2017/1/20

4902 変化(序章)第二回  

2016.12.27 編集会議にて
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スタスタカメラマン 竹内さん讃
来るときも帰るときもスタスタと一人と現れ、一人去って行く、こんな印象がある。
毎日歩いているから、足腰が強い。皆より足が速いのだ。待ってられないのだろう。

この日も一人雨に濡れてヌッと現れた。後ろのタオルはこころ優しい家主がそっと手渡したタオル。席に着くとどっかりとおしゃべり体制に入る。科学の話だけでなく、歴史の話、政治の話、本の話、なんでも来いだ。
脇にある本は『やってはいけないウォーキング 』(SB新書)。
氏の歩き過ぎを心配した、これまたこころ優しい仲間から渡された本。帰りの電車の中で開いただろうか。家に帰って読んだのだろうか。

普段は人物を映す写真は少ないのだが、編集会議でいつも集合写真やスナップを自慢のカメラで撮ってくれる。一人一人の個性がうかがえる写真ばかりだ。
もちろんこの写真は氏が映したものではない。氏のカメラではあるが、はたして「らしさ」が出ているかな?

この日の帰り道、さっきまで一緒だったはずが姿が見えない。いつものようにまたスタスタと一人電車に飛び乗ったのだろう。
「群れを嫌い、権威を嫌い、束縛を嫌い、専門知識と叩き上げのスキルだけが彼の武器…」テレビドラマ『ドクターX』のナレーションが浮かぶ。

エヴァ
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2017/1/9

4901 日本語─『日本国語大辞典』の通読   

2016.12.27 編集会議にて
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「日本語」と「色」を食む哲学者
 机の上に分厚い『日本国語大辞典』を開いて噛みしめるように言葉を味わう。
言葉が使われたその時代、暮らしぶり、自然、人の心、痛み、喜びを感じ取る。そして言葉を分類して記録する。
 机の上に真っ白な紙を置いて筆を握り線引きと色づけをしていく。紙に目を近づけたり遠ざけたりしながら色の世界に浸る。
音と言えば、時計の音、ページをめくる音、キーボードを叩く音、絵の具をパレットに溶かす音、紙をなぞるかすかな筆の音。
かすかな音の向こうには時空を越えたとてつもなく広い世界が広がっているのだろう。

  2017.1.9 エヴァ
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2017/1/8

49号 「日本語」  

テーマ「日本語」 前書き                      神野 佐嘉江

 優れ物と紹介されて「まあ、かわいい」。優れ物が切り子細工であろうが、小物バッグであろうが、寄せ木細工であろうが、その一言で、後の言葉が続かない。最近の若い女性の感想の述べ方である。テレビで見るとこんな人が多い。後に続けて例えば、「鋭い光りが入り乱れてきれい」とか、「色合いに他では見られない渋みがある」とか、「よくもこんな狭いところに色とりどりの幾何模様が産め込まれているものだ」とか、言えないものか。皆さんにおかれても、もどかしい思いをされたことは一度や二度ではないでしょう。
 上は日本語の廃れについて述べたものですが、逆に日本語の豊かさについて感じ入ったご経験もおありでしょう。あるいはまた方向が違って、日本語の歪みなどについての体験をお持ちかもしれません。日本語にまつわる御体験あるいはご意見をお聞きしたい。


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2016/10/1

47号 「心もよう」  

前書きテーマ「心もよう」              古賀 和彦

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 事物の数量を表すものを基数詞といい、その数は「ものの数え方・助数詞・6000」というwebの表題の6000はいささか多すぎるが、重複を除いても数百はありそうだ。
 犬猫の一匹、うさぎ一羽、和歌・短歌一首、宇宙船一隻、戒名一諡(し)等々。日本語における季節や自然を表す歳時記に書かれた言葉や物の数え方を表す数詞は、世界の中でも日本は特に多いのではなかろうか。
 なかには面倒くさいのか、はたまた無知な故か、すべての対象物をを一個二個の呼称ですます人もいる。しかし数詞は日本語の繊細な表現の一部でもあるから疎かにはできない。 また、縁(えにし)、雨宿り、小糠雨(こぬかあめ)、驟雨(しゅうう)、名残り雪(なごりゆき)、草いきれ、蝉時雨(せみしぐれ)、 野分(のわき)、逢引(あいびき)、あだ情け、言い知れぬ、群青(ぐんじょう)、鈍色(にびいろ)、仕舞屋(しもたや)など、私が美しいと思う日本語がたくさんある。そのなかでも「心もよう」が特に好きだ。
 フォークシンガーの井上陽水が1973年9月に作詞作曲した「心もよう」は音楽も詩も実に秀逸だと思う。

