50周年3本立て  

現在50周年へ向けての3つの流れが同時進行中です。

一つは記念誌
年表を10年ずつ編集のAさんに渡しており、
現在20年分を既に送り、
次の10年を明日仕上げ、
週末に残りの20年分と思っていますが、
多少雑な感を否めず、
完全に満足な出来ではないので、
組んでからどれだけ直せるかが心配。
とにかく週明けには原稿は終わらせねば。

一つは明治座
あと1度しか常務会がないので、
それまでに、
当日の段取り、
抽選会の原稿を作って三役と打ち合わせしなければなりません。
10数年前の明治座を経験している人が少なくなっているので、
さて、どうなりますか。
ただ、来賓は呼ばない方針なので、
その分、楽です。
農水大臣を招待する、
という話もあったのですが、
「あんなに『なりたくなかった』と公言している人を
わざわざ呼ぶことはないだろう」

という近藤理事長の一言でチョン。
完全に組合員だけの観劇会になりそうです。

3つ目は台湾
昨日、旅行会社に名簿を渡し、ほっとしてはいますが、
減ったとはいえ156名は
昭和53年の沖縄での支部長会が139名規模ですから、
未知の領域。
そこへ向けての落ち着かない気持ちが続いています。
当日は4台のバスに分乗しますので、
間違えないように4つの旗を用意しています。
今日、そのデザインもあがりました。
赤・青・黄色・緑というごく分かりやすい色分けの旗で、
当日、胸に色分けしたシールを貼って、
バスを間違いないようにいたします。

こんなことを同時進行しつつ、
Sさんの後任が来るまでの保険の日常業務もあり、
あわただしいですが、
こういう時になると
俄然張り切ってしまうのが
事務局長の性分なので、
体だけは大切にしつつ、
やり抜こうと思っています。

ここのところフィットネスクラブも映画も行けていません。
背中も少し痛いです。

[書籍紹介]

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この三田完という人、
平成12年のオール読物新人賞を取った「櫻川イワンの恋」がイマイチだったのと、
その後書いたコラムが「こんなこと書くかね」という内容で、
好感を持っていませんでしたが、
この「俳風三麗花」を読むと、
やはり卓越した才能の持ち主だと分かります。

昭和初期の日暮里あたりにあった私的な句会が舞台。
題名のとおり、三人の女性が登場し、
それぞれの視点から
句会の人間模様を描きます。

句会というのは参加したことがないので、
全く知りませんでしたが、
中々面白い仕組み。

個々でやり方は違うのでしょうが、
ここ暮愁庵句会では

@先生が席題(その日のテーマや季語。たとえば「渡り鳥」とか「一葉忌」とか)を2つ示す

A1時間の締め切り内に、参加者が各席題ごとに1句を作り、
短冊に書いて投句する


B短冊をトランプのように切り、順不同にして半紙に清書して書き並べ、
張り出す。こうすることで筆跡で誰の句かが分からなくなる


Cこの中から各自が3句気に入った句を選んで投票する。自分の句を選ぶことはできない。うち一句は「天」として最高点を与える。

Dその投票を披露し、読まれた句の作者は名乗りをあげる

E最後に獲得した票数、「天」の数で、その日の優秀作とする

というやり方で、中々スリリング。
最優秀の人は別に賞金をもらえるわけではなく、
自分の作品が評価してもらえたという
名誉と誇りと満足感だけいただきます。

そういうわけで、小説の中に百以上の句がおびただしく出て来るのですが、
これが全て作者の作。
登場人物の個性に合わせ、
男女の別、職業の別を勘案して
うまい句、まずい句をひねり出すのですから、
これはなかなか大変な作業だったでしょう。

こういう句会の様子が
昭和初期の
大東京市の制定や満州、新宿中村屋のインド式カリー、皇太子(平成天皇)の誕生などの社会的事件を織り込みながら展開。
登場人物の一人が深川の芸者なので、
中村吉衛門や六代目菊五郎、高濱虚子なども生き生きと登場します。

