大掃除で過去と遭遇  

今日は一日かけて家の大掃除

最近、「断捨離」(だんしゃり)などということが言われています。

「断捨離」とは、
ヨガの「断業」、「捨行」、「離行」という考え方を応用したもので、
不要なモノを断ち、捨てることで、
モノへの執着から離れ、身軽で快適な生活を手に入れよう
というものです。
単なる整理術ではなく、
身の回りをスッキリさせることで、
心の混乱も整理し、
前向きな自分に生まれ変わりたいということのようです。

理屈はともかく、
まず、ビデオやカセットテープのたぐいは、
もはや観ることも聴くこともないだろう、
ということで、どんどん捨てました。
DVDやブルーレイ、iPODの時代ですから、
もうビデオテープやカセットは
この数年、使用していません。
題名を見ると迷うので、
見ずに、機械的に袋の中へ。

本は、再度読むことはないだろうと思うものは、
これもさっさと捨てました。
藤沢周平さんや曽野綾子さんの著作は、
定年後じっくりもう一度読んでみたいということで保有。
これでかなりのスペースが生まれました。

古い資料の中から、
古い日記が出て来て、
学生時代の悩み多き時や、
新婚時代の人には聞かせられないことなどが書いてあるものは、
逆に捨てるものには入れられません。
再読することはないでしょうが、
きっと子供や孫が処分してくれるでしょう。

古い著作物の原稿は、
これも捨てられず、保管。
やはり子孫に任せます。

以前、NHKの「あなたのメロディー」に出場したことを書きましたが、
その録音テープが出て来て、びっくり。
どうやら当時、テレビにつなげて録ったものを、
カセットにダビングしたもののようで、
カミさんと娘は「聞いたことがある」と言いますので、
事務局長、一人で忘れていたらしい。

聞いてみて、唖然としました。
暗い。あまりに暗い。
荒野をたった一人で行く人が、
人の姿を探し求め、
何か聞こえた丘の上に行っても、
誰もいない、という心象風景を歌ったものですが、
今聞くと、青ざめるほど暗い。
当時(高校一年生)の事務局長は、
そういう孤独感の中で生きていたようです。
ちょっと驚きました。

メロディーがきれいでよく表現されていたこと、
音楽的に形式が整っていたことで評価され、
審査のいずみ・たくさんからは
「百点満点です」というお誉めの言葉をいただきましたが、
それも嬉しくないほど、暗い。
司会の長谷川肇アナの質問に答える声も、暗い。

なにしろ当時は思春期真っ只中で、
確かに人一倍内省的な性格ではありましたが、
あんなに暗い声を出し、あんな曲を作っていて、
よくまあ、自殺もせずに生きてこれたものです。
宗教でしか救われない人生でしたね。

など、40年、50年前の空気が押し入れの中から押し寄せて来て、
少々たじろいだ一日でした。


最後の出勤と午前十時の映画祭  

今日は午後から事務所へ
昨日までのはずが、結局出ることとなりました。
新年賀詞懇親会の準備で今やっておいた方がいいものがありますし、
12月までの経理内容を見て、
3カ月後の決算見通しもしなければなりません。

やっていないはずの事務所にもいろいろ電話があります。
保険関係の用件や、
多かったのは、「お肉のギフト券を使えるお店を教えてくれ」という電話。
その一つ一つにていねいに答えて差し上げます。

夕方まで仕事をして、帰宅。
本日で組合の今年の業務は終了です。

途中、ビックカメラで買ったワインが、
カミさんと娘にやけに評判がよく、
明日にはなくなってしまいそうです。


話は変わりますが、
「午前十時の映画祭」、好評だったようで、
来年第2弾が始まります。

劇場も増えて、
日比谷のみゆき座でもやるというので、
これで、六本木に行かなくても、よくなった、
と思ったら、
作品がに分かれていて、
赤の50本は今年やった50本の再上映。
青の50本が新たに選ばれた50本。
みゆき座でやるのは、赤の古い方の50本で、
新しい50本を観るには、やはり六本木まで行かなければなりません。
やれやれ。

前回の50本は、観ていないのが2本しかありませんでしたが、
今度の50本には、未見の作品が10本もあります。
どれも古典といえるもので、
是非ご覧下さい。

上映作品等、詳しくは、↓をクリック。

http://asa10.eiga.com/2011/


組合最終日と十大ニュース  

わが組合の顧問である保坂三蔵先生が
台東区長選に向けて準備中であることは、すでにお伝えしましたが、
昨日行われた台東区自民党の予備選で勝ち、
正式に自民党の推薦候補となりました。
よかった、よかった。
しかし、敗れた前区長は無所属で立候補するそうで、
潔くないですね。
保坂先生は、先程の「励ます会」でも、
敗れたら政界引退すると宣言して覚悟を示したのに。

