私はこの反対運動を始めてから”右翼”という罵声を時折浴びせられるようになった。
そもそも、右翼と言う言葉はなんなのだろうか。
今更ながらに色々考えてみた。
この言葉はそもそも、フランス革命の当時に発足した議会の右側の席を占めたのが穏健協和派のジロンド党(ジロンド派)だったことに由来するらしい。
その反対、議会の左側の席を占めたのがかの有名なロベス・ピエール”の率いる急進派のジャコバン党(ジャコバン派)だ。
この議会はロベス・ピエールらの策略により、ジャコバン派が台頭するのは世界史を学んだ事のある方なら御存知の事だろう。
最も現代では左翼右翼の定義は実に複雑かつ、曖昧なので私もどれをとって言って良いのか、困る始末だ。
概ね”右翼(保守、国粋主義)””左翼(改革派)”といった意味合いが一般的だが・・・これは相対的なものの上に判断する人間の考えによって変わってしまうものだ。
と、そこまで真面目に考えたところで・・・私はネット右翼という概念を知った。
名称は知っていたが「右翼思想を持ったものがネットで喋っていたって何の不思議もない」と思っていた。
ネット辞書”ウィキペディア”によると「ネット右翼とは、日本語のインターネット上における、保守的・右翼的な発言をする者に対する侮蔑的な呼び名であり、2ちゃんねる用語の一種」だという事だ。
既存のメディアが主に中国、朝鮮半島の外国人による日本人の人権抑圧問題等に対して、沈黙したための抗議活動が活発化したための反発として生まれた批判だともいう。
確かに悪いのはそれによって利益を得る団体やマスコミだが・・・なるほど、確かに2ちゃんねるの口汚さで罵られれば、それは反発も出るだろう。
実際、私は2ちゃんねるの口汚さに辟易し、仕事の際の資料として活用していても必要以上に見る事はなく、また書き込みなどとというものはよほど必要に迫られないかぎりした事はなかった。
私は商売柄口汚い言葉には敏感で、自分に向けられたものでなくてもまるで刃物に斬りつけられたような痛みを感じてしまう。
友人、知人のサイトを口汚く罵られた時など、怒りと哀しみの憤りで気も狂わんばかりだった。
だから、必要な事意外では正直関わりたくない場所だった。
流石というか・・・管理人自ら”たんつぼ”と言い切るだけの事はある。
そんな私が今は必要に迫られて2ちゃんねるに書き込んでいる次第だ。
正直な事を言うと、2ちゃんねるのお陰、しかもマルチポストでこの法案を知る事となったのは実はかなりの屈辱にすら思っている。
だが、正直そんな事に拘っている場合じゃないと思った。
ネット右翼だろうが2ちゃんねるだろうが、その行いが正道だと思ったら応援するべきだと思ったからだ。
正直、この度の朝日新聞の報道の数々で、私はかつて愛読者だったにも関わらず失望した。
私が今も愛読を続けていたら、間違いなく鵜呑みにしてこの法案を支持していただろう。
このような虚偽とも言えそうな「
原文とは全く逆ともいえる読後感と、過度の安心感を与える記事」を書いているのでは批判されてしかるべきだと思った。
ここまで
印象を操作する記事は報道ではなく、広報活動だ!
この運動に「2ちゃんやネット右翼のやってる事だから」とレッテルで判断して、その行動を色眼鏡で見る事は単なる偏見ではないだろうか?
特にこの法案の反対運動に対して、そうやって水を挿す人間を私は理解できない。
仮に賛成派だというなら、滑稽この上ない。
自分が差別しておいて、差別反対とでも言いたげだ。
理解に苦しむ。
中立だとしても、中立なら放っておけば良いだろう。
別にそれぞれの意見を通せばいい。
学び、よく考え、その意見が正しいと思うものなら、私は反論はすれど私の考えを押し付けようとまでは思わない。
それはその人の自由であり、権利だ。
ただ、その人は世の中がこの法案の所為で悪く変化してしまっても、その時は文句を言えた立場ではない。
また、子孫達から「その時どうしたの?」と聞かれて、胸を張って本当の事を答えられるだろうか?
私の何よりも言いたい事は何度も繰り返すとおり、「この法案についてよく考えて、反対なら自分なりの方法で抗議をして欲しいという事」だ。
現在、この運動のイニシアチブを取っているのは、2ちゃんねるであり、ネット右翼と呼ばれる人達であることは残念ながら反論できないし、する気もない。
誰がしようと正しいと思う事をやっているのだ。
参考としていくつかの代表的のサイトをあげ、私は「同志」と呼んでいるがベッタリと鵜呑みにして従っている訳ではない。
反感を覚える発言も当然あるし、あちらでも私の感情的でまっすぐ過ぎる行動は不愉快かも知れない。
だが、あくまで「現状の欠陥の隙間から悪意が見え隠れする人権擁護法案の撤廃」を目指す同志であり、思想、信条などは一切関係ない。
右だろうと左だろうとなんだろうとそもそも知った事でないのだ。
法案がきちんと改善されるなら、成立に反対する気はない。
ただ、改善案を出せと運動していれば、これまで同様に「改善点をすりかえられる決まっている」と考え、現在のスタンスは廃案派となっている。
私は自分なりの方法でこの法案が廃案になるか改善されるまで戦っていこうと思う。
あなたもあなたなりの方法で一緒に戦って頂けるとうれしく思う。
最後に、余談だが私は自分の事はどちらかといえば”左よりの中立”とだけ言っておこう。
やはり、緩やかなる改善あってこそだと思う。
それなのに改革派の小泉政権が嫌いなのは「改善ではなく改悪」だと思っているからだ。
右翼、左翼、プロ市民・・・。
様々な意義のある言葉が、近年は貶められてる感がある。
左翼は赤軍テロで自業自得という考え方もないではないが、左翼思想だからと言ってテロになるのはおかしい。
右翼は街頭宣伝車によって貶められ、愛国と言う言葉は道化にされた。
ああいった右翼の大半は北朝鮮の工作員という噂は本当だろうか?
自覚と責任を持つ市民である”プロ市民”は市民活動と称して政治的・営利的な活動を行う者を指す蔑称となっているらしい。
言葉は変わる以上、仕方がない。
そもそも、私は古語たる”悪”などという名前を使っているロートルものだ。
悪の本来の意味は「何者にもへつらわない。強き者」の意。
”悪来””悪源太”といった言葉はそのような意味からつけられた名だ。
気の弱い私は、この言葉を礎にして、今日も戦っている。