東京は、汗だく人間地獄と化しているらしい。
夏は、上京したくない。灼熱の街には、地下道にも、地上にも臭い空気が漂っている。
上原の部屋には、ヤシの葉が揺れている。毎年、小父さまが剪定するのだが、夏には、大きく高く葉を広げる。2階のベランダを超えて、窓辺に南国情緒を醸し出す。葉の影が、月光か庭の灯に揺れると、いくばくか、涼しい気がしたものだ。エアコンなしで過ごしたいくつもの夜を思い出す。大抵、いつもべとべとになり、髪とシルクの寝巻きはくたっと肌に引っ付いた。
ここの所、朝の目覚めが実に心地いい。艶やかな桑の葉を揺らしてすだれ窓から入る涼風と夏の光が、清々しい。あまり気持ちよいので、ずっと寝ていたくなる。
寝具は冬のまま、寝巻きもフリースのまま。靴下を履いて寝ても汗ばむことはない。夜も6時を過ぎると風が冷たくなるので、居間の大きな窓を閉める。この家は、木々に囲まれている。日当たりがよいわけではないので、トタン屋根ながら、外よりもひんやりしている。
昨日、試験を終え、昼から、岩手出身の女子学生二人と、いつものお店でおいしい家庭料理を食べ、熱い空気に薄い水蒸気が充満して白白とする田代湿原へと登った。素朴でくったくのない二人と、恋の句を作っては笑い、和気藹々とした午後を過ごした。
苦菜(ニガナ)が、湿原へと続く細道を、黄色い霞草のように飾っていた。綿菅や蓮華躑躅はすっかり終わっていた。日光黄菅も最盛期は過ぎていたものの、毛氈苔や朱鷺草(トキソウ)と共に迎えてくれた。これから、金紅花(キンコウカ)が一面に咲く頃を迎える。高山の花々は、人に愛想を振り撒くことはない。
今朝から、青函カップの練習と整備に入った。海へ近づくにつれ、車のフロントガラスに、灰色の空が迫る。海霧が、北東の風に押され、合浦公園まで漂っている。昼過ぎまで、やさしい水蒸気の中を滑るように走った。いい風が吹いた。初めて乗る船は、波と同じように穏やかだった。
帰り道、赤信号で止まると、前方中空に車輪が見える。縦列した車の中には、運転席から路上に出て眺める者もいる。救急車のサイレンが国道から近づいてくる。事故だ。すぐ左へ逸れて、迂回した。サイドミラーに、ひっくり返った車体を映す。救急車が到着した。前部座席の天井はグシャッと潰れている。あの中に、まだ人がいるのだと思った。一体、どんな姿で。どうして、ひっくり返ったのか。
車の中には、血にまみれて動かなくなっている人が詰まっている。その人は、その瞬間にどんな体験をしたのだろう、そして、今、意識はどこにあるのだろう。ひどく嫌な気持ちになった。私は、その光景を見たくはなかった。ミラーから目をそらし、ゆっくりと走り去った。
500メートルほど先、スイカを買いに寄ったコープには、直近で起ったばかりの惨事とは別の日常が流れていた。私は生きている。恐らく彼は死んだだろう。
だしぬけに訪れる。死とは、こういうものなのだと思った。
窓を開けて冷たい夜風を室内に入れる。
デッキの照り返しと潮に晒されて薄っすらと火照った顔が、午睡の汗でしっとりしている。
お腹が空いた。
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