出雲学びの家
古代 大国主と少彦名神とで国造りが行われた出雲で 新しき未来創造の学びが行われます。
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九州 旅の記録〜その3〜 »
2007/9/14
「九州 旅の記録〜その4〜」
学び
8月18日
いよいよ屋久島を出発して本土の鹿児島に向う朝、お世話になった自適氏が西川氏の事務所でそれぞれのデジカメに写っている映像をCDに焼き付ける作業をしているところ。仙人も現代のハイテクを身につけているところがいかにも21世紀。その後モッチョモ岳のふもとのやく益救(やく)神社にお参りし、奥宮の山の雄大さとそのふもとに建っている超現代的な建物がこれからの屋久島を見るような気がする。
宮之浦の10時のフェリーに乗るまでの合間、屋久島の情報発信をしている季刊雑誌「生命の島」を発行している所に立ち寄った。ここは外部から屋久島に来ている人たちの溜まり場で、情報発信基地の役割があり、主幹の奥さんが開いておられる喫茶樹林でおいしいコーヒーを出してくれている。帰り際、屋久島を世界遺産にする原動力になった柴鉄先さん(右写真、左の方)と遭遇し、記念写真をとった。
鹿児島港に13:30に到着。昼食を九州自動車道の桜島SAでとり、鹿児島神宮に参拝し、続いて霧島神宮にお参りする。道中、長い階段にさすがの岩谷氏も息があがり、休憩の場面。
霧島神宮の元宮(別名高千穂の河原)にお参りする。ここは古事記で言われている天孫降臨の場所とされているところ。建物はないけれども(火山の火砕流で消失し、現在の霧島神宮に移され元宮として残っている。)斎場の真後ろに高千穂の峰がきれいに見え、神が大自然と一体になっているすごい波動を出している。元宮から帰るとき、雲からご苦労であったと太陽が素晴しい光をなげかけてくれた
8月19日
18日の夜、えびの市IC近くに住んでいる蓑田東次郎氏宅に泊まり、翌朝6:30にえびの高原の白鳥温泉の露天風呂に案内され朝風呂を満喫し、その帰り白鳥神社にお参りする。親子30組ぐらいの人が境内を掃除し、子供たちの将来に安心を覚えた。神社もとてもすがすがしい雰囲気で、写真を写していないことがとても残念だった。人吉市の蒼井阿蘇神社に参り蓑田氏の拠点の一つである、あすなろ会の事務所に立ち寄り、五木の里に向かう。
五木の子守唄で有名な五木の里は、現在ダム建設で民家が水没する為高台に団地ができ、新しい道路や路の駅ができていたが、その後下流の人達のダム建設反対(自然破壊)の為、中止になったところの風景。
五木の帰り、球磨郡相良村のFFC普及会メンバーでお茶で農林大臣賞を3回、特別賞5回受賞している方の所を偶然通りがかり、お茶畑を見学させていただきました。日本人が古くから日本茶を飲みながら最近はほとんどのお茶の栽培が農薬、特に殺虫剤を使用しています。しかし町の自動販売機上ではお茶入り飲料水がものすごく売れている。一方では、コーヒーと炭酸飲料とがあり日本人がそのどちらかを選択していることをあらためて考えさせられた。旅の終りにFFCテクノロジーの安心・安全のすごさを確認した。この方も五木のダムの立ち退きの為に36年前にいち早く現在地に入植したとのこと。
5年前にビデオで紹介されたお茶の挿し木の畑がすでにこのような成長をし、なおかつお茶とお茶の間に1m50cmくらいの杭を差し込んだら、全部ささった。ねば質の硬い土壌に有効微生物が増え、畑が団粒構造化されたことを目に見える形で教えられた。このことはお茶の木の根の毛細根が深く伸び、結果地上部の茶の新芽が育ち質量ともに生産されるとのことだった。周辺の農家のお茶はすでに枯れ始め生産をやめかけているところもあり、好対照に見せられた。(右下写真)
自分たちで栽培、生産したお茶を自分たちの仲間の機械で本物の安心して飲めるお茶を作り、これからは消費者に安心マークであるFFCテクノロジーを生かしたお茶を届けたいと、工場の機械も7年前に1億の設備投資をし命をかけて生産され、それが経営理念にうたわれていた。
経営理念
〜自然と調和した夢のある農業〜
1.自然に感謝し自然の恵みを生かした農業にする
2.創造力を生かしアイディア豊富な農業にする
3.豊かな生活環境、地域作り、豊かな人作りの農業にする。
4.お客様が喜ばれる商品作りの農業にする
超田舎風の天然うなぎ料理屋で遅い昼食をとった。そのお店に、男は元気になれと言わんばかりの岩の掛軸がかけてあり、記念に写したがこの岩がどこにあるのか見忘れた。古代から男は家族を守る義務があるその歴史の繰り返しが鬼神となって今回の旅となり、色々な本物の人との出会いとなった。今夜はもう一晩蓑田氏の家に泊まり、明日20日岐路に発つことにしているが今晩は、宮崎の新しき村で百姓を36年続けている元教師志望の松田省吾氏と現代の子供達に農業を通して身体で命と見つめあう教育の話をする予定である。(新しき村は日々是好日で有名な武者小路実篤が開いた場所。)
8月20日
午前7時、えびの市の蓑田氏宅を出発。九州自動車道の人吉ICから一路、帰路に着く。
11時すぎに九州に別れを告げ、関門橋を通過したあたりから1週間の間の食べ物がお腹から別れを告げたくシグナルを告げてきた。11時30分、王司パーキングでトイレを使いその時財布と携帯電話とデジカメをトイレ内に置き忘れ、そのまま次のパーキングで12時ジャストにお昼にしようとした時、忘れ物に気が付いた。ひきかえし、1時間後にそのパーキングに30代の青年が売店に届けてくれていました。その青年は福岡市早良区の
鬼
塚泰義さんという方でした。鬼神の旅をして、最後に鬼塚さんにめぐり合ったのも何かの因縁だろう。日本の未来、捨てたもんじゃないな〜と思う。昼食の後、一路広島から出雲に向う。
旅を終り広島の中国自動車道、三次ICから国道54号を島根にはいり赤名ドライブインで空の雲がよくやったご苦労様と出迎えてくれた。ひとすじ、ジェット機が上に向かっているのは上(神)に向かって行けとのシグナルであろう。
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投稿者: 安部忠宏
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