014年7月から
テレビドラマ化されたが、
原作をよく消化し、
さらにふくらませ、
謎が謎を呼び、視聴者を引っ張る
ドラマ化の成功例だった。

「名もなき毒」のブログでの紹介は、↓をクリック。

http://star.ap.teacup.com/applet/shokuniku/20150110/archive

                                           

『幕が上がる』と『幕が上がる その前に。』  映画関係

〔映画紹介〕

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よくテレビで
マーチングバンドの全国大会へ向けて練習する
高校生たちの密着ドキュメントなどが放送されるが、
若者たちが目標に向かってひたすら邁進する姿に感動させられる。
そのひたむきな姿を見ると、
「うん、まだ日本は大丈夫だ」という気にさせられる。

その演劇部ヴァージョンが、この映画。

県立富士ケ丘高等学校の弱小演劇部は
今年も地区予選で敗退。
3年生は引退し、
2年生の高橋さおりが無理矢理部長にさせられる。
新入生も迎え、
部の運営をどうしていいか分からず、さおりは悩み抜いていた。

そんな時、新任の美術教師の吉岡先生が、
稽古を見学に来て、あれこれ口出しする。
ネットで調べてみると、
吉岡はかつて「学生演劇の女王」と呼ばれた存在だった。

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その吉岡の指導のもと、
全国大会出場を賭けて
さおりたちの演劇に打ち込む日々が始まる。
全国大会も観に行き、
初めての合宿をし、
吉岡の案内で東京の夜景を見・・・

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実は、私も素人劇団を主宰したことがある。
人数の少ない劇団だから、
作・演出にとどまらず、
音響や照明も自分でこなすという日々を過ごした。
だから、この題材には関心があった。
ただ、アイドルグループ「ももいろクローバーZ」の主演、ということで二の足を踏んだ。
そしたら、映画鑑賞サークルCCSで
熱い言葉て推薦している人がいたので、
観ることにした。

結果は・・・感動した
演劇を題材にして、
地方都市の女子高校生の生活が生き生きと描かれていたからだ。

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つまらない男女の恋愛沙汰などは差し挟まず、
演劇にひたすら打ち込む毎日の中に
一つの青春がきらめく。
何度か涙を禁じ得ない場面があり、
着地点もいい。

沢山出ている出演者の中で
どれがももクロなのか分からない状態で、
さおりを演ずる百田夏菜子をかろうじてCMで知っているくらい。
最後になって、ああこの5人だったのか、

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と分かるが、
なかなかバランスのいい配役だと思った。
しかし、何と言っても、
吉岡先生を演ずる黒木華の存在感が大きい。
いかにもいそうな
演劇をやめて教師になり、
しかし、舞台への夢を捨てきれない先生という感じ。
最後の手紙の下りは泣けた。
そして、心から吉岡先生の将来を応援したくなった。

アイドル映画はファンだけを喜ばせようとするあまり、
映画としてはいびつなものになりがちだが、
この映画は、一部その片鱗はあるが、
全体的にはバランスよく
題材を処理できたと思う。

原作は劇作家の平田オリザ
未読だが、たぶん原作がいいのだろう。
監督は「踊る大捜査線」シリーズなどの本広克行

5段階評価の「4」

予告編は、↓をクリック。

https://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=3snLiEL3Pzw


続いて、

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これも映画鑑賞サークルCCSの方から
「感動が10倍に化けます!!」
とのメールをいただいて、観た作品。

「幕が上がる」の撮影の内幕を描いたもの。
要するにメイキングで、
ブルーレイの特典映像として収録されるべきものだが、
そのドキュメントを映画館で公開して、
お金を取って観せる、という根性がすごい。

しかし、料金を取って観せるだけの内容がある。
ももいろクローバーZにとっては
初めての演技体験
その5人が撮影を前に、
原作者であり、劇作家であり演出家である
平田オリザの演劇ワークショップに参加するところから始まる。

