2017/10/16

5201 瀬戸内少年史-少年時代  



 α52号の表紙の元素材となったH23.9 十和田湖の風景写真です、これを見ながら高校以来何十年ぶりで水彩画に挑戦しましたが、思い切って樹木や地面の影の部分を漆黒にした結果思いの外の出来栄えと自画自賛。
 近々に東北一周記を書こうかな、そして夢はいつかはシルクロード△○カンドの葡萄と黒い瞳!

響灘王子
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2017/8/18

5104変化 第四回ー進化と変化  

2017 夏


武蔵野を歩く男 竹内一郎
氏の健脚ぶりは、よろよろ歩きの人間にとっては眩しく映る。
ノシノシかつスタスタのミックスといったら良いだろうか。
小ぶりの大魔神がスピードを挙げてどんどん前に突き進む姿を思い浮かべて欲しい。
時々スピードを緩め、むむっと唇を結び、大きな目をギョロリと見開き気になったものをしかと睨んで観察する。
頭の中には数式が並んでいるのだろうか、映像工学のことを浮かべているのだろうか、それとも植物図鑑か。意外とその日の昼ご飯のことを考えているのかもしれない。
いやいや、何も考えないでひたすら歩くことに没頭しているのだろう。

写真に氏の姿はないが、私にはノシノシスタスタ歩く小魔神の後ろ姿が見える。

  2017.8.18 エヴァ
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2017/8/9

5103 シリーズ・歪んだ風景―セピア色の手帳 第十二回  

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認識番号 #11  バード・ブレインこと本郷淳吾(coppers早川作)


著者のもう一つの姿 
α作品『無限回廊』の中で本郷淳吾を演じる著者だが、近頃、未来の宇宙の疑似地球からやってきたという本郷淳吾が著者を演じているのではないかとの疑惑が生じている。
人類最大規模の戦争中の地球上に、地球歴某年8月9日著者が生まれたという点もその理由の一つだ。本郷淳吾は作品の中で核ミサイルを打ち上げた国に戻す最終兵器「リターンパス」を発明しているではないか。
『セピア色の手帳』の中ではしがない建築家を演じるが、生まれ故郷の地球、日本をじっくり観察しているようにも見える。

高温多湿の中に長く居ると現実を離れて別世界が見えてくるようだ。
2017.8.9 朝  万理久利
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2017/7/28

5102 日本語−『日本国語大辞典』の通読(三)   

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色男 神野佐嘉江讃
左が神野氏。
いい歳の男子二人が同人誌の編集会議で文学ではなく色事の話をしているらしい。
神野氏はこの数年「色」に取り憑かれているのだ。微妙な組み合わせの違い、互いのかけひき具合で様々な色模様が展開されることを熱心に語る。歳を重ねて新たな発見の喜びを感じているようだ。
自分の経験を振り返りつつ、熱心に聞き入るこれまた「色」に関心のある右の男子。

色とは「color」であることをを付け加えておかなければならない。

(エヴァ)

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2017/7/20

5101 肥と筑 第四十一回  

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 パソコン内の画像の移動が不調なので、きょう七月十九日に近くのフラワーパークに行って、写真を撮りに行ってきました。

 このパークの頂き近くでは、丁度、山百合の花が見頃だったので、そのそばで取った一枚です。

 冊子の前書きにも書きましたが、表紙の斬新な絵は、白浜美千代さんに描いて戴いた物です。
 本当に有り難うございいました。

  2017.7.19 長岡 曉生
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2017/3/12

4906 贈る言葉・遺族挨拶  




実家へ行った際に旧写真を捜索しようとしましたが、一大事発生 → 30年前に植えたオリーブが枯れ始め!
これの対応で最適写真は発見できず、手じかにあった写真を添付送付しました。
題名は 「日比港 → 響き灘 → 四国連山」 or 「響き灘の対岸7km先は四国連山」でどうですか。
     2017.3.11 響灘王子
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2017/2/21

4905 肥と筑 第三十九回  


2016.12.27 編集会議にて


でんじろう先生

パソコンを使い易い位置に移動する作業をしている。
この姿を見て、中町印刷事務所に大型プリンターが入荷したきのことを思い出した。
あの時もこうして二人して、マニュアルも開かずに、部品を下から上から眺めながらはめる位置を探しだし、あれこれいじりまくった挙げ句に無事設定し終えた。作業をしながらの二人の会話を聞いているだけで、機械いじりの段取りが私にも少し伝わってくる。