なかなか粋な、味のある小説
先の直木賞候補になったのもうなずけますが、
高い評価を受けながらも、
句会以外の出来事の弱さが、今一歩届かず、となったようです。

さて、直木賞落選作読みが続いた後、
このたび直木賞を受賞した
松井今朝子「吉原手引草」に明日から取りかかります。
楽しみ。


興風会暑気払い  

今日は夕方から
安井潤一郎衆議院議員の後援会・興風会の暑気払いに行ってまいりました。
会場は新宿のアイランドタワーの44階にある
「北海道」。
100名定員の会場があふれて130名。

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↓安井議員の挨拶。
スウェーデンとハンガリーから帰国したてです。

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↓途中、安井議員の兄貴格の武部元幹事長もおみえになりました。

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「そんなに沢山の方がお前のために集まってくれるなら、
私も行ってお礼を言うよ」
と、今日になって急遽決まった、サプライズゲストです。

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お二人は早稲田大学ボウリング部の先輩後輩の関係。
頭の形を見ると、納得します。

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近藤理事長が乾杯の音頭。

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その後、宴会は果てし無く続きました。

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昨年の暑気払いに比べ、
会場も人数をグレードアップでした。

[北欧の旅・その4]

コペンハーゲンから海を渡ってオスロへ。
この地名は、事務局長、子供の頃から知っていました。
ロンドン、パリならいざ知らず、
何でオスロなどという町を
小学生が知っていたかといいますと、
それは石原裕次郎のおかげです。

1959年、裕次郎の主演映画で「世界を賭ける恋」というのがありました。
武者小路実篤原作の文芸映画。
日活再開5周年記念でヨーロッパに大ロケーションを敢行したのです。

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「世界を駈ける恋」というのがありますが、
あれはラナ・ターナー主演のアメリカ映画。1958年作。
こういう
まぎらわしい題名やストーリーのパクリを、
昔の日活はよくやりました。

で、この映画の主題歌に、町の名前が出て来ます。

世界を賭ける恋 (大高ひさお・作詞、上原賢六・作曲)

1.淋しさの谷 涙の谷を
越えて行くのさ 男じゃないか
胸に灼きつく 面かげの
いとしさ故に 燃える空
アンカレージよ アラスカよ

2.セーヌの流れ モンマルトルも
いつか二人で 来る日の誓い
せめてオスロの 火祭りに
踊り明かして 君に書く
便り切ない 旅の宿

3.世界を賭ける恋なぜ哀し
泣いて待ってた 羽田の海よ
愛のカレンダー 消しかねて
君は遥かな 空の涯
呼べどこたえぬ 星あかり

オスロが出てきましたね。
それに、当時は成田空港なんてありませんから、
羽田空港からの出発。しかもタラップ。

このロケは画期的で、
おまけで「裕次郎の欧州駈け歩き」なんて記録映画も作りました。

当時の裕次郎の人気はすさまじく、
一人で日活を支えていました

「太陽の季節」の助演に続き、「狂った果実」で主演となった1956年の出演作品が6本、
「嵐を呼ぶ男」の1957年が10本、
「陽のあたる坂道」の1958年が9本、
「世界を賭ける恋」の1959年が9本、
「やくざ先生」の1960年が9本、
1961年はスキーでケガをしたので、ブランクがあり、「あいつと私」など3本、
「銀座の恋の物語」の1962年は9本、
「赤いハンカチ」1963年は6本、
1964年は6本、
1965年は4本、
と映画産業の衰退と共に製作本数は減っていくのですが、
とにかくすさまじい。

「陽のあたる坂道」では、
渋谷の映画館で、本当に映画館のドアが閉まらないという
状態を目撃しました。
スキーのケガの後の再起第1作、「あいつと私」は、
新宿の日活で通路に座って観ました。
今なら、消防法違反です。

事務局長の裕次郎ファンは中学でも有名で、
観てない映画はなく、
日曜日になると、阿佐ヶ谷の映画館で3本立てを観たりしました。
しかし、さすがに高校生になった頃に卒業します。

