ソウル1日目『ドラキュラ』  旅行関係

今回のソウルは、便利な羽田から。
当然到着地は金浦空港

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航空会社はアシアナ航空

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パーソナルテレビはオンデマンド。

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しかし、飛行時間2時間弱では映画1本も観ることは出来ません。
機内食もわりと美味しい。

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金浦空港からソウル駅までは
空港鉄道20分
料金は現金で1350ウォン(135円)、
カードなら1250ウォン(125円)。
安い。

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ここからが長い。
いくつもいくつもエスカレーターを乗り継ぎ、
ソウル駅のコンコースを通り、
地下鉄の通路を経て、
7番出口へ。
15分〜20分かかります。
しかも、この7番出口はホームレスのたまり場。
何ともいえない異臭がします。
そういえば、
東京駅にいたホームレス、
最近は見なくなりましたね。

ホテルはここ、
娘のおススメのホテル・マヌ

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わりと高級な方。

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ロビー。

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室内。

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トイレはウォッシュレット。

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WiFiも無料。
最近、宿泊ホテルのランクが下がっていましたが、
久し振りに良いホテルに泊まると、
やはり、いいな、と思います。

廊下の窓から見た光景。
東京駅によく似たソウル駅が見えます。

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反対側のビル。
温泉マークは共通?

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ここのホテルは南大門市場が近く、

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明洞(ミョンドン)までも徒歩圏内。

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明洞のいつもの両替屋で両替した後、
地下鉄で移動。

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観劇前の腹ごしらえは、このうなぎ屋で。

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店内。

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炭火が出て、

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韓国式のうなぎは、このように焼きます。

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一度ひっくり返し、

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もう一度ひっくり返す。いい色が付いてきました。

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再度ひっくり返して、

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ここで、ハサミが登場。

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切りながら縦に置いていくのがミソ。

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こんな感じになって、

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もう一度ひっくり返す。

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葉っぱにくるんで食べます。

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これが韓国風のうなぎの食べ方。
蒲焼ではありません。

食べてから値段を見てびっくり。
1匹42000ウォン。(4200円)

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白飯も入れて、計89000ウォン。(8900円)
韓国でもうなぎは高い。

今日の観劇は、
ここ国立芸術の殿堂の中のオペラ劇場

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演しものは、ブロードウェイ・ミュージカル「ドラキュラ」

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ロビーには出演者の写真が掲示されています。

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記念撮影コーナーには長蛇の列。

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今日は、ダブル・キャストのキム・ジュンスの出演日。

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ミュージカル「ドラキュラ」は、
ブラム・ストーカーの怪奇小説を舞台化したもの。

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作曲は、「ジキルとハイド」の
フランク・ワイルドホーン

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初演は2001年のサン・ディエゴで、
2004年にブロードウェイに進出。
ブロードウェイでは成功したとは言い難く、
その後、2007年にはオーストリアで上演。
2010年カナダでの上演を経て、
2011年東京と大阪で上演。
2013年には東京で再演されています。

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フランク・ワイルドホーンという作曲家は、
「ジキルとハイド」以外はブロードウェイでの受けが悪く、
「アリス・イン・ワンダーランド」
「ボニーとクライド」と短期打ち止めが続いていますが、
日本と韓国での受けはいい。
ジュンス主演2作目の「天国の涙」など、
韓国だけでの上演でした。
多分彼の持っている
哀調を帯びた旋律が
アメリカの観客には受け入れられないのだと思います。
それと内容の暗さですが、
これは、翌日観る「二都物語」と関連して述べることにします。

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で、この韓国公演。

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相当力が入っており、
広い舞台一杯に作った装置が見事。
太い柱のようなものが
変幻自在の動きをして舞台に変化を付けます。

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照明も壁に映るドラキュラの白い影などが効果的。

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音楽は素晴らしい。
合唱的要素が少ないのが物足りないですが、
歌手は、とにかくすごい歌唱力