 作詞・作曲 井上陽水

さみしさのつれづれに
手紙をしたためています あなたに
黒いインクが きれいでしょう
青いびんせんが 悲しいでしょう
あなたの笑い顔を
不思議なことに
今日は覚えていました
十九になった お祝いに
作った歌も忘れたのに
さみしさだけを 手紙につめて
ふるさとにすむ あなたに送る
あなたにとって 見飽きた文字が
季節の中で うもれてしまう アア

遠くで暮すことが
二人に良くないのはわかっていました
くもりガラスの 外は雨
私の気持ちは 書けません
さみしさだけを 手紙につめて
ふるさとにすむ あなたに送る
あなたにとって 見飽きた文字が
季節の中で うもれてしまう
あざやか色の 春はかげろう
まぶしい夏の 光は強く
秋風の後 雪が追いかけ
季節はめぐり あなたを変える アア……

 さて「心もよう」とは心のありよう、どのような心境であるのか、といったことを表す言い回しで、さまざまな思いが混ざり合っている様子などを含んだ表現である。私のようにいつも「岐路」や「AとBの狭間」で迷ってきた者にとってその微妙な心の状態や変化は、『ダロウェイ夫人』の〈意識の流れ〉に沿うような気がする。
 「心もよう」はまた、黄色をみれば幼い頃の小学校の前の畑でのスケッチを、草いきれという言葉に出会うと川遊びからの帰り道のけだるさを、流行歌(はやりうた)を聴けばすなわち女性にあこがれた学生の頃の場末の飲み屋を思い出す。そのような色や音や文字や生きている周りの舞台によって「心もよう」は変化するようである。
 今読んでいる『エゴ・トンネル』という本の中に、人間の脳に「ミラーニューロン」というものがある。それは他の動物の行動を観察して、自分の行動と照らし合わせて、まるで我がことのように感じるという神経細胞のことで、まるで「鏡」のように反応することから、その名前「ミラーニューロン」名付けられたという。あまり繁く安易に使われるのがいやで私は滅多に書かないが、いわゆる「感情移入」のことである。
 他の人と同じような言葉や情景や感情に、私が共感するのも「ミラーニューロン」のせいに違いない。そんな人々もまた同じ私の仲間なんだろう。

 大日本除虫菊『虫コナーズ』の長澤まさみと高畑淳子との掛け合いのCMである空間虫よけ剤を「ぶら下げないよりだいぶいい」とか「最後までぐぐぐと踏ん張る虫コナーズ」などとその効き目を曖昧にするところがなかなかいい。だからいままで私が表題についていろいろ書いたものが少々辻褄が合わない文のような気がするが、まあ「虫コナーズ」のいかがわしさ、あやふやさに免じて今回の表題を私が好きな言葉である「心もよう」とした。
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2016/9/9

4704 夢∞夜/香港スケボー  



         

父と私の水遊び
末っ子の私はよく父に連れられいろんな所に行った。ここは津久井湖近くの多分相模川。
兄から聞いたことだが、父は飛行機の他に川が好きだったらしい。父は子供の頃よく川で遊んだという。その兄もまたよく埼玉の住まいの近くの川に孫に水遊びをさせに連れて行っていたから、これはDNA繋がりなのだろう。

戦時中、戦闘機のプロペラで頭を強打、戦後体を壊して胃の半分以上を切った父はこのとおり痩せっぼちだ。この水遊びのときから大分後になって母から聞いた。
今思うと、私は父のことをほとんど知らない。父の半生を聞こうともしなかった。1人の人間としての父の思いを聞くこともできなかった。自分の事で頭がいっぱいだったような気がする。

何てアホな顔しているんだろう。でも幸せいっぱいの顔だ。例え貧乏でも、両親の庇護の元、自由気儘に遊んでいる私がいる。何てリッチなんだろう。親から貰えたリッチな思いを今度は自分が次の世代に味あわせるのが人の営みなのだろうが、私にそれができているかどうか大いに疑問だ。