いずれにせよ、
政治家が地位に恋々として、しがみつくのはみっともない

みっともないといえば、
小沢さんは政倫審への出席を(条件付きながら)宣言。
「なんだ、なら、早く言えよ」
が国民の実感でしょう。
鳩山さんの顔、菅さんの顔がテレビに映るたびに
国民はうんざりしていますが、
小沢さんも、うんざりを通り越して苛立ちを感じます。
こうなったら政治家はおしまいです。


今日は組合事務所の最終日で、
芹田理事長と共に昼食の卓を囲みました。
そこでそれぞれが1年の感想を述べましたが、
事務局長は「今年の十大ニュース」を挙げてみました。

@役員改選で芹田理事長が新誕生
 やはり何と言っても、これが1番。
 この背後には、組合の歴史の針を逆戻りさせようとした人との闘いがありました。

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A関ブロ東京大会を開催
 10年に1度巡って来る行事。
 義家弘介議員(ヤンキー先生)の講演、
 東京湾クルーズでの懇親会で東京らしさを出しました。

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B黒字決算
 リーマン・ショック後の円高で赤字となった20年度。
 わずか1年で回復して、21年度決算は黒字決算。
 その背景には定款の改正があり、自己変革の成果。

C畑野専務の逝去
 現職三役の逝去は7年ぶり。
 @の問題の渦中で亡くなり、心残りだったと思います。
 しかし、貴重な情報を下さり、解決に早く着手することが出来ました。

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D「さよならパシフィック」
 ホテル・パシフィック東京が閉館し、
 33年続いた同ホテルでの新年賀詞懇親会は終了。
 別れの意味で9月に理事・支部長会を開催。

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E新年賀詞懇親会で支部旗が集結
 各支部に贈呈された統一支部旗が一堂に会しました。
 1支部も欠けることなく見事に並べて壮観。

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Fミニ支部長会を開催
 6ブロックを訪問して開催。
 現場の意見を聞くことで本部が変わった伝統を継承。

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G「食べるラー油」大ヒット
 組合取り扱い商品の中では注目すべきヒット。
 ちょうどブームに乗って、沢山の組合員がお店で販売しました。

H口蹄疫問題
 4月に発生した口蹄疫は8月に終息。
 組合は宮崎県に支援金50万円を贈呈しました。

I参議院議員選挙
 安井常務理事、保坂顧問は残念ながら敗退しました。

あげても5つ位しかないだろうと思っていたら、
ちゃんと10揃いました。
やはり組合が生きて躍動していた証拠です。


事務局長家では、いつも大晦日に十大ニュースを数えますが、
こちらも毎年10個揃うから不思議です。



荒療治とスリムクラブ  政治関係

いよいよ押し詰まって来ました。
気温も下がり、冬らしくなって来ました。
昔ほどではありませんが、
「年を越す」というのは、
何か独特なものがあります。

しかし、今年も閉塞感ばかりの年でしたね。
特に、政治のていたらくは
目を覆うばかりで、
政権維持のために菅さんが「たちあがれ日本」に連立を働きかけて
断られる、という茶番劇は、
今年の最後を飾るものでした。
「立ち枯れ日本」などと揶揄されてきた政党が
突然脚光を浴びて、
嬉しさのあまり連立してしまうのではないかと思って心配しましたが、
ちゃんと筋を通してくれてよかった。

昨夜のM−1で、
スリムクラブというお笑いコンビが
話の流れの中で
「なんとかならないんですか」と言い、
ちょっと間を置いて、相方が
「民主党ですか?」と返した時、
意表をつかれた展開に
どっと起こった爆笑を
民主党の人は聞いたのでしょうか。

自民党時代の閉塞感を打破してくれるものと期待した政権の
あまりのひどさに、
国民がもっと大きな閉塞感を持ち、
解散総選挙をしない限り、
これがあと2年半も続くのかという国民の悲嘆は大きい。

かつて3分の2を持っていた与党に対して
野党が常に「解散総選挙」を迫り、
多数を維持していたい与党がそれに応じず、
ずるずると任期満了まで続いてしまったあの悪夢を
再び見るかと思うと・・・

小沢問題も越年するようで、
小沢さんも、自分が時代の流れを止め、
そこに暗渠が出来ていることを自覚して、
身を引いてくれればいいのですがこの人の体質は、それを許しません。