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ミュージカル5作目のジュンスは、
熱演ですが、
やや力が入りすぎの感があります。
この役には少々年齢が足りないかもしれません。

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プレビューの初日は、
ワイルドホーンさんが観ていたそうで、
大変満足したようです。
それはそうでしょう。
これだけの舞台にしてくれたんですから。

↓はカーテンコール。

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みんながカメラを構えるので、
「そうか、カーテンコールは写真OKなんだ」
と勝手に解釈して、撮影。

この時、ジュンスは、
その前の場面で入った柩の中から登場します。
横になった柩が、ぐーんと持ち上がって、中から登場すると拍手喝采。
ということは、
他の出演者のカーテンコールの間、
柩の中でジュンスは自分の出番を待っていたことになります。

↓はカーテンコールの動画。

http://www.youtube.com/watch?v=ZGWkChHdKho&feature=player_embedded

閉幕後、ロビーでジュンスのパパ、ママと談笑
親子三人で観に来る人は少ないらしく、
「ワカコさんのお父さんとお母さんが
ジュンスファンで一番です」
と言ってくれたそうです。
(娘が通訳)

劇場からホテルへはタクシーを利用。
日本なら2,3千円取られるところを
1万ウォン(千円)足らず。
本当にソウルは地下鉄とタクシーが安い。


『黎明の笛』  書籍関係

〔書籍紹介〕

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空自幹部の倉橋日見子は、
二年間交際していた
陸自・特殊作戦群の秋津和生からプロポーズを受ける。
だが、上司に婚約の報告をしたその日から、
日見子に対する情報保全隊の執拗なマークが始まった。
身辺を疑われる覚えのない日見子は、
情報班の部下、安西とともに真相を探るべく、
密かに動き出す。
その矢先、秋津率いる約40名が
演習場から突然失踪。
直後、「竹島を『奪還』した」という驚愕の一報が入る。
緊張が走る航空総隊司令部。
はたして失踪メンバー、秋津たちの真の目的は?
そして日本政府は、自衛隊はどう動くのか? 
情報の閉ざされた中、
日見子の孤独な24時間の戦いがはじまる……。

元自衛官の書いた、自衛隊小説
そういう意味で専門性が高い。
しかし、高い専門性を補う工夫が足りないので、読み辛い。

自衛隊の部隊が
独断とはいえ、竹島を占拠する
というアイデアは買える。
しかし、主人公倉橋日見子の視点を中心に
航空総隊司令部を舞台に描くので、
せっかくのアイデアも臨場感に欠ける
竹島を占拠した状況も
失踪グループの動きも
ほとんど直接描写はない。

これは小説の基本で、
ある事件が起きた時、
それを直接描写で描くのと、
間接描写で描くのとでは
読者を引きつける力が違う。

後半のほとんどを占める
韓国戦闘機による石油備蓄基地の攻撃と
それを巡る空中戦も
総隊司令部のスクリーンに表示されるだけ。
間接描写が興をそぐ典型だ。
韓国の世論、日本の世論がどんなっているか
政府の動き等
一番知りたい点も描いていない。

しかし、元自衛隊員の筆だけあって、
日本の自衛隊に対する問題意識は高く、
次々と刺激的な指摘が登場する。

秋津の日本政府への要求。
「我々の行動が日本政府の意志であることを認め、
竹島の奪還完了を宣言せよ。
宣言しない時は、
武は持つだけでなく、
それを用いる気概なくば、
意味がないということを思い知ることになる」

