今日5月18日は山田と共に逓信省建築家の二本柱とされた
吉田鉄郎の誕生日です。創る作品やその性格などでも真反対の二人でしたが、生まれた日は1ヶ月違い、金沢の第四高校から東京帝国大学建築家へ、そして逓信省営繕課に就職するなど、同じ経歴を持っています。
しかし真反対ぶりも激しく、向井寛氏著「建築家山田守」(P348〜)では次のように分析しています、要約すると。
[性格]
吉田→潔癖 山田→無頓着
[仕事]
吉田→厳格 山田→寛容
[作品傾向]
吉田→直線 山田→曲線
[彩色傾向]
吉田→淡い色、渋い色 山田→明るい色、派手な色
[室名文字のデザイン]
吉田→明朝体縦長 山田→丸ゴシック横長
[建築運動]
吉田→消極的 山田→積極的
[手紙]
吉田→筆不精 山田→まめ
[著作]
吉田→多い 山田→少ない
[葬式]
吉田→限られた人たちのみで 山田→東海大学での学園葬
[墓]
吉田→多摩墓地の木陰 山田→富士山の見える鎌倉霊園の高台
これだけ違いがあり、「逓信省の月と太陽」と呼ばれることもあったそうです。
しかし二人は決して仲が悪かった訳では無いようです。吉田が山田を描いた漫画が残ってますが、何かコミカルで親しみのようなものを感じます。

▲吉田鉄郎作「山田どん」昭和42年2月の電電建設新聞掲載、山田守の回想記事より。
また、戦後の食糧難の時、山田は自家製の野菜を病床の吉田の元へよく届けたそうです。
「日本中に平凡な建築をいっぱい建てたよ」が謙虚にして偉大な吉田鉄郎の最後の言葉だったそうです。現在、吉田の名作「東京中央郵便局」「大阪中央郵便局」は存続の危機に瀕しているそうです。その謙虚で緻密なデザインはモダニズム建築の先駆けであり、日本の文化を説明するのにかけがえのない作品です。是非守って欲しいのですが・・・。