長岡曉生氏(写真左)は物作りの名人でもある。製本作業をきっちりと進めるための小道具をたくさん作ってくれた。今でこそ製本機でらくちん作業になったが、当時の小道具に愛着が残っている。そう言えばその製本機も氏が見つけてくれたものだ。
その仕組みは氏が考えた小道具の集合体であることにも気が付いた。

長岡氏は私にとって歴史の先生だけでなく、白衣のでんじろう先生でもある。

中町印刷所 古賀由子
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2017/2/11

4904 シリーズ・歪んだ風景―セピア色の手帳 第十回  

2016.12.27 編集会議にて


ドキドキ
できたてほやほやの同人α49号を手にして仕上がりを鋭くチェックする二人。
かつて同窓誌発行に尽力した二人だ。そして今は同人αの仲間でもある。
誤字や刷り上がりチェックは手厳しい。あれこれ小うるさい注文はないのだが、表情がものを言う。次号はもっといい仕上がりにするぞと、毎回思わせられる。

右側黒のセーター姿が著者古賀氏。
氏は同人誌の基本スタイルに始まり、割り付けから印刷まで長いこと引き受けてきた。
それだけに、ぱらぱらっとページをめくっただけで仕上がり具合について分かるらしい。

2年前あたりから中町印刷所で編集・印刷・製本を手がけるようになったが、まだ古賀氏の経験に追いついていない。もちろん技術もセンスも追いついていない。氏が長年かかって築き上げた編集や印刷の技を盗んだ私としては、冊子をチェックする先輩の姿を前にして毎回ドキドキしているのが現状だ。

中町印刷所 古賀由子
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2017/2/1

4903 日本語を書くこと 日本語で考えること  

2016.12.27 編集会議にて
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わくわく
「薹が立つ」どころか、そんな年頃からもとっくのとうに過ぎて今や干からびしなり状態です。
嫁入りなどは頭に微塵も無く、それはそれで落ち着きと静寂に囲まれた一人だけの世界を味わう日々です。そんな生活にもすっかり慣れました。
それだけに、3ヶ月に一度の集まりは刺激の空間です。
賑わいの中、「食」と「おしゃべり」と「絵」と「人の温かみ」を堪能できる時間です。
驚いたり、感心したり、納得したり、新たな刺激があったり…。

目の前にある二冊の本は戦利品、「日経サイエンス」と「エゴ・トンネル」です。この他にも「ニュートン」と「ピエール・アレシンスキー画集」を持ち帰りました。
目下自宅で読みふけり中です。

編集会議は腹と脳みそと心にたっぷり給油ができる、私にとって貴重なひとときです。
古賀由子
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2017/1/20

4902 変化(序章)第二回  

2016.12.27 編集会議にて
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スタスタカメラマン 竹内さん讃
来るときも帰るときもスタスタと一人と現れ、一人去って行く、こんな印象がある。
毎日歩いているから、足腰が強い。皆より足が速いのだ。待ってられないのだろう。

この日も一人雨に濡れてヌッと現れた。後ろのタオルはこころ優しい家主がそっと手渡したタオル。席に着くとどっかりとおしゃべり体制に入る。科学の話だけでなく、歴史の話、政治の話、本の話、なんでも来いだ。
脇にある本は『やってはいけないウォーキング 』(SB新書)。
氏の歩き過ぎを心配した、これまたこころ優しい仲間から渡された本。帰りの電車の中で開いただろうか。家に帰って読んだのだろうか。

普段は人物を映す写真は少ないのだが、編集会議でいつも集合写真やスナップを自慢のカメラで撮ってくれる。一人一人の個性がうかがえる写真ばかりだ。
もちろんこの写真は氏が映したものではない。氏のカメラではあるが、はたして「らしさ」が出ているかな?

