ああ、山本議員  

山本太郎参院議員(無所属)が、
31日に赤坂御苑で開かれた秋の園遊会で、
天皇陛下に手紙を手渡ししたという。

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原発事故での子どもたちの被曝や
事故収束作業員の劣悪な労働環境の現状について
書いたものだというが、
何という非礼を働くのか。

陛下を政治的に利用することになるのではないかという非難は当然だが、
それ以前に、
手紙を衆人環視のもとに渡すという行為が
いかに無礼なものかということが
この人には分かっていないらしい。
「園遊会で手紙を渡すことが禁じられているとは聞いていない」
と言っているそうだが、
禁じる禁じないにかかわらず、
まず人間として非礼だということが分からないのか。
だから、今まで、
そんなことをする人はいなかった。

昔から「直訴」というのは禁じられている。
というか、天皇は憲法に定められた「象徴」であって、
政治には口を出さないということを
この人は知らないのだろうか。

何よりも、
政治家なのだから、
国会という討論の場
実情を訴えて政治に反映させるというのが、
筋というものだろう。
天皇陛下に訴えて、
何とかしてもらおう、
と思ったとすれば、
まさに天皇陛下の政治的利用になる。

普通の人なら天皇に手紙を渡そうなどという発想はしない。
国会議員になったから、
園遊会に出る身分になったから、
ということでしたとすれば、
まさにある議員が言う
「国会議員だから何をしてもいいということではない」
という批判のとおりだろう。

山本議員は、参議院選挙ではずみで国会議員になってしまったが、
当選当初から問題が多い。

選挙運動の時には既に離婚していながら、
そのことを隠した。
隠したどころか、
「母と妻はフィリピンに行っている」などと嘘をついていた。
立候補者が妻帯者であるかどうか、
離婚歴があるかどうかは、
投票行動に影響はあるはずだが、
そのことを隠蔽した。

その上、
参院選投開票日当日、
付き合っていた一般女性との間に男児が誕生しており、
そのことを週刊誌に書かれるまでは認めず、
マスコミで騒がれてから初めて認知した。
子供の誕生を明らかにしてこなかった理由については
「マスコミや対抗勢力から守るため」と説明しているが、
「公人」としての意識が足りないとしかいいようがない。

国会で出るお昼の弁当について、
「ベクレてる(放射能汚染されている、の意味)んやろなぁ、
国会議員に出すお弁当は」
風評被害を呼びかねない発言もしている。

先日は、大島の視察にラフな格好で出かけ、
自衛隊の救出活動を目にしながら、
「人を殺したいって言って自衛隊になってる人もいるんですかね」
と口にし、
「人殺しの訓練するよりもそっち(救助活動)する方が先やんな」
などと述べている。

不見識と勉強不足と短慮の固まりのような人。
同様にはずみで当選してしまった杉村太蔵もひどかったが、
彼は「何も内容がない人」だった。
山本議員も相当ひどいが、
「反原発運動」という確信犯であるだけに始末におえない。

しかし、参議院だ。
6年間は議員の椅子に安閑として座ることが出来る。
困った人を選んでしまったものだ。


『マッキー』  映画関係

今日は再びお台場まで自転車で。
映画を観るためです。
いつも同じ写真になってしまうので、
ちょっと変わった写真を。

途中見た道路工事の場所で。

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こういう遊び心は楽しいですね。

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こちらは象さん。

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お台場は、まさに未来都市。

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葛西臨海公園で見たネコの4兄弟。

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途中、こんな道も通ります。

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〔映画紹介〕


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「マッキー」とは、                              
インドのヒンディー語で「ハエ」のこと。
「ハエ」という題名のこの映画、
史上初ハエが主人公の映画なのである。

と、「史上初」と書いたが、
確かめたわけではない。
「ザ・フライ」(1986)という映画があった。
(1958年の「ハエ男の恐怖」のリメイク。)
あれは、物質転送機を開発中の科学者が
自分を実験台に転送をした際、
転送ポッドに1匹のハエが紛れ込んでいたために、
細胞再構築にあたって、
遺伝子レベルでハエと融合してしまい、
日に日にハエに変身してしまうという、
「半分ハエ」の話。
荒唐無稽な映画だと、
馬鹿にしてはいけない。
「ザ・フライ」は、
1986年のアカデミーメイクアップ賞を受賞した上、
続編まで作られた大ヒット作品である。