かつてこのブログで、
小沢さんについて、
「身を捨ててこそ、浮かぶ瀬もあれ」
ということを2度ほど書きましたが、
もう身を捨てても、浮かび上がることが出来ないほど信用が失われてしまいました。
これだけ潔くない姿をさらしたら、
もうついて行く人はいなくなるでしょうに。

国会議員を「代議士」と呼ぶように、
国民は、自分自身で出て行くことが出来ないから、
代理に議論してくれる人として、国会議員に委託し、
それを支えるために税金を支払っているのです。
その彼らが「政治」をやらず、「政局」ばかりしている姿に国民はがっかりしています。
それも議員の資質が問題だからで、
いざとなれば、「総論賛成・各論反対」で自分の利害を優先する人たちばかり。
議員数の削減も、歳費の削減も、
結局、議員自身が反対してしまう。

自分で自分を変えることが出来ないなら、
後は「戦争」か「クーデター」か「革命」しかありませんが、
今の時代、ちょっと難しい。
こうなったら、
前に紹介した「天下の暴論」を実施するしかありません。

@「議員数半減」だけを公約に政党を作る。
A全国すべての選挙区に候補者を立てる。
B選挙の結果、政権を取ったら、直ちに議員数半減を実施する。
C実現したら、解散し、新たな議員定数で総選挙を行う。


こういう荒療治でしか、国会を変えることは出来ません。
同じ手法で「参議院の廃止」と「天下りの全面完全禁止」もやったらいい。

上記のやり方、
カリスマ性のあるリーダーがやるしかありませんが、
どなたかいませんか。



ところで、話はとんでもないところに飛びますが、
昨夜のM−1のスリムクラブ、おかしかったですね。
沖縄出身の2人だそうで、
なんともいえない間が面白い。
他の出演者が全員テンポが身上みたいな漫才なので、
このゆっくり展開は余計異彩を放ちました。
審査員の紳助が
「(4分しかないのに)時間がもったいないと思わなかったのか」
と心配したほど。
しかし、笑いは「間」ですからね。

最初のネタは、
道を歩いていたら、
「あなた、一緒に生活していた人じゃありませんか?」
と声をかけられ、
相手のペースに巻き込まれてしまう話。
「人違いですよ」
と言っても、
「そう言いたいほどトラウマが深いんですね」
と返される始末で、
話がどこにいくのか分からない面白さ。

2本目は、
葬儀の受け付けで、現れた人物に故人との関係を問うと、
「町で一度見かけただけ」
と答える。
この人物に振り回されていく話で、
先の民主党の下りは、その中で出てきたもの。
この時の、会場全員が爆発したように笑う空間は
めったに現れないものでした。

かつて「南海キャンディーズ」が出て来た時のように、
予想不能な意外性が新しさと感じさせてくれました。

敗者復活で勝ち上がって来たパンクブーブー
コンビニで万引きに遭遇してしまうネタが、実は中で一番完成していましたが、
2本目が同じパターンのものだったのが残念。
全く違うものを出して来たら、V2は可能だったろうに。

驚く方もいるかもしれませんが、
事務局長、お笑い大好きです。
なにしろ中学時代、
土曜日には急いで帰って、
テレビで吉本新喜劇を観ていたくらいです。



神々の山嶺  書籍関係

〔書籍紹介〕

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夢枕獏という作家は、「陰陽師」の印象が強く、
視野になかったのだが、
こんなに壮大な作品を書く人だったとは。
面白い。
というより、素晴らしい
読み出しから止まらず、時間を忘れた

かつてはクライマーであったカメラマン・深町は、
昔の登山仲間と計画して挑戦したエヴェレスト登山に失敗し、
仲間の二人を失った帰路、
一人残ったカトマンドゥで立ち寄った登山用具店で、
古いカメラを買い求める。
調べてみると、
それは1924年、ジョージ・マロリーがエレベストに登った時に持参したカメラだった。
マロリーはついに帰ってこず、
その消息は不明で、
マロリーが頂上まで登った後で遭難したのか、
登山途中で遭難したのかは不明のままだ。
エレベストが征服されたのは、
1953年、イギリス隊のヒラリーとシェルパのテンジンとされているが、
もしカメラの中に入っていたはずのフィルムが発見され、
現像して、
エヴェレスト頂上に立つヒラリーの姿が写っていたら、
世界の登山史が一変してしまう。

カメラを盗まれた深町はカトマンドゥの市内を探し求めるが、
その途中で、ピカール・サン(毒蛇)という男と出会う。
その男こそ、
伝説のクライマー・羽生丈二(はぶじょうじ)であると確信した深町は、
羽生の生涯を探り、
その生き方に引かれ、
再びネパールに旅立つ・・・。

