2007/2/3
2月9日の日付け
19・2・3
今朝は、2月9日の日付けが伝えられて来た。2月9日の日付けで私が思い当たる事は、今月9日で自適塾を立ち上げて丸2年に成る事と、矢追日聖氏(1996年)と手塚治虫氏(1989年)の命日で、愛媛丸にグリンビル号が衝突した日(2001年)でもある。そして「みどりの会(グリン‐クラブ)」を命名して、他人に公開した日(2001年)でもある。其の2月9日の日付けに付いて、私に何を認識しろとの事だろうか。
今朝の映像は、私の財産を横取りした人間が田畑の草払いをして居る姿と、誰かが製材所で働いている姿が映されて来て、小型ヤンマー-ディーゼル-エンジンが起動して回り始める音が強く聞こえて来た。其の意味を、私し成りに考えると、草払いと製材所は、地上の草木を管理する事に繋がっており、ヤンマーディーゼルの音は、私が田畑を耕して居た耕運機の音でもあるし、漁業者が魚釣りに行く漁船のエンジンの音でもある。
其れ等の事から、考えられる事は、地球の緑や環境に付いて、改めて深く考えろとの事ではないだろうか。先月25日の夕方、前田社長に会いに博多に向かう途中「福岡緑進協会代表、の白土宏氏より携帯に電話が掛かり「自適君 いよいよ本番が始まりそうだ。云々」と云って来た。内容は、林野庁に行って「辻 健治 長官」に会い、其の後、全国森林組合連合会に行ったら、代表理事副会長の「岩川尚美氏」が屋久島出身で、私の事を知っていたので、其処から電話を掛けたが通じなかったとの事であった。今度の林野庁長官の辻健治氏は、福岡県の筑豊の出身だとの事で、山の件に付いて協力を戴けそうだし、岩川尚美副理事長は、福岡に講演に来る事も可能だと云って下さったとのことである。
そして、26日の朝、博多駅前のホテルから直ぐ近くに有る、白土代表の事務所を訪ねて、浮羽で事が始まりそうだと、事情を話すと「財団の山が 浮羽に4ヘクタールくらい有るから 自由に使って良いよ。」とも云って下さった。
林野庁HP http://www.rinya.maff.go.jp/index.html
全国森林組合連合会HP http://www.zenmori.org/index.shtml
私が愛媛県に住んで居た、2001年2月9日に「みどりの会・グリンクラブ」の名を命名した経緯は、前林野庁長官の入澤肇氏と白土宏代表を引き合せる為に、東京のキャピタル東急ホテルの予約を入れるのに、会の名前が必要だったからである。其の出会いの日が2月13日と決まったので、私は其の日の為の資料を愛媛の白石氏と急遽作成しなければ成らなかった。
不思議な事に、其の日2月9日(日本時間2月10日)に、愛媛県の練習船である「愛媛丸」に、アメリカの潜水艦「グリンビル号」が衝突したのである。広い海原で、お互いに走る物同士が衝突するのは、人為で行なっても上手く行くものではない。其れも、片方は潜水艦であるので、水面の平行だけではなく、上下の立体的動作も伴っているのである。愛媛丸と、みどりの会(グリンクラブ)と、グリン・ビル号との符号は、単なる偶然の産物とはとても思えないのである。
其れに、昨年4月9日にも予告が有り、同じ様な事が鹿児島湾の入り口でも起きた。
2001・4・10 http://white.ap.teacup.com/miitu1223/163.html
これ等の事を考えると、今朝のメッセージは、昨日の続きであることが理解出来る。昨日、海面に浮上して来た女神はグリンビル号を意味し、接吻の相手は愛媛丸と言う事になる。其の意味は、此の世の物を管理している何者かが存在し、あらゆる事象を管理している理・ことを示して来ているのではないだろうか。
今朝は、不思議な事に文章を2段落10行程打ってから、突然、山岳の積雪を写真に撮りたく成って、カメラを手にして車で山道を走って居たら、道路わきに屋久島森林組合の作業車が止まっており、数名で杉林の下刈りと間伐作業が行われていた。私は、其の前を一旦走り過ぎたのだが、今朝の映像の製材所の事を思い出したので、是は雪山の写真を撮るのではなく、山林作業の現場写真を撮る為に身体が動き出したのだと考え、直ぐにUターンして其の現場に引き返し、車を道路脇に止めて、カメラを手にし杉林の中に入って行った。すると、懐かしい知り合い達だったので、話をしながら作業風景を10数枚撮影して事務所に帰って来た。
