2004/11/20
我らが皇御子
16・11・20
今朝の明け方、「皇御子・すめみこ」の完成が間近に成っているのが伝えられ、7年3月13日と告げられて来た。皇御子とは、「天照皇大神・あまてらすすめおおかみ」の皇で、「スメ」とは「スメラギ・すめら(王)の命」のスメで、神に仕える「王・君」の事である。
「スメラ」とは、シュメール語の「スメル(統める)」で、「葦の生える地を 治める」の意から来ていると聞く。スメラは「皇王」と文字を当てられる。古代エジプトでは、太陽に司える王は「ラー」と呼ばれていた。日本語には「スメミマ」との言葉があって、スメミマとは「皇身体・すめみま」と書いても可だが、天皇の事であり「スメ」は太陽の鏡としての第三の目が開いた者のことで、ミマは天皇の穢れ亡き肉体のことである。「スメミマ」とは、インドの言葉では「ブッダ(覚醒した者、成仏した者、覚者、尊者、世尊)」の意味と同じである。
「スメミマ・ブッダ」とは、漢字で書けば「大徳者」であり、日本語では「大己貴・オオナムチ(貴き者)」と呼んでいた様である。「大己貴」を現代風に呼べば、「大賢者」となるだろうか。
古代では、選挙は無くとも、皆が認める賢者が「政治(まつりごと)」の中心に存在していた事に成る。まつりごとの中心に在る者は、天(神)の意思を受け取りながら、民を導いていたのだ。その者が、2007年3月13日に、現代の社会に現れるとの事だろうか。
3月13日の日付は、私にとっても大事な日である。と謂うのは、1989年(昭和64年)1月7日に昭和天皇が亡くなり、その日の深夜、私の心臓に昭和天皇の御霊(みたま)がドーンと飛び込んで来て、私は驚いて飛び起きた。そして、更に2月24日の大葬の日に、私の霊夢に平仮名で「あまぎ」と「けいとく」との、光った文字がハッキリと現れた。その日の朝、意味ある事件だと考え、手帳に「あまぎ」と「けいとく」を記そうと想いペンを手にすると、勝手に手が動いて「我が身 既に遠く よき世を 願い奉る」と書かされたのである。
その出来事が有って、私は「あまぎ」と「けいとく」について、友人達に調査をお願いし、私も天皇の霊に頼まれた事なので、其の件に付いて真剣に調べて居た。すると、福岡の友人である吉田氏が、「あまぎ」も「けいとく」も、阿蘇郡蘇陽町に実在した昔の人物の名前だと調べを付けて、私に報告して来た。其れで私は早速、蘇陽町に行く事にした。
私達は、3月13日に仲間8名で福岡市に集合し、車一台に乗って阿蘇に向かった。そして、午後に「日宮幣立神宮」が有る蘇陽町に着いた。蘇陽町に着いて、早速、日の宮幣立神宮に参詣した。日の宮幣立神宮とは、太陽を神として祭る「日の神の社(やしろ)」で、「幣立」と名が付いているのは、神武天皇の孫である阿蘇郡一ノ宮町の「阿蘇神社」の御祭神である「建磐龍命・たていわたつのみこと」が、父親「天城彦命・(神武天皇の第一夫人姶良・あいら姫の長男)」が祭神として祭られている「日の宮」に参り、御幣を立てて、神降しの神事をした事に由来すると云う。
「天城・あまぎ」とは、神武天皇の長男である事が判明し、又「けいとく」とは、蘇陽町長馬見原(まみはら)の寺を建てた「慶徳」という真宗のお坊さんの名である事も判明し、夕方その寺にも参詣した。「慶徳」の名は、熊本の市内に「慶徳公園・慶徳小学校・慶徳饅頭」として、今でも名が残っている。
さて、平成元年3月13日に、其の日の宮で何が起きたかと言うと、神社の近くに有る建物「地球平和道場」の中の部屋で、3時33分に私の身体に神が降りて来て、霊動が起きたのである。私は直ぐに、道場の佐藤夫妻にお願いして、神棚に供え物をして祝詞を上げて貰って鎮魂をした。其の現象は、私の身体に「日の宮弊立神宮」の祭神の霊魂が作用しての事だろう。其の日は、北九州小倉の自宅に帰ったのだが、次の日の新聞に、私達が日の宮に参拝した時間に、太陽のコロナが観測史上、稀な異常反応を起こしていた事が分った。
此の世に暮らして居る人間が、神社に参詣しただけで、何故、太陽が反応を起こすのだろうか。古代でも、その様な現象が起きたからこそ、太陽を神として崇める様に成ったのだろう。太陽は、半径が地球の109倍もある大きな恒星で、内部の核反応が外側にエネルギーとして飛び出す迄には、何千年も掛かると言うのが科学者の意見である。地球からの距離は1億5千万キロメートルで、質量は地球の33万倍有り、太陽系の質量の約99.9%を占めているそうだ。
その太陽が、地球に住む一人の人間と関係が有るとは、誰にも信じられる事ではない。しかし、その様な事件が有るからこそ、「神」の世界が、人間の思考の中に発生したのであろう。太陽に意思が存在し、地球の生命を自分の子として想っているのであれば、地球の一人の人間に知らせを起こす事は、何ら不思議な事ではない。
太陽が育てている人類全体を、新しき意識階段へと進める為に、一人の「皇御子」を育て上げようとしているのであれば、其れは私達人間にも理解出来ない事ではない。其の新しい皇御子が、2007年3月13日に、此の世に出されるのであれば、私もその日に阿蘇の「日の宮幣立神宮」に行く事になるだろう。
皇御子とは、天津日継のスメミマの理(こと)で、神宮皇后には「つきさかき いづのみたま あまさかる むかつひめの みこと」と名が現されている。私が、現在の知識で、是に漢字を当てるとすれば「調栄気稜威の御霊 天下る向津霊目の命」となるだろうか。
人間の行動や、社会活動は「暦・こよみ」が無ければ、動きが執れない。日付が知らされてくれば、計画が立て易いし、心の準備も出来ると言うものである。
昭和天皇の御霊が、私の心臓に飛び込んで来て、来年1月7日で丸16年が経過し、17年目が始まる事になる。其れまで、残り48日である。私が何をすれば良いのか、何をさせられるのかは次第にハッキリしてくるだろう。私は、ただただ 神惟らの道を進むしかない。
2004年11月20日
礒邉自適

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