今年の重大ニュース  耳より情報

今年も今日で終わりです。
いろいろなことがありました。
読売新聞が読者の投票で選ぶ
今年の重大ニュースを集計していますので、掲載します。

まず、日本のニュース

1位
御嶽山噴火で死者57人、行方不明者6人
2位
消費税8%スタート
3位
ノーベル物理学賞に青色LEDを開発した赤崎勇、天野浩、中村修二の3氏
4位
全米テニスで錦織圭が準優勝
5位
「アベノミクス」の評価を問う衆院選
6位
広島市北部の土砂災害で74人が死亡
7位
STAP細胞論文に改ざんなど不正
8位
ソチ五輪で日本は金1、銀4、銅3
9位
世界文化遺産に「富岡製糸場」
10位
高倉健さん死去

11位
「危険ドラッグ」で事故相次ぐ
12位
集団的自衛権を限定容認、政府が新見解
13位
朝日新聞が慰安婦報道の一部を撤回。後に「吉田調書」の誤報も認め謝罪
14位
デング熱の国内感染を約70年ぶりに確認
15位
関東甲信で2週連続大雪、都心も27センチ
16位
安倍首相が消費税引き上げ先送りを表明
17位
サンゴ密漁で政府が中国に再発防止要請
18位
田中投手がヤンキースで大活躍
19位
iPS細胞を用いた世界初の再生医療
20位
政務活動費巡り兵庫県議が号泣会見

21位
ソフトバンクが3年ぶり6度目の日本一
22位
東京都知事に舛添元厚労相
23位
日朝政府、拉致被害者全面調査で合意
24位
ASKA容疑者を覚醒剤所持容疑で逮捕
25位
「和紙」がユネスコ無形文化遺産に決定
26位
3年ぶりに日中首脳会談
27位
小渕経産相と松島法相がダブル辞任
28位
長崎の高1女子、同級生殺害容疑で逮捕
29位
高円宮家の典子さまが出雲大社で結婚式
30位
「昭和天皇実録」が完成


続いて、海外の重大ニュース

1位
エボラ出血熱でWHOが緊急事態宣言
2位
韓国で旅客船「セウォル号」が沈没
3位
ノーベル平和賞にパキスタンのマララさんら
4位
ウクライナでマレーシア航空機が撃墜され298人死亡
5位
ロシアが「クリミア共和国」を国家承認、編入。ウクライナ危機深刻化
6位
勢力を拡大する「イスラム国」に米軍がイラクで空爆開始
7位
米中間選挙でオバマ政権与党の民主党が大敗
8位
北京行きマレーシア航空機が消息絶つ
9位
香港で行政長官選挙の民主化求めるデモ
10位
英北部スコットランドが住民投票で英残留を決定

11位
ナイジェリアでイスラム過激派組織が女子生徒200人以上拉致
12位
米ミズーリ州で警官が黒人青年を射殺
13位
南シナ海で中国が勢力拡大。ベトナム、フィリピンと対立
14位
タイでクーデター
15位
韓国の朴槿恵大統領が演説で日本に慰安婦問題の解決迫る
16位
APEC首脳会議、北京で開催
17位
ロシアを排除してサミット開催
18位
イスラエル軍がガザ侵攻
19位
国連調査委が北朝鮮による外国人拉致などについて報告書公表
20位
インドで10年ぶり政権交代

21位
中国新疆ウイグル自治区でテロ
22位
米連邦準備制度理事会が量的緩和策の終了を決定
23位
第1次世界大戦勃発100年で追悼式典
24位
米民間宇宙船が試験飛行中に墜落
25位
「ベルリンの壁」崩壊から25年
26位
オバマ米大統領がアジア4か国歴訪
27位
中国の習近平国家主席が訪韓
28位
台湾の立法院を学生らが占拠
29位
欧州中央銀行がマイナス金利導入
30位
中国国防予算、前年実績比12.2%増


最後は我が家の重大ニュース

平穏無事ですが、
それなりに変化はあります。

○カミさんの膝の手術
長い間苦しめられて来た膝痛。
内視鏡を入れて患部を掃除する手術で
見事に痛みが取れ、
普通に歩いています。

○月1回の海外旅行終了
定年後、2年間のつもりで始めた旅行。
1月ハワイ 2月ミャンマー 3月スリランカ
4月ソウル 5月ロンドン
で打ち止め。
計28回、のべ42カ国