この
「武は持つだけでなく、
それを用いる気概なくば、
意味がない」
という部分が秋津たちが行動を起こした中核だ。
そして、更に続ける。
「竹島は現在我々の制圧下にある。
よって、もし我々の行動を
日本政府の意志とは無関係だなどと宣言すれば、
それは日本政府には竹島領有の意志はないと
世界に宣言することと同じになる。
既に実力で管理下に置いておきながら、
それを否定するんだからな。
その場合、日本政府には、
竹島を実効支配する意志はないとみなされるだろう。
韓国は制圧部隊を送り込み、
我々は殲滅されるだろう。
だが、彼らも無事ではすまないし、
現在我々が拘束している警備隊と政府関係者、
そして二名の民間人の命も保証はできない。
そして、それ以上に、
日本は竹島を取り戻す主張の根拠を永遠に失う」

この行動によって自衛隊は次のことを理解すると言う。
「自分たちが、
虚構の安寧の中にいたのだということを。
防衛力だけ整備して、
それだけで敵を抑止できると信じ、
偽りの平和に酔っていたのだということを」

「専守防衛などという軍事的合理性とは
かけ離れた理念を押しつけられ、
存分に力を発揮することがゆるされない状態に
不満を覚える者は多い。
でなければ、我々の行動に、
なぜこんなにも参加する者がいるのだ。
彼らは命じられて参加しているのではない。
自分たちがいくら戦う能力を磨き、
寄らば斬るの気概を持っても、
国家が同じ気概を持たなければ、
何の意味もなさない」

「それに染まった自衛官は、
武人の気概を失い、
訓練のための訓練を繰り返すだけの木偶と化す」

「国民は、武を用いることで
初めて達成されるものがあるのだということを理解するだろう」

それは、日本国民の寝ぼけた国防意識を
目覚めさせるには十分なはずだ。
年間四兆六千億の予算を注ぎ込もうとも、
専守防衛などという
軍事的に非合理的な戦術を継続していたのでは、
たった一機の戦闘機により、
許容しがたい損害を受けるという、
この世の冷厳な現実を知ることになる。

「日本人は、
痛い思いをしなければ目覚めはしない。
国民を導くためには、
楽しげな笛の音では駄目なんだよ。
震え上がらせるような
悪魔の笛でなければ駄目だ。
たとえ、これを契機に竹島が戻ってきたとしても、
棚ぼた的な利益など、
すぐに忘れ去られちまう。
恐怖をもって導いてこそ、
日本は真の夜明けを迎えられる」

「最終的には、
国際司法裁判所への提訴を、
韓国に飲ませることだな。
話し合いとやらが好きな日本政府としては、
これ以上ない結果だろう。
で、そのためには、
それまでの間、
日韓双方からの委任を受けたという形で、
アメリカ軍に駐留させるのが一番だ」
「アメリカは動いてくれますか?」
「くれるどころか、
もう第三海兵遠征軍あたりに準備させてるかもしれん。
アメリカは、日韓でケンカをさせるわけにはいかないからな。
奴らが他に採れる選択肢はねえよ」
「今までの対応を見ると、
韓国が提訴を飲むとは思えませんが」
「それなら、日本と戦争するか?
今までとは状況が違うだろうが。
今回の事件までは、
韓国は竹島を実効支配してた。
実効支配が長引けば長引くほど、
いずれ国際司法裁判所に提訴することになれば、
その事実は有利に作用する。
だから、提訴に応じなかった。
だが、秋津たちが竹島を占拠したことで、
奴らは実効支配を失った。
日本政府が秋津たちを脱走兵だと言わない限り、
現在の実効支配者は日本だ。
この状態が長引けば長引くほど、
国際司法裁判所の判断は日本側に傾く。
韓国としては、
今の時点で提訴に応じた方がいいんだよ」

等々、
平和ぼけした日本に対する警鐘という意味で、
興味深い小説である。



『私の男』  映画関係

〔映画紹介〕

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浅野忠信二階堂ふみという
この小説の映画化に当たって、
現在考えられる限り最高の配役
期待して観に行った。

