中国の格差社会  

本日も三役会、各部会、常務会の資料作りをせっせと行いました。
その合間に
ある劇場の海外研修に行く方の相談にも応じました。
事務局長、最近はトラベル・アドバイザーもやっております。
その方は、ニューヨークに派遣されて
5泊の間に6つミュージカルやオペラを観るそうです。
いいなあ。
事務局長、行くとしても来年です。

昨日、小沢一郎民主党代表が言った格差社会について書きましたが、
そこで触れた中国の格差については、
↓この本をご覧下さい。

クリックすると元のサイズで表示します

病魔に襲われた元中国総領事が
必死に中国の現実を伝えようとする魂の叫び。

中国の都市部と農村部のどうしようもない格差、
海岸部と中央部の亀裂、
その根底にある身分差別、
日本よりよほどひどい官僚社会、
党幹部の特権、
一党独裁の弊害
中央の方針と地方の利益の分裂、
ふくれあがる不良債権・・・

実は読んで寒気を感じました。
発展しているように見える巨大な隣国が
実はこれだけ大きな問題を内包している
とは。
しかも構造的問題なので、
そう簡単に解決するものではありません。
社会構造が変わらないと無理です。
つまり、変わるのは、
中国が激動する時。
その時には
甚大な影響を日本は受けざるを得ません。

日本の経済界が期待する13億人の市場に、
実はいまだに市場経済の根本ルールが確立していない、
というのも驚きました。
なにしろ中国では
「金を貸すバカ、返すバカ」と言われ、
人から借りた金は返すのが当然、という、
日本人の美徳からは遠いとこにあります。
中国企業の経理担当者に対する評価の基準は、
「いかに払うべきものを払わないで済ましたかだ」
と巷間言われているというのですから。

上海には20階建て以上の高層ビルが約4千棟も建っているといいますが、
長江デルタの地盤沈下でビルが傾き、
エレベーターが使えなくなれば、
ただちにガラクタの山と化し、
巨大なゴーストタウンが出現するという指摘もぞっとしました。

「中国の現状をたとえていえば、
共産党一等独裁制度の旗の下、
封建主義の原野に敷かれた特殊な中国的社会主義のレールの上を、
弱肉強食の原始資本主義という列車が、
石炭を猛烈に浪費しながら、
モクモクと煤煙を撒き散らし、
ゼイゼイいいながら走っているようなものだ。
信用が全てという市場経済の根本ルールが確立されないまま、
ビジネスだけが先行してしまったのだ」

という指摘もうなずけます。

こうした矛盾を背景に
靖国参拝問題が出て来ます。
日本の政治家はもっと勉強すべきでしょう。

来年の北京オリンピックの後、
バブルが弾け、
「パントラの箱」の開く時
が心配です。


小沢一郎にがっかり  

昨日、偽装牛肉裁判について書いたところ、
アクセス数が倍増
さすがにみなさん興味をお持ちです。

今日は通常業務に戻って、
三役会、各部会の資料作りをしました。

ところで、29日の国会で民主党の小沢代表が代表質問で
「小泉・安倍政権の6年間で
日本は世界で最も格差のある国になった」

と言ったという記事を読んで、笑いました。
「世界で最も格差のある国」だなんて、
小沢さん、あなたは外国に行ったことがないんですか。
確か、最近も中国に行ったはず。
中国の格差など、日本の比ではありません。
都市部と農村部の格差、身分差別と複合的で、悲惨そのもの。
中国の格差は構造的なものだから、
根の深いものがあります。

そんなことを小沢さんともあろう方が知らないはずがないから、
事実に反することを言うのは、
手練手管でしかありません。
そもそも人間の社会なのですから、
格差はあって当たり前
それをあってはならないように言うのは既に空想的。
日本の格差は許容範囲と見るのが普通でしょう。
世界をリアルに見れば、
日本ほど平等で、身分差別もない
機会が平等な国はないのですから、
格差が起こるのは努力の結果と見るべきでしょう。