その後、7月ソウル
10月ルーマニア・ブルガリアと散発の旅行で
現在、海外148回、62カ国、世界遺産129

○資産運用の開始
定年退職後、
預金の取り崩しで何年もつか、
という方針でしたが、
それでは淋しい。
せっかくある資産に働いてもらわない手はないと、
昔取った杵柄で仕組債を開始。
順調に成果をあげています。
年金ではなく、
自分の才覚での収入があるって、いいもんですね。

○創作の再開
しばらく空白がありましたが、
長い助走期間を経て、執筆を再開。
しかし、長い間なまけていたので、
感覚を取り戻すのに苦労しています。

○娘の勤務先変更
六本木から新富町へ。
前の職場と違い、残業から解放されるかと思ったら
大きな間違い。
相変わらず車でのお迎えが続いています。

○娘の韓流続く
ジュンスのコンサート、
ジュンスのミュージカル「ドラキュラ」、
JYJのドームコンサート、
と相変わらず。
(私とカミさんも参加)
今もソウルでジュンスのバラード・ミュージカル・コンサートに行き、
我が家は5年連続でバラバラな正月です。



イルミネーション  わが町・浦安

舞浜の住宅街では、
毎年、クリスマスから年末にかけて、
イルミネーションで飾られます。

こういう閑静な町を自転車で行きますが、
なかなかイルミネーションはみつかりません。

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おお、あれは。

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ありました、ありました。

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こういう感じで、

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数も規模も小さくなりました。

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以前は新聞の一面に紹介されるほど豪華で、

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町内で競い合っていましたのに。

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自粛の申し合わせでもしたのでしょうか。

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それとも景気のせいなのか。

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この家では室内に飾ったものを外から見る趣向。

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なんだか淋しいイルミネーションでした。

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これは、舞浜のイクスピアリのクリスマスツリー。

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後ろから見たところ。

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ホテル・アンバサダー

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これでは淋しいので、
各地のイルミネーションを紹介しましょう。

榛名湖イルミ

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六本木けやき坂

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東急プラザ表参道原宿の屋上テラス

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イクスピアリのクリスマス・ハーモニー

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目黒川の青の洞窟

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ユニヴァーサル・スタジオ・ジャパン

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東京ミッドタウン

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カレッタ汐留

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横浜・赤レンガ館

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さがみ湖イルミリオン

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御殿場高原・時之栖

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年末を飾るイルミネーションの数々でした。


『脊梁山脈』  書籍関係

〔書籍紹介〕

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脊梁山脈」(せきりょうさんみゃく)とは、
大辞林によれば、
ある地域を分断して長く連なり、
主要な分水嶺となる山脈
のこと。

乙川優三郎初の現代小説である。

上海で勉学中、地元召集を受けた谷田部信幸は、
復員して故郷へ帰る列車の中で小椋康造と知り合い、
強い印象を受ける。
生活が安定した信幸は
小椋の故郷と目される長野県下伊那郡の村を訪ねたが、
小椋の消息は分からなかった。
しかし小椋が木地師であることを知り、
木地物の図録を作成することを思いつく。
こうして、平安の初め頃の惟喬(これたか)親王に始まる
木地師の足跡を辿ることになる。

木地師(きじし)・・・轆轤(ろくろ)を用いて
           椀や盆等の木工品を加工、製造する職人。
           轆轤師とも呼ばれる。

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制作過程は↓をクリック。

https://www.youtube.com/watch?v=C5dKJgE_A5U&feature=player_embedded

彼らは人の入らない深山に小さな農地を拓いて暮らし、
広葉樹の良材が尽きると
尾根伝いに次の山へ移動するので、
およそ人目に触れず、
去ったあとには天然の杉や檜の美林が残る。
たやすく植林などできない深山に
単一種族の美林が広がるわけを知る人は少ないだろう。
町や村の人々は毎日碗や盆を使いながら、
それらがどこで造られたものかは知らず、
関心も抱かなかったようである。
木地師は木地師で自尊の念が強く、
血と技術を守るために同族婚を繰り返していたから、
下界との接点は限られてしまう。
そんな特異な暮らしが
明治になって漂泊の民では通らなくなくなるまで続いた。

