2008/7/6
システムの構築
20・7・6
今日は7月6日で、今夜は明日の七夕の為に、願い事を書いた短冊や、飾り付けをする日である。七夕とは、元々は棚機・・・・─引用開始─ 「棚機(たなばた)」とは古い日本の禊ぎ(みそぎ)行事で、乙女が着物を織って棚にそなえ、神さまを迎えて秋の豊作を祈ったり人々のけがれをはらうというものでした。
選ばれた乙女は「棚機女(たなばたつめ)」と呼ばれ、川などの清い水辺にある機屋(はたや)にこもって神さまのために心をこめて着物を織ります。そのときに使われたのが「棚機」(たなばた)という織り機です。・・・・
七夕のいわれ http://www.jishujinja.or.jp/tanabata/yurai/
世界の七夕伝説http://www.jishujinja.or.jp/tanabata/world/index.html
と有り、世界に天の川伝説として同じ様な話が伝わっている様である。
其れは、7月2日のメッセージの天の河と銀河と花火に繋がっており、今朝のメッセージも其の事に関係している様なので、既に新しい機織物語が進行中の様である。七夕には、自分の願い事を書いた短冊を竹に下げて祷りを託す事を成す行事があるが、其れは西洋のケルト族が行っていたクリスマスツリーと、起源を同じくするものではないだろうか。其れに、漢字の「事」は「木の枝+札+右手」の組み合わせで、木の枝に願い事を書いた札を括り着けて右手に持って神に捧げるの意味であるので、其れも同じ概念である事になる。
其の札の事を考えると、「宗像・むなかた・胸型」の刺青から始まった「文字」の「文・あや」が糸が発達した事で、機織りとして「糸+文・紋・もん」に変り、意識の織物を発達させて来た理・ことを示唆して来ているのではないだろうか。其れが、宗像市の織殿神社や織殿神社の祭神である姫君達に関係が有るのだろう。織殿神社は、日本のデザインの発生の地と伝えらえている。其の事を考えると、今日は新しいデザインの開闢日として相応しいのではないだろうか。
福岡県宗像市・縫殿神社http://moon.ap.teacup.com/20051112/342.html
福岡県宗像市・織幡神社http://moon.ap.teacup.com/20051112/343.html
此処で、茨城の森山さんから電話が有り、昨夜寝て居たら「みろくぼさつ」と1言、声で告げられたとの事である。森山さんは、7月2日のビジョンに蛇が現れて、携帯電話を渡されている。其れは、森山さんが神の情報を、言葉で発信する役割を担っている事を意味している。森山さんの守護霊は櫛稲田姫の様で、其の櫛稲田姫は素戔鳴尊の妻であり、大山祇神の系の娘である。其の森山さんに、弥勒菩薩の事を告げて来たのであれば、いよいよ彌勒菩薩が此の世に姿を現す事を、森山さんが皆に知らせるとの事ではないだろうか。大日大霊 http://green.ap.teacup.com/20060818/802.html
今日は、地元の高平地区に在る「目の神様」の、1年に1回の祭りが午後4時から行なわれる。其の神様は、目の見えない人を目明きにしてくれる神様である。其れを考えると、今日から目が開いて「お目出とう」と言う事なのかもしれない。其れに、7月17日(旧暦7月15日)には、森山さんが球石を納めた素戔鳴尊が祭神である、麦生集落の森山の大山神社の、1年に1回の祭りが夕方から行なわれる。
何やら、事が急速に動いて来ている様である。今朝の私へのメッセージは「智慧を動かせ」と有って「大塚グループ」「顧問」との言葉が告げられ、屋久島の植物の写真が次々に写し出されて来て、其の写真が加工され、世界に向けて宣伝写真として、発信されて行くのが写し出されて来た。そして、「グリンクラブ」の活動が本格的に発動されるプログラムが載せられているHPが、緑色の基調で現れて来た。
其れで、昨日「瀬切れ」と告げられて来ていた言葉の意味が理解されて来た。瀬切れとは、屋久島の西部地区に有る地名で、其の地域を流れる瀬切れ川の右岸からが、世界自然遺産に登録されている特別保護地区である。
グリンクラブ http://green.ap.teacup.com/20060818/179.html
