2005/4/16
山が動く
17・4・16
今朝のメッセージは、屋久島の山がいよいよ本格的に動き出した事を知らせて来た。昨日の霊夢に、白く光った細い配電図の様なものが映って来たので、いよいよ神の仕組みが動き出して、コンピューターを通して光のプログラムが動き出し、光ファイバーの仕組みを使って、人間の脳に仕掛けをして来るのかな、と想って居たら、今朝はその右横下に、もう一枚の配電図がくっ付いて映って来た。
それは、よく見ると、屋久島の山々の配置図らしく、森林管理所に保管されている山の林班図面で、山の名が等高線上に書かれて、昨日に続き、2班分が配置(配線)された事と成る様だ。
古代から、世界中で神は山の峰に住むとされ、その山々は「ミタケ」と呼ばれて来ている。日本では、沖縄で「オタキ・ウタキ(御嶽)」木曾では「御岳(オンタケ)」南米でもミタケと呼ばれて現在でも残っている。
私は21年前、修行中に、太忠岳から石塚山に繋がる真中の花祈岳山頂で、瞑想をして自宅に帰った夜「石塚の四方(よも)の山にたずねても 答へ返らじ 我が身に聴けよ」と告げられた事が有る。
山の存在は、山が言葉を発するのではなく、人が山に登り、自分が禊がれる事で、自分の内裏に隠されている生命情報が蘇って来る為のものらしい。現に、奈良の三輪大社の裏山や、伊勢神宮の裏山、滋賀県の御神神社の裏山のピラミッド型の御神山、岐阜の位山等、古い神社は皆山が御神体である。
古代の神は、皆山に住んでいると考えられており、此の世で神人として働いた功有った人達は、又神として、山頂や小高い丘の上に祭られたのである。それは、古代の人達が、私と同じ体験をしていたからに違いない。
昨日は、自適塾の局長に「光ファイバーの世界に 情報を信号化して送りこみ、返事を受け取る事を急がなければならない。」と告げると、「今日は、私の友人に会いに出掛けよう。」と云うので、午後その人に会いに行った。その人は、アメリカのコロラド州の出身だが、母親の父が鹿児島出身だとの事で、大学で日本語を勉強し、日本に陶芸を学びに来たが、現在は、屋久島の木々を使って万年筆やなつめの様な入れ物等の工芸品を作っている。その品々は本格的な物で、プロの技術と言えるものだった。
私達が訪ねた目的は、私の書いた文章を、英語に翻訳出きるかどうかを確かめるものだったが、漢字混ざりの文章からは無理との事で、言葉による説明が有れば可能だとの返事だった。彼(デロ・デイ・グリシャム)は、特に宗教にこだわりは無く、神の概念としては、映画「スターウオーズ」のフォースの様なものが神ではないかと云った。
その理由を聞くと、「フォースとは 原作者が日本の神道からヒントを得て、岩から出る力の様なものを フォースと捉えて 物語を考えたらしいから。」との答えであった。彼が、屋久島に来て住み出したのも、屋久島の花崗岩の山々が、気を発していると感じた所為なのかも知れないと想われた。
屋久島の山々は、30座もの千メートルを超える峰が連なっている。古文書には、西暦616年に屋久島の人3月に3名、5月には7名、7月に20名都に来てそのまま帰らず、この地で亡くなった。と記されているらしい。私には、30座のミタケの神々が奈良の都に上京し、その一行が運んで行った山の神々の働きが、大化の改新(645年夏)に繋がり、其の後、天智天皇が比叡山の麓に都を移す切っ掛けに成ったのではないかと想われる。
何故、人が山に惹かれ、山に魅力を感じるのか、それは山々が地球創世時からの情報を気・フォースとして発し続けているからなのかも知れない。
私は子供の頃から、屋久島の山頂に有る岩の上で、遊んだり眠ったりして育って来た。屋久島に伝わる決まりには、「山々の峰峰で眠ってはいけない。山から山への峰峰は、神様の通り道だから、其処で眠ると神に憑依されるから。」と有る。
私の身体や、脳には、太古のシステムが組み込まれており、そのシステムが復活し始めたのではないだろうか。4月13日を境に、山のシステムが動き出したのだろうか。今年の2月19日の文章には、4月13日の日付と「みいつ」が発動すると書いてある。「みいつ」が発動するとは、山の神が動く、フォースが発せられるとの意味だったのではないだろうか。昨日4月15日には、愛媛県大洲市に在る少彦名神社の大祭が有り、午後は山にさんぱいの行事が行われた。屋久島の山々だけでなく、世界の御嶽が「みいつ」を発し始めたのかも知れない。
私には、また分からない世界が始まった様だ。
平成17年4月16日
礒邉自適

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