この日の帰り道、さっきまで一緒だったはずが姿が見えない。いつものようにまたスタスタと一人電車に飛び乗ったのだろう。
「群れを嫌い、権威を嫌い、束縛を嫌い、専門知識と叩き上げのスキルだけが彼の武器…」テレビドラマ『ドクターX』のナレーションが浮かぶ。

エヴァ
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2017/1/9

4901 日本語─『日本国語大辞典』の通読   

2016.12.27 編集会議にて
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「日本語」と「色」を食む哲学者
 机の上に分厚い『日本国語大辞典』を開いて噛みしめるように言葉を味わう。
言葉が使われたその時代、暮らしぶり、自然、人の心、痛み、喜びを感じ取る。そして言葉を分類して記録する。
 机の上に真っ白な紙を置いて筆を握り線引きと色づけをしていく。紙に目を近づけたり遠ざけたりしながら色の世界に浸る。
音と言えば、時計の音、ページをめくる音、キーボードを叩く音、絵の具をパレットに溶かす音、紙をなぞるかすかな筆の音。
かすかな音の向こうには時空を越えたとてつもなく広い世界が広がっているのだろう。

  2017.1.9 エヴァ
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2017/1/8

49号 「日本語」  

テーマ「日本語」 前書き                      神野 佐嘉江

 優れ物と紹介されて「まあ、かわいい」。優れ物が切り子細工であろうが、小物バッグであろうが、寄せ木細工であろうが、その一言で、後の言葉が続かない。最近の若い女性の感想の述べ方である。テレビで見るとこんな人が多い。後に続けて例えば、「鋭い光りが入り乱れてきれい」とか、「色合いに他では見られない渋みがある」とか、「よくもこんな狭いところに色とりどりの幾何模様が産め込まれているものだ」とか、言えないものか。皆さんにおかれても、もどかしい思いをされたことは一度や二度ではないでしょう。
 上は日本語の廃れについて述べたものですが、逆に日本語の豊かさについて感じ入ったご経験もおありでしょう。あるいはまた方向が違って、日本語の歪みなどについての体験をお持ちかもしれません。日本語にまつわる御体験あるいはご意見をお聞きしたい。


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2016/10/1

47号 「心もよう」  

前書きテーマ「心もよう」              古賀 和彦

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 事物の数量を表すものを基数詞といい、その数は「ものの数え方・助数詞・6000」というwebの表題の6000はいささか多すぎるが、重複を除いても数百はありそうだ。
 犬猫の一匹、うさぎ一羽、和歌・短歌一首、宇宙船一隻、戒名一諡(し)等々。日本語における季節や自然を表す歳時記に書かれた言葉や物の数え方を表す数詞は、世界の中でも日本は特に多いのではなかろうか。
 なかには面倒くさいのか、はたまた無知な故か、すべての対象物をを一個二個の呼称ですます人もいる。しかし数詞は日本語の繊細な表現の一部でもあるから疎かにはできない。 また、縁(えにし)、雨宿り、小糠雨(こぬかあめ)、驟雨(しゅうう)、名残り雪(なごりゆき)、草いきれ、蝉時雨(せみしぐれ)、 野分(のわき)、逢引(あいびき)、あだ情け、言い知れぬ、群青(ぐんじょう)、鈍色(にびいろ)、仕舞屋(しもたや)など、私が美しいと思う日本語がたくさんある。そのなかでも「心もよう」が特に好きだ。
 フォークシンガーの井上陽水が1973年9月に作詞作曲した「心もよう」は音楽も詩も実に秀逸だと思う。

 作詞・作曲 井上陽水

さみしさのつれづれに
手紙をしたためています あなたに
黒いインクが きれいでしょう
青いびんせんが 悲しいでしょう
あなたの笑い顔を
不思議なことに
今日は覚えていました
十九になった お祝いに
作った歌も忘れたのに
さみしさだけを 手紙につめて
ふるさとにすむ あなたに送る
あなたにとって 見飽きた文字が
季節の中で うもれてしまう アア

遠くで暮すことが
二人に良くないのはわかっていました
くもりガラスの 外は雨
私の気持ちは 書けません
さみしさだけを 手紙につめて
ふるさとにすむ あなたに送る
あなたにとって 見飽きた文字が
季節の中で うもれてしまう
あざやか色の 春はかげろう
まぶしい夏の 光は強く
秋風の後 雪が追いかけ
季節はめぐり あなたを変える アア……