※合評開始:2016年9月9日から

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2016/8/29

4703 無数の生命−生命(四) 最終回    



Photo by I.Takeuchi

昔ヤモ捕り 今写眞撮り
47号の編集会議(ミニ同窓会)で、ヤモ捕りの話が出た。少年時代の自分を「ヤモ気違い」だったと言う。以前彼が寄稿した文章の中にもヤモの話が出ていた。網かモチ竿持参とあったが、モチ竿がどんなものか分からなかった。調べてみたら、竹の棒の先にべとべとのものをくっ付けてそれでトンボを捕獲するらしい。蠅取り紙やごきぶりホイホイ手法だ。その他にもトンボを先っぽにつける呼び寄せ手法もあるようだ。「とにかくいろんな方法に挑戦した」と会議で言っていたが、この科学少年がいったいどんな方法を考え出したか聞きたかった。ワイワイガヤガヤで質問できなかったことが悔やまれる。

さてそのヤモ捕り科学少年は、会議の時の写眞撮影はもちろん、季節季節の風景を撮って皆を楽しませてくれている。殺生を忌み嫌うお年頃になったのか、モチ竿で捕らえるのではなく自然の中で生きるそのままのトンボをレンズで撮るようになったようだ。

     2016.8.28 万理久利
    
とんぼ釣り 今日はどこまで 行ったやら  (加賀の千代女)


※合評:2016年8月29日より
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2016/8/18

4702 作品十句  


7.28 編集会議(ミニ同窓会)にて



二対一
この3名は高校時代を同じ学年としてともに過ごした同窓同期だ。
高校時代、精神的には皆と少し離れた場所で既に哲学の世界に踏み込んでいたかのように思える人物だ。その後の人生も謎…。この女性2人を相手にしては少々自分の裸をみられるようでタジタジ気分になるのだろうか。

これは当時の3人を知らない私の妄想に過ぎない。けれど女は概して現実的。男は何かを求めて彷徨う。これはもちろん高校時代からその違いが出てきているように思える。
卒業から半世紀以上たっても、女たちの目は変わらない。なぜかタジタジの男を尊敬する目も変わらない。

私が書いた道案内の稚拙さで、真昼の暑いさなか長い時間放浪させてしまった氏を最寄り駅まで迎えに行った。こんな機会はめったにないことだ。まるで憧れの作家といっしょに歩けた読者のような気分だった。氏の高校時代を知る女性2人とはまた違った心もようなのだろう。
                            2016.8.17 同人α総務X

※合評開始:2016年8月18日(木)より
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2016/5/31

4606 肥と筑 第三十六回  

福島県白河市「金売吉次兄弟の墓」



エミシのエニシ
 今号の製本を終え、ホット一息ついた四月二日の翌々日、息抜きに福島県中通り南部の白河市まで、車で日帰り観光に行きました。この白河市を訪れたのは、今まで行き慣れた福島県中では、まだ精しく見ていなかったからですが、不思議な暗合に出会いました。

 むかし、この白河市には奥州三関中の白河の関が置かれていました。この関は、平安時代末期に岩手県平泉町を中心に栄えた藤原三代の奥州と関東との境を成していました。
 この藤原三代の初代の清衡は、東大寺の大佛の鍍金に要した量の十倍以上の十万五千両もの砂金を払って宋の五台山から[金銀字交書一切経]を購入しています。
また、藤原三代目の秀衡のころまでには、この産金の財力により三代のミイラを納めるための中尊寺金色堂が作られています。京都からは、この金色堂を飾るための材料や職人が砂金を払って調達されましたが、これには金売りと呼ばれる人たちが当たっていました。このような金売りの一例が、秀衡の命により鞍馬寺から牛若丸、後の義経を連れ帰ったとされる吉次です。

 今回は、偶然にもこの白河市で金売吉次兄弟の墓と出会いました。
 左の写真は墓を背景に撮った著者画像、右の写真は墓の説明板です。
矢っ張りこれは、安倍氏・藤原氏というエミシへの興味に惹かれて書いた作品が縁のある場所へと連れて行ってくれたのでしょうね。
 エミシのエニシ。 これも、MとNの交替?
     長岡 曉生