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演技の右の左もわからないメンバーが
演じるとは何なのかを教え込まれ、
せりふや動き、感情をコントロールの仕方を学ぶ。
それでも初体験は初体験。
メンバーたちは不安を抱きつつ撮影初日を迎える。
監督の本広克行の熱血指導によって
演技に開眼する彼女たち。
「カット」の声がかかるまで演技の続行を要求され、
戸惑いながらもアドリブの演技を続ける。
高校の演劇部の中に放り込まれて、
苦悶しながらも、吸収する。
周囲の期待のプレッシャー。
そして、彼女たちはそれに応える。
みるみるうちにうまくなっていく彼女たちの姿。
何テイクも撮ったうちの
「最後のが良かった」とそのテイクの採用を求めるまでに成長するのだ。

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歌手の感性の持ち主は演技でもいける
というのが定説だが、
そうでない場合もある。
アイドル映画はスターシステムだから、
アイドルが出ているだけで
ファンは満足するという、ハードルの低さもある。
私は山口百恵のファンで、
彼女の映画はリアルタイムに全作品観ているが、
第1作の「伊豆の踊り子」以外はクソだと思っている。

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しかし、思うに、
ももいろクローバーZにとって、
最初の映画が
映画の中で別の役を演ずるという
演劇を題材にした点がラッキーだったに違いない。
その二重構造がうまく働いて、
彼女たちの努力が良い化学反応を起こしたのだ。

そういう意味で、
このメイキングは
アイドルグループが
女優として変身する成長記録として貴重だ。
そして、人間は、特に若者は成長出来るという感動を与えてくれる。
観て損はない。

5段階評価の「4」
       


『赤々煉恋 』  身辺雑記

私の住む団地の掲示板

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1カ月前ほどから
↓のような掲示が出ていました。

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「花子とアン」の花子の妹役をし、
次のNHKの朝ドラのヒロインを演ずる
土屋太鳳が出演していることもさることながら、
この団地でロケを敢行したということで、
どんな風に映っているかな、
との興味で行ってみました。
会場の「C棟集会室」というのは、
同じ棟にあるので時間ぎりぎりに行っても大丈夫です。

最初に団地管理組合の理事長の話があり、
団地内の美化対策についての説明。
この理事長ポリシーは「現場主義」で、
信頼出来る人です。

映画については、
2年程前に2カ月間ほどかけてロケをしたとのことで、
「ちょっと内容が暗いですが」と警告を発します。

映画が始まりました。
観客は20人ほど。

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原作は朱川湊人
はじめの方で、団地の中を女子高生の樹里(土屋太鳳)が彷徨うシーンで、
この団地がふんだんに出て来ます。
住人であったら、
「ああ、ここは、あそこだ」
と分かる場面ばかり。

樹里は高校にも出かけますが、
不思議なことに誰も声をかけません。
やがて分かって来るのは、
樹里は既に死んでいるということ。
団地の屋上から身を投げ、
それ以降、町を彷徨う浮遊霊となっていたのです。
ですから、
母親や友人に話しかけても、
誰も彼女の存在に気づきません。
死ぬ前も孤独でしたが、
死んだ後はもっと孤独だという、皮肉。

霊となった樹里には、
町で悩む人に取りつく虫のような死神が見えています。
絶望した人間の背後にくっつき、
自殺まで導く存在です。

そんなある日、
一人の少女と出会います。
その子には樹里が見えるらしいのです。
しかし、母親は夫に逃げられ、借金の催促にあい、
その背後には、あの虫男が・・・

樹里は心中しようとする母子を救うべく
努力しますが・・・

という話で、
自殺はいけないことで、
死の後にはもっと深い絶望が待っており、
残された者には深い心の傷を与える。

そういうことは分かるのですが、
何とも描き方が重苦しい
自殺した子どもを抱える者たちが集まるサークルに
母親が参加するシーンなんかも出て来ます。
この場面が一番辛い。

