2008/3/26
新しい世界の創造
20・3・26
今朝の映像は、自分の潜在意識からのモノではなく、神界からのメッセージと言えるモノである。今朝の映像は、先ず、スマートな50歳ぐらいと40歳ぐらいの男性2人に付き添われて、どこかの大きな建物に案内され、扉の前に立たされた。其の扉には、覗き穴の様な小さな穴が空いていて、其処に眼の網膜スキャンの様にして、口を開き、舌をスキャンしなければ、中に入れない仕組みに成っていた。私を案内して来た2人の男性は、其の部屋の中には入れないらしく、私には入れる可能性が有るらしいのだ。
私は、其のドアに着いている光を発する小さな穴に、顔を近づけて、穴の所で口を開けると、舌に、ある数字を刻印されて、合格する事が出来た。しかし、舌が火傷をした様に腫れ、暫らくは痛みが退かない感覚が有った。其の数字は、私に与えられた数字なので、公表出来ないが、其れは、出雲の熊野神社の御祭神である、素戔鳴尊の別名「神祖熊野大神櫛御気野命・かむろぎくまのおおかみくしみけぬのみこと」に関する意味を、含むキーと成るらしい。
そして、入る事が出来た其の部屋には、天地を貫く穴が通じていて、私は其の上下の世界に意識が通じた。其の1番下には、動物の糞尿を分解する微生物の魂の世界が有り、上は太陽に通じている事が理解出来た。其の上下の世界が認識されると、関係者の集まるパーティが開かれているのが解かり、私は其の会場に向った。其の会場は、大きなホテルの様な建物の広間であり、私が其の会場に着くと、何百人かが集まって居た様子がうかがえた。其の会場は、既に催しが済んで、従業員がテーブルや椅子を片づけていて、パンやケーキ等が台の上に残されているだけだった。
其の会場を見回すと、出口の所で7名の年配の男性・長老が椅子に座って、話合いをして居た。其の長老達は、催しに集まって居た何百人かの人々を送り出して、自分達が無事に役割を終えた事を話合っているらしい。其の雰囲気から、催されていた集まりは、何かの計画が無事に完了した祝賀会で、解散式に当るものであったらしい。
私は、其の会場を後にして、別の建物に向うと、其の建物には、既に何十人かの人達が集まっており、私の到着を待って居た。そして、私が部屋の中に入ると、其の人達が私の前に集まって来た。そして、私が、何から始めるかを聞きたがっているのである。
今朝のメッセージのポイントは、私の舌がスキャンされ、其の舌に、ある数字が刻印された事である。其れは、アステカのカレンダーの中心に存在する「太陽神・トナティウ」が出している舌か、大日如来を意味する「あ」の言霊を意味しているのかも知れない。アステカの伝説では、是まで4段階の太陽の神の時代が在り、今は、第5番目の太陽の時代とされている。
今朝のメッセージは、其のアステカの神に関係が有り、是までの神の時代が「終わり・完了し」、是から新しい「時代・御世・世界」が始まる事を、知らせて来たモノ・現象ではないだろうか。そして、其の御世の開闢に言葉が関係しており、私の舌が、其の開闢に関係が有るとの事ではないだろうか。
アステカのカレンダーでは、北の位置が「始まり」を意味し、其のマークは葦(ケイン)の芽である。其れは、日本の古事記にも、此の世界の始まりには「宇麻志阿斯訶備比古遅神(うましあしかびひこじのかみ)」との名が有り、「あしかび」とは「葦牙」の事で、葦の新芽の形を意味するので共通点がある。
中国の、易の暦も12干支で「子・ね」の位置(0時・12時)は、始まりと終わりを意味している。其れは、アステカの暦と同じく、アルファとオメガを意味しているので共通点が有る事に成るのだ。
アステカの神 参考 http://www.mysnco.com/2001-7.html
今日の映像で面白いのは、私の舌がスキャンされて、扉を開ける事に合格したのは、私の言葉が、神の世界に入る鍵として、認められたと言う事であろう。其れは、大日如来のマントラ・真言の世界に、私の、言葉に関する解釈が、合格し、言葉を使う事が、改めて許可されたと言う事でもあるのだろう。
其れは、私の意識が、神社の「阿・あ・右」から参道を進み、神の世界に通じる事に成功して、「吽・うん・左」の側から外に出て、神の代理として「もの・言」を云う事が認められたという事なのかもしれない。