小沢一郎という政治家が人気があったのは、
世論におもねず、ぶれず、
一本筋が通っていたから
であって、
事務局長など、いつも選挙のたびに
「自由党」と書いていた人間です。
「ああいうぶれない人間に一度総理をやらせてみたい」とまで思っていました。

ところが、民主党に身を寄せて、党首になった途端に、
おもねる姿勢がありあり
と見えて来るようになりました。
民主党が「格差」を言うのは、
「勝ち組」に対する大衆の妬みにおもねる魂胆が見えて不快です。

憲法改正と生活維新を対立軸にするなど、
情けない。
これでは「護憲」をとなえるシーラカンスの社民党と同じになってしまいます。

この数年に最もがっかりさせられた政治家が小沢一郎です。

ところで、
そのまんま東、頑張ってますね。
宮崎の地鶏の宣伝に注目が集まるなど、
官僚出身の知事にできることではありません。

きけば、「大隈塾」では熱心に地方自治の勉強をしており、
マニフェスト作りも早稲田の院生と共に真剣に取り組んだといいます。
マニフェストさえだせずに、
「中央とのパイプ」だけを頼りの官僚候補との真剣度が違います。
宮崎県議会も足を引っ張らずに、
「県民にとってプラスかどうか」
を物差しに協力してもらいたい
ですね。
職員もしかり。
あなたたちの使命は、知事が立派な知事になってくれることなのですから、
「お手並み拝見」ではなく、
積極的に前向きに支えてほしいですね。


牛肉偽装事件控訴審  

事務所で一週間の打ち合わせをした後、新幹線で大阪へ
何をしに ?
浅田満被告の牛肉偽装事件の控訴審を傍聴するためです。

平成16年8月20日から翌年の5月27日まで
第1審の公判を11回中10回傍聴しましたが、
ようやく控訴審が始まったのです。
実はこの裁判、業界紙は一切報道しないので、
『東京食肉新報』として独占報道せよ、との理事長命令です。

第1審のことはブログに書いたので、興味ある方はそちら ↓ をどうぞ。

http://star.ap.teacup.com/applet/shokuniku/20051225/archive

ついでに、大いに笑っていただいた「神戸偽装牛肉殺人事件」もどうぞ。↓

http://star.ap.teacup.com/applet/shokuniku/20051226/archive

それにしても、1審判決から1年半。
久しぶりの大阪がなんだかなつかしい。
エスカレーターで、つい左側に立ってしまい、
いけない、ここは関西だった、と右側に立ち直しも久しぶりです。
何回目かの傍聴で、
新大阪から地下鉄に乗って、
淀屋橋で降りて川を渡って
何も考えずに裁判所の前に立っている自分を恐ろしく感じたこともありました。

↓は高等裁判所。

クリックすると元のサイズで表示します

↓といっても、前の地方裁判所と同じ建物です。

クリックすると元のサイズで表示します

法廷も同じ201号法廷。
傍聴券は発行されず、傍聴人は60人くらい。

弁護士が交代し、人権派弁護士たち9人の弁護団
前の弁護士と違い、「浅田被告」と呼ばず、「浅田さん」と呼びます。
対する検事は1人しか来ていません。

冒頭弁護側から控訴趣意の陳述。
パネル17枚+1枚を使ってビジュアルに展開。
パネルには補助金事業の物や補助金の流れなどが図解されています。

控訴趣意は8点あるというのですが、
主なものを書くと、

1.浅田被告には全肉連をだます意図はなかったが、詐欺罪を認めたまま審理が進み、途中で詐欺罪は否定したが、被告と弁護士の間で弁護方針の食い違いがあり、被告としては十分な審理を受けられなかったという思いがある。その点から、改めて一から証拠調べが必要である。

