マイナス10度  旅行関係

本日、夕方、
無事酷寒のソウルから戻りました。

何しろ、まさかの
ソウルについた頃降り始めて、
夜中降って、
朝になったら、こんな有様。↓

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気温もぐんぐん下がって、
ついにマイナス10度

帰りの空港も↓こんな具合でした。

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日本に帰ったら、10度で、
本当に暖かく感じました。
なにしろ、気温差は20度。

ソウルの報告は、また今度。


押し詰まってソウルへ  旅行関係

毎月続く海外旅行。
12月は免許もありおとなしくしていましたが、
年末ぎりぎりになって「飛び」ます。

娘のいるソウル
カミさんと一緒にまいります。
というのは、
キム・ジュンスのコンサートがあるため。
オーケストラを背景にしての
バラードとミュージカルのコンサートというので、
チケットは発売後、
5分で完売

そのチケットを入手↓してのコンサート旅行。

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そのまま留まって新年をソウルで迎える、
というのも考えましたが、
猫がいるので、
二泊三日が限度で、
大晦日に帰国します。

29日の航空券はもうありませんが、
31日にソウル→東京に飛ぶ人はいないらしく、
空席はかなりあります。

31日の夕方帰国し、
それから新年の準備という
あわただしい年末となりそう。


2040年の地獄  

本日、
運転免許の仮免路上教習で、
初めて高速道路を運転
複数メンバーでの教習で、
ジャンケンで決めた順番で
東関東自動車道を
市川から佐倉まで相方の女の子が運転。
佐倉で外に出たところで交代し、
今度は私が佐倉から市川までを走行。
いきなり時速100qを出させられました。
ビビるかと思ったら意外と快適。

いよいよ教習も最終段階で、
年が明けたら、
自主経路設定の教習を3時間分こなし、
「みきわめ」を経て、
卒業検定へ。
日程的に1月の旅行(ヨルダン)をはさむので、
どういう配分にしようか考慮中です。


昨日、「日本未来の党」が
小沢一郎氏系の15人による「生活の党」と
嘉田由紀子代表(滋賀県知事)の「日本未来の党」に分裂しました。
未来側に残る国会議員は阿部知子副代表1人で、
政党交付金を受け取る資格である
5名以上の国会議員という政党要件を満たさず、
未来が13年に受け取るはずだった政党交付金は
ほとんどを生活が引き継ぐことになります。
年末のあわただしい中でこのようになったのは、
政党要件を満たす国会議員の数は
1月1日を規準にするため。
生活側が母屋を乗っ取った形です。

比例代表で「日本未来の党」に入れた票が多数あり、
その結果、当選した議員も、
いつの間にか「生活の党」の議員になったわけで、
「日本未来の党」に投票した有権者の思いを無視したことになります。

ありていに言えば、
人のいいおばさんの嘉田さんが
海千山千の小沢さんに
してやられたわけで、
今の政治の混迷を改めて見せられた思いがします。

「日本維新の会」の方も
石原さんと橋本さんの
二つのグループの対立で、
近く別れるという噂もあり、
選挙での当選だけを目論む離合集散はこりごりです。

考えてみれば、
民主党もいろいろなグループが無理矢理合体した組織で、
その点、自民党、公明党、共産党は
いろいろあっても一つだな、という気がします。


最近、賢人・曽野綾子さんが
政治がらみのコラムを書いており、
郊外のショッピングセンターの前の
選挙カーで立候補者が演説をしている場面が描写されており、
ほとんどの人が無関心で通りすぎるのを見て、
連れの女性が
「寒い中で聞いてくれる人もなくて惨めな仕事ですねえ」
とつぶやいたといいます。

それは、
前にも紹介した曽野綾子さんの
次の文に集約します。

「小説家も政治家も、
ならなくてもいいのに、
勝手になりたくてなった愚かな人種である。
同情することはいささかもない。」


従って、嘉田さんにも同情はしません。

その曽野綾子さんが、
今日の産経新聞のコラムに、
「2040年の地獄」という
こわい一文を寄せています。

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今から二十数年後の
老人で満ちあふれた日本の社会のことを書いてあるのですが、
確かに、その有様を想像するだけでも恐ろしい。
なぜ2040年なのかは不明ですが、
いびつな逆ピラミッド型の
人口分布が世界を覆っているのかもしれません。

