11月も終わり  

今日で11月も終わり
年初から秋には大きな行事が集中することは覚悟していましたが、
何とかこなしました。

本日、新聞編集も完了
当然トップは台湾の理事・支部長会。
紙面の左右一杯を使って、
150名が一堂に会したシネスコ写真を掲載。
中は写真集で何と41点。
特に、民主記念堂前での班別写真は、
ベストポジション。
通常、脇から入れようとする旅行会社を説得して、
正面から入るようにし、
先乗りして撮影位置を決めたのが、
良い結果を生みました。
他にスライドショー123枚の中から10枚を掲載。

本日は全国団体の方が来訪。
制作中の表示ハンドブックを見せてもらいましたが、
即座に数箇所の不都合を指摘。
「では置いていきますから」
ということで、夕方から目を通すと、
指摘箇所は何十箇所に。
中には重大な間違いを含んでおり、
このまま出版したら大変な恥をかくところでした。
こちらから「ハンドブックは何時出るんですか」と切り出したから
見せてくれましたが、
そうでなかったら、
どうするつもりだったのでしょうか。

前にも書きましたが、
このハンドブックは、平成13年に
全国食肉公正取引協議会の専務をバトンタッチする時に
それまでの集大成として作ったものです。
表示学習の標準となって、
事務局長は良い仕事をしたと思っています。
委嘱されてこのテキストを使って全国行脚の講習会を
何十回とこなしましたが、
「分かりやすい」という評価は得ても
このハンドブックが分かりにくいとか、
使いづらいという感想を得たことは一度もありません。

しかし、版を重ねるうちに、
どんどん分かりづらくなっていきました。
特に2005年版の牛の個体識別番号の部分は
お役人の作文の典型で、
空理空論の全く役に立たない数ページとなりました。
代案は提示しましたが、
「会議を開いて決めたので、変えるにはまた会議を開かなければならないから」
という、
官僚的な理由で却下。

それでも、最初の版の原稿は尊重され、
後から加わった項目のみ追加、
その部分だけ分かりにくい、
という形にはなっていました。

しかし、今度の改変は、
最初の原稿に手を入れ、
わざわざ解体して説明を加え、
それで良くなったのならいいのですが、
かえって分かりにくくなっています。
普通、版を重ねると改良されるものですが、
これは、改悪。
わざわざ手間隙かけて悪くするというのですから
一体どうして?
と首を傾げざるを得ません。

どうしても後で誰かが係わってくると、
自分の新機軸を出そうとするので、
いじらなくてもいい部分を
いじってしまうようです。

最初の著作者としてこだわるつもりはありませんが、
自分も使い、会員も使うものなので、
分かりにくくなるのは勘弁。
噂では、編集に携わっている人たち自身が
「ここの意味は何なんだろう」
と首を傾げながらやっているそうで、
今日、実物を見せてもらって、
なるほど、これはひどい、
と改めてあきれました。

初め、指摘箇所に付箋を付けるつもりでしたが、
あまりにも多いので付箋は断念して、そのまま返却。
刊行までに分かりやすいものに変わることを期待します。

改めて思いますが、
「人にものを教える」
というのは、やはり才能が必要
で、
そう簡単なものではありません。
「相手が分かっていないのは何か」
をまず見抜き、
「ではどう説明したら分からせてあげられるか」
の技術を持っていなければいけないからで、
現場感覚のない官僚体質の方には無理。

事務局長は毎日、
各方面からの表示の問い合わせを受けていますが、
リピーターが多いのは、
「回答が明確で分かりやすい」からだそうです。
別の件ですが、
「あの人とと話していると、
自分の頭がクリアになった気がする」

と、かげで言われたことがあります。

何だか自慢話になって恐縮ですが、
事務局長が作る資料は分かりやすいと評判で、
でも、そのためには
それだけの努力をしています。
お役所の作る書類がダメなのは、
能力がないだけでなく、
努力もしていないし、
何より反省がないからです。
反省するのも才能の一つで、
その能力のない人は、永遠に反省できません。

新聞記者は駆け出し時代、
編集長に原稿をゴミ箱に投げ入れられるような屈辱を味わい、
歯を食いしばって原稿書きの腕を磨くのですが、
お役人はそういうところがありませんから。
時々、会議の後、
事務局長は当人のところに行って、
ここはこういう風にした方か分かりやすくならないかと
(よせばいいのに)助言したりしますが、
一杯言い訳が帰って来て、うんざりしました。
人のアドバイスを受け入れる度量の広さも才能の一つです。