期待は裏切られた
俳優にではない。
俳優は素晴らしい。
映画の構成(脚本)と演出に対しての失望だ。

あまりの違和感に、
原作を再読。↓

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再び映画を観た。

まず、構成(脚本)。
原作は、
花の結婚式の前日から始まり、
時間軸をさかのぼる形で物語が進む。
その中には、
紋別から東京に逃れて来た二人を
追ってきた刑事に対する淳悟の殺害と、
淳悟と花の肉体関係を知った大塩老人が
二人を引き裂こうとしたことに対する
花の殺人(厳密には未必の故意の殺人)を含む。
話が進むにつれて、
淳悟が養父といいながら
実父であるということも分かって来る。
そして、
1992年の北海道南西沖地震で
津波の被害を受けた奥尻島で、
家族を失った小学生の花を
親戚の淳悟が引き取り、
関係が始まる経緯。

こうして
時空をさかのぼる形で
一つ一つ謎が解明されていく、
一種のミステリーになっている。
読者は物語が先に進むにつれて、
隠された真実が明らかになって驚く。

それをこの映画は時間軸とおりに構成し直した。
「利休にたずねよ」もそうだが、
原作の挑戦を受けて立っていないのだ。
もちろん小説と映画が違うものだということは当然だ。
しかし、原作世界を借りて映画を作る以上、
原作に対するリスペクトは必要ではないか、
というのが私の持論。
「映画は別物」だから
どんな勝手をしてもいいというものではない。
それは、原作者以上の才能に恵まれた
ほんの少数の監督にのみ許される所業だ。

事実、小説を初めて読んだ時、
時間をさかのぼるから成り立っているのであって、
これを時間軸に従ってやったら、
なんてことない作品だと思った記憶がある。
直木賞の選考委員の井上ひさしさんが次のように書いているとおりである。

「これを起きた順に書けば、
あいだに二つの殺人もあるし、
どろどろの近親相姦モノに成り果てて
読むに耐えなかっただろうが、
作者は(たぶん)ギリシャ悲劇の「オイデプス王」の構造をかりて
時間を遡行させて
どろどろ劇をりっぱな悲劇に蘇生させた」

現在から過去へとさかのぼっていく手法には、
結果の原因を探っていくという
大きな探究の要素がある。
実際、読後、桜庭一樹という作家の持っている
深い業に震撼した記憶がある。
時間軸どおりにしたら、
小児愛好者の近親相姦話でしかないのを、
時間をさかのぼることによって
人間の持つ業、血の絆などが浮かび上がって来て、
不道徳を超えて香り高くなっているのだ。

時間軸を構成しなおした理由を監督はこのように述べているという。
「二人の関係が深まっていく様子を、順を追って見て欲しかった」
「原作通りだと地震や津波で物語が結末を迎える。
(企画段階で) 東日本大震災が発生したこともあり、
出来ればそうしたシーンを最後に持っていきたくなかった」

二人の関係が深まる様子など、
全く描かれていない。
また、地震が作品の必然なら
仕方ないではないか。
小説のチャレンジを回避した言い訳はしないでくれ。

不要な表現も多い。
花が地震被害者の遺体を蹴るのは何なのか。
「あんた、お金持ってるの」
という原作にないセリフにどんな意味があるのか。
小町との必要以上に長いセックスシーン。
小町の背後の全裸を長々と写す理由は何か。
あんなシーンがなくても物語は成り立つ。
淳悟と花が交わるシーンで
降り注ぐ血の雨
なんとあざとい演出だ。
花を送った来た男を裸にして乳を触り、指をなめる淳悟。
原作にはなく、あれでは淳悟はただの変態オヤジだ。
二人の部屋のゴミ屋敷のような設定といい、
とにかく監督のセンスが悪い

ラストも曖昧だ。
3年前に花は淳悟のもとを離れ、
(その理由も経緯も不明)
結婚するというので、呼び出された。
そして、会食中、テーブルの下で
再び誘惑の足を押しつけて来る。
二人の関係が続く暗示で終わる。
そして、「お前には、無理だ」
という原作にないセリフを2度も付けて、
原作を曲げた解釈を強要する。