で、このインド映画。
荒唐無稽さについては、
「ザ・フライ」の比ではない。

青年ジャニは、
家の向かい側に住む美女ビンドゥに、
2年もの間思いを寄せていた。
ビンドゥもジャニのことを憎からず思っていた。
そこに建設会社社長でマフィアの悪党スディープが横恋慕し、
嫉妬のあまりジャニを殺害する。
ビンドゥは亡くなったジャニのことを思い、
涙にくれていた。

しかし、小さなハエに生まれ変わったジャニは、
ビンドゥのもとに戻り、
スディープから彼女を守ると共に、
スディープに対して、
殺された恨みを晴らそうと復讐を誓う・・・。

ジャニがハエに生まれ変わってからが抜群面白い
はじめのうち
スディープに対してぶつかるだけだったハエが
耳の周りを飛び回って不眠症にし、
スチームバスで手足が出せないスディープの顔を攻撃し、
車の運転を妨害したりする。
スディープの方も対抗措置をして防御する。

ここで、ビンドゥのマイクロアートの趣味が上手く生かされる。

強大な敵・人間に戦いを挑む小さなハエ。
知恵を使って戦う様は感動的でさえある。
CGと実写を巧く織り交ぜ、
次から次へとアイデアを繰り出す作戦は秀逸。
攻撃を受けてあたふたするスディープの姿は、
役者の好演もあって、大いに笑える。

しかし、ハエが主人公の映画とは。
長い映画の歴史の中で、
誰一人思いつかなかった前代未聞のアイデア
技術で実現させた製作陣に拍手を贈りたい。

2時間少々の映画にしては、
途中休憩が入る。
ということはオリジナルはもっと長かったということか。
噂によれば、
インド映画特有のミュージカルシーンがカットされているのだという。
「ロボット」同様、オリジナル版の公開を望みたいものだ。

5段階評価の「4」

予告編は、↓をクリック。

http://www.youtube.com/watch?feature=player_detailpage&v=adcroBzCZs8

タグ: 映画

ロシア旅行記I エカテリーナ宮殿  旅行関係

6日目は、朝の光の中のサンクトペテルブルクを見ながら、

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南に25q走り、

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「ロシアのベルサイユ」と呼ばれる
ツァールスコエ・セローへ。
意味は「皇帝の村」です。

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1918年からヂェーツコエ・セロー、
1937年からプーシキンという名称に改められました。
楽団の演奏の出迎えを受け、

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途中のリツェイ庭園には、
プーシキンの記念碑があります。

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この町がどうして「ロシアのベルサイユ」と呼ばれるかというと、

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エカテリーナ宮殿があるからです。

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最初の宮殿は、1724年、
ピョートル大帝の妃、エカテリーナ1世のために建設されました。

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その後、女帝エリザベータの命により、
1752年からバロック様式による
大規模な改築が行われ、

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更にエカテリーナ2世の時代に、
クラシック様式での改装が行われました。

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ここでも楽団が迎えます。

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建物の長さは約300m、
青い塗装が涼やかなロシア・バロック様式。

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これは何かというと、

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靴の外側にはかされる覆い。

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正面玄関。

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美しい装飾が目を奪います。

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大広間

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広さ約1000u、長さ47m、幅は宮殿と同じ幅の17m。

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井上靖の小説「おろしや国酔夢譚」でも知られる
大黒屋光太夫が
エカテリーナ2世に拝謁し、
帰国の許可を得たのが、
この広間であると言われます。

頭上には、華麗な天井画が。

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入口には、金の装飾が。

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第一の控えの間

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ここの天井画はかわいい。

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あちらの宮殿は廊下はなく、
部屋から部屋が続きます。

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騎士の食堂の間

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白の主食堂

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木いちごの食堂

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緑の食堂

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肖像画の間

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琥珀の間は、撮影禁止なので、写真集から。

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琥珀の間の歴史は、
18世紀初頭にプロイセンで作られた
数枚の琥珀細工のパネルから始まります。
プロイセン王フリードリヒ1世は、
壁一面を琥珀で覆った部屋の建設を始めますが、
完成を見ずに亡くなりました。
息子のフリードリッヒ・ウィルヘルム1世は
この部屋に興味を示さず、
1716年、プロイセンを訪れたピョートル大帝に
これらのパネルを贈りました。

ところが持ち帰ったものの、
これらのパネルをどう組み立てていいか分からず、
そのまま放置されていました。

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これに初めて手をつけたのが、
エリザヴェータ女帝で、
1746年、
サンクトペテルブルクの冬の宮殿に
琥珀の間は一応完成。
1755年、女帝は
琥珀の書斎をツァールスコエ・セローに移設するよう命じました。