また徹夜  

昨日、

「仕事は終わりました。
さあ、これからどうしましょうか。」

と書きましたが、
あの後、風呂に入るために帰宅し、
そのままベッドに。
やはり寝坊をしてしまって、
遅刻して出勤でした。

入稿した原稿を編集のAさんが
紙面にまとめてくれるのをチェックしつつ
他の仕事をやりましたが、
やはり疲れがたまっていたのか、
電話で仕事を中断されたのをいらついて、
証券会社の人に、
「何度も同じことを聞かないでくれ」
などと言ってしまいました。
いけませんねえ。
人間がまだできていません。

Aさんは今晩は徹夜なので、
明日の朝、出来上がりを見ることにして、帰宅。

少し寝たのですが、
結局夜中に起き出して、
再び徹夜となりました。

というのは、
関係筋から頼まれた書類の監修をしていたからです。
場所は近所のデニーズ。
そういえば、
昔はよくここで原稿を書きましたっけ。

そういうわけで、
今回も「台湾3日目」の写真はおあずけとさせていただきます。
また、明日。


ついに徹夜です  

「台湾の3日目」の写真が載っていると思って
アクセスした方、すみません。
現在、(朝4時)まだ事務所におりまして。
ついに徹夜です。
新聞の原稿を仕上げないと、
次の段階の方が困るので、
無理してやりました。

家でやることもできますが、
脇にベッドがあり、
誘惑に勝てる自信がありませんので。

仕事は終わりました。
さあ、これからどうしましょうか。

台湾2日目  

台湾の2日目は、↓ホテルの廊下をうごめく影で始まりました。

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添乗している事務局員が、組合の祝賀広告の出ている
「食品産業新聞」を各部屋に配って歩いたのです。

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77部屋のドアの下から差し入れた新聞は
目覚めた時の話題になりました。

朝、空には祝福の虹が。

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本日最初の訪問先は、↓南門市場。異国の肉屋さんを見学。

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その間、事務局長はカメラマンの方と次の民主記念堂先乗り
記念撮影のポイントを定めます。

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↓4台の車別に記念撮影。

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今回、4つの班は、下のように、4つの色で識別できるようになっており、
大変上手に機能しました。
バスには事務局職員が2名ずつ添乗しました。

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↓ついこの間までは「正中紀念堂」といい、
蒋介石の記念堂でしたが、名称を変更。

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蒋介石の痕跡がどんどんなくなっていきます。
名称は元に戻されたという説もあるのですが、
地元の方は知りませんでした。

今は閉鎖されていますが、
上のフロアは↓のように蒋介石の座像があり、
儀仗兵の交代が1時間ごとに行われていました。

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それを見ていただけなかったのは残念ですが、
下の博物館を見学。

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実は事務局長、ここは3度目なのに、
階下がこうなっているとは知りませんでした。

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ツァーでは、時間がかかるので、
ここの見学はスキップするようです。

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今回もガイドは、ここの見学に熱心ではありませんでしたが、
入れてもらいました。

↓次は龍山寺。台湾の人は信仰深いですね。

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↓次は民芸品店で買い物。
後で100近い荷物がホテルに届きました。

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ここで事務局長は理事・支部長会の会場に先乗り。
途中、↓吉野家で台湾の牛丼を食しました。

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味は、やはり薄味。

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2時間早く会場に乗りこみ、
配置が違うのを正し、
垂れ幕を確認し、
スライドショーのリハーサル。
台北市長からのメッセージが届いていないので、
現地の人と確認電話、
宿泊ホテルに届いていたメッセージの転送処理など、
いろいろしているうちに、
保安宮を見て来た各班が順に会場に到着します。

で、定刻より早く理事・支部長会、開催。

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なにしろ、目をつぶっている人、目が合った人は
議長(理事長)がばんばん指名するので、戦々恐々。

支部統合については、部長は無難にまとめたのに、
理事長は未統合の支部長に意見を求めるという挑戦ぶり。
未統合支部の組合員から理事長に直接電話してきた
不穏当な内容を披露。
同行カメラマンが思わず
「ここの会議は面白いですねえ」
とつぶやきました。

「以前、理事・支部長会で統合のメリットを聞いたのに明確な答えがなかった」と言うと、
「メリットは自分で作り出すものでしょう」
とバッサリ。
拍手がわきました。

「10年後の組合をどうするか考えているのか」
という愚かな質問には、
「私は神様じゃありませんからね、
10年後のことなんか分かりませんよ。
ただ、今いる1,460名の組合員のために
誠心誠意尽くすだけです」

と見事な正論。

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全ての議題をおえた後、
特別プログラム、
「スライドでつづる
組合50年の歴史と今後」

