ソウルの友人が、彼の旅路の回想と共に、私の心を思って、詩を送ってくれた。
これは、最初から日本語の詩だった。誰の作かは分からない。メロディーがついているのかも。女性歌手のものだろうか。
「終わりはしない、一緒に行こう」 この言葉が、温かかった。
7月19日 From SK
晴れ渡る空から
落ちる通り雨
流れてゆく雲に
追いつけなくて
旅立ちの先には
新しい出會い
でも流されてるようで
落ち着かなくって
それでも
この瞬間
全てが 終わる
わけじゃない そうでしょ
あきれるほど 惱みぬいて
狹い答え 今はいらない
ほらホントは諦めていない
まだまだ行こう
終わりはしない
一緒に行こう
覺悟決めてね!
7月22日
また、目覚めてしまった。手を合わせ、神仏に問い掛ける。「なぜ、私を目覚めさせたのですか。私は、何をすればいいのでしょう」
韓国、赤灯台と白灯台の冬の埠頭に、小さな娘が駆けてくる。喜び一杯の笑い声が聞こえる。すぐ後ろには、若き父親。
I was thinking about the impossibility of going back to the past while I was seeing the photo.
I was a girl and my father was youthful.
And the girl was in joy of a pure mind.
It's like a joyful memory of father and daughter.
There are the joys and sorrows of life. I wished, however, everybody has delightful memories when they look back over the childhood.
きっと、私にも、そんな喜びがあったと思えば、郷愁という哀しみが湧いてくる。ノスタルジアは、事実よりも、想像力に根ざしている。思い出とは、心の創作なのだから。
時は、過行く。置いてきぼりをくっている私の手を取って。
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