何年振りだろう、本当に美人だと思える人を見たのは。
学生が、出身高校の演奏会に「是非来てくださいっ」と言うので、迫力に圧されて出かけた。実のところ、学生から、出身校の行事に誘われたのは初めてで、嬉しくもあった。
ラフな恰好に、市場で買ったサクランボの入った白いビニール袋を下げ、ホールへ入った。
パンフレットを開いて、これは合唱部の演奏会だと知った。伴奏者の写真に目が留まる。「きれいな人」。国立音大ピアノ科卒業。
第T部は、グレゴリオ聖歌。部員は全員女子高生。指揮者の女性教員が、一番意気込んでいるのが感じられる。彼女は、幕間に、2度もお色直しをした。恐らく、昨晩は気もそぞろに、3着のドレスと靴、そして宝石を確かめたことだろう。彼女の印象は、私が小学生の時に習った、ピアノの先生の面影に近かった。国立音大卒。名のある神社の宮司の一人娘だった。
第U部になると、先ほどまでの高まる思いや新鮮味が薄れ、飽きてきた。どうも、薄いのだ。迫力がない。帰りたくなってきた。
しかし、第V部に登場した伴奏者を見て、気が変わった。写真の女性だ。
存在感がある。美しい。そして、ピアノも上流。後方列の真中に座っているため、はっきり見えない。「もっと近くで見たい」
第W部の開始前に、思い切って前列へ移動した。
舞台なので、化粧はしっかりしているが、全身に美の雰囲気を纏っている。私は、合唱団のBGMを聞きながら、彼女ばかり見ていた。そして、いろんなことを考えていた。
他の女性たちが、どのような意識で、美しい女性を見るのかは知らないが、私は、美しい人を見ると、こちらの視線を意識させないようにと気を使いながら、凝視してしまう。気後れしながらも、近づきたくなるし、話し掛けたくなる。美しい人に、惹き付けられ、親近感を覚え、浮き立ってしまうのだ。
美しい人は少ないが、どちらかと言えば、女性の方が多いため、同じ女に生れてよかったと思ったことは一度ならずある。
彼女は、美しい。横顔は、若くして死んだ叔母に似ているような。残念ながら、左指にきらめく金の指輪をしている。釣り合いの取れた男であることを願う。
しかし、写真もそうだが、なぜ、この人は、こんなに物憂い顔をしているのだろう。瞳の光が暗い。楽譜を見つめながら、メロディーに身体を揺らし、白くしなる肩、腕、指で、直向きに鍵盤を奏でている。観客の視線や思惑などから遠くはなれて。神秘的というのではない、悲しげで、メランコリックなのだ。重厚感はあるが、暗い。ピアノは中央にあるが、脇役として、控えめにしているのだろうか。いや、彼女は、誰も見てはいない。
学生時代に、東京医科歯科大で被験者のアルバイトをしてみた時、きれいな既婚の女医がいたことを思い出した。彼女もきれいなのだが、面白みがなかった。真面目なお人形さんのようなのだ。活き活きとした感情の動きが、言動に全く感じられなかった。
高級な日本人形。
今晩は、美女に出会えてよかった。彼女にピアノを習いたいとも思ったが、美しい顔を見ていると、気が塞ぎそうなので、やめておこうと思った。
自宅へと向かう車の中で、私の顔は別の顔に変わっていた。物憂げで、虚ろな目をした美しい彼女の顔に。それは、プシケの顔のようだった。
満面の笑顔が見たい。心浮き立ち、悦び溢れ、瞳輝く瞬間を。僕だけに。
そして愚かな試みを、何人のアモールがしたろうか。
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