小説ではこうだ。
会食の後、家に帰ると淳悟がいる。
つまり、二人の同居はそれまでも続いていたのだと分かる。
しかし、肉体関係はとうに終わりを告げている。
結婚で花は家を出る。
結婚式の後、新婚旅行から帰ると、
淳悟のアパートの大家から
残った荷物のことで電話が入る。
アパートに行くと荷物は整理されていた。
押し入れの中の死体も処分されている。
そこへ小町が現れ、
淳悟は死んだと言う。
しかし、それが嘘だと分かる。
花は淳悟の面影を慕いながら、アパートを去る。

このように物語は二人の旅路の完結を告げている。
それに対して映画の曖昧な終わり方は何か。

物語の中で、
故郷を後にする花が
親友に電話するシーンもない。
「わたしはね、章子。汚れてるの」
という花の真情吐露は重要だ。
物語を決定づけるイメージである
二つの木が鉢を近くに起きすぎたせいで
途中から絡まってしまった絵も出て来ない。
田岡が人間の顔に
「一線を超えた者」の刻印を見出すシーンも抜けている。
田岡の死体の処理も映画では描かないで観客に心配させる。
淳悟が花の実父である経緯も不明。
小説冒頭の
「私の男は、ぬすんだ傘をゆっくりと広げながら、こちらに歩いてきた」
という美しい描写も
背後からの描写でしかない。
あれでは、淳悟が赤い傘を差す理由が分からない。

原作の最低限必要な部分をカットし、
不要な夾雑物を挿入し、
物語の中枢を外した映画。
またも小説を読めない監督
原作の世界を壊してしまった。
原作を愛する者としては残念でならない。

ただ、二階堂ふみは不思議な女優で、
ますます可能性を感じた。

5段階評価の「2」

タグ: 映画

コールドゲーム  耳より情報

高校野球千葉大会の準々決勝で、
地元の東海大浦安高校の応援に出掛けたことを
7/23のブログ↓に書きましたが、

http://star.ap.teacup.com/applet/shokuniku/20140723/archive

その東海大浦安は
準決勝で兄弟高校の東海大望洋に敗れました。
12対2の5回コールドのおまけ付き。

コールドゲームは、called game
cold gameではありません。

高校野球では、
地方大会などで、
得点差によってコールドゲームとするイニングを設定しています。

これは、あまりに得点差がついて
試合の帰趨が明白な時に、
いたずらに試合時間が長引くことを阻止する
試合進行上の理由によって設けられた制度で、
5回で10点以上の差がついた場合、
7回以上で7点の差がついた場合などに
試合を終わらせるもの。
東海大浦安と望洋の場合も、
12対2で10点差がついた5回でコールドゲームとなったものです。

昨日の石川大会
星陵対小松大谷戦では、
9回表までで8対0で負けていた星陵が
9回裏の猛攻で9点を取って逆転した試合は、
通常なら7回でコールドゲームとなるケースですが、
決勝戦はコールドゲームの適用外なので、
逆転が成り立ったわけです。

高校野球特別規則では、

12.得点差コールドゲームについて

として、

正式試合となるコールドゲームを採用する場合は、
5回10点、
7回7点と統一する。
ただし、選抜高等学校野球大会ならびに
全国高等学校野球選手権大会では適用しない。

となっています。
かつてはコールドゲームの規則は、
各県でばらばらでしたが、
1998年122対0という試合が出たため、
この規則が定められました。

122対0の試合というのは、
1998年の青森県大会4日目の7月18日、
東奥義塾(とうおうぎじゅく)対深浦高校の試合。

東奥義塾 39 10 11 17 16 12 17 =122
深浦高校 0 0 0 0 0 0 0 =  0

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この試合は青森朝日放送で生中継されていましたが、
放送予定時間内では
試合終了まで中継することができず、
試合途中の2回49点差で放送を終了。