※合評開始:2016年5月31日〜


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2016/5/23

4605 無限回廊 第二十回  

Once upon a time
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恐いもの知らずでイケイケのお調子者
 この軽さはこの時代の私をよく表している。経済成長真っ只中、社会では色んな問題が起きていたが今のシールズのように社会への反発、それを行動で示そう、などという気持ちはさらさら無く、ひたすら仕事に邁進していた。
 野村ビル36階の小さな事務所で毎晩9時過ぎまで働いて、その後西新宿の地下街にあったショットバーで同僚と2人、上司の悪口をいいながら生意気にも会社の将来を熱く語り合ったものだ。よく体力が続いたものだと思う。

 大学を出たばかりで電話の受け方もビジネスレターの書き方も服装の選び方も何一つ身に付けていなかった狼少女のような私を雇ってくれた大学ゼミの先輩からは徹底的にしごかれた。憎しみさえ覚えるほどだったが、「社名の由来はYoung Justice Kindnessだぞ」と嬉しそうにいいながら次々とアイデを出し実行していく先輩に負けじと突っ走る毎日だった。

 シールズの若者を見て眉をひそめるおばさんになった今、この頃の自分を思い出す。
国会前に通う若者と上司に休め!と怒鳴られても土日もいとわず会社に通った自分とたいして変わらないのかもしれない。Young Justice Kindnesの言葉にわけもなく魅せられ、それだけで上司が恰好よく見え、自分のやっていることまで高尚なこととのように思え、そして不可能はないとまで思い込み馬車馬状態になっていた。Peace、 Action for Liberal Democracy、No Warと同じように、心地良い言葉の魔力に取り憑かれていたのかもしれない。

 後ろのレターBOX4つは、今私の机横に並んでいる。事務所移転のとき廃棄すると聞きずうずうしくタダでもらい受けたのだ。何十年か後に実家を離れた時もこのBOXと一緒だった。

エヴァ・マリー

合評開始:2016年5月21日〜

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2016/5/12

4604 「巴(ともえ)」共存と競合-生命(三)  


2016.4.2 編集会議にて
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竹内カメラマン 讃           万理久利
映像のプロだということは知っていましたが、それだけに編集会議の写真や絵画の撮影をお願いするのは頼みずらかったのですが、勇気を振り絞ってお願いしてみたところ、以外にもあっさりと心良く引き受けてくれました。αきっての強面理系男子からは想像できないくらいこころ優しいシャイな人だとは気が付いていましたが、こちらもシャイなので…。

竹内氏のおかげで、すっかり気が緩んだこれまでのカメラマンはすっかり腕を落とし、カメラ操作も少しずつ忘れているようです。それでも竹内氏を氏が使うプロカメラで写した元カメラマンはなんとかうまくシャッターを切れたようです。

氏が数式ソフトを使って描いた画像とカメラで撮った植物や虫の写真に共通点は有るか?
今そんなことを考えています。見えてきたら、そのうち書いてみたいと思っています。
 


合評:2016年5月1日〜
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2016/5/1

4603 シリーズ・歪んだ風景―セピア色の手帳 第七回  

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イージー・ライダー
「セピア色の手帳」より遡ること三十年、こんな格好で学校へ通っていました。その当時「フロー体験」なしの、あまりまじめな学生ではなかったようです。「迷える子羊」が、ついには「黒い羊」になってしまったということです。  
(耳障りなことば「・・・ということです」をTVのアナウンサーが最近よく使っています。いつから流行ったのでしょうか)
                                       古賀 和彦

合評期間:2016年5月1日〜
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2016/4/21

4602 人生詩(最終回)  

         2016.4.6 編集会議にて
     

「百年の孤独」神野さん 讃
 お顔からガルシア・マルケスを思い浮かべたわけでもなく、深い孤独感を感じたわけでもありません。この日、久しぶりに訪れた森下御夫妻が持って来てくれた、手に入りにくい宮崎の極上の麦焼酎の名前です。百年かけた技術力で創り上げた長期貯蔵焼酎とあります。ラベルは薄いコルク製で日本語と英語の説明書きがあり、全体を渋い茶系でまとめたデザインがまるで高級洋酒ボトルと見間違うほどです。40度とかなり強いお酒のようですが、うすい琥珀色の液体を少し舌の上に含むだけで麦の香りが口いっぱいに広がりました。どなたが命名したかわかりませんが、しゃれた名前をつけたものです。
 この日集まった男性は、どなたも渋みたっぷりの長期貯蔵焼酎といったところでしょうか。其の中でも前にボトルを置いたら一番おさまるのは神野氏でしょう。

