食肉ギフト券廃止と『ビューティフル』  

「食肉ギフト券」廃止へ向けての手続きが
各県組合で進んでいますが、
すんなりいく県と
面倒な県の差が激しく、
ここのところ、かなりの相談を受けています。

各県の財務事務所は、
各地方財務局の傘下にあり、
困っている県が
ある特定の地域に集中しているところを見ると、
その地方財務局において、                            
最近、会議か打ち合わせが行われたようです。

面倒、と書きましたが、
こちらは法にのっとってやっているので、
本質的問題ではなく、枝葉。
次の2つに集約されます。

@消費者への周知方法
A払い戻し終了後、つまり11月以降の姿勢


@は、たとえば、
「ポスターを貼る『店頭の見やすい場所』とはどこなのか」
を示せ、などと細かい注文。
お店によって違いますのでね。
自分で見に行ったらいかがですか。

「○○にも張り出したらどうか」
などともいいます。
それは貴方の手法です。

また、
ホームページを持っていない組合に
「ホームページに掲載すべきだ」
などと無理難題を言います。

Aは、11月以降、券を持って来た消費者に
払い戻しに応ずるのかどうか、
という問題。

これは「時効」に関わり、
法律の管轄が違う
従って、良いも悪いもないのですが、
その良いや悪いを言う。

いかなる根拠と権限でそういうことを言うのかと
事務局長なら即座に反論しますが、
各県組合の女性職員の方々は
役人の前で、そうはいかないようです。

大体、弱い立場の女性に
居丈高にモノを言う姿勢が気に入らない。
騎士道にも武士道にも男道にも反している。

などと思いつつ、
側面からしか援護射撃が出来ないのがもどかしい。

ただ、我々は法の定め通りにしているので、
大通りを走る人間は、
脇の雑音に影響されない

ということを信じていくしかありません。

全国の女子職員の皆さん、
頑張って下さい。


〔映画紹介〕

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舞台はバルセロナだが、
観光地的なところは全く出て来ず、
街の底辺で生きる人々の姿をていねいに描く。

監督は「アモーレス・ペロス」という大傑作を生み出した
アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ

主人公は、
麻薬取引や不法就労で生計を立てる男。
子供二人と貧しい暮らしをしており、                       
別居している躁鬱症の妻が
時々訪ねて来て、
子供たちに悪影響を与えるのを恐れている。

警察への賄賂が効かず、
麻薬の売人たちが逮捕されて、
セネガルからやって来た家族らが
途方に暮れているのを助けてあげたり、
タコ部屋のようなところで暮らしている
中国人労働者の待遇改善を求めたり、
闇社会の住人でありながら、
心根はやさしく、善良だ。

ある日、自分が末期ガンで余命2カ月と知った男は、
妻と子供の今後のために
何かを残そうと、奮闘し始めるが・・・

八方塞がりでどうすることもできない状況の中の
中年男を演ずるハビエル・バルデムの演技が圧巻。
先のアカデミー賞の主演男優賞にノミネート。
既に「ノーカントリー」で助演男優賞を取っているが、
その時の異常な殺し屋とは全く違う演技を見せる。

実はこの男、超能力を持っており、
死者の魂と会話が出来る。
事故で死んだ子供の父親に頼まれて、
死者のメッセージを伝えたりしている。

父親はフランコ政権に反対して亡命したため、
生前は会ったことがない。
墓所を売る話が持ち上がり、
父親の柩を開けて、
防腐剤がほどこされた父親の死体と初めて対面する。
その時に超能力がどう働いたかは描写しないが、
冒頭のプロローグと
ラストのエピローグで、
父との交流が描かれる。
この部分は同じ場面が異なる視点で描写され、美しい。

死に直面し、
自分のアイデンティティーと、
子供への継承に苦しむ姿は、
実は全ての人間存在に課せられた課題。
見ていて辛いが、
心の中にずしりとしたものが残る。

5段階評価の「4.5」。

立派な映画だが、
お金を払ってまで辛い思いをしたくない人は、
観なくていいです。



節電試行と少女の手紙  

節電トライアウト2日目

真夏のような日差しで35度になり、
心配しましたが、
10時が使用できる電力の89%、
11時が88%、12時が82%。
本日の最大電力は6584kw、
使用できる電力の89%でした。