2.保管事業で重要な「在庫証明」を見ると、数字のラストが「0」で終わるものや、「骨つきバラ」や「ももバラサンド」「牛挽き肉」、中には「ニュージーランド産」など、一目で対象外の牛肉であることが分かるものが多くある。プロである全肉連の担当者が気付かないはずがない。なのに通したのは、対象外のものがあることは全肉連は知っていた。全肉連のみならず、事業団も農水省も知っていた。知っていながら進めた事業であり、浅田被告が全肉連をだましたことにはあたらない。

3.浅田被告は調整保管に廻した方がもうかるものまで保管事業にまわしているが、それは、達成計画を満たすように協力したのであり、この点からもだましたのではない。

4.第1審判決では、浅田被告が出した牛肉全てが違反の対象とされた。しかし、中には対象牛肉もあり、それも含めて全て違反としたのは法律論から見て不当である。

5.証拠隠滅については、隠滅したと言われる経理諸表が検察証拠にあり、また、浅田被告の家の納戸からも出て来た。証拠隠滅の事実はない。かように、検察の供述調書の取り方はずさんであった。

6.検察の尋問の際、被告は部下たちが拘束されており、関係者の逮捕もほのめかされる中で供述したものもあり、始めからの主張をつくせなかった。審理が十分でないので、十分な審理を尽くしてもらいたい。

要するに、
農水省・事業団・全肉連、そろって偽装のことは知っており、被告もそのつもりだったので、詐欺罪は成立しない
というのを中心に置き、
補助金適正化法律違反の適用範囲が広過ぎるをサブにし、
証拠隠滅教唆は無罪
とする方針のようです。

後半、証拠隠滅関係の証人が二人呼ばれました。
羽曳野の組合の経理担当者で、
証拠隠滅の事実はなかった、
浅田被告からは隠滅の指示を受けていないし、
経理書類をシュレッダーにかけた事実はない、
と主張。
有罪判決が確定しているにもかかわらず、
それをつくがえす証言
です。

しかし、検察の尋問では、
経理書類に欠けたもののある点が改めて明確になり、
供述調書で「何と何をシュレッダーにかけた」と言ったものが、
まさしく浅田邸にあったものとして証拠提出されたものに欠けたものであることを明示され、
かえって新証拠が供述調書の信憑性を裏付けるものになるなど、
逆に検察のポイントとなりました。

検察の厳しい追及に検事が創作した供述調書を認めたという主張も、
要所要所を読みながら、
こんなディテールを検察が作れるはずがない。
検察の知るはずのない書類が出ているのだから、
自分で言ったのだし、
それがないのだから、
シュレッダーにかけたんでしょう、
と追及されて「覚えていない」と言うしかありませんでした。

検察の厳しい追究につい「シュレッダーにかけたと供述してしまった」という主張も、
ではなぜ公判でそう主張しなかったかと問われ、
「弁護士が認めろというのでそうした」と言うと
「やってもいない罪を認めろと弁護士が言ったのか」と追及され、
これには、裁判官も「やってもいない罪を認めたら実刑になるかもしれないんですよ」と疑問が呈されていました。

このあたりの展開、
まるでアメリカの法廷ドラマで
証言の信憑性が次々とくつがえされる場面のよう。

今回の検事はすごいキレ者のようです。
頭の中に全て言うべきことが構築されていて、
一つ一つそれを繰り出して矛盾点をついていきます。
このキレ者検事が
次回以降、どんな反対尋問をするのか楽しみです。
次は3月26日、午後1時半から。
被告人質問がされます。

新幹線の移動の際、↓の本を読みました。

クリックすると元のサイズで表示します

昭和31年9月の発行ですから、
まさに組合50年記念誌の「前史」にあたる部分。
前から読まなければと思っていたのですが、
こういう本は電車の行き帰りには読めませんから。
今回、良い機会が与えられました。

会議の意味  

本日も土曜出勤
少々しんどかったのですが、習慣化しないといけませんので。
今日も電話は一本。
静かな環境の中、仕事が進みました。

「数字で見る50年」、資料に欠落があって、困っています。
生衛組合に関しては10年分くらいのデータが欠けています。
事業組合は2年分の数字が不明。
地下倉庫にある資料にも当たりますが、
どこまで出てきますやら。