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琥珀の間は、
美術愛好家のエカテリーナ2世の時に
更に再構築されました。

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建築は1770年に終了し、
450sもの琥珀が使われ、
壁一面が琥珀で覆われた前代未聞の部屋となりました。

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しかし、第二次世界大戦時、
ナチス・ドイツによって
琥珀が全て分解して持ち去られ、
以来、行方知れずになり、
失われた偉大な美術品とされていました。

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1979年、内閣によって
琥珀の間復元の公式決定が下されました。

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復元は困難をきわめ、
特に、乏しい資料のほとんどが白黒写真だったため、
色彩の表現が難しかったといいます。

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2003年5月31日、

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サンクトペテルブルク建都300周年を記念して、

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琥珀の間の除幕式が盛大に行われました。
小泉首相(当時)も出席したそうです。

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60年の歳月を経て、

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一つの美術品が蘇る。

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何だか感動的な話ですね。

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絵画の間には、

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大小様々な絵画が

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組み合わせて展示されています。

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小・白の食堂

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調度品の側面に描かれたもの。

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アレクサンドル1世の客間

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緑の食堂

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ひととおり見終えて階段を降りると、

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途中にテレビが。

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おお、わがパナソニックだ。

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サムスンやLGに負けていなかったか。

下の通路には、

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様々な写真が展示されています。

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宮殿が放置されていた時代。
雪が屋内に積もっています。

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彫刻類の修復作業。

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床の修復作業。

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ゴルバチョフを案内しているのは、

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ここの館長。

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大変尊敬された人物だそうです。

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館内を出て、

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建物の装飾を見ながら、

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エカテリーナ公園へ。

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これは、グロットと呼ばれる建物。

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池に映るエカテリーナ宮殿。

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この建物は浴場です。

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フランス庭園は幾何学模様。

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イギリス式庭園は自然のままですが、
フランス式庭園は人工的です。

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こちらは裏側で、個人の観客の入場口。

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向こうに見える玉ねぎは、

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宮殿付属の教会。

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あと2、3週間すれば、

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黄葉の見頃になるでしょう。

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この後は、ピョートル大帝夏の宮殿の庭園です。


映画のハシゴと『人間にとって成熟とは何か』  書籍関係

今日は朝から新宿六本木に出かけ、
映画のハシゴです。

新宿はここ、シネマート新宿

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建物は違いますが、ここは昔、新宿文化のあったところ。
新宿文化は、映画の上映後、
アングラ芝居を上演していたことがありました。
私も清水邦夫・作、蜷川幸雄・演出
「泣かないのか泣かないのか、1973年のために」
なんかを、通路に座って観ましたね。

幕が落ちると、
舞台に銭湯が作られており、
そこで石橋蓮司と蟹江敬三が軽妙なやり取り。
そこに血まみれの演劇集団がなだれこんで来て、
それまでの清水・蜷川作品の総括をし、
これで二人の櫻社は解散。
石橋と蟹江二人で踊るタンゴに
劇団員が次々と斬りつけ、
最後は湯船を舟に見立てて、
闇の中に出航していく。
強烈な印象で数日間、その感覚がまつわりつきました。

1970年代の思い出です。

裏の末広亭をちょっと覗き、

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六本木ヒルズへ。

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上空には飛行船。

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何を観たかは、映画紹介でのお楽しみ。

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〔書籍紹介〕

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賢人・曽野綾子さんが
幻冬舎のPR誌「星星峡」(せいせいきょう 近く廃刊)に連載した
「成熟した大人、未成熟の大人」を
改題の上、一冊にまとめたもの。
うまい、良い題名を付けたものだ。

私が「賢人」と常に頭に書くように、
曽野綾子さんの書くものは、
人智の知性の到達し得る箴言(しんげん)に満ちている。

たとえば、東日本大震災以来、
人々が口にする「絆」について、
次のような辛口を述べる。

東日本大震災から満一年を迎えるに当たって、
果たして日本人は、
立派にこの災難を迎えたのだろうか、
という失望の空気が流れ始めた。
その端的な表れは、
被災地の膨大な瓦礫を引き受けることを拒んだ
多くの地方自治体があったことだろう。