を開始。

食肉店の起源から始めて、
食肉組合の起源
組合の創立
草創期から存在確立期を経て、
補助金と輸入牛肉の枠による事業拡大期
やがて牛肉の輸入自由化と補助金事業の削減による縮小期を通って、
7年間の赤字に苦しむ冬の時代へ。
そして、8年ぶりの黒字転換と
組合内助成事業による活性化への再生期
再生のポイントである、
4つの改革による体質改善
現在の繁栄へと歴史を辿った後、
最後はナレーションなしの音楽だけで、
前日の飛行機の中の情景から
夕食会、今日の観光の
場面が次々と映し出され、
最後には、
まさにこの理事・支部長会の情景が投映されると、
ほうっと、いう声が。
最後の「東京食肉組合は永遠です」
という画面には、拍手が起こりました。

ナレーション原稿さえないぶっつけ本番ですが、
大変うまくいきました。
これをしたいがために、
プロジェクターを持参して荷物を増やし、
ノートパソコンを入れて荷物を重くしてやってきたかいがありました。
これをやらないと
毎年やっている恒例の理事・支部長会と同じになってしまいますが、
おかげで、
50周年記念の理事・支部長会になったと思います。

↓最後に全員で記念撮影

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次に向かった、世界一高いビル・台北101は、残念ながら雲に包まれています。

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上に登っても、霧の中に時々下界が見える程度。
↓は、展望台の更に一つ上の階にある
「世界一高いところにあるトイレ」
で用を足している光景です。

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時間が余ったので、
地下2階にあるスーパーを案内しました。

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事務局長は、本日3度目の先乗りで、祝賀会会場へ。

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やがてみんなが集まって来ました。

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担当の鈴木副理事長の挨拶。

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ここは、湖南料理のレストランです。辛い味付け。

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↓フカひれスープも1枚ずつ姿煮。

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そして、歌自慢たちが続々登場。

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トリは近藤理事長。
「あこがれのハワイ航路」の最後の部分を
「あ〜あ〜、あこがれの台湾航路
と歌詞を変更して歌いました。

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最後は三役が登壇しての万歳三唱
この時の村上多摩ブロック長の挨拶は大変素晴らしかった、と評判でした。

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その後、さいわい雨が上がった士林夜市を案内。
また旗を持っての恥ずかしい姿。

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こうして、台湾2日目の夜はすぎていきました。


帰国しました  

本日、午後6時38分、
台湾での理事・支部長会一行150名は、
無事帰国いたしました。

この間、一人のケガもなく、
体調を崩す人もおらず、
窃盗にも合わず、
台北の名所旧跡を訪ね、
充実した理事・支部長会を成功させ、
祝賀会で腹一杯食べて、
満足状態の帰国となりました。

それでは、まず、初日の様子を。

第1ターミナル南ウィングに集合場所を設け、
班ごとの受け付けをしました。
本来は来た人から順に搭乗券や名札等の一式をお渡しする予定だったのですが、
搭乗券の来るのが遅れたため、

(遅れた理由は、バラバラで指定されている座席を
できるだけ同じ支部の方は
並んで座れるようにする作業に
時間がかかったためです。
やはり、3時間以上の間、知らない人と隣席よりは、
顔なじみと一緒の方が会話も弾みますので、
旅行会社に強く要請して
その作業をしてもらいました)

受け付け作業が短時間に集中してしまい、
その関係で細かい説明が出来なかったため、
ゲートでの集合時間になっても
まるで新幹線に乗りこむかのように、
ゆっくりとやって来る方が多く、
少々焦りました。

(後でアンケートを取ったところ、
2割が初めての海外旅行の方でした)

お一方、家を出た時に
コンクリートの壁に頭を激突させた方がいて、
空港のクリニックで3針も縫ったのですが、
この方が飛行機の出発までに間に合うかでやきもき。
結果はぎりぎりセーフとなり、
一人置き去り、などという
幸先の悪い出発にならず、
ほっとしました。

受け付けの集中で、
多少の伝達不十分はありましたが、
最終的に一人も欠けることなく飛行機が飛べば、
結果オーライです。

この飛行機の座席数は252。
そのうちの150が我が団ですから
6割を組合員が占めていることになります。

そのわりにはエバー航空の対応は頭が固く、
まるでお役所のよう。
航空会社は第1は運輸業としての安全性が最優先ですが、
第2はサービス業として、
お客様にどれだけの快適さを提供できるか。
その一環として、
団体の大口顧客に対しては
できるだけ便宜を図るべきなのですが、
この会社は居丈高。
とてもサービス業とは思えません。
契約条件も悪く、
どうしてお金を支払う方が航空会社に遠慮しなければならないか、
と事務局長は旅行代理店に手紙を送ったほどで、
事務局長は、エバー航空は2度と使わない方針です。