先日、全国団体の理事会で議論がなかった、
何のために集まったかわからない、
と挑戦的に書きましたが、
思い起こしてみると、
業界の会議はその傾向がありますね。
「会議」という言葉は文字から見てもわかるように、
「会して議する」のですが、
どうも「説明会」や「通過儀礼」「儀式」「アリバイ作り」のように考えている傾向があります。
その証拠に、資料は当日配付がほとんど。
膨大な資料をその場で読みこなすことは至難の業
事前に送って目を通して来てもらえばいいのに、それをしません。
また、この資料がお役所が作ったような分かりにくい資料。
そして、説明もポイントをつかず、へたくそそのもの。

会議というもの、資料が良くできていれば、
かなり効率良く進みます。

問題点が明らかになっていて、
何を決めるべきかが明示されていれば、
議論も異議あるものになります。

事務局長は、資料作りこそ会議前の重要仕事と思っています。
だから、何度も作り直し、直前に差し替えもします。
以前、全国公取協の専務をしていたころ、
食鳥業界のトップが
「業界広しといえばも、あなたほど完璧な資料を作る人はいない」
とほめてくれましたが、
それを励みにしています。

どうも団体の会議は
「問題なく、早く終わればいい」と思っているらしく、
議論百出というのを嫌う傾向があり、
まるで株主総会みたいです。
資料をまともに作らず、それを事前に送らず、
説明もわかりにくくするのは、
もしかしたら、
理解させないままに会議を早く終わらせたいのではないかと勘繰りたくなるほどです。

また昔話で恐縮ですが、
事務局長が全国公取協の専務をしていた頃の総会というのは、
事業報告、決算報告、事業計画、収支予算を終えた後の「その他」の議題というのが見物で、
次々と出て来る質問や意見を
議長の指名を受けた専務(事務局長)が
整理し、解答していきました。
こうすることによって、
全体の認識が共通化されるのです。
毎年来る来賓の方が
「こんなに意見の出る総会は見たことがない。
これを楽しみに私は来ている」
と言ったほどで、
その場で解答できることは解答し、
他者との調整が必要なことは、
後日必ず文書で解答し、
その解答内容を全県の公取協に送って見解の均一化をしました。

ある団体の会議で、
出された質問に座長が「それは後日検討します」というので、
「なぜ後日なのか。
ここには、理事長も行政の方も各県の会長もみんな集まっている。
当事者が一堂に会しているのだから、
この場で結論を出せば、それを今日持ち帰ることができる。
後日解答では時間差が生ずるし、
そもそも時間と交通費をかけて集まったのは、
意見を出し合って、決めるためではないのか」
と発言したことがあります。
(当然、嫌われます)

どうも人前で議論をしたくない、
結論は少人数で出して、
大人数に押しつけたい、

という傾向があるようで、
某全国団体では、
会長等は理事の互選で決めるはずなのに、
その前の「正副会長会議」というやつで
会長は誰、副会長は誰と決まっていたことかあります。
まさに決定事項の寡占状態

某団体の理事会では
ある相手を告訴するかしないかという重大案件に対して、
「この件については
先程の正副会長会議で
告訴しないという意見になったが、いかがか」
と問い、後で議事録を読んだ事務局長は多いに笑いました。

ある外国人が書いた会議の進め方の本に、
悪い会議の典型というのが書いてありました。
部長が部下を集めて会議を開く。
まず部長がこう言います。
「今、わが社にはこれこれこれこれの問題がある。
このことについては、
私はこれこれこのように対処したらどうかと思うが、
どう思うか」

これでは部長の意見に反対意見を言う部下はいないでしょう。
自由闊達な意見の封殺です。

これも全国会議の例。
ある地方の会長が、ある行事について、あまり意味がないのではないか、と発言した。
すると、議長が直ちに
「私はそうは思わない」と反論。
この方は議長という職責が何なのかが全く分かっていないようです。
ある方がこの時のことを
「軍配をさばくはずの行司が相撲をとり始めたので驚いた」と言っていました。

