夢をよく見る。
夢の中で、天女と共に舞っていたこともあった。
寺院内にいることもよくある。見たことも、訪問したこともない寺に。
2004年だっただろうか、夢の中で、ある寺の庭園を独り歩いていた。見知らぬ場所に、不安を抱いていた。
池の端から、橋のような中州を渡った。右方の高台に三重の塔が建っている。今でも、脳裏にその情景が浮かぶ。揺れる樹木が塔を包み、しっとりとした山の風を感じた。私は、じっとそれを見つめていた。こちら側を向いた帳は、閉じている。
塔の背後から、日が昇り、頭上を渡って、左方の池の端に立つ堂の向うへと、夕陽となって沈んでいくのを見ていた。お堂の扉は閉まっていた。中を見ずとも、仏像が何体か、こちらの方を向いて鎮座しているのが分かった。周囲に人影はない。
私は、池の端に佇み、夕焼けに染まる空を見つめていた。
夢から覚めて、この寺が、実際に、どこかにあるかもしれないと思った。
どのように探せばいいのか途方に暮れたが、庭園の池と三重の塔などの建築物とその配置が鍵になると思った。
また、なぜか、その寺は、極楽浄土と関係しているという直観があった。これが第二の鍵だった。
まず、インターネットで、池と塔があり、極楽に繋がる寺を探してみた。そして、京都の平等院、極楽寺が候補に上がった。翌年の正月、帰省がてら訪ねてみることにした。卒業生二人が、車で連れて行ってくれた。どちらも、探している寺ではなかった。
その後、熱心に探すようなことはなかった。そうして、次の年の初冬を迎えた。再び、インターネットで検索をしたら、すぐに、ある寺を紹介するホームページが目に留まった。そこに、境内図が掲載されていた。夢で見た寺の配置と同じだった。
その寺の名は、浄瑠璃寺であった。
2007年3月20日、ロサンゼルスから招いた婚約者を連れ、初めて、その寺へドライブした。山道には、白い梅の花がほころび、早咲きの小桜が花霞を漂わせていた。木々には、丁寧に名札が付されている。春になれば、種々の花々が香るよう。参拝客や観光客のほとんど見かけぬ、静かで、やさしい雰囲気が心地よかった。
小さな門をくぐった時、そこは夢で訪れた場所だった。どうやら、私は、夢の中で、池を渡って、その門の方へと向かっていたようだ。
つづく
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