一方、上野駅で知り合った画家の娘で絵を描く堀佳江との交流、
東北の温泉宿で出逢った木地師の娘・小倉多希子との交流、
佳江の店で知り合った工芸雑誌の編集者で民俗学にも詳しい高村久志との交流も描く。
また、フィリピンで死んだとされる信幸の弟修の帰還を待ち望む母との生活、
伯父の経営していた石材店の行く末も見守る。
それらは全て信幸にとっては
内面で引きずる戦争の傷跡であった。

信幸は高村と共に出かけた法隆寺で
百万塔を調査している時、
木地師と帰化人・秦氏との関連を発見する。
また、木地師の行方を探るうちに
古代史の矛盾にも気づき、
大化の改新で起こった様々な出来事の中に
万世一系の天皇の歴史にも疑問を抱くようになる。

こうして、小椋と知り合ったことで
信幸の旅路は、
帰化人からつながる木地師の漂泊の行方
辿る旅をすることになるのである。

そして、そのことが
信幸にとって戦争が終わることを意味する。

乙川氏は1953年生まれ。
この年にして広い意味の戦争小説、
中でも戦争直後の日常が描かれた小説を書くとは。
しかも、話は木地師の歴史を通じて
古代史までも分け入っていく。

描写は静謐で一点の揺るぎもない。
数々の美しい描写、
特に木地師の後をたどって山路を行く描写は
どういう実体験をしたのだろうと
想像が及ばない。

前に「トワイライト・シャッフル」の書評でも書いたが、
時代小説の名手が
現代小説でも
骨太の作品を書ける、
いや視野がより広がっていくことを感じて歓迎である。

伯父の言葉。
「何をして生きるにしろ、
男は自分の境遇や才量と相談しながら、
正しいと思うことをするしかない、
良心が騒ぐなら従えばいい、
百人は無理でも一人なら助けられるということもある、
自分や家族を養うことすらむずかしいときに
人の心配をしてもはじまらないと思うなら、
やめておくことだ、
貧困や差別がなくなることはないだろうから、
良心を鍛えておけば
いずれ使う機会を訪れる、
死ぬまでに一人でも救うことができたら上出来だよ」

「お国に服装から生き方まで指図される時代は終わった。
性根を据えて人生を愉しめ」

信幸の感想。
「山里の自然は厳しいが、
人は豊かだと思った、
はじめて木地師の生活を見て、
あれこそ日本人が放置してきた
貴重な落とし物ではないかと、
そんな気がした、
はじめて会う人なのにどこか懐かしく、
新しさとは無縁の道具や仕事場が新鮮に映った、
我々が木の匂いや
美しい木目を好きになるのは
遺伝としか思えない」

佳江の台詞。
「でも戦争で人生が変わってしまったのは
兵隊ばかりじゃない、
焼跡に取り残された子どもや女が
死体の山を見て、
命の使い道を考えるのは当然でしょう」

高村の台詞。
「酒を酌みながら
こういうことを話せるようになっただけでも
日本は負けてよかったのかもしれない」
「これからは変わりますよ、
どんどん変わらなければ
戦争に負けた意味がありません」

工芸や民芸という大きな枠の中へ
飛び込むつもりはなかったし、
共通の利益のために団結したり、
組織に組み込まれたりすることが
苦手になっていた。
個人も自由もない軍隊というところで
若さを使い果たしたせいだろう。

信幸の台詞。
「自分では何も造れないくせに
批評することは許される。
幸せといえば幸せですが、
本当に充たされるのは
造る人でしょう」

三弦を聞いた後の信幸の感想。
「わたしは邦楽の上等なのは
新橋で観たくらいで、
深いところまでは分からないが、
中々いいものだと思った。
意識して親しんできたわけでもないのに
心地よくなるのは
日本人の感覚としか言いようがない」

佳江の台詞。
「たしかに生きてゆくだけでもつらい人からみれば
芸術は贅沢よ、
でも成功する人は少ない、
生身の人間が生活を完全に消し去ることはできないし、
大抵は二流で終わる世界だけど、
ただの女が絵を描いて一生を台無しにしたとしても、
それを不幸と思う人こそ
つまらない人だわ、
人生の意味すら考えずに
どんなにうまく生活したところで、
空っぽのまま終わる人間の正体は悲惨だと思う」