今観れば、退屈で冗長でご都合主義の映画なのですが、
当時は、どことなくバタくさいロマンの香りがあって、
魅せられたのでしょう。

裕次郎というとアクションスターと思われていますが、
決して固定はしておらず、文芸モノは沢山撮っていますし、
「天下の取る」などのサラリーマンものもありますし、
中には、「素晴らしき男性」などというミュージカルもあります。
井上梅次とか、舛田利雄、中平康などという監督とよく仕事をしていました。

うわ、オスロの話からすっかり脱線してしまった。

実はオスロはとんでもなく狭い地域しか行っていません。

↓市庁舎

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↓国立美術館

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ここでは、ムンクの「叫び」↓を見ました。

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↓王宮

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↓公園

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↓国立劇場のイプセン像

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あとは、↓のバスに乗って、

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↓ひたすらノルウェーの自然の中を走ります

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↓途中降りたところは山の途中で、寒い。

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↓延々と続く道路を

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↓トラックだけが通って行きます。

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途中、↓スターブ教会という珍しい様式の教会を訪ねました。

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バイキングの様式と混交した異端の教会建築として、
破壊されましたが、
いくつかが残っています。

スターブ教会について興味のある方は、↓をクリック。

http://www.tcat.ne.jp/~norway/myhomepage/stavkirke.htm

その日行き着いたのは、↓ラールダールという小さな町。

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すぐそこに山が迫ります。

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↓そこの小さなホテル。

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夜は、↓ピアノの弾き語りを聞きました。

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台湾旅行のイメージ  

台湾に行くメンバーが固まり、
1号車、2号車・・・という配置までしてしまうと、
俄然、具体的イメージがわいてきました。
出発2週間前の案内郵送から始まって、
成田の集合、台北の空港でのバス分乗、
当日夜の部屋割、
2日目の観光、理事・支部長会、祝賀会等、
現在事務局長の頭の中にある全体のシュミレーション
早く文面に具体化しなければなりません。

一方、明治座の方も、引換券が届けられ、
プログラムに掲載する近藤理事長の挨拶文も出来て、
こちらも俄然現実感を帯びてきました。
当日役員さんが会場整理をしなけばならないかと心配している人もいるので、
これも、今事務局長の頭の中にあるシュミレーションを
スケジュール化しなければなりません。
当日は明治座が全部やってくれるので、
我々がやることは、
幕間の抽選会だけなのですが。

こうした仕事の合間に
保険の問い合わせ
結構ケガをする人が多いので、
日常的に仕事は発生します。

亡くなったSさんのお子さんたち二人が
再び事務所を訪ねてくれました。
今、アパートの整理をしており、
その中で組合の制服が出て来たので届けに来、
同時にSさんが愛飲していた「森伊蔵」という鹿児島の焼酎を下さいました。

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事務局長は飲まないので知らなかったのですが、
酒飲みには垂涎の有名な焼酎のようです。

お二人とも笑顔が出るようになっていてほっとしました。
葬儀の後、特別に言葉を交わせず終わったので気になっていたのですが、
訪ねて来てくれてありがたかったです。
力づけるほどの大したことは言えませんでしたが、
私たちはSさんのことを忘れませんから。

昨夜深夜まで仕事をしたために
家で夕食後ごろりと寝てしまい、
叱られました。

[書籍紹介]

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「赤朽葉」は、「あかくちば」と読む。
山陰の旧家赤朽葉家の親子三代の物語。

サンカの捨て子が村の若夫婦に育てられ、
見込まれて赤朽葉家の嫁になる。
これが一代目の赤朽葉万葉で、
「千里眼奥様」と呼ばれ、
未来の出来事を透視することが出来る。
それがゆえにわが子の死期を知っていながら育てるという
辛い運命を背負わされる。

赤朽葉家は製鉄業で丘の上に君臨し、
溶鉱炉の赤のイメージ。
これに対して、
生涯の友・黒菱みどりの家は
港の造船業で黒のイメージ。
この二つのイメージが鮮烈。
親友同士が山奥にある兄の死骸の入った箱を探しに行くところは、
この小説中、最も美しい場面だ。

