恐羅漢山で、スノーボダー遭難 無事発見
広島県の恐羅漢山で吹雪に会い、道が分からなくなって、遭難した。2月3日は悪天候で山は雪が降り、視界も悪かった。ちょうどその頃、芸北の大平山にいたが、午前中は青空も見えていた。しかし、予報は午後から崩れることを伝えていた。
まもなく、雪とともに視界が無くなった。1000M級の山ではあるが、ルートを外れると、登山者でも危険な状態になる。雪の深さや視界がなくなると方向が取れない。
広島県山岳連盟の松島事務局が身近な山でも注意が必要であることを話していた。大勢の捜索で全員無事に2日ぶりに発見された。山頂からは10kmほど南の島根県側の林道に入っていた。
記事:自衛隊員に救助され、恐羅漢山の島根県側を下山するスノーボーダーら=5日午前10時35分、本社ヘリから
7人の無事が確認された場所
青木貴彦さんは「家族やみんなにご迷惑や心配をかけました。助かった時には体から力が抜けそうになった」と話した。青木さんによると、「(広島側の)十方山林道を行くはずが、右に振れすぎて(島根側の)広見林道に出てしまったようだ。途中で廃屋を偶然見つけ、夜を明かした。7人がずっと一緒だった。その小屋はガラスが割れていたが、目張りをして寒さをしのいだ」という。
1日目は持って行ったご飯を食べたが、次の日は食べるものがなくなり、手持ちのお菓子を分け合った。お茶を飲んで、食べかすをなめて空腹をしのいだ。「雪には慣れているつもりだったが、体力がここまで落ちるとは思わなかった。体が冷えた夜には『とにかくがんばろう』『みんな生きて帰ろう』と励まし合った」と話した。
杉山顕彦さんは「4日は天候が悪かったので小屋から動かず、絶対帰ろうとみんなで励まし合いながら過ごした。天候の回復した今日が勝負だと思い、廃屋の近辺でたき火をして合図を送ってから下山を始めた」と振り返った。
また、端橋伸一さんは「水のありがたみを感じた。今日は天気がよくなったので、これで助かると思った」とほっとした表情を浮かべた。
金藤宗晃さんは「ご迷惑をおかけしました。たき火もでき、暖かかった。助かることを信じていた」と話した。
スノボ遭難の7人生存 「あめ食べ過ごした」
恐羅漢山で遭難し、2日ぶりに見つかった男性(右)=5日午前11時23分、島根県益田市
広島県安芸太田町の「国設恐羅漢スキー場」でスノーボードをしていて遭難した7人は5日午前9時35分ごろ、恐羅漢山(1346メートル)の島根県側で見つかり、全員の生存が確認された。音信が途絶えてから約42時間ぶり。
2人は自力下山し、5人は自衛隊が搬送。衰弱しているものの、意識はあるという。
救助された男性の1人は「3日夜から4日の間は廃屋のような小屋で休み、あめなどを食べて過ごしていた」と話した。
7人が発見されたのは、恐羅漢山から南西数キロの島根県益田市の林道付近。国道488号から林道を上っていた地元消防と自衛隊員が発見した。ふもとの島根県匹見町内で医師の診察を受けており、搬送可能ならヘリコプターで広島県内の病院に運ぶという。
この日は捜索範囲を恐羅漢山から尾根に沿った南側の登山口までの一帯のほか、島根県境側にも拡大していた。
調べによると、7人はいずれも30−40歳。山口県周南市平野、鉄工所勤務青木貴彦さん(34)ら山口、福岡、広島3県の客5人とスキー場の臨時従業員2人。
2008年02月05日12時36分
>> ニューストップスノーボードの7人下山せず、広島のスキー場
2月4日8時46分配信 読売新聞
4日午前0時ごろ、広島県安芸太田町横川の「国設恐羅漢スキー場」から、「スノーボードをしていた男性7人が下山せず、連絡がとれない」と県警山県署に連絡があった。
同署や地元消防団などの計約90人が同7時から捜索している。
同署によると、男性らは広島、山口、福岡県在住の30〜40歳のグループで、うち5人は客、ほかの2人は同スキー場の従業員。従業員は3日、休みだった。
客の5人は3日午前10時30分ごろ、従業員の2人は午後1時30分ごろ、それぞれリフトで山頂へ登り、その後、コースを外れて歩いていくのを、別の従業員が目撃している。
同3時30分ごろ、うち1人が携帯電話で友人に「今ボードで山を滑って下りている」と話したのを最後に、連絡がつかなくなったという。
同6時ごろ、連絡の取れない従業員の妻から、スキー場管理事務所へ「夫が帰ってこない」と連絡があり、スキー場の従業員が探したが、見つからなかったという。
同スキー場は、広島、島根県境の恐羅漢山(1346メートル)の東側中腹にある

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