京都府綾部市「もと何鹿郡(いかるがぐん)」には12の式内社がある。これは明治政府が明治7年(1874)6月から「教部省達書第28号」により各都道府県に調査を命じ、京都府は明治8年7月より寺社掛が調査編纂した。この「延喜式内並国史見在神社考証(えんきしきないならびにこくしけんざいじんじゃこうしょう)」と呼び、20冊に編纂されたが京都市内の一部は不明となり13冊が、京都府総合資料館に保存されている。何鹿郡(いかるがぐん)之部では12社とされ、既に今年11社を紹介して来た。今回は最後の12社目である当時、東栗村の「佐陀神社」を紹介します。奇妙なことに澤山鎮座の「佐陀神社」と2つの神社の絵が掲載されている。しかし、綾部市史(上巻)昭和51年3月10日発行の107ページには現在「佐陀神社」を神名とする神社はないが、栗町佐陀尾にある大川神社が昔から「佐陀神社大川大明神」ととなえれて来たので、明治6年大川神社を式内社「佐陀神社」と指定れたと記載されている。又、天明二年(1782)の古いのぼりに「佐陀神社大河大明神」と書いたものが残っている。祭神には諸説があり、阿智使主(神名帳考証)、大山祇命(明細帳)、佐太大神(特選神名牒)などまちまちである。小生は2ヶ所ある遥拝所を調べて、大山祇命と思慮している。
佐陀(大川)神社正面と巨木
拝殿
西側の見事な庭園
拝殿の見事な彫物
獰猛な狛犬と後ろの狛犬
作成年代が入ってないのが残念な古い狛犬
ご神木と遥拝所