商人が悪い品物を売れば、
お客様は「次は買わない」という形でお返しするように、
航空会社も同じ。
オペレーションを含めて対応が悪ければ、
次は他の航空会社を使います。

話がずれましたが、
後部キャビンはほぼ組合で貸し切り状態↓。

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相当騒がしくなるのではないかと心配したのですが、
これも杞憂で、そんなことはありませんでした。

↓機内食。

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このことについて、事務局長は反省。
というのは、事前の連絡文書で機内食については全く触れておらず、
「機内食は出るんですか」
という質問を沢山受けたからです。
旅行を沢山している人には、
国をまたぐ飛行機は、よほど短時間のものでない限り、
必ず機内食が出ることは常識ですが、
その常識をそのままあてはめて、
説明を怠っていました。
「2時半から3時の間に機内食が出ますので、
昼食を空港内で軽くおすませ下さい。」

などと説明しておくべきでしたね。
自分が知っていることは相手も知っている
と思い込んではいけません。

台北の桃園空港では、↓のような垂れ幕がお出迎え。
これは下見の成果です。

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台湾では日本で「省」のことを「部」といいますので、
「交通部」は「交通省」。
一般的には「政府観光局」ですので、
そうしてくれるよう要請したのですが、
事実に反するから、と断られました。

「保保旅行社」は現地の代理店。
ボビートラベル」ともいいます。
台湾では3本の指に入る大きな会社で、
大相撲の台湾場所の受け入れをし、
今回は五輪野球チームの受け入れをしていました。
我々の団にもかなり力を入れてくれています。

↓そのボビーハラベルのガイド。

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日本の事情をよく勉強し、訓練されており、
アンケートの評価も相当高いものがありました。
しかし、すさまじいおやじギャグ攻勢でした。

夕食は外へは出かけず、ホテル内で。
「ラフな服装で結構です」
と案内。

会場入り口には
ボビートラベルの総経理(専務のような立場)の李さんの
お父さんからのスタンド花が。↓

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というのは、李さんのお父さんはお肉屋さんで、
日本の全肉連に当たる全国団体の会長をしていた方なので、
歓迎の花を出してくれたわけです。
どうやらこちらでは対で出す習慣があるようです。

夕食会を始めてみると、
「150名って、こんなに多いんだ」
と実感しました。

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司会進行は↓石政専務理事。
スタンド花の紹介もしてもらいました。

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↓正面にある垂れ幕はホテルのサービスです。

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料理は中国8大料理の一つ、浙江料理。

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実は、料理は不評でした。
天下のシェラトンホテルの宴会料理で、
現地で繁盛しているのですから、
「まずい」のではなく、
正確には「口に合わない」でしょう。
「味が薄い」「味付けが甘い」という意見が出たように、
みそと醤油で育った日本人には
確かに異なる味付けです。
帰国後、我が家でかみさんの作った茶碗蒸しを食べ、
「なるほど、こういうものを食べ慣れた舌では、
口に合わないのは当然か」
と思いました。
日本人は美味しいものを食べすぎています。

アトラクションは日本舞踊で開始。なんで?

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演奏は日本の歌ばかり。どうして?

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これについては、
「中国語の歌で開始して、
異国情緒を出してくれるように」

という事前の指示は全く伝わっておらず。

つまり、
「外国から来た方にお国の歌を聞かせれば、喜ぶだろう」
という勘違い
誰も外国へ来て、
日本の歌やあて振りを見て、喜びはしません。
その国の文化を知りたいんです。

途中で日本の歌はやめてもらい、
↓のような感じで中国の歌に。

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最初からそうして、
途中に日本の歌や踊りをやれば受けたでしょうに。
演出家が不在

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9時半閉会でまだ早いので、
3つのコースを準備。
一つは現地ガイドの案内で安全な飲み屋に行くコース。
10人ほどが出かけたようです。
一つは台湾マッサージで体をほぐしてもらうコース。
28人が参加。
最後は事務局長オリジナルの
「地下鉄に乗って西門町を散策しましょう」コース↓。
60人が参加。

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散策というより、うろうろですが、
目印にするために、
専用小旗を掲げて歩きました。
これは事務局長、相当恥ずかしかった。
みんなじろじろ見ますので。

このコースのミソは、地下鉄に自分で乗ってもらうこと。
日本との違いがあって面白い。

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そのために事務局長は
切符の買い方、帰り方を書いた紙と
20元コインを100枚用意。
50人以上が参加したので、
往復では足りなくなりました。

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↓このように、切符を買うために自動販売機の前を占有し、
地元の方に迷惑をかけました。

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明日がありますので、
1時間ほどで戻りましたが、
そのまま留まって、
狭い路地を歩き回ったグループもいたようです。

2日目のことは、また明日





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