あと10年で
私を含む団塊の世代が75歳となります。
その時の社会の様子は・・・
想像したくはありませんが、
遠からず来る「危機」といえるでしょう。


マンデラ関係でDVD2本  映画関係

南アフリカを旅して、
ネルソン・マンデラゆかりの地を訪れたので、

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マンデラがらみの旧作映画を
ツタヤディスカスで借りて観てみました。


まず、「マンデラの名もなき看守」

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南アフリカ政府の刑務官であった
ジェイムズ・グレゴリーの手記『さようなら、バファナ』の映画化。
バファナとは、主人公グレゴリーの幼なじみであった、
近所のコサ人の子どもの名前からとっている。

ケープタウンの沖に浮かぶロベン島の刑務所は、
アパルトヘイト政策により、
反政府運動の活動家の黒人が投獄されていた。

ロベン島に赴任した看守、グレゴリーは
そこで終身刑を受けたネルソン・マンデラの担当に抜擢される。
黒人の言葉・コーサ語が解るので、
会話をスパイするためだ。
実際、釈放間近のアフリカ民族会議の戦士への
コーサ語の『秘密指令』を上司に報告、
その戦士は釈放後に泳がされてアジトに到着後、
南アフリカ国軍の襲撃で戦死する。
そのことで、グレゴリーは罪悪感にさいなまれる。

また、子供の頃、
人種差別とも偏見とも無縁だった頃の
幼なじみバファナとの思い出が
グレゴリーを悩ませる。

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最初、マンデラをただのテロリストと考えていたグレゴリーは、
独房で実際にマンデラと会い、
マンデラの威厳ある態度に接するに当たり、
考え方を徐々に変え始める。

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彼が書いたという「自由憲章」も読み、
その崇高な考え方に惹かれていく。
だが、そんな想いが周囲に知られれば、
自分の立場も妻子の安全さえも脅かされる。
仕事、昇進、理想、良心・・グレゴリーは葛藤に悩まされる。

マンデラ夫婦に便宜
(クリスマス・プレゼントにチョコレートを贈った)
を図ったことが新聞報道されて、
「黒人びいき」のレッテルを貼られ、
職場や地域の白人コミュニティーで孤立する。
妻が個人的にやっていた美容施設に客も来なくなる。
退職を願い出、他の刑務所に赴任するが、
マンデラの移送先のボルスムーア刑務所で、
マンデラ番としての『任務』に復帰する。

世界的批判と経済制裁の中、
南アフリカ政府の考え方も変わり、
1990年2月11日がやってくる。
世界中の目が注目したマンデラ釈放の日
マンデラを刑務所から送り出した時、
グレゴリーの使命は終わるのだ・・・。

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理不尽な囚われの身となっても、
人間の本質は憎しみではなく愛だと信じていた
マンデラの気高い志に導かれて、
一人の看守が、
歪んだ社会で失くしてしまった魂を取り戻していく過程を通して、
融和の大切さを訴え、他者を愛する勇気を与えてくれる。
『肌の色や生まれ育ち、
宗教などの理由に生まれつき他者を憎むものはいない。
人は憎しみを学ぶのだ。
憎しみを学ぶ事が出来るなら、
愛する事も学べるはずだ。なぜなら愛は、
人間の本性に自然によりそうものだからだ』

というネルソン・マンデラの崇高な考えが伝わって、
胸が熱くなる。

実話をもとにしたストーリー。
マンデラが初めて自身の人生の映画化を許可した記念すべき作品。
「24」で米国初の黒人大統領を演じたデニス・ヘイスバード
ネルソン・マンデラを威厳に満ちて演ずる。