当時、青森県は7回7点差コールド制で、
得点差がいくら開いても7回までは試合を終えないルール。

東奥義塾は打者149人、86安打、四死球36、
本塁打7、三塁打21、二塁打31、盗塁78、三振1。
ヒット数86で得点122というのは、
四球とエラーでの得点が多かったため。

対する深浦は打者25人でヒットゼロ。
アウト25のうち三振は16でした。
試合時間は3時間47分。
   
深浦高校は正式な野球部員が10人しかおらず、
しかもその半数は野球経験が全くない一年生中心のチーム。
深浦高校の内野手が投げるボールは、
一塁にさえまともに届かないほどでした。

対するは、過去4回の甲子園出場経験のある東奥義塾高校。
実力の違いは試合前から分かっていました。
大得点差にもかかわらず、
深浦は途中で試合を放棄しせず、
対する東奥義塾が全く手を抜かずに攻め続けたため、
こういう結果になりました。

途中、深浦の監督が
「ここで試合をやめる(没収試合)という選択肢もあるが」
と選手に問うと
「ここで試合をやめてしまうのは、
応援されているのだから野球をする気が引けてしまう」
ということで最後まで戦い抜くことを決断。
一方で、東奥義塾の監督の方針は、
「相手がどこであろうと真剣に戦う」。
「手を抜くのは失礼に当たる」
と手を緩めることなく攻撃を行いました。

実は、深浦高校は前年にも、
強豪の青森山田高校に0対29で敗れています。
しかし、この時は、
青森山田高校が、
次の試合に疲れを残さないため、
バントなどの戦術に切り替えたため、
得点差はその程度で収まっています。

試合後、深浦に対して
「最後まで戦い終えたのは偉い」「よく耐えた」
といった賛辞から
「そんなに弱いのなら出る資格がない。
相手に対して失礼だ」
「恥ずかしい」「街の恥だ」
という非難もやはりありました。

一方、東奥義塾に対しても
「手を抜かずに攻め続けたのは立派だ」
という意見と
「なにもそこまでやる必要はないのでは」
「やりすぎだ」「高校生らしくない」
という意見もきかれました。
相手捕手の弱肩を見越しての
不必要な盗塁(78)も批判の的となりました。

東奥義塾はその次の試合で
まさかのコールド負けを喫するという意外な展開。

その後深浦高校は、
この歴史的大敗をばねにがんばり、
新監督を迎え、
翌年は「0対54」、
次の年は、「4対19」、
次は「11対12」
となかなか勝てなかったのですが、
2002年春の公式戦で、
ついに「17対6」で白星をあげます。

試合後3年を過ぎて、
中学の道徳の副読本の中で
この試合の内容が少々美化されて使われたこともありました。
いずれにせよ、「122対0」は、
様々な論議を巻き起こし、
コールドゲームの規則化という副産物を生みました。

深浦高校はその後、
青森県立木造高等学校の分校化により、
現在は「木造(きづくり)高校深浦校舎」となっています。


帰国しました  旅行関係

本日、夕方、
雷の中、帰国しました。

出発前の予報が3日とも雨
「晴れ男」の伝説が終わるかと思ったら、
ソウル到着直前に雨がやみ、
劇場の中にいる間に雨が降り、
出ると晴れ、
夜中に雨、
朝になると上がり、
猛暑の噂の日本に比べ、
さわやかな風が心地よい。
そして、帰国直前の雨が着陸した途端に上がる
という様に、
「晴れ男」または「晴れ家族」の伝説は健在でした。

目的である、「ドラキュラ」

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「二都物語」の二つのミュージカルを観、

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南大門市場

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明洞(ミョンドン)、

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新名所の東大門デザインプラザ(DDP)、

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ファッションの街、新沙などを歩き、

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うなぎの韓国流食べ方も試みました。

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もちろん焼肉も腹一杯。

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詳しい報告は、後日。







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