室温は28度近くにまで上昇しましたが、
みんなで我慢し、
換気吹き出し口の風向きを調整し、
小型扇風機を回してしのぎました。

本当に、こういう時、
日本人は団結し、
それぞれのなすべき責任を果たそうとする
素晴らしい国民だと思います。


週刊新潮の斉藤由香さんの連載に、
感動的な話が紹介されています。


救援活動中の陸上自衛隊の隊員のところに
女の子が来て、
恥ずかしそうに「はい、これ」と封書を渡し立ち去った。
動物のイラストが描かれた便箋には、
こう書かれていた。

「つなみのせいで、
大川小学校のわたしの、
おともだちがみんな、
しんでしまいました。
でも、じえいたいさんががんばってくれているので、
わたしもがんばります。
日本をたすけてください。
いつもおうえんしています。
じえいたいさんありがとう」


手紙はコピーされて
現地で活動する隊員に配られ、
多くの隊員が財布などに入れて
持ち歩いているという。
どれくらい自衛隊の人々を力づけたか分からない。

どんなに政治家が愚かでも、
お役所がどんなに役に立たなかろうと、
こうした末端の人々が
日本という国を支えているのだとよく分かる。

仙谷由人という政治家は、
官房副長官に復帰した時、
官僚を集めて、
「被災地のためになることなら、
何でもやれ、
金と法律は後からついて来る」
と言ったという。
今、日本の政治家に欠けているものは、
こうした胆力だ。

嫌いな政治家だが、
本当なら次期総理も狙える立場にいた、と思う。

しかし、彼は、
「自衛隊は暴力装置」
というあの一言で、
決して総理になれない立場に陥った。

世界と国の成り立ちをどう見ているかという
重大な問題について、
旧社会党時代の古ぼけたドグマに
今だに染まっていることを露呈してしまったのだ。

しかし、根本は思想ではない。
日頃、人の努力をどう見ているか、
他人の汗にどう感謝しているかという、
人間への眼差しに帰結する。

65歳の当選6回の実力政治家のものを見る目は、
一人の小学生の純な目にかなわなかったのである。


節電トライアルと再会シリーズ  

朝7時45分、
「こちらは東京都です。
食肉市場では、
昨年の最大電力の6. 5%削減を目標として
節電に取り組んでいます。
皆様のご協力をお願いします」

と館内放送が流れ、
節電対策トライアウトがスタート。

わが組合でも
蛍光灯を3分の1消し、
冷房は28度に設定し(つまり、作動せず)
ノートパソコンは電源を抜いて
内部電源で駆動、
温水器の電源を切り、
会議室、応接間、印刷室等の蛍光灯を消し
(元々使う時以外はつけていない)
と、マニュアル通りの対応。

10時10分になると、
また館内放送。
「東京都から10時現在の電力使用状況をお知らせします。
現在の電力は、使用できる電力の89%です」

と。
この後、11時10分には、「11時現在は92%です」
12時10分には「12時現在は88%です」
とアナウンスがあり、
最後に
「本日の最大電力は、使用できる電力の92%でした」
と報告がありました。

もし使用できる電力をオーバーしそうになると、
「このままでは、
使用できる電力を上回る恐れがありますので、
なお一層の節電対策をお願いします」

と流れると、資料に書いてありました。

この市場の昨年の最大電力は7860kw。
削減の目標は515kwで、昨年最大の6.5%に当たる。
また、制限に関して指定する電力の量、
つまり、東京電力との契約電力は7760kw。
使用出来る電力の限度は、その95%で、7372kw
その限度の92%とは、6782kw
う〜む、と、うなりました。

というのは、もし普通の15%削減だと限度が6596kwですから、完全にアウト
公共的な冷蔵庫があることから5%削減に認定されなければ、
オーバーしてしまう数字です。

4月当初は25%削減、と言われていましたが、
それは絶対無理。
その頃、業界から
「まず減頭ありきでは困る」
(ラインを止めて、と畜頭数を減らす話があったため)
という要望を突きつけられていた場長の
憔悴しきった姿が思い出されます。

トライアウト初日はなんとかクリアしましたが、
35度を越える猛暑が来たら、
どうなるのでしょうか。


さて、夕方からは、
銀座で、「再会シリーズ・20年編」のミュージシャンと会食。

こんなものや

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こんなものや

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こんなものを食べて、

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こんなことになりましたが、

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20年ぶりのご無沙汰をこめての
事務局長のおフルマイです。