「マンデラの名もなき看守」は、
マンデラの釈放の日で終わるが、
「インビクタス−負けざる者たち−」は、
その釈放の日から始まる。

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1994年の総選挙で 
マンデラは南アフリカ初の黒人大統領となった。
それまで政府の主要ポストを占めていた白人官僚たちは、
マンデラが報復的な人事をするのではないかと恐れ、
官邸でも荷物をまとめ始めていた。
それに対しマンデラは、
初登庁の日に職員たちを集めて

「今朝、執務室に向かう間、
この官邸内に空室がとても多いことに目が止まりました。
荷造り中のダンボールもね。
もしも皆さんがここを辞めたいのなら、
それは皆さんの自由です。
心の中にわだかまりがあって、
新政権と仕事をしたくないのであれば、
ここを去ってくれてかまいません。
今すぐ、どうぞ。
だが、荷物をまとめた理由が
私たちとの言葉や肌の色の違いを恐れるせいであったり、
全政権の職員であったために
もう働けないのだろうと考えたのであったからなら、
はっきり言っておきます。
怖がらなくていい。
恐れる必要はない。
『過去は過去』なのです。
未来だけを見ましょう。
力を貸して下さい。
皆さんの力が必要です。
ここに残る方は、これから
祖国に対して大きな貢献を果たすことになります。
私が望むのは、
皆さんが自分の仕事に自分の能力を捧げ、
心をこめて働くこと。
私もそれを誓います。
私たちが力を尽くせば、
この国は世界を導く希望の光となるでしょう」

と語りかける。
安堵した職員たちはマンデラのもとで働くこととなり、
ボディーガードチームも予想に反して黒人と白人の混成チームとなった。

南アフリカ代表のラグビーチーム「スプリングボクス」は
世界ランキングトップ10入りしている強豪ではあったものの、
当時低迷期にあり、
黒人選手もわずか1人という状況だった。
当時南アフリカでは、
英国発祥のラグビーは
白人もしくはある程度の地位を獲得した富裕層の行なうスポーツである
という印象が強く、
多数を占める黒人の国民の間では
非常に不人気なスポーツだった。
政府内では「スプリングボクス」のチーム名や
ユニフォームの変更を求める意見が多数を占めており、
一時はその方向で決まりかけていた。
しかしマンデラは
このチームが南アフリカの白人と黒人の和解と団結の象徴になると考え、
チーム名とユニフォームの存続を求め周囲を説得する。
この会議の場に単身乗り込むマンデラの姿は、
映画的な創作かと思ったら、
実話なんだそうだ。

チームの主将フランソワ・ピナールを茶会に招いて励まし、

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スプリングボクスのメンバーたちは、
マンデラの意向で貧困地区の黒人の子どもたちにラグビーの指導に赴く。
当初それを不満に感じていたメンバー達も、
一連の地道な活動により、
国民の間でチームの人気が少しずつ高まり、
自分たちの存在が国内のみならず世界的に注目されていることを知るに至った。

スプリングボクスは、
南アフリカ開催の
1995年ラグビーワールドカップにおいて予想外の快進撃を見せ、
ついに決勝進出を果たす。
今や新生南アフリカの象徴として見られるようになったスプリングボクスは、
全南アフリカ国民が見守る中、
強豪ニュージーランド代表オールブラックスとの決勝戦に臨む・・・。

アパルトヘイト政策により国内対立が激しい国情を愁い、
「許し」による融和をとなえるマンデラが
ラクビーワールドカップを通じて
国内を一つにしようとする情熱が
伝わって来る。
「この国は誇れるものを求めているんだ」

その思いを受けて、
主将フランソワは次第に
マンデラの思想に共鳴していく。

チームメイトと共にロベン島を訪ね、
マンデラが過ごした独房にも入ってみる。

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そして、当時課せられていた
肉体労働に思いを馳せる。
「27年も独房に入れられながら、
それでも人を許せるのはどうしてか」
とつぶやくフランソワへの答えは、
「許しは魂を自由にする」だった。