要するに、発言力のある人は後で発言すべきということです。
結論がとんでもない方向に進みそうな時だけ修正すればよく、
大抵まともな結論に落ち着くものです。

組合の会議でも昔はそういうことがありました。
5つの部会があり、
担当副理事長、担当部長、常務理事、理事が集まり、
一つの議案の説明が終わり、
意見を求めると
真っ先に、一番偉い副理事長が発言
こうなったら、
誰も意見を言わなくなります。

伊藤忠の会長の丹羽さんという人は大変偉い人で、
ある時、社長の辞任を申し出た。
外部の人が心配して、
「何か会社に問題があるんですか」と聞いた。
すると、丹羽さんは
「会社に問題はありません。
社長に問題があるんです」
さらに詳しい説明を求められると、
「私が社長に就任して、時間を経るにつれて力を付けてきました。
すると、周辺が社長の顔色をうかがうようになり、
社長の意を汲んだことしか言わなくなった。
こうなったら、
自由闊達な意見は期待できず、会社も発展しない。
だから、私は社長をやめて、
後進に道を譲り、自由な意見が飛び交う会社に戻すんです」

すごいでしょう?

昔、組合でも、会議の前に事前打ち合わせをして、
その結論を押しつけるがありました。
そしたら理事からクレームがでました。
「結論がすでに決まっているなら、
俺たちは呼ばれる必要はないじゃないか」


今、組合では常務会の前に三役会というのを開いており、
段取りなどの事前打ち合わせをするのですが、
重要な案件については三役の意見統一をすることがあります。
しかし、その結論は常務会では言いません。
議論が紛糾して結論が出しにくくなった時、
あるいは、「三役の考えは」と聞かれた時だけ言うようにしています。

先日書いた、全国団体の、保険制度の見直しについても、
理事会では議論させずに、少数の人で結論を出して発表する意向のようです。
つまり、理事会は議論の場所ではなく、
単なる「発表会」「説明会」になります。
その時、偉い人たちの既に出した結論に異を唱える勇気ある人はいないでしょう。
もしかしたら出たかもしれない卓越した意見を封殺してしまったのです。

このような幹部は、
自分の思考の限界を感じたり、
他者の意見で助けられた経験がない
のでしょう。

組合では思いもよらない意見が
有効な結果を導き出したことは沢山あります。

たとえば、2年前のブロック別の支部長会で
「肉代金の支払いは月末締めにしてほしい」というのも、
それまで配送後、20日目が当たり前と思っていた事務局にとっては
全く新しい発想で、取り入れて喜ばれています。

「本部への送金の振込料を本部で持ってくれないか」
という意見も、
その場で「あつかましくはないか」と言ったらおしまい。
高い銀行の振込料の本部負担は無理ですが、
郵便振替では、100円前後なので、
各支部月1回にしても年間で1000件、
10万円程度の負担ならやってみようとなり、
専用振替用紙を作って、
番号の書き込みも不要にし、
何の代金かもチェックする項目を作って簡素化し、
今では郵便振替が主力になっています。