そうであれば、私は、師に捜し出されて25年目にして、ようやく師が私に求めていた次元に、到着した事に成る。其れは、弘法大師空海が求めていた世界であり、空海の謂う「同行二人」が成功した事にも成るのだろう。
今朝の映像の私が入る事に成功した世界では、地中の微生物の働きの意識に触れる事が出来、また太陽の意識と直結するトンネル・通路も有った。其れは、大きな意味を持っている。其の自然界の法則が理解されれば、生きた人間の心臓を取り出して、時間を司る神に捧げたり、舌を切り裂いて、出た血を黒曜石の鏡に捧げる事も必要ない。其れ等の、古代の人達が神秘とした世界が、現代では科学的に究明され、科学的に説明が出来るのである。
出雲の「神魂神社・かもすじんじゃ」の「神魂・かもす」は、酒を醸す微生物の働きを神秘的に捉えたモノ言いであろう。其れだと、今朝、私が入り込んだ世界の、動物の糞尿を分解する微生物の「働き・魂しい」の世界こそ、「神魂神社・かもすじんじゃ」の神の世界なのかもしれない。そして、神魂神社で点火した火で、出雲大社(杵築神社)にて餅を搗き、其の餅を納める熊野神社の祭神こそ素戔鳴尊であり、食べ物の神(保食神・受け餅の神)である。
其の素戔鳴尊は、稲田姫と暮らし始めた新居の跡地である「須賀神社・すがじんじゃ」に、祀られており、須賀神社は日本の和歌の発生の地とされている。
出雲 須賀神社http://moon.ap.teacup.com/20051112/185.html
神魂神社は、日本最古の神社で、建物は国宝にされている。其れは建物だけではなく、神社の名も、古代の概念を含んでいる事になる。そして、日本語の言葉の元は、近くの須賀神社に残っているのである。更に、天皇家の「新嘗祭・にいなめさい」や「大嘗祭・だいじょうさい」の名は「嘗める・なめる」の言葉が使われている。其れは、舌が神に一番近い世界である理を示している。其れは、漢字の「謂・いう」が、「言葉は 胃の中の穀物から 発生する。」との字義である事からも、食べ物を材料として、腸内で活動する微生物の働きが、如何に大事かを理解出来るものである。
其れが、日本語の「虫の知らせ」の言葉として、現在まで伝えられているのである。其れ等の事を考えれば、私は、神の世界に通じたのではなく、本来の命の世界に「帰命・祷り」したのであろう。其れは、どんな小さな生き物でも、自分の体内に内在する36億年間、生き続けているDNA・遺伝子の記憶の世界なのである。其れは、人間の様に大脳は持たなくても、遺伝子さえ在れば、其の遺伝子が、脳の働きをしている理を、理解出来るものである。
だからこそ、日本の古神道では、人間の邪まな知識を祓う儀式をして、食べ物を大事に扱うのである。其れは、釈迦牟尼佛の謂う「精進・しょうじん」と同じ概念である。
今朝は、私の意識が其の「精進潔斎・しょうじんけっさい」の世界に、通じた事を意味しているのだろう。
今日は、此の文章を打っていると、NHKのFMラジオ放送で、太安万侶(おおのやすまろ)の物語が朗読されていた。其れは、言葉が、如何に神霊の世界に、強い影響を与えているかを、説明するものであった。其れも、今日、私が見せられたビジョンと、シンクロしていると謂える出来事である。
─引用開始─ (?−723)
711年、第43代元明天皇の詔で稗田阿礼(ひえだのあれ)の伝誦した神話・歴史を漢文体を交えて筆録し、翌年『古事記』3巻を献上した。また、『日本書紀』の選修にも関係して重要な地位を占めた。彼が選修した古事記序は、唐の長孫無忌の進五経正義表や文選等と関係の深い四六駢麗体の名文で、奈良時代の文人学者の教養を物語っている。
今朝のメッセージから考えても、何か、新しい世界が始まる事が示唆されて来ているので、新しい展開が始まるのであろう。昨日は、新しい動きを起す為に、大山高則氏と二人で役場に行ったり、土地を視察したりした。其の2人の行動が、今朝のメッセージに繋がっているのかもしれない。
未だ未だ、打って行けば、文章は続くのだが、長く成り過ぎるので此処らで止める事にする。言い足りない件が有れば、また明日知らせて来るだろう。其れが、羽の生えた蛇かどうかは判らないが、舌でモノを嗅ぎ分ける神霊が、絡んで来ている事は間違いないだろう。いよいよ「ケツァルコアトル」の約束が、果たされる時節が到来したのだろうか。
平成20年3月26日
礒 邉 自 適
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