もし絆が大切だと言うなら、
その心の証は
さしあたり瓦礫を引き受けることだろう。
それさえ利己的に嫌なら、
自分は人に優しいとか、
人道主義者だとか言わないことだ。
自分は、自分の命だけがかわいくて、
自分の不利益になることは一切いたしません、
と明言すれば、
まだしも人間として一貫している。

絆とは与えられることでもあるが、
与える覚悟でもあるからだ。
相手のために時間を割き、
金を出し、労働し、不便を忍び、
痛みを分かち、損をすることなのである。
もっともその代わり、
たいていの人がそれによって大きな精神的な幸福を与えてもらうこともほんとうだ。

震災を利用するような催しも
私は失礼だと思う。
先日も自分の作曲した曲を披露する音楽会に
「被災者に捧げる」という言葉をつけていた人がいたが、
別に特に捧げると書かなくてもいいことだろう。
今回のいい曲はどうして生まれたのですか、
と後になって聞かれたら、
「地震がきっかけでした」
と答えればいいことだと思う。


政治家に対しても容赦ない。
野田聖子議員が人工受精の結果、
子供を得、
その子が幾つもの障害を持って生まれて来て、
数々の治療を受けてきたことのインタビューで、
「息子の治療費は、医療制度に支えられています。
高額医療は国が助けてくれるので、
みなさんも、もしものときは安心して下さい」
と述べたことについて、噛みつく。

この野田氏の言葉は、
重要な点に全く触れていない。
それは、自分の息子が、
こんな高額医療を、
国民の負担において受けさせてもらっていることに対する、
一抹の申し訳なさ、か、
感謝が全くない点である。

私だったら
「皆さんがお支払いになった健康保険料を
たくさん使わせていただいて、
ほんとうにどんなに申し訳なく、
感謝としいるかわかりません。
この子が大きくなったら、
何らかの道で、
きっとご恩返しをするように、
よく話して行くつもりです」
と言うだろう。

野田氏のように
権利を使うことは当然という人ばかりが増えたから、
日本の経済は成り立たなくなったのだ。
使うのが当たり前、
権利だから当然、
という人が増えたら、
結果として日本社会、日本経済はどうなるのだろう、
という全体の見通しには欠けるのである。
ましてや
「野田真輝は野田総理よりはるかに国民に貢献していると、
母は誇りに思う」
などという言葉は、
野田氏が根本的に、
人間のあるべき謙虚な視点を失っていて、
人間を権利でしか見ない人だということを示している。
初の女性総理候補どころか、
この部分を読んで
野田氏の人間性に失望したという人が、
私の周囲には稀ではない。

ついでに言うが、
私も野田聖子氏の資質については、疑問を持っている。
あるテレビ討論を見て、
何の定見も見識もないことが明らかになって以来だ。
口当たりの良いことを
相手の様子を伺いながら言っているにすぎないこの人は、
総理の器ではない。
ついでに言うと、
やはり「総理候補」小池百合子氏も
実体の伴わない空疎な言葉という点で同じである。

日本語の使い方についても苦言を呈する。

日本で大学を出たインテリと言われる人たちが、
平気でこういう言葉を使うようになった理由は、
国会の先生と呼ばれている人たちが、
まず日本語をまちがって使うようになったからだと教えてくれる人がいた。
それに伴って
絶えず視線が政府だけ向いている中央の官僚や
その周辺の空気で生きている人たちは、
同じまちがいを受け継いだのだという。
哀しい話だ。

今巷にあふれている「〜させていただく」と言い回し。
あれを最初に使ったのは、
今や評判が地まで落ちた鳩山由紀夫であることを私は知っている。
また、議員先生の言葉遣いを聞くと、
「私は」ということばが
文法を無視して唐突に入る入り方。
あれば誰が始めたのだろうか。

「品」についても、このように書く。

品は、群れようとする心境を自分に許さない。

品を保つということは、
一人で人生を戦うことなのだろう。

品というものは、
多分に勉強によって身につく。
本を読み、
謙虚に他人の行動から学び、
感謝を忘れず、
利己的にならないことだ。
受けるだけでなく、
与えることは光栄だと考えていると、
それだけでその人には気品が感じられるようになるものである。
健康を志向し、美容に心がける。
たいていの人が、
その二点については比較的熱心にやっている。
しかし教養をつけ、
心を鍛える、
という内面の管理については
あまり熱しではない。
どうしてなのだろう、と
私は時々不思議に思っている。

