2007/4/6
ヒューマン-ライフと生命の絆
19・4・6・3・00
今朝の、メッセージの始まりの映像は、2つのプーリー(滑車)が横並びに出て来て、其のプーリーにベルトが張られて回り出す場面だった。始めに、長いベルトの帯が出て来て、其の侭プーリーにベルトを張ると、全部が巻き付いて動かなく成ってしまった。
其処で、一回全部を外してから、ピッタシの長さに切って、金具で止めてから掛け直し、2つのプーリーが無事に回り始めるのを確かめた。
すると「ヒューマン-ライフ」と「生命の絆」との言葉が伝えられて来た。其れは、2つの歯車が「生命の絆」と「ヒューマン-ライフ(人間らしい生活)」に関係が有る事を示して来ている。
次に、久留米市の大きな会場で、数千名の人達が講演を聴きに、集って居るのが映って来た。そして、其の呼びかけ文を、私が縦書きの書面で書いてあるのが映って来た。
其れは、今回の世直しが、水を守る事から始まる事を伝えて来ている。
久留米市は、水天宮の本宮が在る所で、水天宮は筑後川の畔に在る神社であり、水神として河童も御祭りして有る。
私が、始めて金縛りに合ったのも、其の水天宮にお参りした夜であったし、今、財団法人福岡緑進協会の白土宏代表が、始めようとしている事も、筑後川の水系の山の保存管理をして水を守る事である。其れは、タイミング的には合って来ている動きである。
と云うのは、現在の林野庁長官辻健治氏は福岡県筑豊町の出身であるし、全国森林連合会の副会長の岩川尚美氏は屋久島の安房川の畔の、安房1番地の1で生まれた方である。其れ等の事柄を、繋いで考えると、全ての事象が、今、此の時間帯に終結して来ている事が理解出来る。
今朝は、私の書いた呼びかけ文が映されて来て、其の文章は縦書きで、右から左に書かれているものであった。
どうやら、漢字文化では、正式な文章は右から左へ縦書きで書かなければ成らないらしい。私は未だ、そんな正式な文章を書いた事は無い。しかし、此の流れを全て把握して居るのは私だけである。だから、私の思考でなければ、神の意向に沿った文章は書けないのであろう。
誰かに、パソコンで縦書きの文章を書く打ち方を習わなければならないようである。
ここにきて、今回の神事がどうなっているのかが、ようやく全体的に見えて来た。其れは、人間が、人間的に暮らすのには、地球の水管理が1番だとの理・ことである。其の為には、緑の資源を大事に護らなければ成らないのだ。
新しい地球憲法には、其の事を第1条に挙げなければ成らないのだ。其の意味では、今回3月13日に日宮幣立神宮で挙げた「九代龍王水神」の幟は、トキの始まりとして的を得ていた事に成る。
今朝、理解出来て来た事の1つに、どれみ村の天波博文氏の歌に「ある時 僕は雨だった」が有る。其れは、現在宮崎県に住んで、ジャンベ太鼓の作成をしている瑞穂氏の作である。其の名からも、今回、日本から立ち上がる瑞穂の国には、始めから縁が組まれていた事に成る。
そうであれば「ある時 僕は雨だった」の歌は、久留米の水天宮から始まる「瑞穂の国造り」の講演会のテーマソングに相応しいものと成ってくる。
今朝は、私の文章の最後に「穂高」の印が押されて居た。其れは、私の書き物の「号」に成るものなのかも知れない。そうであれば、早速、趣味で屋久杉の印鑑を彫っている宮司氏に、其の印の制作を頼まなければ成らない。
今日の文章は、東京の神田で居酒屋「ふくるる」を経営している中山博氏も喜ぶのではないだろうか。中山氏は、人形町に在る水天宮の裏で産湯を使った方である。
中山氏は、昨年の6月11日に、屋久島で行われた「紀・トキ」の始まりの儀式にも、安倍氏と参加して貰っている。其の中山氏は、私と、水と霊の縁で繋がって居るのだろう。
是からは、全ての現象が、水を通じて起きて来るのだと想われる。中山氏のお告げにも、水で大禊ぎ始まると今年2月に出て来ている。
私は、1ヶ月に35日も雨が降ると云われている、雨の島で生まれ育った。だから、水の子であると言えるかも知れない。其の、水の子の言葉が、世界に拡がって行くのだと考えれば、不思議な気がする。
しかし、其れが、全宇宙のシステムであり、其の働きが「サラスヴァテイ」や「アナコンダ」や「せおりつひめ」や「わだつみ」など、様々な名で呼ばれている「神(はたらき)」であるならば、私は其の意思に従って行くしかないだろう。
取り合えずは、今朝、是からの私の行動目標が立てられて来ただけでも在り難い。何をすれば良いのか、分からないのが1番困る。其れは、私が勝手に物事を始めれば、又、今回のアセンションも失敗に終わってしまう事に成るからである。
昨日は、磯物取りに行く途中、初めて仲間集落に有る神社にお参りした。仲間集落では、今でも十五夜の綱を編み、其れをトグロを巻いて月の出に頭を向けているアナコンダの姿として、お祭りを続けている。
今朝のメッセージは、其の神社の祭神からの指示なのかも知れない。
昨夜は、8時過ぎに、急に眠気に襲われて寝床に入って眠ってしまった。
そして、早く起こされて此の文章を打っている。
今日は、宮之浦港13時発のフエリー屋久島で、本土に渡らなければ成らない。其の為の準備も有るから、昨夜は早く眠らされたのであろう。そうでなければ、此の文章も無い事に成る。
これ等の事柄は、私が単独生活をして、自分の意識をコントロール出来ているからだろう。
しかし、其の生活が「人間らしい生活」と言えるかどうかは分からない。しかし、こうして居るからこそ「生命の絆」に付いては、理解が進んで行っているのである。
私の意識のプーリーのベルトは、正しく架かって回り始めているのだろうか。其のベルトを、襷・たすきに掛ければ、メビウスの輪と成るし、アセンションの形とも成るのだ。
平成19年4月6日4時44分
礒 邉 自 適

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