後半、ユーモアのかけらもない重苦しい描写の連続は、
監督の重苦しいメンタリティを感じさせられ、
苦痛でした。
もう少し角度を変えての描き方は出来ないものか。
プロジェクターの映像の下の方に表示される経過時間を見ながら、
「早く終わらないかな」と思わされます。
辛かったのか、
途中退場する方が4、5人。

終わって、理事長の挨拶。
「ちょっと暗かったですね。
まあ、みなさん、お疲れ様でした」
入口で靴をはきながらの主婦の会話。
「暗かったね」
「まあ、人生、いろいろあるからねえ」

感想がおしなべて「暗かった」というのも面白いものです。
みんな、映画を観てまで、
辛い思いをするのは、いやなのでしょう。

土屋太鳳は好演ですし、
子役も良い演技をします。
吉田羊の扱いは、
ある時点で「ああ、そうだったのか」
と思わせるものがありましたが、
それだけ。

2013年12月に公開されたそうですが、
こんな内容でペイしたのでしょうか。
それが心配。
大きなお世話か。


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『その100万円、待った!』  耳より情報

今日、昼前に、新浦安駅前に自転車で出かけました。
銀行でお金を引き出すため。
最近、投資信託を解約し、
そのお金を、
次の投資のための銀行口座に移す必要があったからです。

ちょっと緊張
というのは、
2月程前に、
地元のミニコミ紙で、
↓のような記事を読んだので。

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市内の振り込み詐欺の頻発に対処するため、
浦安署が市内全ての金融機関の窓口で、
60歳以上の人が100万円以上の現金を引き出そうとした場合は、
全て110番通報してもらう、というもの。
通報があった場合は、署員が駆けつけ、
現金引き出しの理由を聞き、
詐欺かどうか判断して、
被害を未然に防ぐ
とのこと。

60歳という年齢が低いような気がしますが、
実際の振り込み詐欺の被害者が
その年齢で結構あるのかもしれません。
警察官も忙しくて大変だなあ、と思いますが、
私が行く銀行は、交番の傍にあり、
迅速に対応してもらえるだろう、と思いました。

ちなみに、ATMでは50万円以上の引き出しが出来ません。
(ただし、申し出れば、
引き出し最低額は引き上げることが出来ます。)

私の知人で80歳近い女性が
都市銀行の地方支店から
親戚に送金しようとしたところ、
あれこれ聞かれて30分も待たされ、
最後には「では、警察に来てもらいましょうか」
と言われて、
憤慨して帰って来た話を聞いたことがあるので、
それほど銀行も敏感になっているんだなあ、
と、少々面倒ながら、
協力するつもりで出かけました。

窓口に行き、伝票を提出、
キャッシュカードを渡します。
なにしろ私のキャッシュカードは、
三和銀行時代のものです。
「素晴らしいですね」と窓口嬢が笑います。
暗証番号を入れ、
免許証を出しましたが、見ないので、
「これはいいんですか」と言うと、
「確認取れましたので、
しまっていただいて結構です」
何が確認取れたんだろう。
「最後に一点ですね、
金額大きい皆様にお話させていただいているんですけど、
振り込み詐欺の他に
現金取りに来る詐欺がすごく多いんです。
今回のご出金、失礼ですが、
使い途はどのようなものでしょうか?」
と、いよいよ来た。
「他の銀行の口座に移すんで」
「ご本人様の名義の口座ですか?」
「そうです」
「今日、ご入金されますか?
誰か第三者に渡したりするわけではないですよね」
「これに入れます」
と、用意していた、別な銀行の通帳を提示。
「それではご用意いたしますので、
おかけになってお待ち下さい」
え? これで終わり?
「おまわりさんを呼ばないんですか」
と訊くと、
「え?」と。
「この記事を読んだんですけど」
と新聞の切り抜きを提示すると、
年内はやってたんですけれど、
すごく皆様にお手数をおかけしたので、
ちょっと緩和されて、
もうちょっとご高齢の方で、
もう少し金額の多い方ですと、
呼ぶことになります」
「何歳以上になったんですか?」
「それは防犯上、申し上げられないんですね」
との返事。
「今回は大丈夫です。
すいませんでした。
心構えして来て下さって、ありがとうございます」