病気について書いている部分も面白い。

もっと若い時、
私は初めて参加した女流文学者会という集まりで、
大先輩の宇野千代さんにお会いした。
女流作家という人たちは、
それぞれに個性的で、
他人におもねることもなく、
自由なことを言う人たちだと思ったが、
宇野さんについては
ことに印象的なことがある。
それは宇野さんが、
こういう皆で集まる席で、
病気の話をするのはやめにしましょう、
と動議を出されたことだった。

ほう、すごいね、宇野さん。

私に言わせれば、
個人にとって大切でも、
他人にとっては
全く興味のない話というものが世間にはあるのだ。
その筆頭が病気の話である。
その他に、
孫、ゴルフ、犬などのペットの話題もある。
それに気づかない女性(主に)の話題というものは、
ほんとうは人困らせなのだ。


随分前、牧師から聞いたことがある。
婦人会、壮年会などという会合をやめた、という話だ。
というのは、婦人会では病気と出産と子育ての話、
壮年会では同じく病気と戦争経験の話になり、
聖書の話など誰もしない、
ということに業を焼いた結果だという。

私も、「家族以外は聞きたくもない」話、
というのをいくつか上げることが出来る。
一つは子供や孫の自慢話。
一つは、いつどこで何を食べました、という話。
一つは、株や土地でこれだけ儲けましたという話。
もう一つは、旅行に行って楽しかった、という話。
う〜ん、このブログ、
4分の1は旅行の話で成り立っているので、
人のことは言えないなあ。

「威張る」ことについても辛辣だ。

私は昔から、
カトリックの信仰を基準にした教育を受けた。
神の前には、
人間世界の地位や財産など、
全く無意味なものだ、
という意識を徹底して育てる教育である。
私たちは、やや昔風な言い方だが、
「王様の前でも乞食の前でも、
等しく同じ態度で接する」
ことができるようにしつけられたのであった。

威張る人というのは、
一見、威張る理由を持っているように見える。
地位が上だとか、
年をとっているとか、
その道の専門家だとか、
それなりに理由はあるのだろう。
しかしほんとうに力のある人は決して威張らない。
地位は現世で仮のものだからである。
誰がほんとうに偉い人か、
その優劣の差があるかどうかは、
神仏が見極められることだ。

私は母から、
最低限、威張らないことで、
みっともない女性にならずにいる方法を習った。
威張るという行為は、
外界が語りかけて来るさまざまな本音を
シャットアウトする行為である。
しかし謙虚に、一人の人として誰とでも付き合うと、
誰もが私にとって貴重な知識を教えてくれる。
それが私を成熟した大人に導いてくれる。

中には、マイケル・ジャクソンに対する言及もある。
AKB48について書いたくだりだ。

現在のAKB48の歌も踊りも、素人に近い。
素人でもいいからAKB48になりたい
見たいという人もいるのはわかっているが、
そこにこそ不純な動機もある。
もっとも、踊りに関しては
私はマイケル・ジャクソンのファンなので、
あの人と比べると、
ダンサーと言える才能を持つ人は
世間にはほとんどいなくなる。
しかしAKB48のダンスを
孫のお遊戯と言い捨てた人は
卓見だというほかはない。
つまり現在の社会には、
達者でない芸、
一人前とは言えない教養、
成熟していない精神が、
あらゆる形で
平気で存在できるようになったのである。

曽野綾子さんがマイケルのファンだとは知らなかった。
ちょっと嬉しい。

「報われない」ということへの考察もある。

人生相談で、
隣家の老女の面倒を見てきたのに、
その人が亡くなった時、
その息子から感謝の一言もなかった、
と鬱状態になった女の人の相談だ。
それについては、曽野さんはこう書く。

私にすれば、
この老女との関係は全く完全に成功したのである。
お隣の老女にこの世で、
最後の小さな便利や幸せを贈ったのは、
この投書者の婦人だったのだから、
世間は知らなくても、
この人は、
立派なかくわしい人間関係を築いたのである。
しかしこの人は、
自分の「仕事」が評価されることを望んだ。
別に表彰されることを期待したわけではないだろうが、
少なくとも、深く感謝をされることを望んだのである。

そういう長年の親切を
ほんとうに褒められるのは、
神だけである。
しかし神は、表彰状もご褒美の金もお出しにはならないから、
人間は心の中で
褒められた光栄を味わうだけになる。

私が幼い頃から、
キリスト教の信仰に触れてよかったと思うのは、
自分の行動の評価者として
神しか考えないようになったことだ。
もちろん私も俗物の最たるものである。
お菓子はもらえば嬉しいし、
人間に褒められることは、
これまた私の心をくすぐるものである。
しかし私が何を思って何をしたかを
ほんとうに厳密に知っているのは神だけだ、
という最終の地点の認識はいつも心の中にある。

