2005/5/21
高みへ導く
17・5・21
今日は、空海の月命日である。今日のメッセージは、空海からか、弁財天からかは分からないが、人々を導く方向を示して来た。
一昨日は「強引に」と告げられ、何処へ導けば良いのかハッキリ分からなかったが、今朝は具体的な方向性を示して来た。二つの道が映って来て、私の意識は道路の左側に在って、前方から列を成して歩いて来る大勢の人達に、「左の道路に入れば 一段上の処に行けますよ。」と知らせて居るのである。歩いて来る人達の多くは、そのまま真っ直ぐに歩いて、私の右側を後ろの方に通り過ぎて行くが、何%かの人達は私の示す左側の道に入り、私の左側の頭の上の道を歩いて、一段上の世界に進んで行った。
今朝の場面はそれだけで、簡単である。しかし、知らされた事は重要で、人類救済の説明に使用する言葉が、これからイメージ化されて来るのではないだろうか。言葉であれば、弘法大師空海は、その世界の大御所的存在である。真言宗と名付けたのだから、真言(マントラ)は専門である。そして、サラスヴァティも辯財天と書けば、是も弁舌の神様である。辯財天と弘法大師空海が組めば、大きな動きと成って来るのではないだろうか。
私は昨日、島の神山小学校の5年生に、漢字の象形に付いて説明をした。その時に、担任の先生が「大沼君の 沼の字の意味は 何ですか。」との質問が有ったので、漢語林で調べてみると、「召」は召集のショウで日本語の「まねく」の意味で、川から横に水路を造って、水を招き入れ池を造る意味らしい。
昨日の普通の質問が、今朝のメッセージと繋がって来るのも不思議である。水は低い方へ流れるものだから、段々と低めに流れて行くが、人間は高みに向けて上がって行く事が出来る。しかし、人間でも、低いレベルへは落ち易い。落ちて行く事は楽であるが、精神的高みに上がるのは、人一倍の努力を必要とする。
今朝のメッセージは、高みに上がる事を、希望している人達の案内をしなさいとの意味であろう。それが、「召く」の意味である。「召」の漢字は、古い時代に出来ており、甲骨文では複雑な字である。甲骨文での象形の意味は、神秘の力を持つ刀を捧げながら、「のりと」を唱えて、神まねきをするさまから、まねくの意味を表す。と、漢語林には載っている。
召は、川の水や、人をまねくのではなく、本来は、神のお告げを求める意味だとの事。私の行っている毎日の暮らしが、本当の召の文字の意味する処らしい。私は、二本の刀の代りに、屋久杉の柱を2本立て、水と花崗岩の丸小石を供えている。其れが其の侭「召」の象形の意味を実行している事になる。昨日の小学校での学習は、私にも学びを与えてくれた様だ。
5年生に、優子ちゃんと言う名の子供が居て、その子の優を漢語林で調べると、「人+憂」で、憂は髪の長い人が大きく目を開いて、相手を見詰めながら手を差し伸べて、相手に「どうして上げたら良いの。」と、憂えてる人の姿で出来ている。「憂」は「愛」の次の行動を表している様だ。「愛」の漢字は、困窮している人がいる事に気付いた人が、「どうしたのかな」と想って、振り向いて気を遣う心の人の様を表している。
愛が有って、憂の字が有って、そして手段として「たすける」の漢字は、22文字もある。「助」は、力を積み重ねる。「資」は、物資を与える。「援」は、手を差し伸べて引き上げるの意味である。他の漢字を知りたい方は、漢語林(大修館書店)を買って、自分で観じて欲しい。仏教の布施は、布を与えて助けるの意味だから、資けるの内に入るだろう。
釈迦の存在よりも、1000年前に、人間の概念は確立されていたのだ。釈迦は、その概念に意識を遡る事で、覚者と成ったのである。残念な事に、釈迦の国には漢字の様な優れものが無かったので、全部方便と成ってしまった。イエスも同様で、たとえ話で終ってしまっている。漢字の発祥の地、中国でも略字化が進んでいると聞く。
日本が、最後に残った漢字文化圏である。自然と、人間の繋がりを、これ以上表現する文字は世界に無い。言葉が、自然の法や道から外れてしまえば、もう真言でもマントラでもなくなり、お経も、祝詞も、何の意味も無い形骸と化してしまう。
真実の言葉に返る道が、今朝の左側の道を、上に上がる事になるのだろう。私は左手で人々を、その方向に導く補佐役なのではないだろうか。空海や、弁財天の遣ろうとしている事が、少しは見えて来た様な気がする。
2005年5月21日
礒 邉 自 適

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投稿者:一質問者
「釈迦の存在よりも、1000年前に人間の概念は確立されていたのだ。釈迦は、その概念に意識を遡る事で覚者と成ったのである。」
釈迦は、その概念に意識を遡る事で「到達して」覚者と成ったということでしょうか?
「意識を遡ると」いうことは?
http://www17.ocn.ne.jp/~yjj/