何故、大塚グループの名が出て来て、屋久島の植物の写真が沢山出て来たのであろうか。其れは、大塚製薬と関係が有るのだろう。薬の漢字は「草+楽」の組み合わせで、字義は「草を食べて楽の声を聞く」「薬草で癒やされる」の意味であり、「楽」の漢字は木の実の着いた枝(ドングリの着いたくぬぎの枝)を乾燥させて、木の実がカラカラ音を立てる枝を振って、音を楽しむの意味である。
(ITで「大塚グループ」を検索すると、其の中に訪問歯科診療部門も有るので、高橋伸氏や森山さんの仕事とも絡んでいる。)
其れ等の事柄を考えると、新しい薬に対する概念から組み直せとの事ではないだろうか。其れは、大国主命の国造りに智慧を出した「スクナヒコナ神・小さな身体の宿禰彦神」の存在が思い浮かんで来る。スクナヒコ神は薬の神であるし、温泉の神でもある。其れを考えると、いよいよ「少彦名神社・すくなひこなじんじゃ」の祭神も本格的に動き出すとの事ではないだろうか。そうであれば、ルーアンの道の岡の上に建設される薬草園の癒やしの村は、神の大作戦の場と言う事になる。其れは、釈迦牟尼佛が理想としていた祇園精舎の再建に繋がるものであり、祇園様の言葉にも繋がってくる。
少彦名神 http://green.ap.teacup.com/applet/20060818/20061019/archive
・・今朝の映像は長い物語に成っていた。其れは未来への新しき道が切り開かれるもので、空には虹が掛かり、龍が地上に水飲みに降りて来る映像も含まれていた。・・・
昨日、私に現れた7人の虹の戦士と、森山さんに現れたペアーの神が見下ろして居た場所は、「ルーアンの道・殉教者の道」付近の土地だったのかもしれない。そうであれば、其れに向けた企画を立ち上げ、システムの構築を図らなければならないと言う事である。是で、今後の方針が見えて来た様な気がする。入り口さえ見付かれば、後は進んで行く事で、全体の様相が見えて来るだろう。是で、私の智慧の使い方も、楽に成って来ると言うものである。ルーアンの道 http://green.ap.teacup.com/20060818/764.html
今朝18年10月19日の文章をリンクする為に読み返すと、安部忠宏氏の背後に憑いている霊魂が私の意識であったと記してある。其の事を読んで私が想うのは、今年の4月29日に始めて祇園様を祭る大山神社に参詣し、祠の中に球石を納めると、其の夜に黒い大きな大蛇が出雲大社の奥に有る素戔鳴尊社の磐座から出て来ている。4月29日は昭和天皇の誕生日であり、私の妻の命日でもある。
昭和天皇の御魂は、崩御なされた1月7日の夜中に私の心臓に飛び込んで来て、2月24日の大葬の日の未明に「わがみ 既に遠く 良き代を 願い奉る」と告げて来たのである。
其の事を考えると「良き代」が始まるのは屋久島と言う事に成り、私の意識や安部忠宏氏を動かしていた出雲の神々が屋久島に引っ越して来たと言うか、山に還って来たと言う事に成るのではないだろうか。そうであれば、今年から出雲も10月は神無月と成るのかもしれない。其れは、仕方の無い事であろう。私は、数年間出雲に住んで、其の事に尽力をしたが、耳を貸す人は少なかったのである。だから、トキが迫って来たいま、少々不便ではあるが、屋久島から言挙げをする事に成ったのであろう。
今回のシステム構築は、ITを通じて行われるのであるから、電力が化石燃料に頼らない水力発電であり、断層が無いから地震の恐れがない屋久島は、情報発信基地として最適なのかもしれない。清い水が花崗岩の山岳から流れ降り、人間の手が容易に入り込めない山岳地帯は、神の住いとして適しており、其の麓に人々が集い叡智を積み上げて行く事を考えると、新しき祇園精舎のイメージには最適であると言えるであろう。
其れに、屋久島の「やく」は「鹿野苑・山麓」の「ロク」と同じく、鹿の事であるので「鹿島・やくしま」である。だから、森山さんのビジョンに屋久島の鹿が神の化身として現れる事は、当然の事と言えるのである。
屋久島の古い民謡である「まつばんだ」の文句は「やくのお山を 疎かに おもうなよ 金の蔵よりまだ宝 チョイサヨ チョイサヨ」でチョイサヨとは朝鮮語で「目出度い」の意味であり、「まつばんだ」とは雲南省の言葉では「神々の集まる場」との意味らしい。其の事を考えると、お祭りの為に、早速今年の秋は実の着いたドングリの木の枝を見付けて乾燥させ、楽器作りをしなければ成らないだろう。
平成20年7月6日
礒 邉 自 適
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