世間からどう思われてもいい。
人間は、確実に他人を正しく評価などできないのだから、
と思えることが、
多分成熟の証なのである。

亡くなった人の息子から
遂に礼を言われなかった奥さんも、
彼女の行為はすべて確実に
神に見られていて評価されていただろう、
と思えれば、
多分うつになることもなかったであろう。
聖書には「神は隠れていて、
隠れたところのものを見ている」
という思想がはっきり出ている。
だからもっと恐ろしいのだ。

沈黙の価値も書かれている。

一人でいること、と、
人と共に在ること、
とは、
どちらも輝くような時間だ。
沈黙と会話と、
この二つは、
人間の輝ける証である。

そして、本の最後をこのように結ぶ。

私たちは先天的にも、
運命的にも、
常に中間の地点に立つようになっているのだ。
私たちはいいばかりの人でもなく、
絵に描いたような悪人でもない。
よくて悪い人間なのだ。
他人もまた同じだ。
あの人もこの人も、
似たりよったりなのだ。

大人にならない人は、
この宿命的な不純で不安定な人間性の本質がよくわからないだけなのだ。
私たちは相手と決定的にちがうこともなく、
決定的に同一になれるわけでもない。
ちがって当たり前なのだ。
だから対立したこと──思想や政策に関して──は、
次の選挙で争って勝てるものなら、
そうすればいいが、
そうでなかったら、
無視して、
我が道を歩むことなのである。
それより大切なのは、
そんな細かいことを忘れるために、
一人でもいいし、
友達や家族とでもいい、
楽しいお茶を飲むことだ。
そこではみんなが飲み物の種類を選び、
好きなお菓子を取る。
私のような変人は、
お菓子の代わりに、
シシャモの干物を香ばしく焼いて
頭から骨ごと食べる。
シシャモは安い冷凍もの。
カムチャッカ産だったり、
北欧産だったりする。
そうだ。
大切なことは、
お茶を入れて、
すべての些細な対立は、
強靱な大人の心で
流してしまえるかどうかだ。



ホテルの虚偽表示  

ホテルのメニューの虚偽表示の問題が騒がれています。
信用が第一、
それだけに料金も高い高級ホテルで行われた嘘。
これでは中国のことを笑えない。
目先の利益を優先した結果、
それよりももっと多くのものを失う。
業界全体の信用を失墜させた責任は大きいですね。

私は昔、
食肉の表示の適正化指導の仕事もしていまして、
全国各地で講習会を開いていました。
その最後のまとめは、
やはり精神論にならざるを得ず、
「大切なお客様をだまして儲けて、それで嬉しいですか」
「そのことを自分の子供に話せますか」
「正直の頭に神宿る」
「お天道様が見ている」
「いや、自分の行為はまず自分の心が見ている」
「人がなぜ良心に従わなければならないか。
それは人生を自信を持って生きるためだ」
「信用を作るのは時間がかかるが、失うのは一瞬」
「築城40年、落城3日」
などと話させていただきました。
それと通じるものがあります。

日本には、「商人道」というものがありまして、
おつりを間違えたからといって、
信号3つの距離を追いかけて、
息をはあはあさせながら
足りない分を渡す、
それでこそ、信用と良心が保てる、
などというお話もしました。

昨日の新聞で読みましたが、
山谷えり子参議院議員
ブータンを訪ねた際、
小学校の授業参観で、
子供の一人から
「日本人が大切にしている価値は何ですか」
と訊かれて、
「正直、親切、チャレンジ精神、親孝行です」
と答えたといいます。
なるほどいい答だ。
トップに「正直」とあるところが日本人らしい。

同じ記事で、
ブータンの国王夫妻が2年前に訪日された折り、
福島県相馬市立桜丘小学校で話した言葉、
というのが紹介されています。

「私たち一人一人の中には、
『人格』という名の龍が存在しています。
その龍は、年を取り、
経験を食べるほど、
強く、大きくなっていきます。
人は経験を糧にして
強くなることができるのです」

いい言葉ですね。
この話を聞いて、
そうか、自分の中には、
そういう大切な龍が住んでいるのか、
その龍を養い育てていかなければならないんだ、
とイメージした子供が沢山いたことでしょう。

こういう生きた、
人を育てるような話
を出来る人になりたいですね。






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