山脈の上で木地師たちの墓石群を見た時の信幸の思い。
いつか葉風の音も絶えて、
彼は墓地の主たちが
脊梁山脈を越えてゆく姿を見ていた。
想念の中の木地師たちは
蓬頭垢衣(ほうとうこうい)の一団で、
老人もいれば子供もいる。
年頃の娘だけが肌を汚しながらも美しく、
振り返る顔がどれも多希子であった。
罪深い夢から解放されて、
純真な娘に還った持統天皇の化身のようでもあった。
すると天智、蘇我の一族も後に続きはじめた。
黙々と深山に道をつけてゆく彼らに
貴賤尊卑の別はない、
あるのはひたぶるに脊梁を目指す気力と、
そこから先はどうなるか知れない
それぞれの運命であった。
ある者は震える足で脊梁に立ち、
ある者は白鳥となって飛び立ってゆく。

最後に小椋と再会した時の会話。
「小椋さんの終戦はまだですか」
「ええ、残念ながら」
彼は目を伏せて黙った。
恐らく一生をかけて考え、
ささやかな答えを得て終わるか、
日本人のひとりとしてあの世へ持ち去るのだろう。
自ら作り得なかった民主国家を謳い、
発展に酔い、
戦争を忘れてゆくのは国で、
その実体は権力欲と利己心に冒された
野心家の群れであろう。
時代を演出し、
国家を操る彼らこそ俗物ではないかと思う。
康造のような人は大勢いて、
彼らは戦地の惨劇を
自身の過ちとして悩み続ける。
その重さを思うと、
たまらない気がした。


木地師という日本独特の文化継承者の歴史の中に
日本人の感性を探ろうとするこの本。
堪能した。



『ベイマックス』  映画関係

今日から会社はお休み。
曜日の関係から今年の暮れと正月の休みは、
9連休になるのだそうです。
すごいですね。
もし私が今も勤めていたら、
きっとどこか遠くに出掛けたのでしょう。
今は毎日が日曜日、
365連休ですが。


〔映画紹介〕

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14歳の少年ヒロ・ハマダは
発明の才能が豊か。
しかし、その方向性をまだ見出していなかった。
兄のタダシに工科大学へ連れていかれたヒロは、
数多くの発明研究を目にし刺激を受け、
大学の研究発表会で
指ほどのサイズの「マイクロボット」からなる集合体を、
頭部に装着した神経トランスミッターでコントロールし、
瞬時に思うままの物体に変化させる発明を発表。
ヒロは教授から直々に入学を許可される。
しかしその直後、会場で火災事故が発生、
タダシが亡くなってしまう。
最愛の兄を失い心を閉ざしてしまったヒロ。
そんな彼の前に現れたのは、
白くて風船の様な見た目のロボット「ベイマックス」。
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それはタダシが生前、
最後に作った『心と体を守るケアロボット』だった。
兄の死に疑問を持ったヒロは、
上着のポケットにただひとつ残されていた「マイクロボット」の反応を頼りに
ベイマックスと共に謎を探る・・・。

架空の都市サンフランソウキョウが舞台。
米国の町だが、日本そのもの。
町には日本語の看板があふれる。
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そして主人公は日本人の少年。
それだけで嬉しくなるような設定だ。
日本に対するリスペクトが感じられて熱くなる。

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ベイマックスの造型がユニーク。
白い風船でメタボの体型。
判断基準は
相手の健康のケア。
そのチグハグなやり取りが笑いを誘う。
このロボットが起動する仕組みをあらかじめ振っておいて、
兄を亡くしたヒロの前にベイマックスが現れるきっかけが見事。
電池切れでフニャフニャになったり、
逃走中にあちこちに穴が開き、
それをセロテープでふさぐなどユーモラス。

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展開が早く、感情移入も出来、
マイクロロボットの後を追って
その秘密工場まで潜入するあたりまでは見事の一言。

しかし、その後、4人の仲間と一緒になって、
悪と戦い始めると、
前半の展開とは一変し、
ヒーローもののような様相になる。
それもそのはず、
元々マーベルのコミック、「ビッグ・ヒーロー・シックス」が原作なのだ。
これは、元々日本人のヒーロー6人が活躍するコミックだが、
映画では多民族混成チームに変更。
ロボットのベイマックスも
原作ではドラゴン風の顔を持つ人造生命体だが、
映画では介護ロボットへと改変されている。
「ベイマックス」も日本で付けた題名で、
原題は「BIG HERO 6」
それだけでアメリカでの売り方と
日本での売り方の違いが分かる。