どうやら、其の作業現場が今日、其処に決まっていたのも、神の策略だったのであろう。違う道筋で作業が行われていれば、私が現場に遭遇する分けが無いし、今日は、私も何時もは通る事の無い山道を選んで走って居たのである。
何故、夢の場面と、現実の三次元である現場が繋がっているのだろうか。其の意味を考えると、現在、時間と空間の事象の在り様が濃密に成って来ていると言う事である。
私は23年前、神の世界に入った時に、「事象の特異点」と「新しき座標軸」と告げられた事が有る。其の意味が、此処に来て現実の出来事と成って現われて来ているのではないだろうか。10日程前「貴方の 死が 10日程に 迫っている。」と、女神に告げられていた。其の意味は、私の自我心が一切無くなるとの意味だったのだろうか。そうであれば、私の心身は、完全に「神霊の思頼・みたまのふゆ」に犯されてしまい、私の個人的な意志が残っていないことに成ってしまう。
私の中で、一体何が起きているのか、其れさえも自分では認識出来ないのである。是が、老子の謂う「道・タオ」を実行する事であり、親鸞の謂う「自然法爾」であり、日本の「惟神の道」なのだろうか。
老子は「道を外れたら 神霊でも 力を発揮出来ない。」と謂っている。今、私の周囲で始まっている事は「役の行者」か「諸葛孔明」の様な世界である。私の言動が、国の祭り事の中核に入り込んで行こうとしているのである。
其れは、見捨てられつつある山村の暮らし向きを、政治の中心に持ち込んで、日本人のアイデンティティを復活させようと言うものの様である。
何故、昨日の映像には海の場面が映って来ているのに、山の暮らしを立て直す事に成るのか。其れは、森林で生産される有機質が栄養と成って海に流れ、植物性プランクトンを発生させ、其れに因り其れを餌にする動物性プランクトンが増え、其れを食べる小魚が増え、其れを食べる鯖や鰹が増え、更にマグロやイルカを養い、海を豊にしているからである。
勿論森林が無くなれば、水の流れが安定せず、水田耕作に影響が有るし、人間の飲料水も侭成らぬ様に成ってしまうのである。だから、人間を含むあらゆる生き物にとって、森林や草原の管理が1番大事なのである。
今朝のメッセージは、人間の存在がどう在るべきかを、私にイメージしろと迫って来ているのだろう。私は23年前、屋久島を出て、東京や京都や奈良にも住んだ事が有る。東京は近代文明の街で、京都は伝統文化の街、奈良は古き都である。そして、阿蘇の高原にも住んで、子供達を育てながら自然農法にも取り組んで見た。そして再び、生まれ故郷の屋久島に帰り4年9ヶ月あまり住んで、再び島から出て活動する流れと成って来ている。其れは、いよいよ私の役割が本格的に始まるとのことであろう。
私が是から活動を始める事で、何が起きるのかは、私自身にも能く解らない。其れが、惟神の道・世界であれば、其れは其れで仕方のないことである。
今朝のメッセージの中で、気に成る事が1つ有る。其れは、ヤンマーディーゼルの機械の音である。今回の流れには、ドレミ村の天波博文氏が「八百萬爺バンド」で参加する事に成っているが、其のバンドにはヤンマーディーゼルの社長さんが応援の手を差し伸べて下さる事に成っているらしい。ヤンマーディーゼルの会社は、農業や漁業に大きく関わりを持っている。是から始まる村の再生には、1番付き合いを深めなければ成らない会社の1つであろう。新しい社会を構築して行くには、出きるだけ多くの人々の協力を仰いで行かなければ成らない。其の為の取掛かりとして、今朝のメッセージと、身体の反応が起きたのではないだろうか。
今日は節分で、鬼が豆を撒かれて退散する日と成っている。私は、昨年の大晦日と元旦には、島根県横田町の鬼神神社に参詣した。私は、他の人達と反対の行動をしているのだろうか。いや、そうではないのだ。地球と、全ての生命を護る為に、心を鬼にして是から取り組んで行かなければ成らないのである。其の為には、私情を一切捨て切って、鬼とならなければ遣って行けないのである。其れが、石工・ルシフェルの定めなのかも知れないのである。家庭を犠牲にまでして、此処まで取り組んで来た世界である。最後まで遣り通さなければ、妻や子供達に申し訳が立たないのである。
2月9日までには、新しい覚悟を決め、再び故郷を後にしなければならないのだ。「鬼に金棒」との諺が有るが「自適にデジカメ」スタイルで、新しき旅に出る事にしよう。しばらくは「自適に杖」は、お預けである。
平成19年2月3日
礒 邉 自 適
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