2代目は万葉の娘・赤朽葉毛毬の生涯。
レディースとして中国地方の制覇を目指し、
バイオレンスに明け暮れる日々。
やがて少女漫画家として
斜陽となった製鉄業の本家を支えて生命を燃やし尽くす。
日本社会がバブルに明け暮れ、
その中で若者の精神が崩壊していく過程を描く。

3代目は毛毬の娘・赤朽葉瞳子の平凡な日々。
祖母・万葉が死ぬ直前に告白した秘密に呪縛され、
過去の殺人の謎に取り組む。

日本の高度成長を背景に
地方都市における日本人の生活の変遷をつづる
壮大なホラ話で、
背景に山の民・サンカの伝説、
未来を透視した者の悲哀、
戦後日本の発展と崩壊があり、
こうした様々な要素が交響曲のような音色を奏でる。

小説読みには大変な御馳走で、
荷物になるにもかかわらず、
北欧の旅に携行した。

先の直木賞候補で、
3分の2まで読んで、
どうしてこれが受賞を逃したのか不思議だったが、
最後の三代目の部分が弱いのと、
背景にある日本の現代史の部分が
選考委員には通り一遍の印象を与えたようだ。

しかし、とにかく面白く、
人物が生き生きと目の前にいるように描かれる。
冒頭に登場し、
最後に到達する「空飛ぶ男」の謎もなかなかいい。

才能がある監督が映画化したら、
さぞ面白い映画になるだろう。
「下妻物語」の中島哲也監督などどうだろうか。
事務局長の推薦の一冊


後任が決まりました  

大変な一週間を終えて、再出発の組合事務局
一人いないだけでも、とても淋しいものがあります。
後任を探していたところ、
紹介してくれる人がいて、午後、面接。
いくつかの調整をした後、採用を決定しました。

一人の人が亡くなって、葬儀をして、
そのいない穴を着々と埋めていく作業。
仕方ない、世のならいと言えるでしょう。

しかし、
現在勤めている人が即座に辞めて来れるはずはなく、
1カ月間は事務局長が保険の仕事をしなければなりません。
さっそくケガの電話が入り、
手さぐりしながらやっています。

台湾の理事・支部長会は最終的に156人
最初の予想どおりとなりました。
ブロックを割らずに、
バス4台で上手く収まりました。

今日はこのブログを初めて訪れた人が異様に多く
沢山のページを見て行ってくれました。
どうしたのでしょうか。

それでは、しばらく休んでいた旅行記を。

今度の北欧の旅の一つの特色は、
豪華客船に一泊したこと。
コペンハーゲンからオスロまでは、
生まれて初めて船に泊まりまりました。

船の名前は
「クラウン・オブ・スカンジナビア」

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大き過ぎて写真に入りませんので、
パンフレットから。

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かっこいいでしょう。

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11層になっており、
下の方は車が乗り、
5階からが客室です。

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↓平面図。客室がぎっしり。(写真はクリックすると大きくなります。)
最大で1940人が泊まれます。

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船の全長は170.9mですから、
↓廊下は端から端まで走ったら、150mくらいはあるでしょう。

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↓室内。

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↓ベッドがこうして出て来ます。

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本当は4人部屋で、ソファーも背中を倒すとベッドになりますし、
壁の上の方もベッドになります。

↓シャワーのみ。段差があって、水があふれることはありません。

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↓まあ、ビジネスホテルみたいなものです。

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窓がついていない部屋は、どんななのでしょうか。独房のようでしょうか。

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5時きっかりに汽笛と共に出発。

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最上階は「スカイバー」。↓

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出航すると、免税になって、値段が安くなります。↓

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見晴らし最高。

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デンマークでは、原発は持たず、
風力発電で国民の電力使用量の20%をまかなっています。