ワールドカップのシーンは大迫力。
どうやって撮影したのかと思うシーンが続く。
そして、試合を通じて国民が一つになっていく。

題名の「インビクタス」は、
イギリスの詩人、
ウィリアム・アーネスト・ヘンリーの詩で、
獄中のマンデラを力づけ、
マンデラはフランソワにもその詩を贈る。

夜より出でて私を覆う
奈落のごとき漆黒の闇
どんな神であれ感謝する
征服されざるわが魂を

過酷の魔の手に落ちてなお
私はひるみも叫びもしなかった
運命に打ちのめされ
頭(こうべ)が血にまみれようとも
決して屈しまい

怒りと涙つきぬこの地の彼方
死の影が恐怖をほのめかす
だが、幾年月脅威にさらされようとも
私は何ひとつとして恐れはしない

その門がいかに狭くとも
いかなる苦しみを負うことになろうとも
私が我が運命の支配者
我が魂の指揮官なのだ


最後にマンデラとフランソワは、
次のような会話を交わす。
マンデラ「ありがとう。祖国に誇りをもたらしてくれたね」フランソワ「僕こそ感謝しています。誇れる祖国にして下さった」

南アフリカの復興のために
世界的に投資を呼びかけ、
国内融和に尽くしたマンデラは、
1999年、政治の舞台から引退する。

マンデラを演ずるのは、
マンデラ自身が望んだという、モーガン・フリーマン。渋い。

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フランソワを演ずるのは、マット・デイモン。演技開眼。

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監督はクリント・イーストウッド

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多彩な監督歴の一つだ。


両作品とも一度観た作品だが、
ロベン島を実際に観た結果、
感銘が深まった。


タグ: 映画

『コブラ』  

ついに本日、
安倍政権が正式に発足
円安も株高も継続し、
新政権への期待の高さがうかがえます。

内閣の顔ぶれも妥当なものだと思いますが、
官房長官が発表する前に
テレビは大臣の布陣が全部分かっていたらしい。
不思議な話です。

野田政権最後の閣議の元気のなさ。
政権交代の悲哀を見せつけるものとなりました。

安倍さんが次々と手を打っているのを見ていて、
「ああ、俺たちは本当に無能だったんだな」
と思っていることでしょう。

これからは真の反省の上に立ち、
何でも反対の野党ではなく、
日本の行く道を新政権と共に模索する立場に立ってほしいものです。


〔書籍紹介〕

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フレデリック・フォーサイスの最新作。
最新作、と言っても、
2010年の作品。
日本での刊行は今年12月3日で、発売されたばかり。

ホワイトハウスのウエイトレスの孫の
コカイン中毒死をきっかけに、
大統領は南米コロンビアの
コカイン産業の撲滅を指示する。
選ばれたのは、
「コブラ」の異名を持つ元CIA局員のポール・デヴロー。
大統領からの白紙委任状を取ったコブラは、
膨大な予算を獲得して、
綿密な計画を実行していく。
やがて、コロンビアからのコカイン密輸船が
次々と消息を絶ち、
コロンビアのコカイン・カルテル〔兄弟団〕の幹部が恐慌をきたす・・・

というわけで、
フォーサイスらしく、
綿密な調査に基づく内容。
「コロンビアからのコカイン密輸を私ならこうやって根絶する」
という趣旨で、
その緻密さは、まさにフォーサイスならでは。

しかし、どんな精密な調査結果も
血の通った人間を通じて描いてくれないと、
なかなか興味を引かない。
終始、人間ドラマは展開しない
コブラはなかなか表に出ず、
むしろ、
かつてコブラを騙したということで仲間に加えられた
キャル・デクスターの方が主役に見えるほどだ。

感情移入できる登場人物は一人もおらず、
調査結果と作戦が延々と記述される印象。
最後の部分も納得しかねる。

「ジャッカルの日」「オデッサファイル」
「戦争の犬たち」「悪魔の選択」
と胸躍らせて読んだ記憶がなつかしい。
「ネゴシエイター」あたりから作品の力に陰りが見え、
「ハイディング・プレイス」「マンハッタンの怪人」
などはシナリオかと思うほど粗かった。

まだ74歳で、
本来なら円熟期を迎えるはずだが、
こう嘆かざるをえない。
フォーサイス、老いたり。





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