ニューヨークの音楽スタジオで仕事をしていた頃、
リハーサル後の汗だくのジェイムズ・レヴァインとすれ違ったりしたといいます。
時にはメトロポリタン歌劇場に出かけ、
最上階の立ち見席で
「ラ・ボエーム」や「トゥーランドット」を観たこともあるという、
ワクワクするような話に、時を忘れました。

再会以来、
このブログの読者になり、、
いろいろ刺激を感じてくれているようで、
そういう声を聞くと、
「よし、続けよう」という気持ちになります。


「再会シリーズ」、
次の「10年編」は来週です。


節電準備と不思議な出来事  

今、世間は、
7月からの「15%節電」へ向けて戦々恐々としています。
中には、「電力はパンクしない。経済産業省の人が言っていた」
という未確認情報も。
一方、「罰金100万円払って普段どおりにやる手もある」
という乱暴な人もいます。

東京食肉市場は、
冷蔵庫があるため、
「5%節電」で可ですが、
それでも実際にどうなるかを、
明日・明後日と2日間にわたり試行することになりました。

そのための会議があり、
各事務所の実務クラスの人が集まり、確認。

蛍光灯も3分の1消せというので、
予行演習で天井の蛍光灯15箇所(各2本)のうち
6箇所を消してみました。
暗くなりました。
最近、駅や地下街で見慣れてしまった暗い空間。
しかし、手元はよく見えます。
パソコンの画面は元々明るいので問題なし。

案外これでいけるのではないでしょうか。


ところで、最近不思議なことが次々起こり、
一体これは何なのかと首をかしげています。

まず、
音信不通であった
大学合気道部の同期生たちとの交流が再開したこと。
ブログを読んで、
「この筆者は自分と同期のアイツではないか」
と推理して連絡して来た、
という話は、既に↓報告済みです。

http://star.ap.teacup.com/applet/shokuniku/20110521/archive

先週は、歌手を連れて事務所を訪ねて来た
音楽プロデューサーが、
20年前
事務局長がある舞台を作った時にアシスタントについてくれた方だと
話の途中で気づきました。
この方との再会は、
事務局長が20年ほど住んでいた
ある精神世界について想起させることになりました。

そして、今日は、
古い友から電話連絡が。

中学生の時からの友で、
ある時期は運命共同体だったような関係。
不幸な出来事で絶交し、
10年以上会ったことがありません。
有名人なので、名前は書きませんが、
これも奥さんが
事務局長のブログを読んで報告した内容が契機となっての連絡です。
即座に昔の会話がよみがえります。
「俺」「お前」の呼び方で話が出来るのは、
この男だけです。
外国からの電話で、
帰国後、会うことになりました。

そして、更に夕方。
久しぶりに映画鑑賞サークルへ。
5年近く顔を出していませんでしたが、
出れば、すぐに溶け込み、
映画好きの語る映画の話題に時間を忘れました。

このようにして、
40年、20年、10年、5年の間を隔てての
発見と再会と和解と融合。 
                           
一体何が起こっているのか。
映画「アジャストメント」↓のように、
http://star.ap.teacup.com/applet/shokuniku/20110611/archive

運命や人生の再調整が行われているのか。

それとも、事務局長は死ぬのでしょうか
近く飛行機に乗ります。
あとで
「あの時彼は、お別れに来たんだね」
などと言われなければいいのですが。

まあ、こういう予感は今までも全部はずれていますので、ご安心を。
きっと、何かの転機が来るのだと、
前向きにとらえることにします。



スーパー8とは  映画関係

〔映画紹介〕

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監督が「LOST」のJ.J.エイブラムス
(「LOST」の1本目の演出は最高!)
製作がスティーブン・スピルバーグで、
子供たちが8ミリ映画の撮影中に列車事故に遭遇し、
置き去りにした8ミリカメラの中のフィルムを現像すると、
何物かが写っていて・・・
という予告編を観たら、
映画好きなら劇場に飛んでいかざるを得ない。
事務局長も吸い寄せられるように映画館へ。

期待しすぎた。
技術の進歩と演出力で見せてくれるものの、
その全てが既視感のある映像で、
ざっとあげても、
「E.T.」「ジョーズ」「宇宙戦争」「グーニーズ」
「未知との遭遇」「ジュラシック・パーク」等
スピルバーグのオンパレード。
「クローバル・フィールド」も当然。
「エイリアン」もあったし「ゴジラ」(米国版)もあった。
そういう既にある映画の断片を
それこそ「取って付けたように」持って来る。