また、新年会を「着席式にしてくれないか」という総務部会で出た一言で
着席バイキングに変更
みんなに喜ばれ、全員が最後まで残る団結力のある新年会になりました。

このように、
机の上の仕事では分からない意見を出してくれる会議というのは、
宝の山だと事務局長は思っています。

ですから、ミニ支部長会の際には、
「出た意見に反論や言訳をせず、全て持ち帰ろう。
その上で、可能なものはできるだけ実行しよう」

というのが基本姿勢です。
その場で発言力のある幹部が反論や言訳をすれば、
みなさんは発言を止めてしまうからです。

こうして今、組合は
みなさんの意見を取り入れ、
「知恵の集合体」である団体の利点を生かして運営しています。

供託金  

本日は午後、法務局へ
食肉ギフト券の供託金を取り戻すためです。
昨年末から行かねば行かねばと思いつつ、
やっと今日、果たせました。

「食肉ギフト券」は組合が昭和59年に出した商品券。
その後、全肉連が「お肉のギフト券」を全国規模で発行したので、
これに合流して発行を終えたのが10年ほど前。

ところが発行終了でおしまい、というわけにはいかないのが商品券です。
このような先にお金をいただくプリペイドカードのたぐいは、
法的には「前払証票」と言い、
法律の制限を受けます。
発行者 (会社や団体)は一定の要件を満たさなければなりませんし、
流通残 (まだ使われていない、市中に残っている分)
の二分の一にあたる金額を供託しておかなければなりません。
たとえば五百円券を50万枚発行して
回収されたのが、32万枚だとすると、
残りの18万枚の分
つまり、500×18万=9000万円の
半分の4500万円分を供託しなければなりません。
商品券を持っている一般消費者の保護のためです。

「食肉ギフト券」の発行が終わった後も、
回収券に対する支払い義務は残ります。
今でも組合には年4千枚ほど戻っており、
年間200万円がそれにあてられています。

法律では、流通残が2万枚以下になると供託の義務がなくなり、
昨年2万枚を切りましたので、
供託していた800万円分の国債の返却を求めて
手続きをしたわけです。

昨年末に財務局の許可はいただいていましたので、
その許可証、取戻申請書、登記簿謄本、印鑑証明、委任状などを持参。
手続きが終わると番号札が渡されて、1時間待てといいます。
これしきのことに何で1時間? 5分で済むだろう、
と思いましたが、なにしろ相手はお役所。
非効率の権化で待たすことを権威と考えているような人たちですから
文句もいわずに、
合同庁舎の地下の喫茶店で本を読みながら時間つぶし。

おかげで、図書館から借りていた↓の本が読めました。

クリックすると元のサイズで表示します

正当防衛で12歳の少年を射殺してしまった元刑事が
そのトラウマに苦しめられながらフロリダの湿地帯に一人で住んでいる。
カヌーが唯一の交通手段の川で、彼は子供の殺害死体を発見してしまう。
連続幼児殺人事件の容疑者と疑われる中、
独自の捜査を始めた彼は・・・
というハードボイルド

なかなかいい。
特に、フロリダ半島の南端・国立公園エヴァーグレイスの大自然の描写が見事。
傷を負った野獣 (トラウマを抱えた主人公) の
癒しの場としては最適。
この湿原をカヌーで行き来する主人公の内面がなんともいえない雰囲気をかもしだす。
どこかからトランペットのメロウなメロディが聞こえてきそう。

取り巻く脇役たちもなかかよく、
特に男性モデルのような容貌で、かつ頭脳明晰でありながら、
人と会うと吃音が激しい弁護士の造形が見事。
電話では饒舌で、壁一つへだてさえすれは何でもないのに、
いざ顔を合わせると吃音になるという障害を抱えたこの魅力的な脇役。

退役軍人で湿地帯に住み、
チンピラを一言で黙らせる威厳の持ち主の隠遁者もなかなかいい。

デビュー作とは思えない重厚なでき。
2003年のアメリカ探偵作家クラブ最優秀新人賞の受賞もうなずけます。

というわけで、待たされたおかげで、
この本、読み終えました。
ははは、またポジティブシンキングが出た。

こうして、紙切れ1枚をもらって事務所に帰還。
昔はこの後、日銀に寄って国債の本券をもらい、
事務局長は「1千万円札」なんて読んでいましたが、
落とさないように、緊張して帰ったものです。。
今は振替国債になったので、
週明けに証券会社に振り込まれます。

これで供託は終わり。
供託報告書は出さなくてよくなり、
後は半期ごとに「報告書」を関東財務局に提出します。
流通残がゼロになるまで。
それは不可能だから、永遠に続きます。







AutoPage最新お知らせ