2008/2/19
猿田彦神
20・2・19
今朝の映像は、私が文章棚の整理をしている場面から始まった。其れは、野草社の石垣雅設氏が発行していた80年代のシリーズを揃える事や、私の母親が長年書き続けていた日記等を集める作業である。だが、石垣雅設氏が発行した80年代は揃える事が出来ても、母親の日記帳は、私の弟が結婚する時に、過去の事が嫁に知られると恥ずかしいと云って、30数年前に母親が全部焼いてしまったので、既に無くなっているので集める事は出来ない。
其れと、場面が変って、今は既に故人と成っている、屋久島生まれのヤクザをしていた男性が出て来て、私は其の人と話をしていた。
其らの映像は、家の歴史と、左脳の働きである文化系と、右脳の働きであるヤクザな世界を意味しているのではないだろうか。しかし、其れ等は皆、過去の世界の事であって、未来を現してはいない。是も、肉食をした所為で現れた事であろう。
やはり邪食をすると、未来の事が現れないで、過去の事ばかりが現れるのは、間違いない様である。
今朝は、明け方に頭髪が真っ白で、凄く鼻の長い男性が左側から現れて、右方向を見ている映像が映し出されて来た。其れは、誰が見ても、猿田彦神と解かる様な雰囲気の男性である。猿田彦は、ニニギの命が此の国に遣って来た時に、道案内をした国津神であると古事記には載っている。だから猿田彦は、道案内の神の働きで「道祖神」とされ、白髭神とも呼ばれている。
今日気付いた事は、「猿田彦・さるたひこ」の「田・た」は、「手綱・たづな」や「手力雄命・たじからおのみこと」や「環・たまき(手巻き)」の「た」と同じく、「手・た」ではないかと言うことである。其れだと、「猿手彦・さるたひこ」となり、「猿の手を持つ男」の意味である事になる。其の意味から私に連想されるのは、エジプトのトト神である書記長である。トト神は、尾長猿科のマントヒヒで、猿は手が器用な動物なので、イメージ的には動物の代表であると言うことになる。
今朝、其の事に付いて考えるのは、国津神である大山祇神と猿田彦の関係である。猿田彦も国津神であるから、大山祇神との繋がりが有るのではないだろうか。其の大山祇神の元は、愛媛県今治市大三島町宮浦3327の大山祇神社になっている。私には、其の大三島生まれの知人として、松岡正氏が存在する。其の松岡夫妻は、私が出雲の安部忠宏氏の所に居る時(1997年)に訪ねて来た。そして、霊夢に出て来た映像を絵に描いて持って来た。
其の絵を見た安部忠宏氏が、其の絵は自分が生まれ育った横田町の絵であり、もう1枚の絵は、奥さんが生まれ育った仁多町の川の「鬼の舌振るい」の景色であると云うのである。そして不思議なのは、横田町が其の様に見える場所は「天狗山」の上からで、仁多町の川の景色は「天狗橋」から見た景色であると云うのである。何故、安部夫妻の育った故郷の風景が、松岡氏の自宅である神戸市で現れ、其れが両方とも出雲の「天狗」の名が付いている場所に立たなければそうは見えない景色なのか。
「天狗」は、猿田彦の神の化身であるともされているので、大山祇神の働きは天狗霊としても現れるのかもしれないのである。今朝現れた猿田彦が、大山祇神の霊であれば、いよいよ大山祇神が、現実世界で動き出す事を伝えて来たのかもしれない。
エジプト文化の、マントヒヒであるトト神は、言葉や文字を司る神・はたらきである。今朝現れた映像は、雑紙や日記等の続き物の整理であり、ヤクザは股旅者で旅人の走りである。其れも、書記官と旅人の関係性を暗示していると言えるだろう。其れは、旅人で在りながら、続き物・日記を書いて行く、「猿手の男」の登場を意味しているのではないだろうか。
昨日は、午後1時過ぎに、屋久島空港からヘリコプターに乗って硫黄島に行き、現地を見学してから熊野権現神社に参詣し、4時に硫黄島を離陸して種子島に渡り、ロケット基地や観光地の熊野を観光した後、西之表に出て夕食をして、知り合いのスナックに行ってカラオケで歌を唄ったりしてからホテルに宿泊した。
今朝の映像は、昨日に続いて、過去の人や場面が出て来たので、やはり俗世界に触れるのは良くないのかと考えたが、明け方に猿田彦が現れたので、一応いまの侭流れに身を任せていれば良いのだろうと考える事にした。
今朝の映像では、猿田彦が左側から現れて、右の方を向いて居たので、絶対界から相対世界の方向を見ていた事に成る。其れは、是から私を、相対世界に運んで行くとの意味に、受け取っても良いのではないだろうか。
考えて見れば、無料でヘリコプターに乗って、彼方此方行けるのも不思議な事である。夢の内容があまり良くなくても、現実は新しい方向に向かって流れているのかもしれない。
取り敢えずは、暫らく、周囲の動きや流れを見詰めている事にしようと想う。其れが、大日如来の働きなのであろう。
其れと、大山祇神に関係が有るのが、綱引きの行事と、神事相撲である。綱引きは、相手を自分の方に引き込む世界であり、相撲は相手を外に押し出すか、引っくり返して相手の動きを止める世界である。其れは、政(まつりごと)の実権を握る事を意味している。だからこそ、相撲は、国譲りの儀式に取り入れられたのではないだろうか。其れに、出雲の神事相撲には、最初に天狗が登場して、空に弓矢を放つ事から儀式が始まるのである。
今朝のメッセージは、いよいよ猿田彦が、神の世界から人間世界に、矢を放つ紀・ときを迎えたと受け取って良いのかもしれない。
平成20年2月19日
礒 邉 自 適

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