 『無限回廊』に登場するDr.カミノは酒飲みですが、こちらの神野氏はお酒は殆どたしなみませんから、酒繋がりではありません。マルケス、孤独、からの発想では無いと書きましたが、「おさまる」と感じたのはやはり、ボトルのデザインからだけでなく、どこか著者と繋がるものがあるからなのかもしれません。
 コロンビアの片田舎でずっと過ごした地味な作家マルケス。カストロとも付き合いのあったこの作家は、文明の進んだ物があふれる世界を舞台にするのではなく、ラテンアメリカという西欧とは別の世界を書き続けたのです。
 一方、大陸の東の片隅にある小さな小さな島国日本。地球の中の一点です。世界の中心からは実に目立たないそんな国に古くからある洗練された万葉言葉を神野氏はこよなく愛し、楽しんで来ました。氏の作品は時に幻想的で、突拍子も無さ、不可思議さも加わるのですが、それはそれでひとつの世界として成立してしまう何かがあります。マルケス作品と共通するところがあります。マルケスも神野氏の作品も多くは読んでいないので何ともいえませんが…。

 「僕の作品は終わりの方にそっと載せておいてください」神野氏の口癖です。誰も読みたくないだろうから、という控えめな思いからでしょうか。ものを書くことに情熱を抱き続けた人としての孤独が少しだけ匂ってきます。でも、成立してしまった作品は決して孤独ではありません。それだけで十分ではないですか。
     万理久利

合評:2016年4月21日〜
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2016/4/14

4601 静かな風景  

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静かな風景の中の風野 茜さん 讃

茜さんの定席である。手の届くところには何でもそろっている。
鉛筆、ペン、ラジオ、辞書、眼鏡、横の引き出し、何時間でも座っていられそうだ。直ぐ後ろにあるのは絵ではない。窓の外の木だ。右横の装飾織物は東欧のおみやげらしい。
 この席に座り、横に目を向ければ草木いっぱいの庭が見える。小鳥レストラン店主としては、小鳥客の入り具合を常に見ることができる。クリックすると元のサイズで表示します
 真向かいはくつろぎのリビングだ。御主人がパソコンに向かう姿も、お孫さんが遊ぶ姿もここから見渡せる。笑顔がよく似合う茜さんは、その笑顔で家族を見渡していたのだろう。

 この日、庭からの光が、大きな窓にかかるレースのカーテンを優しく照らしていた。
昨年秋のある一日だった。
                    万理久利

合評期間:2016年4月11日〜20日(水)まで



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2016/2/18

4506 アルタイ語族と日本語 (特別寄稿)  

    ピエール                             サティ
      


博田夫妻 讃                  

 著者忠邦氏とは一度もお会いしたことがない。同窓誌『斜光』に寄稿したご夫人の文章を通じて知っただけである。忠邦氏を具体的に取り上げた作品は一つも無い。だが、いつもご夫人の後ろあるいは横で優しく見守っている氏の気配を感じた。
 東北大震災の年の同窓誌に夫妻で寄稿した作品がある。初めて氏が顔を出した。どんなお仕事をしてきたのか初めて知った。さぞや落胆したのだろう。氏なりの職業意識、思いが筆をとらせたのだろう。被災者たちの痛みとはまた違った氏の悔しさ、悲しさ、痛みが伝わってくる。反原発の嵐の中、夫妻ですぐに筆をとったことにも驚ろかされた。

 氏が亡くなり一年に満たない頃、ご自宅にお邪魔する機会があった。夫人の文章を読んで想像していた通りの景色がそこにはあった。鳥が集まりそうな木々、様々な草花。
庭にも家の中にも、夫人の横で優しく彼女を見守る氏の気配があった。
想像していた忠邦氏の姿は、物理学者ピエール・キュリー、エリック・サティ、本物を観たかった。お話しを聴いてみたかった。
「いらいらしたり、おこったり、黙り込んだり、あなたの描いているような理想の夫、夫婦じゃないわ」とにこっと笑った夫人。笑い顔の中にやっぱり私にとっての理想の夫婦を観た。

         万理 久利

※合評:2016年2月18日〜 
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2016/2/9

4505 科学者の熱意とカルマンと相方  

1月10日
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                            1月31日
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という理由で、

     現在療養中

古賀由子

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