しばらく待つ間、新聞を再読した。
新聞には
「市内すべての23金融機関の窓口で、
60歳以上の人が
100万円以上の高額な現金を引き出そうとしているのに気づいた場合は、
すべて110番通報してもらう」
と書いてある。

お金の準備が整い、
今度は男性職員が対応。
お金を受け取った後、記事を出し、
「私は、この記事を見て、
60歳と書いてあるので、
適用されるかな、と思って来たんですが、
さっき聞いたら、
年齢が引き上げられたという話で、
その年齢いくつですか、と訊いたら、
言えない、という話なんですけど、
私のカミさんはもう少し年上で、
該当するかもしれないんで、
心構えをさせようと思うんですが、
その年齢というのは、公開されていないんですか?」
「あの、ポスターがですね、
一応60歳ということで、浦安市が」
「いや、だから、私は60歳を越えているんですが、
今日、該当しない、
年齢が引き上げられたと聞いたんです、さっき」
「上が70ですとか」
「70ですか?」
65とか、70ですとか、いろいろ区分けがされています」
「金額と年齢の組み合わせ?」
「ええ」
「何歳以上だと、いくら、とか?」
「その時は十分気をつけましょう、ということで。
ご本人様で、
怪しい行動があるんじゃないか、とか」
「そういう判断?
じゃ、必ずこうなるというわけじゃないわけ?」
「平常で来られている方と、平常でない方とか、
見分けが難しいな、という時には、します」
「じゃ、窓口の判断によるということ?」
「あります。それは。
ある年代になりますと、
そこは銀行でも、きっちり・・・」
「たとえば80歳を越えていたら、必ずやるとか、そういうこと?」
「その時には、問診票のようなものがございまして、
こういったことを言われて来てますか、とか
こういうのは大丈夫ですか、とか」
「じゃ、これ(記事)って、間違い?」
「いや、間違いではないんです」
「だって、これって、60歳以上は必ず、って読めますよ。
60歳以上の人が
100万円以上を引き出そうとしたら、
すべて110番通報してもらうって書いてある」
「ええ」
「それは、緩和されたってこと」
「緩和されました。
お話して、もしかしたら危ないって言うのもおかしいですが、
ちょっと不安なんです、とかいう場合」
「何歳から?」
「・・・」
「こういう風に公に公表して、協力呼びかけるなら、
年齢は言ったらいいと思うけどね」
「大体75位」
「で、500万位?」
「いや、100万でも、200万でも」
「何か解せないな。やるなら全部やったらいいと思うけどね」

要するに、
「何歳でも、
その時の様子で不審があれば、そう対応する」
とのことでしょう。
しかし、今までも不審な様子であれば、
しかるべく対応したはず。
つまり、今までと変わらないということ。
「60歳」「100万円以上」は一律、というなら
そうされた人も納得できるだろうが、
その裁量が窓口嬢に委ねられているとすれば、
つまは「不審がられた」ということで、
中には不快に思う人もいるでしょう。
先にあげた女性の例のように。

そういえば、「年内に」と言っていました。
思うに、試験的にしてみたら、
数が多くて大変な上に、
実際は問題にならない例が多く、
方針を撤回したとしか思えません。
新聞には、
「この方法が市民に理解され、
効果が上がれば、
金融機関と浦安署の間で覚書を交わしたいという」
とあります。
結局、「覚書」は交わされなかった。
つまりは、
「市民の理解が得られず」
「効果が上がらない」
という判断だったようです。

私が行く前の想像(妄想?)では、
銀行から連絡が行き、
やがて屈強な警察官が現れ、
別室であれこれ聞かれ、
説明し、
最後は納得してもらう、と
珍しい経験が出来ると、
半分期待して行った
私が馬鹿でした。





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