偶然撮影された映像が
何か決定的な物語の進展に役立つかといえば、
そうではない。

「オマージュ」といえば格好いいが、
それらを持って来るなら、
作品世界が化学反応を起こして、
次の地平を開いてくれないといけない。

突っ込み所満載で、
SFにいちいちケチをつけても野暮だからやらないが、
残念な仕上がりだった。

エンドクレジットに、
子供たちが作った8ミリ映画が出て来るが、ほほえましい。
ついでに言えば、
先日行った某大学の学園祭の映画研究会で上映していた映像作品(ビデオ)は、
この水準にまで及んでいない。

5段階評価の「3」。


さて、ここからウンチク。

映画のフィルムは幅35ミリ。
これより大きいのが70ミリ映画や
3本横に並べたシネラマの大型映画。
しかし、未だに標準は35ミリフィルム。

これより小さい規格のものを「小型映画」と呼び、
最終的には16ミリ8ミリが生き残った。

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劇場で上映するのは35ミリフィルムで、
10分位ずつ巻いて缶に入っており、
これを2台の映写機で交互に映した。
今は映画館で1本につないでから上映する。

16ミリ映画は、報道機関で使われ、
昔のニュースは、全部16ミリで撮ったものだった。
また、35ミリの映画を16ミリに焼き直して、
図書館や学校で上映されたりした。

16ミリはホームムービーとしても使われたが、
機械もフィルムも高価であったため、
一部の愛好家だけのものだった。

ホームムービーを広く広めたのが8ミリフィルムの登場で、
戦前からあったが、
日本が戦後の混乱から立ち直った1954年(昭和29年)頃から普及し始め、
1955年には国産8ミリ撮影機の第一号がエルモ社(なつかしい)から出て、
続々各社から売り出され、
白黒からカラーになり、
ズームレンズも採用された。

初期のものは16ミリフィルムの片側だけに撮影して、
終わるとこれを逆に入れ替えて、
残りの片側に撮影、
現像所に出すと半分に裁断してつなげた8ミリの形で戻って来た。
フィルムを送る穴(パーフォレーション)が片側にしか付いていないのは、そのため。
片側2分強で、一旦カメラを開けて逆転しなければならないから、
露光の危険があり、
黒い袋の中での手さぐり作業で
うまくフィルムを通すことが出来ず、
失敗の原因となった。

この操作をなくし、
どんな人でも撮影可能にしたのが「スーパー8」の登場で、
最初から8ミリの形でマガジンに入っていて、
カメラに装着すればよく、反転の必要がなかった。
また、フィルムの送り穴を小さくし、
画面の面積を1.5倍にして、画質を向上した。
コマ数も1秒間に16コマから18コマにして画質を向上した。

スーパー8はコダック社が開発。(1964年、昭和39年)
翌1965年にフジフィルムから発売されたのが「シングル8」
やはりマガジンに入っていて、
カメラに装着すればすぐ撮影でき、
女優の扇千景(後の国会議員)がコマーシャルで言った
「私にも写せます」
が流行語になり、主婦層が8ミリカメラを手にした。
「マガジン、ポン! フジカ・シングルエ〜イト」
というCMソングを覚えている方も多いことだろう。↓

http://player.video.search.yahoo.co.jp/video/1ed521fcf77825d299a17ea7ca76cd5e?p=%E6%89%87%E5%8D%83%E6%99%AF&b=2&of=&dr=&st=&s=&pd=&ma=&rkf=1&from=srp

スーパー8、シングル8の登場により、
従来の16ミリフィルムを反転する方式は、
ダブル8又はレギュラー8と呼ばれるようになり、
やがてなくなった。

画面のサイズと穴の間隔を同じにしたので、
映写機は共有できたが、

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フィルムの材質の厚さが3分の2ほど違ったため、
シングル8とスーパー8を編集でつなげるとボケが発生した。
(後に同じになり、解消)

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↑左がスーパー8、右がシングル8のマガジン、

スーパー8のマガジンは送り出しと巻き込みを同じ軸にしたため、
マガジンが厚くなり、
巻き戻しての二重露光撮影が出来なかったのに対し、
シングル8のマガジンは別軸(カセットテープと同じ)のため、
巻き戻して、タイトルを入れたりのテクニックが使えた。
しかし、決定的な違いは画質で、
スーパー8の画質にシングル8はかなわなかった。