ジョージ・マロリーというのは、
「そこに山があるからだ」という言葉を残した、有名な登山家。
この小説はマロリーのカメラという謎を追いながら、
伝説のクライマーの人生を辿り、
登山という行為、中でも世界の最高峰に挑戦する羽生の姿を通して、
人間にとって生きるとは何かを問う壮大な山岳小説だ。
1700枚の大作。
以下、青字は本文からの引用。

 どうせ、生きていく。
 生きてゆくことはわかっている。
 そのことがわかっているのなら、死ぬまでの時間は、何かで埋めなければならない。どうせ、何かでは、埋めることになる。
 それがわかっているのなら───
 どうせその時間を埋めるのなら、たどりつけないかもしれない納得、何だかはわからないがあるかもしれない答え、踏めないかもしれない頂に向かって足を踏み出してゆくこと、そのようなもので埋めるのが、自分のやり方だろう。
 蒼い天の虚空に吹きさらしになっている、点───
 この地上にただひとつしかない場所。
 地の頂。
 そこにこだわりたい。

 羽生丈二という男が十代の頃に山と出会い、そして、山にのめりこんだ。世間的な見方から言えば、山で身を持ち崩したと、そういうことになるのかもしれない。

 羽生には、山しかなかった。

 ああ──
 おれにはわかる。
 深町はそう思った。
 おれにも、そういう時期は、間違いなくあったのだ。
 山にのめりこみ、それしかないと思い込んだ時期が。
 きりきりと山に登った。すがるものが山しかなかった。噛みつくようにして山に登った。
 学生のうちは、それでいい。しかし、卒業して社会に出れば、いつまで山に登ってるんだという声が周囲からおこる。山と仕事とどっちが大切なんだ。いいかげんに大人になれ。山にゆくのなら、仕事を持って、休みの日にゆけばいいではないか──と。
 そうではない。
 そうではない。
 仕事をして、金をもらって、休みの日に山へゆく。
 おれがやりたい山はそういう山ではなかった。

 多くの山屋が、そういうことから脱落てゆく。
 家庭を持ち、歳をとり、体力が落ちたといっては、そういう場所へゆくための切符をポケットから出して、リタイアしてゆく。


このような描写に胸をつかれる。
人間の中で、
命を懸けてもいい
と思えるものに出会うのは、ほんの一握りの人だろう。
その幸運な人の中でも、
ほんのわずかな、更に幸運な人が、
それをなしとげる

最後に羽生は人類未踏の
「エヴェレスト南西壁冬期無酸素単独登頂」に挑戦するのだが、
このあたりの描写は息がつまるよう。
寒さ、酸素の薄さ、孤独。
事務局長は、最後の一つは何とかなっても、
前の二つは、まず無理だ。
第一、高いところが苦手だ。

 人には権利がある。
 何を奪われようが、何を失おうが、最後に唯一残された権利だ。
 それは、自分の選んだ生き方に、生命をかけてもいいという権利である。


登山や探検というのは、
人類が持っている未知の憧れの体現であることが、
次のような文章にもうかがえた。

 しかし、忘れてならないのは、1800年代の後半から、1900年代の初めにかけて、イギリス──というよりは、ヨーロッパを中心にして、世界全体に流れていた時代的な気運であろう。
 その頃の世界は、地球表面の、地図上の空白部分を埋め、さらには、地上の世界をヨーロッパ、エメリカ、ロシア、日本等の列強で、区画しようとする動きの中にあった。
(中略)
 どの国が、一番最初に世界の頂上を踏むか── 
 この闘いは、1953年、ヒラリーとテンジンによってエヴェレストの頂上が踏まれてからは、アメリカとソビエトという二大大国による、どちらが先に月に人間を送り込むかという競争に移っていったのではないか、と深町は思っている。
 アポロ計画というのは、あれは、大がかりな登山であったのだと、深町は理解している。
 月は、地球に残された最後の最高峰であったのだ。


どうも人類は、未知の世界がなくなり、
先が見えてしまったことから、
人類全体の大きな夢を忘れてしまったような気がする。
新大陸への憧れを持った時代は、
人類にとって、夢を抱いた幸福な時代だったのだろう。
今、人類の知らない辺境など、
探しても見つからない。

登山家の姿に託して、
夢を追い求める人間の姿を描いて感動的な小説だった。

舞台はネパール
昨年、ネパールに行っておいてよかった。

カトマンドゥのダルバール広場の写真は、↓

http://star.ap.teacup.com/applet/shokuniku/20090531/archive
          
パタンは、↓
http://star.ap.teacup.com/applet/shokuniku/20090712/archive
                                        
事務局長定年後の最初の旅行はチベットにしようかと思い始めている。






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