そういうわけで、後半は
ヒロの友人たちが
それぞれの扮装で活躍する
ヒーローものになってしまい、
その扮装から見て、
ややお子様向けになってしまった印象は否めない。
まあ、それなりに面白い観られるが、
前半と後半の変化を乖離と見るか
当然の流れと見るかで評価が別れそう。

しかし、アニメの技術、脚本の巧みさ、撮り方は見事。
エンドクレジットの後、
おまけがあるので、席を立たないように。

5段階評価の「4」

ヒロの友人のハニー・レモンというキャラクターが
安藤美姫に見えて仕方なかった。

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なお、NHKで放送した
「魔法の映画はこうして生まれる」
製作総指揮の
ジョン・ラセターのこの映画への取り組みと

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制作過程を紹介していたが、
それを観て、すっかり感心し、
なるほど良い映画を創る人は違う、と思った次第。

予告編は↓をクリック。

https://www.youtube.com/watch?v=8Bwy5SMETwU&feature=player_embedded

アメリカ版予告編は↓。

https://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=8IdMPpKMdcc

予告編の後半、ヒーローたちの活躍シーンが
日本版ではカットされ、
兄と弟の愛情が強調されていることが分かる。
秒単位の違いも興味深い。


タグ: 映画

岡部嶺男 火に生き土に生き展  身辺雑記

今日は昼前から虎ノ門にでかけ、
友人と待ち合わせして、
菊地寛実記念 智美術館に。

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この現代的な建物の中にあります。

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階段のフォルムが美しい。

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今日の美術展は↓これ。

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岡部嶺男(1919〜1990)さんは、
格調高い青瓷作品を生み出して
陶芸界に輝かしい足跡を残した方。

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陶磁器の産地として知られる愛知県瀬戸に、
陶芸家・加藤唐九郎の長男として生まれ、
子供の頃から陶磁器に親しみました。
1940年に21歳で入営し、
復員後、本格的に作陶活動を再開すると、
織部・志野・黄瀬戸・灰釉・鉄釉などの
地元の伝統技法をもとに作域を広げていきます。
中でも器体の全面に縄文を施した織部や
志野の作品は極めて独自性が強く、
高い評価を得ました。
その後、意欲的な作陶姿勢は青瓷の研究へと向けられ、
厳しく凛とした器形に、
しっとりとした艶のある不透明な釉調の〈粉青瓷〉、
透明感ある釉調と青緑の釉色が美しい〈翠青瓷〉、
そして、誰もが為し得なかった黄褐色の〈窯変米色青瓷〉など、
世に「嶺男青瓷」と呼ばれる
独特の釉調や釉色の青瓷釉をまとう作品を生み出したのです。

会場に入り、
作品を一目見た途端に
「天才の作だ」
とすぐに分かる独創的な作風。

会場は撮影禁止ですので、
いつものとおり拝借した写真を掲載します。

↓灰釉縄文瓶

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↓灰釉昭和銘瓶

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↓粉青瓷砧

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↓志野筒花入

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↓窯変米色瓷碗

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↓窯変米色瓷碗

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↓粉青瓷大砧

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↓紅志野縄文瓶

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↓粉紅瓷砧

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↓窯変嶺燦碗

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↓鼡志野花生

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陶磁器に親しんでいない私でも
呆然とさせられる傑作の数々。
年末の眼福のひとときでした。


その後は銀座に移動して、

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京粕漬けで有名な魚久のイート・インで
ランチする予定でしたが、

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年末年始はイート・インはお休みのため、
同じ並びにあった、ここ立ち食いステーキに。
いつもの6丁目店とは違う、4丁目店です。

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食べても食べてもなくならない。

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その後、喫茶店に場を移して
おしゃべりの時間。
それから友人は歌舞伎座へ、
私は日比谷で映画を一本。

多分これで年内は上京はしないでしょう。

最後に国際フォーラムの中のデコレーション。

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多彩な楽しみをした年末の一日でした。





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