 さて「心もよう」とは心のありよう、どのような心境であるのか、といったことを表す言い回しで、さまざまな思いが混ざり合っている様子などを含んだ表現である。私のようにいつも「岐路」や「AとBの狭間」で迷ってきた者にとってその微妙な心の状態や変化は、『ダロウェイ夫人』の〈意識の流れ〉に沿うような気がする。
 「心もよう」はまた、黄色をみれば幼い頃の小学校の前の畑でのスケッチを、草いきれという言葉に出会うと川遊びからの帰り道のけだるさを、流行歌(はやりうた)を聴けばすなわち女性にあこがれた学生の頃の場末の飲み屋を思い出す。そのような色や音や文字や生きている周りの舞台によって「心もよう」は変化するようである。
 今読んでいる『エゴ・トンネル』という本の中に、人間の脳に「ミラーニューロン」というものがある。それは他の動物の行動を観察して、自分の行動と照らし合わせて、まるで我がことのように感じるという神経細胞のことで、まるで「鏡」のように反応することから、その名前「ミラーニューロン」名付けられたという。あまり繁く安易に使われるのがいやで私は滅多に書かないが、いわゆる「感情移入」のことである。
 他の人と同じような言葉や情景や感情に、私が共感するのも「ミラーニューロン」のせいに違いない。そんな人々もまた同じ私の仲間なんだろう。

 大日本除虫菊『虫コナーズ』の長澤まさみと高畑淳子との掛け合いのCMである空間虫よけ剤を「ぶら下げないよりだいぶいい」とか「最後までぐぐぐと踏ん張る虫コナーズ」などとその効き目を曖昧にするところがなかなかいい。だからいままで私が表題についていろいろ書いたものが少々辻褄が合わない文のような気がするが、まあ「虫コナーズ」のいかがわしさ、あやふやさに免じて今回の表題を私が好きな言葉である「心もよう」とした。
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2016/9/9

4704 夢∞夜/香港スケボー  



         

父と私の水遊び
末っ子の私はよく父に連れられいろんな所に行った。ここは津久井湖近くの多分相模川。
兄から聞いたことだが、父は飛行機の他に川が好きだったらしい。父は子供の頃よく川で遊んだという。その兄もまたよく埼玉の住まいの近くの川に孫に水遊びをさせに連れて行っていたから、これはDNA繋がりなのだろう。

戦時中、戦闘機のプロペラで頭を強打、戦後体を壊して胃の半分以上を切った父はこのとおり痩せっぼちだ。この水遊びのときから大分後になって母から聞いた。
今思うと、私は父のことをほとんど知らない。父の半生を聞こうともしなかった。1人の人間としての父の思いを聞くこともできなかった。自分の事で頭がいっぱいだったような気がする。

何てアホな顔しているんだろう。でも幸せいっぱいの顔だ。例え貧乏でも、両親の庇護の元、自由気儘に遊んでいる私がいる。何てリッチなんだろう。親から貰えたリッチな思いを今度は自分が次の世代に味あわせるのが人の営みなのだろうが、私にそれができているかどうか大いに疑問だ。

※合評開始:2016年9月9日から

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2016/8/29

4703 無数の生命−生命(四) 最終回    



Photo by I.Takeuchi

昔ヤモ捕り 今写眞撮り
47号の編集会議(ミニ同窓会)で、ヤモ捕りの話が出た。少年時代の自分を「ヤモ気違い」だったと言う。以前彼が寄稿した文章の中にもヤモの話が出ていた。網かモチ竿持参とあったが、モチ竿がどんなものか分からなかった。調べてみたら、竹の棒の先にべとべとのものをくっ付けてそれでトンボを捕獲するらしい。蠅取り紙やごきぶりホイホイ手法だ。その他にもトンボを先っぽにつける呼び寄せ手法もあるようだ。「とにかくいろんな方法に挑戦した」と会議で言っていたが、この科学少年がいったいどんな方法を考え出したか聞きたかった。ワイワイガヤガヤで質問できなかったことが悔やまれる。

さてそのヤモ捕り科学少年は、会議の時の写眞撮影はもちろん、季節季節の風景を撮って皆を楽しませてくれている。殺生を忌み嫌うお年頃になったのか、モチ竿で捕らえるのではなく自然の中で生きるそのままのトンボをレンズで撮るようになったようだ。

     2016.8.28 万理久利
    
とんぼ釣り 今日はどこまで 行ったやら  (加賀の千代女)


※合評:2016年8月29日より
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