VHSとベータと同じで、
ハードを選んでしまうと、それに付き合うしかなく、
シングル8のカメラを買ってしまった人が、
高価なスーパー8のカメラに買い換えることが出来ず、
スーパー8のフィルムをシングル8のマガジンに巻き変え、
(スーパー8の方が厚いため、10分の1程を廃棄)
撮影後、スーパー8のマガジンに入れ替えて現像所に出したりの苦労をした。
現像料はフィルム代に入っていた。

マガジンの長さは3分強で、
しょっちゅう入れ替えなければならず、
高価なため、NGを出せなかった。

↓最初のシングル8。固定レンズ。だから、押すだけで、誰でも操作可能。

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編集は「スプライサー」というフィルムカットの器具を使い、
セメントでつなげる方式と、テープでつなげる方式があった。
壁から壁に張ったひもに、
番号を付けた洗濯ばさみにフィルムの断片をぶらさげた編集作業は楽しかった。

事務局長も中学生の時に、仲間と一緒に8ミリ映画を作った。
トリック撮影専門で、
当時のヒット映画「地下鉄のザジ」(ルイ・マル監督 1960)の真似をして喜んでいた。
レンズを半分隠して撮影し、
フィルムを巻き戻して、反対側を隠して撮影、
一人二役の合成画面を作ったり、
カメラの天地を逆にして撮影し、
フィルムを逆につないで、
食べ物が次々と口から皿に戻る映像などを作っていた。

長いものでは、
学生団体の行事の記録映画を頼まれて、                      
フィルムを巻き戻して文字を映像に重ねるなどの凝った作りをしたりしていた。

8ミリ映画の泣きどころは音が出ない点で、
オープンデッキテープのテープ駆動部分に
縞模様を張り付けてシンクロさせる方法など、
みんなが工夫していた。

事務局長がした工夫は、
語学学習用の2チャンネルのレコーダーの片側に
映像説明とカットの信号(実際は舌打ちの音)を入れ、
その音をイヤホンで聴きながら、
もう片側の音楽や実音の音声をスピーカーから再生、
映写機のスピードを微調整しながらシンクロさせる、
という画期的な方法を編み出した。
高校時代には、
2台のテープレコーダーを並べて置き、
テープをひねって2台で2チャンネル録画をし、
再生するとステレオになるという、
おそらく世界で誰もしたことのないステレオ方式
(ただし、実用性なし)
を編み出すなどしており、
事務局長、こういう方面に進んだらよかったのかもしれない。

やがて、現像に出す時希望すると、
フィルムの端に磁性体を塗ってくれるようになって、
サウンドトラックを獲得。
録音再生が出来る映写機で、トーキー映画が出来るようになった。

↓マイクのついたスーパー8の高級機。

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こうした形で子供の成長を記録した家庭も多いはず。
「小型映画」という雑誌もあったし、

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愛好家によるサークルでの定例上映会などが行われた。
大林宣彦監督などは8ミリ映画出身であることを隠さない。
西川美和監督の「ゆれる」(2006)では、
8ミリ映画が重要な役割を果たす。

やがてビデオ・テープレコーダーが登場し、
家庭用ビデオカメラが出来、
当初カメラと録画部分が別で
大重量に苦労した時代から
カメラと録画部分が一体となり、
8ミリビデオやVHS−Cの登場で軽量化が進み、
今は内蔵DVDに録画する時代になった。
ビデオの編集もソフトの充実でお手軽に出来るようになり、
プロジェクターの性能もよくなった。
既にデジカメで録画をする時代だから、
メモリーカードへの録画により、
軽量化は更に進むだろう。

それでも8ミリ愛好家は今でもおり、
さすがに撮影機は新しいのは出ないが、
フィルムの方は売られている。

事務局長の家には、映写機はないが、
編集機はあり、
それで昔のフィルムを見ることは出来る。
8ミリフィルムからDVDへの変換をする業者もいるが、わりと高い。
↓ここが一番安い。

http://www.e-dataspace.com/price.html


映画「スーパー8」の舞台は1979年。
フィルムはカラーで撮影機にはズーム機能が付いていることが分かる。
スピルバーグらがこうした時代への郷愁をこめて作った作品だ。


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