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中の施設。レストラン。

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ラウンジ。

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子供が多いので、キッズ向けの設備が沢山あります。

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現在、船がどこにいるのかが分かります。

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これは、いい。

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ディナーは、バイキング。

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うわ、ザリガニだ。

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こんなに食べてはいけません。

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8時を過ぎても暗くなる気配がありません。

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やっと日没は午後9時すぎ

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ディスコやナイトクラブがありますが、事務局長は映画に。

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2つ映画館があって、どちらもビデオ上映。

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「ファッタスティック・フォー」の新作を観ましたが、
始まっても音が出ず、やがて
「故障ですので、入場料を返します」ですと。

やることがないので、部屋に戻ってパッフレットを見て、発見。
もう一つ「パール・オブ・スカンジナビア」という船があって、
同じ時間にオスロを発って、コペンハーゲンに向かっています。
ということは、途中ですれ違う!
計算してみると、夜1時前後だと分かりました。

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で、夜中のデッキに。
そんなことを考えたのは事務局長だけらしく、誰もいません。

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星を観察していて、ひょいと脇を見ると、
音もなく、巨大な光の塊が。

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神秘的な光景でした。宮崎駿のアニメのようでした。

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いつまでもいつまでも見えていました。

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この日、乗客の中でこれを見たのは、事務局長ただ一人です。

朝は日の出を見るために、またデッキへ。全くマメな男だね。

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5時5分に日の出。

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知らない間に、オスロへのフィヨルドの中。

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後は写真の撮りまくり。

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たった2日で1ギガのメモリースティックが終わりました。

フィヨルドの終点のオスロのことはまた今度


ご葬儀  

今日は
急逝された事務局職員のSさんの葬儀、告別式を行いました。
お通夜に比べて寂しくなりはしないかと心配したのですが、
思ったより人数は少なくならず、
通夜と告別式の両方に参列して下さった組合役員は
火葬場まで行って、最後まで送って下さいました。
江古田斎場に戻ってから
遺族の方とはお別れしましたが、
残されたお子さんたちが、
Sさんの分まで幸せになってくれるようにお祈りいたします。

それにしても、
死は、全ての人に平等にめぐり来るものとはいえ、
長寿を果たして大往生する方もいれば、
子供や孫の成長を見届けることなく
思いを残したまま亡くなる方もおり、
更に、
人並みの人生の幸福を味わうこともできずに、若くして逝ってしまう方もおり、
この一方での不平等がどうして起こるのか、
なぜ神様がそういうことをなさるのか、
分かりません。

キリスト教では、
亡くなった人たちが、
やがて再会を果たす
といいます。
決してキリスト教神学では厳密にはそうは言っていないのですが、
民衆たちは、
死後、かつての父や母や兄弟や
夭逝した子供たちに再び出会えると信じて来ました。
そのことは讃美歌でも歌われており、
流れの川辺に集って
再会の喜びにひたり、
神を讃美する場面が
美しくイメージされています。
その日には、憎み合い、殺し合った者同士でさえも
抱き合い、涙の中で許し合うといいます。

それは神学者たちが何と言おうと、
民衆の信仰の方が、おそらく正しく
また、沢山の精神的救済を生んだことは確かです。

実は、事務局長の処女作は
「されどかの時来たれば」
という作品で、
ある新興宗教の中堅幹部が
愛と信仰の相剋に悩みながら、
「宗教者」として生きている自分が
最も「信仰」と遠いところにいることに気づき、
やがて真実が明らかになるその時の到来を希求する話です。
題名は「コリント人への第一の手紙」第13章の文語訳からとりました。

なにしろ35歳の時の作品ですから、
おそらく今読んだら赤面の至り、
誰かに「読ませてくれ」と言われても、
断固拒否するであろう、若書きのものですが、
しかし、その青春の彷徨が今でも続いていることを
今回の出来事 (身近な人との突然の別れと残された家族の悲しみ) の中で
感じました。

今回、家で
久しぶりに聖書を開き、
讃美歌を読む (歌うのではなく) ことをしてしまいました。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

この一週間、
常ならぬことが起こったため、
このブログも随分趣が変わってしまいましたが、
次回からは、元の調子に戻ります。







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